俺はなのはに背中を見せて、男の背中を見せてやりながら他の世界へと行く準備をする。
これが、ホームレス生活数年の男の重みだぞ?
埃もビックリの軽さだ。
「ま、待って一郎君!」
「待てといわれて待つホームレスはいない!」
「ホームレスってそんなに切羽詰ってるの!? でも、そのセリフって悪役のセリフだよね……」
もちろん、生活的な意味で切羽詰っているし、公民の敵的な意味ではホームレスは悪役だ。
ホームレスが悪役ってなんだか役不足な気がする。ホームレスってそんなに高名じゃないしな。
「何で行っちゃうの? せっかく……せっかくまた奇跡的に会えたのに!」
「奇跡……だと?」
実に神妙な顔で何かを訴えるかのように言う、なのは。
俺となのはが再び出会えたのが、奇跡だとなのはは言うのか。
「だって……だってそうでしょ? もう……会えないと思ったのに。会えるはずもなかったのに……どうして!?」
なのはが一人でシリアスってる。
なのははもう俺と会えないと思ってたのか。
あの別れが根性の決別だったと? 端から見ればそう見えなくも無い……のかな?
しかし、それでも奇跡とはまた大げさだ。
「だから……これは奇跡なんじゃないかな」
「……違うね」
「ふぇ!?」
「この程度が奇跡だと言うのか。俺となのはが再び会えたのが奇跡だなんて、そんな安い奇跡は無い!」
そうだ。
この程度で奇跡なんていうなんて、あまりにもありふれすぎている。
運命の出会いなんて……ありふれている。
「いわば俺となのはの出会いと言うのは奇跡とかいう特殊なことだとは思っていない。むしろ俺はまた会えるとさえ信じてたほどだぞ。
本当の奇跡と言うのはな。運命的に誰かに会うことじゃない。俺のようなホームレスが働いたり、保護されない事を言うのだ!」
「そ、それって普通のことなんじゃ……」
ニートや引きこもりが、自分の今の怠惰な姿と決別すべく就活をし、就職できるようになればそれはきっと……奇跡って呼ぶんだ。
たぶん……きっと……おそらく。
「まぁそれでも……それでも、なのはが俺との出会いを奇跡だといってくれるのならそれは……」
また一つ奇跡の形なのかもしれないが……。
奇跡は人によって姿を変え、場面を変え、時間を変え起きる。
……。
あ、今いいこと言った。
「まぁなんだ……その……あれだ」
「? なにかな?」
「ほら……奇跡だって言ってくれるなら……多少は嬉しい……かな?」
「い、一郎く~ん!」
「ーーっ! あぶない」
「ここで普通避ける!? ここは感動の場面で抱き合う場所だよ!?」
条件反射ってやつです。
急に後ろから首根っこにしがみつくように、抱きつかれそうになったら避けるってものですよ。
ちなみに俺はここまで、ずっとなのはに男の背中を見せたまんまだ。
「まぁいいや。とりあえず俺はもう行くぞ」
「え? 帰って……こないの?」
なのはがすごく悲しそうな目をしてこちらを見てくるが、涙目とかで俺を落とせると思うなよ。
ホームレスは誘惑には強いのだ。ホームレスというか俺がだけど。
そりゃあ、ちょっとはその姿に可愛いとは思うけどささ……いや、かなり可愛いけど。
小学校のときとは比べ物にならないほど、成長したなのは。その姿はまさに美少女!
……十二歳なら少女で大丈夫だよね。
「俺は浮浪者と言う名の旅人だから」
「ただの彷徨える人だよね……」
「その二つに大した差は無い!」
「え!? ……そうなの? 彷徨ってるのと旅って大差ないのかな……」
あくまで俺と言う主観的にはだけどね。
実際は彷徨う──あてもなくうろつくことで、旅──目的があり、その目的地に訪れることだけどね。
そんなことはともかく、残念ながら俺はなのはと別れをしなければならない。
ああ、もう本当に残念だ。
俺だって出来れば別れたくないんだ!
でも……でも……風が……風が俺を呼んでいるんだ!
「ということで、なのはじゃあね」
「相変わらず一郎君は軽いよね!! でも……いいよ。きっとまた会えるんだもんね」
「……それはどうかな」
「え!?」
「ああ、アリサに伝言で『俺、この旅終わったら、結婚するんだ』って言っておいて」
「私の反応は無視なの!? それに、結婚って誰と!? あと……なんかその伝言が危険な匂いがするんだけど……もう会えなくなるような……」
「俺は……必ず生きて帰る!!」
「一人で盛り上がらないでよっ!」
なのはとなんやかんやでしゃべりながら別れを告げる。
さすがに毎回なのはたちに心配されるようではいけない、と心のどこかで密かに残っている良心が言ったからだ。
俺も立派な人間だった、ということだろう。
「それじゃあね、一郎君」
「ああ、なのはもくれぐれもみんなによろしく」
「うんっ。次に一郎君に会うときは……」
俺も周りを光が埋め尽くす。ランダム転移の兆候である。
なのはの声が徐々に遠く聞こえ始め、やがて……
「立派な教導官になって、今度こそ一郎君を」
「え? 教導官がどうしたって?」
「一郎君を立派な魔導師にしてあげるからねっ! さようなら、一郎君……」
「な、何にも聞こえな──」
笑顔で俺に手を振るなのはに見送られながら、俺はこの世界を後にした。
にしてもなのは……最後なんて言ってたんだろう……。
まぁ……言った内容を、聞かなかったからって死ぬような事はないから別にいいか。
◆
なのはとの別れを惜しむまもなく、俺は次の世界にやってきた。
次の世界は一体どんな世界だろうと、期待に胸を躍らせると言うありきたりな気持ちで転移したその先は……。
「あれ? 建物の中?」
「君は一体誰だい!?」
声のする方を振り向くとそこには、紫色の髪をし白衣を着たすこしやせている男がいた。
──どうやら、民間人の家に来てしまったようだ。
いや、住んでると思われる人が白衣だから研究室──ラボの可能性も否定できないな。
「す、すみません。ランダム転移で旅行をしてるんですが、どうやら勝手に普通の家の中に転移してしまったようで……」
「普通の家……ね」
紫色の髪の男は、訝しげにこちらを見るが、さっきまでの警戒心はなくなっていた。
そもそも何かた突然の訪問者が現れると困るようなものであるのではないかと思ったが、よく考えればいきなり自分の家に知らない人がきたら警戒をするよね。
「それに、ランダム転移で旅行とは……君いったいどうして面白いことしてるね。ご家族の方とかはいないのかい?」
「いないですね。なので、ホームレスですし……」
「ほう」
眉を吊り上げて、いかにも興味が湧いてきたみたいな表情をする。
何が面白かったのであろう。
俺は自分を客観的に見て、そりゃあランダム転移なんていう危険な旅行をするようなやつは変だとも思うし、
家族無しのホームレスだなんていえば、それこそ奇異の眼差し向けはするものの、興味を持つかどうかは……微妙なところだ。
「ふむ……ホームレスと言うことは特に友達もいなく、ホームレスゆえに家もなく、家族もいない。それなら別に……大丈夫だろう」
何が大丈夫なのか。
それが気になるものの……聞かないほうがいいんだろうな。
それにちょっとこの変な気がするぞ。
家に急に現れたの人物を叱るでもなく怒るでもなく、素性を聞いてきた。
いよいよ怪しさ満点だ。
触らぬ神に祟りなし。この世界はとっとと転移した方がいいかもしれない。
「ところで僕は『ホームレス』と言う職業に、自由と言うイメージがあるのだが、実際はどうかね?」
「素晴らしいイメージだと思います! 俺もそれを目標に今奮闘中です!」
前言撤回。この人いい人かもしれない。
まさか、ホームレスと自由について語れる人が出てくるとは思わなかった。
「奮闘中というと、実際は自由ではないのかね?」
「というよりは、ホームレスなら自由になれる可能性があって、その条件はすでに見つけたのですが、まだ実現できない状況なんですよ……」
「なるほど。そして、その条件とは?」
おお、聞くね! 聞き入ってるね!
いいよ。この人とは気が合うかもしれない。
「まず、相手に見つからないこと。保護されたり捕まったりしたらそこで終わりですから」
「ふむむ。そしてそれを防ぐ為にどうしようと考えているのかね?」
「ステルス機能。俺は魔法にその可能性考えています!」
「ほう! それはなんとも興味深い!」
紫色の髪の男はそう言うと、ブツブツと言い出した。
「だがしかし、ステルスなんていう、透明で誰にも見えなくすることが可能か……いや、不可能だ。例えどんなに繊細に魔法を構築しても、少なからずそこで魔力を使っているのでばれてしまう。
いや逆に、透明と言う意味は誰にも認視されない事……そうか、別に透けて無くてもそこにいるのがばれない様にすればいいのか……ふふ、ふはははは!
そうか、なんだそういうことか! 確かにそれなら可能! 透明人間なんていう非科学的なものよりもありえる話だ。
なんてったって、幻術や幻想というのは魔法の真骨頂のようなものだからね! 面白い実に面白いな君は! おかげでI──じゃなかった、いい研究対象が出来たよ」
「え? あの俺にも分かるように説明し──」
「おお、そうだったね。すまない。君のアイディアなのに発案者を無視するところだったよ。では、どういう意味かと言うとね」
紫色の髪の人はそういうと、耳元でごにょごにょと言い出した。
「!? そ、それはなんと!」
「ふふ、それでだね……」
「な、素晴らしいじゃないか!?」
「そうだろう?」
「そうですね」
「「…………」」
「「ふはははははははは」」
意気投合だった。
旅先で面白い人と出会えるのはまさに旅の魅力の一つだと思う。
こうやって人脈って増えるのだろうか。
…………。
「ところで、他にも面白いアイディア。もとい、自由なホームレスになるための条件や、必要なものってあるのかね?」
「特には無いですが……」
ステルスのような相手にばれないと言うことが出来れば他のはあってもなくてもいい。
それこそ他にほしいのは電機が勝手にできるとか、水に困らないとか、食材簡単に手に入れば生活ができる。
まぁそれでも、あえて。
あえて、いざと言うときにあってもよさそうなのは……
「いざ見つかったときに逃げる道を確保したいですね。例えばどこでへでも通り抜けられるとか。変身出来たりできるといいですね」
「ほう……参考にさせてもらうよ」
紫色の髪の男はすかさずメモを取っていた。
果たしてこの人はどういう研究をする人なのか……とても興味があるけど……。
深く関わったらなんか危ないような気がする。
これは長年のホームレス生活で培ってきた勘だろう。
そして、一番重宝するものでもあるけどね。
もちろん俺は長年の勘を信じて、そろそろ撤退を……いや、この人とてもいい人だけど危ないことには絡まれたくないからね。
「ああ、それでは俺は一つの世界に三時間までって決めているので、そろそろ帰らせて──」
「まちたまえ! せっかく君が発案したんだ、ちょっとした記念に君に贈りたいものがある。それが完成できるまで待ってくれないか?」
「記念……ですか? それならまぁいいですよ」
旅先でちょっとした物を貰えるのもまた旅の特権じゃないかな。
それから、数時間待つこと。この部屋中に「ついに完成したぞ」という叫び声が聞こえてきた。
そして、かなり大きめの銀色の布様なものを手に持って、俺の元へと戻ってきた。
「まだ試作段階ものだが、性急にしてはよくできたと自負してるよ。君にはこれを貰ってほしい」
「これは一体なんですか?」
「名前はまだついていないがね。先ほど話した、人認識されない類のことが出来る……不思議アイテムだと思ってもらっていい」
「本当ですか!? あ、ありがとうございます! 一生の宝物にします!」
思わぬ形で夢に叶ったステルス機能をもてる可能性。
まさか、本当にこの旅を通じて手に入れられるとは思わなかった。
これはたぶん……なのはに再会した時以上の感動と喜びだ。
結局ここがどこで、紫色の髪の人が誰だったのかも分からないけど、ただこの出会いはきっと運命で奇跡だったに違いない。
あの人は最後に、
「今やろうとしてることが失敗したら君のようにホームレスになるのもいいかもしれないな。その時は是非ともご享受お願いするよ」
と言った。
きっと俺がまたあの人に会うときは……あの人もホームレス仲間となるに違いない。
そう心に刻みつけ、この世界というかラボを後にした。
にしても、早くダンボールハウスにこのステルス機能を実装したいね!
{次回時間が飛びます。一郎が飛ぶわけでは無いですよ? たぶんそろそろ終盤になりそうです}
追記:ナンバーズの稼動時期についてはギリギリで。完成はしているもののISがついてなく、待機状態だとお考えください。
髪の色間違ってました、誤字報告ありがとうございます。