「いやぁなのはさんの特訓は大変でしたが、今までありがとうございました!」
「何で? なのはさんなのかな、一郎君? それに敬語だし。すごく嬉しそうだし」
「これはもうなのはさんへの尊敬とか色々と混ざってそう呼ぶべきかなと思ったんです」
「一郎君?」
「はい?」
「……怒るよ?」
「滅相も無いです! 俺は単になのはさんへそ──」
「少し……頭冷やそうか?」
「なのは俺が悪かった、だから止めてくれ! もうそのピンク色を見るだけで体が震えるんだ……」
「そ……そんなに私酷いことした!?」
「…………」
「なんでそこで黙るのっ」
二年に及ぶ鬼の特訓に耐えきれた俺は、自分自身におめでとうと祝福してやりたい。
いや、実際に祝福したと言っても過言では無い。
訓練の終了の瞬間に、俺は今まで極端に使う事の無かった──使う事をよしとしなかったお金を使いケーキを食べたのだ。
あの甘さといい、上に載っているイチゴの甘酸っぱさといいそれはもう……極上の極みだった。
極上の極みといういと、重複表現っぽいがそれほどまでにい嬉しかったと言うことだ。
美味しかったともいうが。
この世界に着て以来、初めての贅沢のような気がしてならない。
これが初めてなのか!? というちょっとした失望感もあったようなないような……どちらにしろ自分で望んだ道なので気にしてはいない。
それはともかくとして、なのはの訓練もとい特訓である。
終わりを告げた理由はある。
俺がなのはの理想には到底追いつけなかったことだ。
確かに、二年余りの年月をかけた事により、かつてバリアジャケットをカップラーメンの出来る時間まで更生するのに時間がかかったが、いまではなんのその。
今では数秒で出来る、なんと言う上達振りだろう。
これもなのはの特訓の成果といえば成果なのかもしれない。
なのは自身も俺がこのようにして成長できたのを目のあたりにして喜び、自分が教えてことに対して充実感や達成感があったようだ。
苦難が訪れたのそれからだった。
バリアジャケット以外ではほぼ成長が見られなかったのである。
いや、この原因のひとつとしてなのはの教え方が下手と言うのもあるかもしれないが、すべてがそれと言うのにはいささか誤りがある。
その教え方のなかには、レイジングハートと言う優秀なデバイスがついていたからだ。
となれば、他の要因として……
「これが……才能の壁なのか!?」
「才能を言い訳にするのは、出来ないと諦めた人だよ? 一郎君」
俺がその壁にぶち当たったときになのははそう言ったが、実際問題どうしようもなかった。
いくら魔力があると言えども、魔法の才能は無い。
本人は必死に努力はしてるのに報われない。
その努力自体は、なのはの鬼のような特訓を思い浮かべれば容易いだろう──
「立って、ここで立たないといつ立つの!」
「いや、立てってなのはがそうやってバインド拘束してるから無理なんですけど?」
「それを破る特訓だよ!」
「そんな特訓いらないわ!」
「出来ないと、戦いで負けちゃうよ?」
「俺はそもそも魔法での戦闘は望んでない!」
恐ろしいほどの魔力を込められたバインド拘束された上に、自力で破れないとなのはの攻撃が飛んでくると言うまさに鬼……鬼畜のごとき仕打ちだった。
つまり鞭による特訓。
もちろん、この程度では終わらない。
「私に攻撃を一回当てるまで今日は寝れないよ?」
「俺は空を飛べないんだけど?」
「それを工夫して当てる練習だよ?」
「俺はまだ魔法を自在に操れないんだよ!」
虐めじゃないのか?
バリアジャケットを構築するのが手一杯の人物に、そのような実践式の特訓なんて。
それに俺は戦闘は望んでないというのに……。
そりゃあ世界に羽ばたくには最低限は必要になるかもしれないけど、どうしてそんなのばっかしやる必要あるんだ?
もっと平和的利用法は無いのか?
バインドをつかってダンボールを固定したり、空を飛んでダンボールを組み立てたりするような。
この時の特訓は結局当てられずじまいだった。
あの純粋で無垢な心優しいなのははどこへ行ってしまったのか……本当にそう思った時でもあった。
たく、誰だよ! なのはに魔法教えたやつ!
俺がなのはに受けた仕打ちと同じかそれ以上のことしてやる。
密かに復讐心を燃やした。
結果、というか最終的に俺がなのはに教わって出来るようになったことは、空を浮いて多少動く、魔力を固めてナイフみたいに使用することと、バインドを少々程度だ。
まぁどの力もないよりは全然ましだ。
例えば、空を浮いて多少動くことが出来れば木の上の果実を取れる。
魔力ナイフは包丁代わりになるのはもちろんのこと、包丁でも切れないような物を切れる。武器になる。
バインドは獲物を捕まえたり、動物の罠に使える。
と言ったような、まさに俺が必要としてるような魔法の有効活用だった。
これはなのはに言わせれば、空を浮けるのは空中戦よしになり。
ナイフは戦闘時のただの武器に成り下がり、バインドは戦略を広げると言った感じになってしまうだろう。
どんだけあいつは戦いたいのだ? 戦闘狂じゃあるまいし……って、俺の予想なんだけどね。
しかし逆に言えばこの程度しか俺に出来なかったわけだ、二年もかけたにも関わらず。
なのははそんな俺に呆れたわけではなく、自分の指導力の無さに一旦諦めたのだ。
二年前こそ「私が一郎君を立派な魔導師に!」と言っていたものの、今は鬼の特訓こそ変わらなかったが、
「もっと教えやすくしないと駄目だよね……ごめんね」
などと言うのだから俺の調子が狂う。
ここ最近はなのはを攻めるまくるのは、どうかなと思っていたが……、
「ふんっ! なら勉強して出直すんだな!」
「そう……だよね。うん! 私がもっと勉強して今度こそちゃんと一郎君に魔法を教えてみせるから!」
と言い、これで冒頭に繋がる。長い回想終わり。
俺はこの二年間の特訓中になのはにずっと思っていたことが実はある。
あるにはあるが、今ここで叶うことではあるまい。
と言うかある意味では今もすでに叶っているとも言うが……これを維持するのは難しそうだからな。
何はともわれ、なのははすでに小学校六年生だ。
もちろん、同じくアリサやすずか、フェイトとはやても同じく小学六年生である。
なのはも昔に比べたら大人っぽくなったが……それはアリサやすずかの比ではない。
なんというかあれだ……俺も思わず見惚れてしまうと言うものだ。
なのはに? まぁ無いとは言い切れないが、あると言い切るには抵抗感となんとなく負けた感じがする。
例えば、だ。俺がなのはに「可愛くなったな」と言うとする。
さすればなのははどういった反応が返ってくるだろうか。
『えへへ、ありがとう。一郎君は……かっこよくなった?』
「なぜ疑問系だし!」
「痛っ! み、見に覚えの無いことで叩かないでよぉ」
「い、イチロー、暴力は良くないと思うよ?」
「いいんだ。これが俺となのはの会話なんだ」
決して特訓のときにやられたお返しをしてるわけじゃない。
それに、なのはは肉体言語が中心の会話みたいなのでこうやった方が理解できるんだぞ?
にしても、なのはを叩くと昔と変わらぬ、涙目になりながら叩かれたところを抑えるその仕草に、ちょっと安堵した。
特訓のときこそあんな鬼だが、なるほど普段は変わらないのか、と。
ここ最近はなのはと会うとなのはが「特訓。特訓、特訓ー! 一郎君と一緒に魔法を使うの楽しいなぁ」なんてうかれて特訓をし始めるので、こういう弄る機会が減っていた。
まぁいい、そんななのは談議など。今話すべきはアリサのことで──これも間違っているような気がするが、気にしない。
そう、アリサはとても綺麗になったのだ。
それはもう傍目で見ても分かるほどにと言えば分かりやすいだろう。
その姿はもう……俺の妹とは誰も気付かないだろうな。
「誰が妹よっ!」
「いたっ!」
「いけーアリサちゃん! 私の敵をとってーっ!」
「なのはも調子乗りすぎ!」
「~~っ! 痛いよぉ、フェイトちゃーん」
「な、なのは」
俺のすぐ横で、なのはとフェイトが寸劇を始めた。
そこだけなんだかピンク色に染まってるように見える……ピンク……ガクブルだ。
その様子を微笑ましそうに見てるすずかがいる辺り、もはやお決まりのパターンなのかもしれない。
「アリサは昔に俺の妹になると言う設定があってだな」
「そんな設定聞いたこと無いわよ?」
「今考えたからね」
「口からでまかせ!?」
「いや、俺はきっと脳から出鱈目だと思うぞ?」
「自覚するあたりもはや無茶苦茶よね」
「生活はいつだって滅茶苦茶さ」
世間一般的に考えてね。ホームレスだしね。
そんなこんなでみんなで雑談。
みんなというのは、なのは、アリサ、すずか、フェイトというお馴染みのメンバーである。
そんなことより、こうやってみんな揃って話すのは実に久しぶりのような気がする。
誰かいないような気がするが、気のせいだろう。きっとそいつは友達じゃないんだ。思い出せないんだから……たぶん。
そしてこの時、まさかこの中の誰かが欠けることになるなんて夢にも思わなかっただろう……。
「嫌な事をナレーション風に言ってるんじゃないわよっ!」
「っち、ばれたか」
◆
もちろん誰かが消えると言うことない。
むしろ消える可能性があるのは俺と言っても過言では無い。
社会的にはいないも同然だしね。
それはさておき、俺は最後のなのはの魔法の練習を受けている。
最後の最後だけは、俺の望む魔法を教えられそうなら教えるという特訓内容もとい、練習内容である。
俺は何を教えてもらおうか色々と悩んだ。
電気にするべきか、炎にするべきか、また違う趣旨で転移魔法もいいかなと思った。
ねぐらを常に移動する。
ふと、どこからとも無くダンボールが現れては消える。
また違う場所に姿を現してはまた消える。
神出鬼没なダンボールハウス。
まさに警察の目を誤魔化すには絶好じゃないか。
これは逃走術にも、隠れるのにも利用できる。
そしてなにより、そう言った瞬間移動? みたいなものは男の憧れみたいなものである。
どこにでもいけるドア然り、気を頼りに飛ぶ瞬間移動然りだ。
そんな経緯があり、俺は結局転移魔法を教えてもらうことにした。
よく考えれば最初からこの形式で特訓あるいは練習をしていればかなりの無駄を削除できたような……無理か。
なのははああ見えてかなり頑固だから、自分が仕切ってやると決めたら引かなさそうだ。
「転移魔法……だよね?」
「ああ、できないのか?」
「そんなことはないけど……う~ん、専門ではないかな」
「専門って……なのはってもしかして砲撃とかバインドとか戦闘向きのしか出来ないんじゃ……」
「にゃはは……うん」
「とんだ戦闘狂だーー!」
まぁいい、まぁいいさ。この程度は予想できた。
なのはが役に立たないことを分かった上での、予想した上で転移魔法を教えてくれと頼んだんだ。
だから対策はもちろん考えてある。
「ということで、レイジングハート教えてくれないか?」
《はい。しかし、転移魔法は危険性が高く。私のようなデバイス無しで──》
「危険なのは重々承知」
《そう……ですか。マスター?》
「うん、私も出来ればやめて欲しいけど……」
一郎君も今まで頑張ったしこれぐらいはね? となのはが続けた。
無理やりにでも頑張らせられたと言ったら、なのは傷つくだろうなぁ。
でも、言ってもいいかな。俺はいつだって自分の気持ちに正直だし……。
そんな事を考えてるうちに、レイジングハートが転移魔法の原理と構築について解説し始めた。
昔にフェイトに言われたとおり、重要なのは正確に転移する先を定めること、とのこと。
少しでもそこで間違ってしまえば、どこかの世界へおさらばさっさ。
気楽で、孤独な独り旅へようこそになってしまうとのことだった。
なので、慎重に慎重に……、
「あれ? いま数字間違えなかった? しとしちを……」
「え?」
気付いたときにはもう遅かった。
なのはに指摘され詠唱すらも途中でやめてしまい、魔法が発動してしまった。
俺の周りが光に包まれ始める。
「え!? ややややばいよ! い、一郎君! レイジングハートなんとかならない!?」
《今干渉してますが、すでに発動状態です。どうになもなりません》
なのはが非常に慌ててる。俺の腕を掴もうとして魔法陣から出そうとするが俺が止める。
なのはまで一緒に来たら大変だからね。
確かに今自分は大変な状態なのだろうが、なんでだろう……ちょっと楽しくなってきた。
行く先の分からない旅と言えば、なんだかとっても楽しそうだ。
「何で一郎君はそんな暢気に笑ってるの!? いま、自分が大変なんだよ!?」
「いや、自分でも分かってる。もう手遅れなんだ」
「……一郎君?」
俺はまるで自分の死期を悟ったかのように呟く。
俺の最後の言葉をなのはに……。
「なのは、聞いてほしいことがあるんだ」
「……そ、そんな! これが最後みたいに言わないでよっ!」
「あのな……」
「い、一郎君! 駄目、行っちゃ駄目!!」
「俺はな、なのはのことがだ──」
「い、一郎君ーーーっ!」
「ダンボールが好き並には好きだよ?」
「す、すすす好き!? ……え、ダンボール? って、ふぇ~~っ! ダンボールと同じってどういうことなの!? そ、それよりどうしてやり遂げたみたいな清々しい顔をしてるの!?
い、いなくなっちゃうんだよ? 帰れなくなっちゃうんだよ!? どうしてそんなに笑顔……なんで親指立ててグッ! ってなんなのっ。え……グッドラックって軽い!? こんな状況なのに軽すぎるよ一郎君!?」
そして、俺はこの地を去った。
ちなみに、俺にとってのダンボールは利用価値がある、だからね。
{次回は色々。ええ、色々です、お試し期間って感じです。次回、果たしてイチローは世界をまたに駆けることができるのか!?}