「ねぇ、一郎君」
「なんだ、俺は今忙しいんだけど?」
「ごめんね、でも一つ聴きたいことがあるの」
「ん? なに?」
「なんで……なんでこんなところで必死に隠れてるの?」
「それはな、じ──」
「美由希! そっちにいたか!?」
「ううん、みつからない!」
「くっ! 危なかった。危うくトラップに引っかかるところだった」
森の中からそこかしこから人の声が聞こえる。
「こういうことだよ」
「……私のお父さんたちが、なんかごめんね」
「いや、いいなのはのせいじゃない」
しかし、現状は決していいとは言えなかった。
なぜ、このようなことに──本当のサバイバルのような状態になっているか。
これにはありとあらゆる海よりも深い理由があった。
◆
世間では、夏休みと言う学生の誰もが待ちに待っていた長期休暇に入ったようだった。
もちろん、これらの情報源はなのはたちからなので、ほぼ間違いないであろう。
なのはには、一人の姉と兄がいる。
彼・彼女の休みの時期までも把握した上での情報なので、ほとんどの人が夏休みに入ったころと考えられる。
それには社会人を除くのは当たり前だが、そこまで考慮する必要は無い。
ようは学生が昼間にうろついても怪しいか怪しくないかが重要なのである。
その点で言えば十分にクリアしているといえる。
「ふっ、今年も来たぜ。俺の小遣い稼ぎのときがな!」
いわば夏とは俺時代だ。
虫を売り、今まででは手に入らないようなお金・物を手に入れるができる季節である。
実際去年は、この「虫売り作戦」によって貧困を免れ、いや貧困であることは変わらないが飢え死にといった心配の減少に繋がった。
ということはもちろん今年も去年と同じように稼げば、また楽な生活が出来ると思うのは考えるまでも無いことだ。
そのため今年も去年と同じくして山への立て篭もりという一大決心をして、山に来たのだ。
昼夜間を問わずに、仕掛けを作り、罠を張り、虫をひたすら待った。
今年は去年とは違う場所での採取。
毎年同じところで採ってしまえば、虫が絶滅してしまうのではないかと言う危惧を抱いたためだった。
そして、この試みは大成功となる。
山篭り一日目にして、去年採ることの出来なかったであろう無視を手に入れることが出来た。
なんだかよく分からない金色のボディの背中には将軍という文字があったが、まぁ金色だし高く売れるだろう。
ちなみにカブトムシである。
また、俺と同じくカブトムシで生計を立てようとしたのか、よく分からないトラップもいくつかあった気がするがたぶん気のせいだろう。
マヨネーズって樹液代わりの餌になるはず無いしね。
きっとあれはマヨネーズの妖精だったに違いない。
それはさておき、かなり順調な滑り出しとなったのは事実だった。
その後も二日目・三日目と共にかなりの数が収穫でき、去年以上にお財布を潤せるんじゃないかと言う高鳴りが俺の心の中にあった。
そんな時だった、奴らが現れたのは……
「よし、今年はここでサバイバル訓練を行う」
いまどきサバイバル訓練ですか!? どこの兵隊ですか!?
いやまぁ人のことは言えないけど。
でも、俺の場合はホームレスだから仕方ないよね。
それに比べて、今来た人はどういう考えでそんな事をしようと……。
俄然興味が湧いたので、偵察を含め声の元をたどり行き着いてみればそこには思いがけない人物がいた。
な、なんで恭也さんが!? それに美由希さんに士郎さんまで。
高町家父、長男、長女が勢ぞろいしていた。彼らの姿を見たのはなのはの家に行った時以来、約二年ぶりだった。
おかしい……なんか全てがおかしいよ。
俺の中での常識と言う常識が崩れ落ちそうだよっ!
いや、それ以上に……まずいな。
ことの問題は、彼らがここにサバイバルに来ようが、ピクニックだろうが変わらない。
見つかってはいけないのだ。
見つかってしまえば、今までの努力と言う努力が全て無駄になってしまう。
彼らに捕まる→保護→ホームレス生活完。
見えすぎるほどに見えてしまう未来予想図。
なんとしても避けなければならない未来。
俺はすぐにマイホームへと戻り、早急に打開策を考えるに至った。
色々と案は考えた。
例えば、俺がここを出て行く。
確かに見つかる可能性は低くなるが、そうなるとお金儲けが出来なくなってしまう。
その場合は他の山に移動すればいい話なのだが……そう簡単に代わりの場所が見つかるとも考えにくい。
次にはなり潜めること。
しかし、コレも上に同じくお金儲けが出来なくなると言う欠点が……。
でもそれ以上に今の生活を失うのはそれ以上にいやだ。
となると両方を保つには、この山の保守と見つからないと言うのが条件になる。
結果として、
「よし追い返そう」
きわめて短絡的な結論になってしまったわけだった。
追い返すに当たって、まずは変装である。
身体に草木を纏い、出来うる限り同化させ気付かれないようにする。
このとき勘違いしてはいけないことは、決してダンボールなら身を隠せると言うことではないことだ。
ダンボールは確かに万能だが、ステルス機能は無い。
そして、次に罠を張り相手を追い返す準備をする。
この山が危険だと知れば、普通の人ならば立ち退き、追い返すことが出来ると思ったからだ。
しかし、このとき俺は忘れていた。
そもそも、普通の人ならばサバイバル訓練のためにこんなところに来るはずが無い事を。
◆
「何でこんなところに罠が……それに、人の気配がする……」
「ああ、そうだな。人の気配がするな」
「うん、気配があるね」
え、なにそれ? 『人の気配がする』って、意味が分からないんですけど?
あれか、ス○ウンターでもつかってるの!?
それとも気? 気なんですか!? 気が使えちゃったりするのですか!?
それは……同じ世界に住んでる人間としてどうかと思うよ。
そして、俺は彼らに追われることになった。
ミイラ取りがミイラにとはまさにこのこと……って、自分で皮肉を言ってる場合じゃなかった。
何とか見つからずに、それでも途中に罠を仕掛けながら何とかマイハウスに戻ることが出来たのだ。
まぁ罠と言ってもバナナの皮だから引っかかるとは思えな──
「きゃっ! きょ、恭ちゃん、お、恐ろしいトラップだよ! バナナの皮なんて!」
「「…………」」
世界って広いよね。
「それでこんな状況になっちゃったんだ」
「まぁね、ところでなのは」
「どうしたの、一郎君?」
「おまえは何でここにいるんだ。というか、なぜここにいると分かった?」
「まりょ──気配だよっ!」
「お前も戦闘民族だったのか!」
衝撃の事実発覚だよ。
でも、よくよく考えたらあの人たちの娘であり、妹であるから当然か。
救いなのは、なのはは運動能力が皆無と言うところか。
「それで、どうするの?」
「え? ああそうだな……」
おそらくこのまま、ここに引き篭もっていても、何れは見つかってしまう。
いや、すでにチェック状態で、チェックメイトまで数手前といえるほどに危機的状況には違いない。
今となっては、追い返すことも逃げ切ることも出来ない。
もはや万事休すか……。
「お父さんたちがいなくなればいいんだよね?」
「……なのは?」
「そうだよね?」
「まぁそうなんだけど……」
「うん! 分かった。じゃあ私に任せて!」
◆
「お父さんたちがいなくなればいいんだよね?」
「なのは?」
一郎君が、私を驚いた顔で見てくる。
何でそんなに驚くのかな?
さっき気配で場所が分かるって言ったけど、魔力も気配みたいなものだから嘘はついてないよね?
そのときもすごく驚いた顔をしてたけど、ただなんか……人外を見るような冷めた目だった気がするけど……気のせいだよね!
「そうだよね?」
「まぁそうなんだけど……」
「うん! 分かった。じゃあ私に任せて!」
なら任せて欲しいのっ!
いつも私の事を馬鹿にする、一郎君に今日と言う今日こそは、一郎君に私の力を見せ付けてやるんだから!
そうと決まれば、まずは交渉だよね。
交渉の仕方はもちろん知ってるよ、テレビでやってたから。
電話で交渉するんだよね?
じゃあ、まずはケータイを出し──
「い、痛いよぉ~、なんでぶったの!? 一郎君!」
うぅ~~、頭が痛いよ~~
いつも思うけど、一郎君って結構思いっきりぶってくるよね!?
女の子に優しくするって言う考えは無いのかな?
そういうことしてたら、モテないんだよ? お父さん言ってたもん!
「あ、今失礼なこと考えたろ」
「いたっ! またぶったーー! ひどいよぉ」
もう! そんなんだったらしらないよっ!
お父さんに捕まって、
「あ、拗ねた。全くこの程度拗ねるなんて……子供だな」
「子供じゃないもん! 暴力振るう人の方が子供だもん!」
「うっ……それは一理あるかもしれないな」
そうだよ? こんなことしてるとしゃべってくれるお友達減っちゃうよ?
「そうか……悪かったななのは」
「え? やっと分かってくれ──」
「言葉の暴力はいけないな」
「女の子に手お出すのをやめて欲しいって言ってるの!!」
分かってない、分かってないよ! 一郎君は満二ひとつも私の事を分かってないよ!
なんで、助けてあげるって言ってるのに、こうやって言うのかな?
一郎君は一体、私に何をして欲しいのかな?
「手を出すなんて……エロいななのは」
「ふぇ? ふぇ~~!? な、なんでそうなるの!?」
「だって女の子に手を出すなって……大丈夫だよ。俺はなのはにしか出さないから」
「え……あ、そっか。なら安心だね」
あれ? コレって安心でいいんだよね?
「とまぁ、なのはがいつまで経っても、状況を浴してくれないので自分で何とかする方法を思いついたから、もうなのはは用無しだな」
「え!? 用無しってひどくない!?」
「いや、ごめん嘘ついた。なのはは重要だ」
う~ん、いまいち一郎君の言ってることが分からないんだけど……。
これって褒められてるのかな? 褒められてるってことでいいんだよね?
「なんでそこで『えへへ』ってちょっと嬉しそうな顔をするんだよ……」
一郎君がすっごい深いため息してるんだけど……どうしてなのかな?
それで、なんで残念そうな顔を私に向けるの!?
「……はぁ、でもまぁいいさ。では作戦をいう」
急に目つきが真面目になる一郎君。
作戦って言うとなんだかかっこいいね!
「なのは俺と逆方向に、走って行きお兄ちゃんとお父さんだ大好きって言うんだ大声で」
「え?」
「以上だ、では武運を祈る」
一郎君はそう言うと、一気に逆側の茂みまで駆け抜けた。
そうすると、お父さんたちがその動きに気付き、一郎君の方に歩み寄って行く。
このタイミングしかないかな?
そう判断して、一郎君とは逆のほうにはし──
「いたっ!」
「「「なのは!?」」」
き、緊張したから転んじゃったよ……。
って、そんなこと心配してる場合じゃないよね。
一郎君に言われたとおりに……
「お兄ちゃんとお父さん──」
◆
「お兄ちゃんとお父さん大好き!」
「「なん……だと!?」」
よし、今だ。
注意がなのはに向かっているうちに避難を!
すぐにダンボールハウスを折りたたみ、なのはに心の中で感謝しながらもとは逆の方向に逃げる。
幸い二人はなのはに虜で、美由希さんはそんな二人に呆れて集中力もなくなっている。
そして案の定俺はその隙を突いて逃げ切ることに成功した。
今までの人生の中で一番の危機だった気がする。
しかし、それでも俺は生き残ることが出来た。
なのはには今度お礼をするとして、今は代わりの山を探さなければ……。
今年の夏も、虫で荒稼ぎだー!
…………。
にしても、この金色のカブトムシは売れるのだろうか?
{ネタだから許してください。いやもう……なんというか……言い訳はしませんが、ネタなので← 次回からはA’s編の予定。果たしてイチローの運命は!}