なのはたちがひろーい温泉でウハウハしてるであろう、今日この頃。
俺は若干の敗北感と劣等感にさいなまれながらも、いつかは貴族に復讐してやると心に誓う。
たぶん、アリサは貴族みたいなものだよね?
「ホームレスによる革命か……悪くないんじゃないかな」
市民革命より歴史に名を刻むのは明白な気がするな。
そんな革命を狙う俺の一日は早い。
朝の時間にしてもそうだ。
朝の時間は一通りが少ないので隠密行動が出来る。
ちょっとした忍者気分にもなれる。そう思うとちょっとした高揚感もでると言うものだ。
その忍者気分を味わいながら、獲物を仕留めに行く。
獲物と言うのはずばり魚である。
日が昇りきらない時間帯は魚をとるのに最適な時間の一つだと言えるだろう。
さすがに身一つで海に身体を投げ出し魚を素手、もしくはモリで捕まえるなど非効率的である。
なので俺は自家製の釣り道具一式で魚を釣り上げるのだ。
一匹でも連れれば儲けもの、二匹以上吊り上げられれば今日の食事に困らないと言うものだ。
今のところは平均で、二日に一度の割合で連れているのでそこそこ安定して入るだろうと思う。
もちろん、釣れない人もあるので、日々のルアー研究は重要である。
研究とは釣れるルアーを作る研究のことだ。
その研究に必要なのは、情報。
そう、この世界は情報が大切なのだ。
情報を得る為には、図書館を使うのが一番の有効手段である。
であるのだが、あまりにも頻繁に一人で行けば疑われること間違い無し。
逆に言えば、連れと一緒に行くことで怪しさ軽減することができるということだ。
「今日、図書館に行くから一緒に行く?」
これ以上ないほどのありがたい申し出だった。
俺は週に一回は誘ってくれるすずかのお誘いを受け入れて図書館に行くのだ。
その上、彼女の図書カードを使って本も借りさせてくれる……。
俺にとって救いの女神のような、そんな存在である。
何にも役に立たないなのはとは大違いだ。
──あ、でも電気の充電には役に立ってるか。肉体労働だけど。しかも無賃金だしね。
さすがにすずかに無償でこういう事をしてもらうのは自分の力だけと言うのに反しているような気がするので、
等価交換?
和平交渉?
どちらも間違っているような気がするが、つまり協力関係と言うことで、こちらは対価になのはの人権をあげた。
…………。
と、それじゃあ何にも役に立たないので、すずかが直して欲しいもの直し、作って欲しい物を作った。
こんなことはすずかのお姉さん、そして俺の師匠とも言うべき忍さんでも出来ると思うのだが、すずかがそう掲示してきたので望んだとおりにやった。
「気持ちが大切なんだよ、一郎君」
とはすずかの名言である。
もしかしたら聖人君子と言う言葉はすずかの事を言うのかもしれないな。
ちなみになのはには、特に対価は与えていなかったりもする。
だってなのははちょっと楽しんでいる節があるんだもん。
閑話休題。元の話──俺の日々の生活の話が逸れてしまった。
釣り……つまりは食料調達のために図書館を利用するのは、俺の日々の中の一つではあるのだがそんなに比重が大きいわけではなかったりする。
ならば、何に最も時間をつかっているかと言うと、機械の勉強と研究だ。
行動できない時間帯のほとんど全てがこれに費やしているので、日々の行動で一番やっていることだと言えるだろう。
なんという勤勉な……もしかしたらガリ勉の代表になれるかもしれない。
ガリにはいろんな意味が含まれてるけどね。
そんなわけでホームレスで革命家なガリ勉の万屋一郎はこういった日々を楽しみながら必死に生きている。
「あれ? そういえば、俺の名前って決まっていないはず……」
◆
「雨が降らないのは……うん、実にいいことだ」
普通のダンボールハウスは雨に弱い。
ダンボールハウスに普通があるのかどうかはさておき、ダンボールは水に弱い。
なので、ダンボールハウスにとって雨は天敵ともいうべきものだから、晴れと言うのは望ましいものだ。
もっとも、雨対策のしていないダンボールハウスがあるかといわれれば間違いなくないだろうと思う。
そんなダンボールハウス種の中でもたぶん俺のは異端であろう。
水の上を移動できる、折りたたみ可能、移動可能であっと驚く新素材のてんこ盛りだから。
常に生活の向上を考えている俺としては、ダンボールの可能性の研究もまたその一端だ。
次はこうしようああしようと、色々と思案は出すものの実現可能なのは難しかった。
最終手段は鉄で固めるとかでもよくない? と思ったが、それではダンボールの意味が無いので却下した。
そうなるといよいよダンボールの研究は、詰まり始める。
「しばらくは手詰まりっぽいな……せめてダンボール風呂は作ってみたかったけど、しょうがない諦めるか」
出来れば今年の冬までには作ってみたかった。
冬の間はさすがに水で身体を洗うと言うわけには行かないので、わざわざお湯を沸かし、拾ってきたやかんと濡れタオルを駆使してなんとかした。
すでに二回経験したから今年もそれで大丈夫といえば大丈夫なんだけど……、
「結構面倒なんだよな」
お風呂を作って入るにしろ、火を駆使しなくてはならないのだが、やかんと濡れタオルを駆使するほどの面倒さではないんじゃないのだろうか。
「どちらにしろ先のことばっかし考えてもしょうがないか」
ホームレスなんて、明日の保証も無いぐらいだしね。
そう思いながらあたりを見渡すと夕暮れ時になっていた。
あまり行動を起こさない日は考え事をしてると、こうやって時間がすぐにすぎていってしまう。
普段ならこれから狩りの時間だが、今日は朝釣った魚がまだ残っているので、ご飯の心配も要らなかった。
ボーツとしながら海に沈む太陽を眺めていると、防波堤にポツリと人影が見えた。
その人影はだんだん遠ざかっているようにも見えるが、ただ特徴的なその髪型となんだか暗い雰囲気を纏っているのを見逃さなかった。
「何を寂しそうにとぼとぼ歩いてんだ?」
なのはに対して何かを一緒に心配して、相談相手になるようなことは……俺には無理かな。
それならいっそのこと無視をするか。
とは言うものの、やっぱり気になったのでさっきよりも近づいてみる。
そうすると、独りで悲しそうに歩いているのがよく分かった。
……ああ、なんとなく分かったぞ。
大方アリサとすずかと喧嘩したんだな。
だから二人の姿も見えないし、今日は特別用事のあるようなことも言ってなかったしな、アリサは。
それなら……大丈夫かな。
俺がわざわざ出る幕でもないだろ。あの三人ならなんだかんだで仲直り、むしろよりいっそうの固い絆で結ばれるようなタイプだしな。
喧嘩するほど仲がいいとも言うし──何より、あのかまってちゃんオーラが気に食わん。
なのはには心の中で一瞥し、俺は自分の家のある場所へと帰った。
帰る途中、あんななのはの姿を見たせいか若干気になりはしたものの、何となるだろうと自分の心にも念を押し、早めに寝ることにした。
◆
俺の朝は早い。
俺の朝は小鳥がチュンチュンと言い出すよりもさらに早く、社会人のみなさんが早起きするよりもはや──
「一郎! 出て来なさいよ! いるのは分かってるのよ!」
お嬢様って働いてる社会人より起きるの早いの?
どっかの偉いケーキのお嬢様(女王だってお嬢様みたいなものだよね?)の発言からして、優雅にのんびりと起きるのかと思ったけど……。
もちろんケーキのお嬢様についてだって、俺は全然知らないけどね。
それによくよく考えればアリサとは少しの間だけ一緒に過ごして……たけど、ほとんど朝は一緒にいなかったし、隔離のような状態だったから知らないのは当然か。
「いるのは分かってるんだから早くしなさいよー!」
騒ぐ、というほど大声と言うわけでなく、中に居るであろう人──俺に必死に呼びかけてるみたいだが、こんな朝から付き合うのはいささか面倒であるのでだんまりを選択。
アリサ悪いな、俺じつは低血圧なんだよ。
……驚愕の事実でもなんでもないな。
「ちょっと、早くしなさいよっ! い、いるんでしょ!? 分かってるんだから」
無反応なのでちょっと慌てだしたのか? 声に若干の振るえと戸惑いがあるように感じる。
あんまりやりすぎるのもかわいそうだと思ってでようかなと一瞬思ったんだけど……。
なんだか面白いことになってきそうなので、もうちょい様子を見るか。
そっとアリサの見えない位置からアリサの様子を覗きこんでみる。
そこには、強気の表情とは裏腹に少し不安げにしてるのが分かった。
本当にいるのかしら? そんな感じだと思う。
「い、いるのよね? 私には分かってるのよ……」
後半になるほど声が小さくなっていった。
もう少しで諦めてくれるのではないだろうか?
そう思いながらも心の底では、「あれ? ちょっと篭城戦みたいで楽しいような」なんて思ったりもしている。
「い、いい加減にでてきてくれないかしら? せ、せっかく来たのに……」
あれ? なんか一瞬乙女チックに見えたような……幻覚だよね?
きっと朝早起きしすぎて寝ぼけてるんだ、そうに違いない。
アリサは確かに綺麗でかわいいのは認めているが、乙女なんて言葉決して似合わない性格だし。
そして、それは同時に儚げと言う言葉も似合わないと言うことだ。
それなのに今のアリサはなんだか心配事があるようで、その心配事を俺に──
「一郎にわざわざ会いに来たのに……」
相談事があるようだね。
でも、相談する相手は選んで欲しいものだ。
確かに過去に一度、アリサに心配事を打ち明けてもらったことはあるが、そんなに大したことは出来なかったし。
何より、アリサの心配事、相談内容についてだって察しがつく。
なのはのあんな姿を見たのが昨日の今日だからね。
「察しはつくよ」
「一郎!?」
「おはよう、あり──ひでぶっ!」
朝なので、朝らしくさわやかな笑顔と挨拶で若干暗くなりかけた雰囲気をぶっ飛ばそうとしたのに、ぶっ飛ばされたのは俺の方だった。
てか、アリサって意外と力があるよね!
「はぁスッキリしたわ。ありがとう、一郎」
「え? ああ、お役に立てて何より……って! 俺はストレス発散機!?」
ひどい……ひどすぎる!
未だかつて無いほどの雑な扱いな上に、ただ理不尽な暴力を受けているだけだ。
俺が理由を知らなかったら、あまりの理不尽さに殴り返してたよ。3倍で。
それにしても、意を決して相談を受けようとしたのに……。
杞憂だったのかなぁ。
「一郎に相談したところで解決しないんだからしょうがないじゃない。むしろ、ここで私のストレスを向ける相手に選ばれた事を感謝した方がいいわよ?」
「り、理不尽だ! どうせ、アリサが女王だったら『パンが無ければケーキを食えばいい』って言うんだろ!」
「違うわ。『パンが無ければパンを作ればいいじゃない』よ」
「解決になってないよ!」
「分かってないわね。錬金術よ、錬金術」
「等価交換ですか!? 何と?」
「自分の命じゃないかしら?」
「生きるために命をささげたら意味無いな」
得てして現実とは非情で、上に立つものなどしたのやつのこと考えていないことばっかしだ。
まぁさすがにアリサ女王はやりすぎだと思うけどね。
「でも、本当にスッキリしたわ。ありがとう」
「……ははは」
ありがとうと言う、アリサの顔はとても良い表情をしたので問いただすことも出来ず、ただただ笑うしかなかった。
『可愛いは正義』って言葉って在るんだなと思った瞬間だ。
どうりで男女関係において世の中男に理不尽なことが多いわけだ。
もちろん、女性にも色々とあるだろうけどね。
「じゃあ、私は帰るわね」
「本当に殴りに来ただけかよ……」
「そうよ。ああ、後コレね」
「お、これは!?」
「まぁ……等価交換よ」
「等価交換、ね。なら……しょうがないな」
「そういうことよ。それじゃあまたね、一郎」
「ああ、またな」
俺が返事を返すと満足した顔で、おそらくは執事の鮫島さんが待つであろう車のある場所へ戻っていった。
アリサも満足だったみたいだが、俺もまぁコレが手に入ることが出来たのなら概ね満足でもある。
よし、今日はさっそくコレの使い道でも考えるか。
ああ、まるで心が躍るようだ……。
まさかコレが手に入るとは……。コレが……。
{引っ張りと言う名のおちってあり? すずかは作者がどうしても書きたかっただけ。後悔はしてない}