夢なんてものはいつだって明確に覚えていることなど出来ないものだ。
だから、俺だって昨日に見た夢を明確に覚えているわけがない。
昨日の夢を思い起こそうにも、赤い宝石とそれがなんだか高そうだったなと言うことが一つ。
なんだかファンタジーっぽかったなというこの二つぐらいしか覚えていない。
いや、もっと正確にはどこか見覚えのある公園も覚えているのだが……まぁそんなこともあるはずもないだろう。
あまりにもファンタジーで飛びぬけている夢だった気がするので、まさか!? そんな……あの公園が!? みたいなことはないだろう。
なので、今日もいつも通りにしていこう。
「今日の予定はっと……」
一週間ごとに決められた簡易な予定表みたいなものを確認する。
今日は月曜日だから……学校は始まってるのでお昼の行動は控えて、大人しく洗濯か。
ついで、三日に一度の電気の充電日か。
では、まず洗濯からはじめようとするか。
俺の服装は、初期──いわゆるデフォルトでついていた服が一つ。
これは転生時にすでに装着されていたものだ。
まぁこれぐらいは神のご加護を受けた、もしくは与えられたものかもしれないが……こんなものくれるならもっとましなものもあるだろうにと思う。
例えば……余りあるお金とか。
どうせ、世界はお金を中心に動いてるんだ。
ホームレスをやっていく上でどうしても悟ってしまう現実の一つと言うやつかもしれない。
すでに数十回と悟ってしまっているので本当に今更の話ではあるのだが。
お金がなければ服は買えない。
これは周知の事実だが、なぜそんな俺が他にも服を持っているかと言うと……実のところお金がないわけでもないのだ。
日々の積み重ねの缶による微々たる収入に去年の夏に稼いだ、昆虫のお金。
一応秋には、鈴虫とかを捕まえて売ってみたりもしたが……売れないこともない、が大した収入でもなかった。
無いよりはましかもしれないが。
そんなわけで、お金は今も手元には残っている。
しかし、これはいざと言うときのためのである、ホイホイ使えるものではない。
それこそ食費に回すべきものだ。
ならばどうやって服を貰ったか。
答えは至極簡単で貰ったのである。
いやいや、嬉しい誤算と言うのがあったのだ。
虫の物々交換のときの対象は、子供持ちの家庭というのが上手く回ったのだ。
つまりは、お下がりを貰っちゃったり?
これ自体は向こうもリサイクル……じゃないかこの場合はリユースのつもりでくれるので素直に受け取った。
地球環境を考えなくちゃね!
エコを心がけ、無駄なものは買わずリサイクルしリユースし、リデュースしなくちゃね。
服のお下がりを貰って、リユース。
スーパーのダンボールを使って、リサイクル。
最小限のお買い物で、リデュース。
なんてエコなホームレス生活なんだ。
まさに俺は地球に優しい男と言っても過言じゃないかもしれない。
でも、市場や経済的には問題のホームレス生活かもしれないけどね。
ちなみに、俺の靴は道端に棄てられたよくある片方だけの靴とかを集め、洗い、同じ形になるように修正したものだ。
普段はもっと難しい機械を弄っているのだからこの程度楽である。
まぁ服の修繕もして裁縫もかなり上手くなった、ならざるを得なくなったおかげでもあるかもしれないけど。
人間危機的状況にいれば嫌でも生きていくために技術が磨かれていくものだ。
この調子で頑張れば、なんか万能になれる気がしてきた。
そう思うと……ちょっとこれから先にも光が見えてくるようだった。
「万能ホームレスか……ふふ、万屋でも開くかな」
俺の将来は果てしなく無限大のような気がする。
◆
「なのは、桜って食べられるんだよ?」
「え? そうなの!? あれ? こんな感じの会話が前にもあったような……」
そこは気にしたら負けの理論だぞ、なのは。
だが、あえて言わずに話を進ませ貰うとしよう。
「ああ、桜餅って言うだろ? あれは桜でもちを作るから桜餅って言うんだ」
「一郎君って物知りなんだぁ」
「そういうことで、美味しい桜食べたいか?」
「うんっ!」
「よし、じゃあ桜を集めて来い!」
「分かったの!」
久々に学校帰りによってきたので、桜を集めさせようとした。
ちょっとした冗談のつもりで言ったのだが、真に受けて桜を探しになのはは駆けて行った。
思わずその真剣な眼差しに笑ってしまいそうになったがここは必死に耐えた。
しかし、なのはは五分も立たずに、顔を真っ赤にしながら息を乱して再びここに戻ってきた。
「って一郎君、私はそんな話をしに来たんじゃないのっ!」
俺の家──現在は川付近の生い茂る草の中に迷彩して置いてある。
その家にわざわざ来たからには何かしらの用事があるのだろうとは思っていたのだが、ついついなのはがいるとこう……ね?
悪戯心に火がついしまうのだ。
「じゃあ、何しに来たんだ?」
「あのね、今日の帰りにね、公園で傷ついてるフェレットを見つけたの」
「フェレット……か」
フェレット……調べたことが分からないがイタチのようなものだったかな。
イタチってのもあまりイメージ湧かないけど、思い浮かぶのは狐のような形。
狐と言えば対比するのは狸で。
狸と言えば狸鍋で……。
「なるほど、桜ではなくイタチを調理しようと、そういうことか。狸鍋みたいに」
「ち、違うよ! 」
狸鍋じゃないだと!?
ということは、狐鍋?
そんなのは……いや、ありえるかもしれない。
確かどこかの童話で狐を食べる話があったような……。
あ、そうか。もっと単純な話であり、誰もが知っているあの料理の方かもしれない。
とするならば、そもそも鍋じゃない。
これはおそらく、
「本物の狐で狐うどんと言うことか」
「え? フェレットだよ?」
フェレットうどんか……なのはは中々にマニアックなものを思し召しのようだね。
しかし、頼まれたからにはやって見せようじゃないか。
ホームレスの名にかけて!
「で、その食材はどこだ?」
「食材?」
「フェレットのことだよ」
「フェレットはいま病院で怪我を治してもらってるよ? でね、そのフェレットなんだけど……」
フェレットは今病院で消毒中、なのはの話はつまるとこそ言う話だった気がする。
気がすると言うのは、あまりなのはの話を聞けなかったからだ。
フェレットをどう調理しようか悩んでいたのがいけなかったのかもしれない。
その後、事情を全部話したらスッキリしたような顔で、「また明日ね」と言って家に帰って行った。
あ、なのはに重要な事を言うのを忘れていた。
調味料は持参だぞって。
……まぁいいか、久々に消毒まで完璧な生きのいい食材が手に入るんだから文句は言ってられない。
なのはが食材を持ってくるのを待っていればいいだけなんだから。
そうと決まれば、今夜は早めに寝ておくとしよう。
「今日は疲れ──ん? なんか聞こえたような?」
寝ようと思った瞬間に、どこからか声が聞こえた気がした。
気がしたが周りを見ても何も無いので、幻聴ではないかと考える。
しかし、確かに「助けて」と言っていたような気がするが……ま、気のせいか。
今日はよほど疲れたのだろう。
こういう日もあるさ。
そう思いながら俺は今日の疲れをとるべく、布団ではなく毛布に身体をくるめ寝ることにした。
◆
フェレットのことなどいっそ忘れてしまおう。そんな都合のいい食材は手に入るはずが無い。
こう思ったのは、なのはは結局ここにフェレットをつれてくることがなかったからだ。
フェレットの話を持ち出した一週間後くらいに、しょげてるなのはが一人でここを訪れた。
ここに来たのはおそらく相談したかったのだろうが、あいにく俺には相談相手なんていう高等な対応が出来そうになかったので、
その変わりになのはを徹底的に弄ってやった。
そうすると帰るころには少しだけスッキリしたのか、少しはれたような顔をして家に帰った。
なのはは何に悩んで悔やんでいたのかは知らないが、誰かと喧嘩したとかそんなところだろう。
あれ以来なのははここに顔を出していない。
最近では三人一緒にいる姿を春休み以来見ていない気がする。
まぁ別にあいつらが来なくても寂しくなんかないからいい……。
寂しくない……よ?
戯言はさておき、そんな事を思っていると俺の願いが届いたのか今日は久々に三人一緒にやってきた。
「俺の想いがアリサに伝わった?」
「何気持ち悪いこと言ってるのよ」
一刀両断の一言だった。
俺の繊細で傷つきやすいガラスの心を丸ごと真っ二つにされた気分だ。
でも、逆にここまで綺麗に言われると、アニメなどで見る繊維にそって切ると言う達人業のように元に戻すことも可能である。
「ふっ、ツンデレか」
「だ・れ・が!」
アリサは地団駄をしながら顔を真っ赤にして怒っている。
もはやお決まりの言い回しだが、この反応がひどく懐かしく思う……こうやってじっくり見ると、怒ってる姿も非常に可愛いものだ。
そう感じさせるのは懐かしさゆえかもしれないが。
「なによ? こっちをじろじろ見て」
「いや、アリサが懐かしいように思えて」
「どういう意味よ?」
そのまんまの意味だけど、そうだな。
ここはあえて伏せとくとしよう。
そんなことより彼女たちが三人揃ってここにくると言うときはたいてい何かしらの用事があるときだ。
「何しに来たの?」
「私たちがわざわざ来たのにその反応?」
「アリサちゃん落ち着いて」
すずかがアリサを押さえ込む。
みごとにアリサのストッパーと言うポジションを獲得している。
横から見ると夫婦漫才に見えないことも無いから、きっと将来はアリサのいいお嫁さんになるだろう。
そのときは是非とも我が、結婚式場・ダンボールの広場(メイドインイチロー)でやってもらいたいものだ。
我が妹の結婚式……さぞかし綺麗な姿だろう。
「何にやけてるのよ、気持ち悪いわね」
「アリサちゃん、一郎君だから仕方ないよ」
なのはがなんかいつもの仕返しとでも言いたげな感じで言ってきてちょっとむかついたから無視するとして、
今日のアリサは二言目には気持ち悪いって……い、意外と傷つくんだよ?
なんてったって、ガラスのハートだからね。
ガラスゆえにお取替えできます。
今なら何と、ダンボールの心もついてきますよ!
「いま、一郎君に無視されたような……」
「いつものことだろ」
「そっか、いつものことだよねっ!」
「……すっかり洗脳されてるわね、なのは」
洗脳なんて失礼な、マインドコントロールと言っていただきたい。
「まぁいいわ、そんなことより」
「そ、そんなことより!?」
アリサでさえ、なのはのことはそんなことより扱いされて可哀想に。
しょうがないから、俺がなのはを励ましてやることにしよう。
「大丈夫だぞ、なのは。俺はなのはのことなんて無視しないし殴ったりしない」
「ほんと?」
少し涙目で上目遣いとは……これは、すごいな。
だが……俺は決して屈しない! 媚びない! 落ちこぼれない! その程度俺が落ちると思うてか!
「ああ、本当だ。だから、これからも自転車で運動して運動音痴を直してみんなを見返してやろうな!」
「うん! がんばるっ!」
「じゃあ、アリサなんて放っておいてさっそく行こうか」
「わかったのっ」
なのははそう言うとさっそうと全自動発電機に乗り、一生懸命こぎ始めた。
なのはは結構な頑張りやさんなので、彼女がやりだすとかなりの電気がたまるので実にありがたいことだった。
「こうやってコントロールしてるのね」
汚い生き物を見るかのような感情のこもっていない視線を俺に送るアリサだが、生きるためにはしょうがないのだ。
世の中弱肉強食なんだよ。
「はぁ……じゃあ、今日ここに来た本題だけど、週末に温泉旅行に行くのよ」
「へぇ、で?」
「で、って一緒に行かないってことよ」
「せっかく行くならみんな一緒のほうが楽しいってアリサちゃんが言ったんだよ?」
「ちょっ、すずかよけいなことを」
俺を誘うのにどんなやり取りがあったかはすずかの話でなんとなく想像できるが……。
アリサめ、ちゃんと可愛いところがあるじゃないか。
でも……、
「行くことはできないな」
「お、お金の問題な──」
「お金じゃなくて、他にも問題があるだろ?」
子供だけで行くことなんてできないから家族ぐるみであることは間違いない。
そうなると必要以上の人と関わることになるのは明白だった。
そしてそれは、せめて義務教育を終わる年頃までは避けたいことでもある。
なので、一緒に行くことはできないんだな。
そりゃあ、暖かい大きなお風呂には憧れるけどね。
「まぁなのはたちで楽しんできなよ。俺はその間に空──」
「警察呼ぶ?」
「いてる家を守護するよ。ああ、任せておいてくれ」
「そう、なら分かったわ。それじゃあせいぜい護っておいてね」
「ふふふ、相変わらず一郎君は面白いね」
ふっ油断も隙もないやつだな。
も、もちろんギャグでそう言おうとしただけさ、おかげですずかも笑ってくれたしね。
アリサたちの用件も終わったので、この後俺たちは必死に自転車をこぐなのはを背にダンボール製ジェンガ(無駄にでかい)を日が傾き始めるころまでやり、解散した。
それにしても温泉か……ダンボール風呂って作れないだろうか。
{原作開始……でも介入はまだ先ですよー見ての通り。今回ギャグ少なめ?}