「もうっ! なんでこんなに分からず屋なのよ!」
「いやいや、分からず屋なのはアリサのほうじゃ」
「一郎がここを動こうとしないからじゃない!」
「いや、しょっちゅう移動はしてるよ?」
「そういう意味じゃないわよ!」
「っと、危ない。そう何度もぶたれるわけには──痛っ! ま、幻の左手……だと!?」
「どこのシャーマンよ!」
「いや、イタコだよ?」
「だーかーらー!」
一郎としゃべるのはとても面白いけど、いっこうに話が進まないのがたまに傷よね。
私の言いたいことが全く伝わらない。
こんなにもしゃべっているのに、話をして、毎日と言うほど説得しにきているのに……。
「どうしたアリサ、悩んだ顔をして。悩み事ならお兄ちゃんが──」
「あんたはなんだかんだで気に入ってるのね、お兄ちゃんってポジション」
「からかうのに最適かな、と」
私の一度きりの発言でそれ以来なにかあれば、すぐにお兄ちゃんお兄ちゃんと言うのだから鬱陶しくてしょうがない。
あまりに何度も連呼するものだから、もはや突っ込む気力すらも湧かないものと言うものだ。
「はいはい、お兄ちゃんは優しいですね!」
「むっ。お兄ちゃんには冷たいんだね」
「だれがっ! 私は優しいわよ?」
そうよ……。
毎日こうしておにい──ま、間違えちゃったじゃない! あのバカのせいで!
こうやって来てやってるんだから、優しいじゃない。
それが分からない、一郎なんて……。
「でも、まぁ毎日大変そうなのに来てくれるおかげで暇はしないね。そういう意味では感謝してるかな」
「な……ば、バカっ! 嘘つくんじゃないわよ!」
「あれ? なんで俺が怒られてる?」
か、感謝されたって何も出来ないんだから……急に変なこと言うんじゃないわよ……。
そ、それに私はただ一郎が、わ……私の家に戻ってきて……。
な、何言ってるのかしら、私は。
バカみたいじゃない。
こんなバカのためにバカなことを考えるなんて本当にバカみたい……。
「あ、今日はパンの耳貰い忘れた」
「バカじゃないの!」
本当に一郎はバカよね。
だからいつも私が帰ってくればいいって言ってるのに。
言ってあげてるのに、なんで分かってくれないのかしら。
いい加減に腹が立ってくるわよ。
「いい加減に腹が減ってくるわよ? ならパンの耳でも」
「そんなところが拾わなくていいのよ! それに減ってるじゃなくて立ってる!」
「アリサフラグが?」
「誰が一郎なんかと!」
「そ、その一言は結構傷つくぞ! 特になんかが!」
いいいのよ、一郎なんてなんかで。
いつも私にばかり迷惑かけるんだから、それで十分よ。
悔しかったら……悔しかったら……も、戻ってきてよ。
…………。
な、なんて言えないわよ。
私にプライドにかけてもいえないわよ。
言ったら、なんか負けた気がするじゃない。
それにこんな事を言ったてまえ、それを使って一郎はまた私をからかうに決まってるわ。
だから死んでも言ってやらないんだからっ!
「まぁいいけどさ。……そんなことより、アリサ」
「……なによ?」
「なんでそんなに膨れっ面なんだよ?」
べ、別に怒ってもいないし、やけにもなってないわよ。
「うるさいわね」
「はぁ……気付いてるよな?」
「なにがかしら?」
「あれ」
「……あれね」
「ああ、あれだ」
あれとは何か。
ひょこりと草むらに見える栗色の髪のような物体。
ときたま、ぴょこんと動くのが私から見てもかわいらしく見える。
それがまた生き物のように感じるのだけれど、どこか見覚えのあるものだった。
それは、私の親友のものに非常に似通っているもの。
「まだ放置してるのかしら?」
「ある程度はフォローもしてるけど。あれはあれで面白いからね、ただ」
「ただ?」
「そろそろかわいそうに見えてきた……」
「……ほどほどにしときなさいよ。私からもフォローは出来るようにしとくけど」
「ああ、サンキュー、悪いね」
「べ、別にあんたの為なんかじゃないんだからっ!」
「はは、そりゃそうだ」
本当に……私の周りには世話のかかる人ばっかしよね。
自分で自分の将来も心配だけど、あんたたちの将来もとても不安よ……。
一郎に関しては現在進行形だけどね。
◆
彼こと鈴木一郎君(仮)に、初めて出会ったのは、公園で一人寂しく砂遊びをしていた時だった。
一人寂しく……私のお父さんがとある事故によって大怪我をして入院をしていた時だった。
この話自体はそれほど暗い話じゃない。
いや、実際は暗いのだろうけど今でこそ前と変わらず元気にしているので過去の話と言うことだ。
だから重要なのはそんなところじゃない。
本当に重要なのはそんな時に彼に会った事。
今考えても不思議な出会いだったと思う。
だって……いきなり現れたと思ったら一人、砂ですごいものを作るんだもん。
それはもう……すごく、すーっごく驚いたの。
一郎君はいい汗かいたといわんばっかしに汗を拭った、その姿を見てついつい声をかけてしまった。
そして、その場の勢いでリクエストまで言っちゃって……そしたら答えてくれちゃって……。
嬉しかった。
とても嬉しかった。
でも……。
本当は……すごく怖かった。
自分でも分かってる。
人付き合いがあまり上手くないことは。だから、今までだって……。
そ、そんなことはどうでもいいの!
今は友達が出来たから! 大切な……とてもとても大切な。
アリサちゃんの聞くところによれば、実は裏で一郎君が色々とやってくれたって言ってたけど……どうなのかな?
一郎君には悪いけど、あまり気の回る人とは思えない。
それは、普段の自分の扱いからして。
何かあったら、すぐぶつ……。
暴力は振るわないって約束したのにっ!
私だって約束したから振ってないんだよ? 一郎君は分かってるのかな?
本当はアリサちゃんを叩きそうになったけど……でも、それは一郎君に言われる前だから大丈夫だよね?
セーフだよね。
今でもそうだけど、一郎君は本当に何者なのか分からない。
自分が寂しかったときに、急に現れて、自分が助けて欲しかったときに急にいなくなった。
嵐のような子……なのかな?
ううん、嵐のような言うより嵐そのものかもしれないよね。
そんな一郎君は今は独り暮らしをしていると言う。
本人曰く、
「ダンボールはごみでも、ましてやリサイクルでもなく。自分にとっては間違いなく家なんだ」
それはつまり、ダンボールの家で一人ぐらいをしているってことだよね?
雨の日とかどうするのかな?
疑問に思い一度聞いたことがあった。
そのときに一郎君は自信満々に、
「これがこのダンボール108式の一つ。ビニールガードだ」
とかいい、天井からたれている紐をビッと引っ張ったら、勢いよく青いビニールシートがダンボールハウスを包み込んだのは今でも印象的に残っている。
え!? 一郎君って博士さんだったの!?
どうりで個性的な服装と性格をしていると思ったよぅ。
それなら今までの行動も説明がつくね。
これまでの行動──ひたすら機械を弄繰り回したり、ダンボールハウスをなにやら改造っぽい事をしていたり。
それが出来ると海に叫んだりしたり……それはもう数々の奇行に。
その姿が少し怖くて私は話しかけることが出来なかった。
出来なかったので、向こうからは見えないと思われる草陰からよく一郎君を眺めていた。
最近では、アリサちゃんたちと学校で別れた後にそれを見に行くのがちょっとした習慣になったりもしている。
そうすると、別れたはずのアリサちゃんが一郎君の家に来るのをよく見るようになった。
一郎君とアリサちゃんって本当に兄妹なのかな?
だとすると一郎君は本当は外国の人なのかなぁ。
そういえば、どことなくアリサちゃんに似ているような……性格が。
じゃあ、本名も本当はバニングスなのかな?
でも本人は鈴木一郎だって言ってたし……もうっ! わかんないよ!
なぞが深まるばかりだよぅ。
今日も今日とて、一郎君の家の前の草むらの中。
いつものように、影からこっそり一郎君の行動を眺めていた時だった。
にはは、今日も一郎君は私に気付いてないの。
これはもしかしたら一種の才能なんじゃないかな?
でも……いつになったら気付いてくれるのかな?
ある種の達成感を感じながらも、どこか寂しいと言う気持ちもあった。
そんな時だった。
一郎君が一人でポツリとやや大きめの音量で言った。
「これで約半年か。雨空の梅雨の時期はかわいい水玉の傘を差して。
暑い夏空の下、さらには苦手で嫌いであろう虫が飛び回り、夏休みの貴重な時間をかわいいミニスカで影潜み。
虫たちの音色がそこら中に響き渡り、台風の激しい風と雨の中傘が壊れて泣きながら。
約半年。毎日毎日ご苦労なことだ。本人は必死に隠れるものだから気付かない振りをしていたけど、いい加減にかわいそうになったよ。
だから、今日はあえて言おう。このまだ秋が過ぎて間もないと言うのに地球温暖化など全く気にしないこの寒冷の日に。
いつも、その栗色のツインテールが丸見えだ。高町なのは」
「ふぇ!?」
一瞬、あまりの長セリフに何を言っているか分からなかった。
でも、一郎君が私が隠れている草むらをじっと見つめてくるもんだから少しずつ理解できるようになる。
ええと、これは一郎君が私が隠れてみてるのを知ってたってことなのかな?
分かってて、あんな変な事をしてたということは……、
「一郎君ってもしかして、かなりの変人?」
「し、失礼なこと言うな!」
い、痛いよぅ。
何ですぐぶつの!? 女の子にすぐ暴力振ると嫌われるよ!
「俺はなのは程度なら嫌われても問題は無いけど?」
「いつにもましてひどいの!」
「いつにもましてって……ストーカーに言われたくない。そもそも俺を変人ってストーカーななのはの方がよっぽどへんじ──」
「一郎君と一緒にしないでよ!」
「ひどっ!」
ひどくないもんっ!
だって一郎君は私が雨の中寒かったけど必死に我慢して眺めていたのを見たり、暑い夏の中虫さんたちの羽の音に怯えてたのを楽しんだり、
台風の日に、傘が壊れて泣いていたのを無視してたんだよね?
そっちの方がよっぽどひどいよ!
「だから傘は直してやっただろ……」
「うっ……そうだけど」
「それに俺はなのはがここに来るのを知ってたから、来るだろう時間帯にはいつもここにいただろ?」
「え? ……意味がわからないんだけど?」
「……はぁ」
な、なんでそんなに面倒くさそうな顔をするの!
ため息もやけに長かった気がするよっ!
「あのな、いつもここにいたら問題だろ?」
「え? なんで?」
「詳しい法律の話しはなのはに到底理解できないから省くとし──」
「わ、わかるよ!」
「……本当かよ」
法律でしょ?
泥棒さんはいけませんとか、人のものは盗っちゃいけませんとか、お金を盗ったらいけませんとかの。
それぐらい私も分かるもん。
「うーん。なら、分かりやすく簡単に言うなら。だつぜ──おっとこれ以上は言えないな。
まぁつまりは、ここにずっといたら他の人の迷惑になるから、日々場所を移動してるってことだよ」
「場所を……移動?」
「そう……ここ、こう押すと……」
「わっ! す、すごいよこれ!」
「ふふっ、だろ? 伊達に日々改良をしてるだけじゃないんだよ。ちゃんと忍さんに色々と教えてもらってるんだ」
やっぱり一郎君は博士さんだった。
それにしても、まさかあのボタンを押すと、下からあんなのが出てくるなんて思わなかったの。
この家がまさか水陸両用だったなんて。
「これも全て研究の成果かな?」
そう言う一郎君の姿は、ちょっと誇らしげでとても輝いていたと思う。
あれ? 水の上に家を浮かばせるってことはどこかに流れちゃったりしないのかな?
「浮かべたことないから大丈夫!」
やっぱり輝いていなかったかも。
{アリサとなのは視点……どっちを先に持っていこうか悩んだ結果がこれ。調子乗りすぎたようで後悔したけど、公開はする。シリアスにはしないが鉄則}