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No.17451の一覧
[0] 愛情偏差[かてきん](2010/03/21 17:06)
[1] プロローグ ~貴族、島流し~[かてきん](2010/03/21 17:17)
[2] 第一章 高校デビュー失敗(1)[かてきん](2010/04/04 14:09)
[3] 第一章 高校デビュー失敗(2)[かてきん](2010/04/11 22:31)
[4] 第一章 高校デビュー失敗(3)[かてきん](2010/04/11 22:31)
[5] 第一章 高校デビュー失敗(4)[かてきん](2010/04/11 22:36)
[6] 第一章 高校デビュー失敗(5)[かてきん](2010/04/18 00:02)
[7] 第一章 高校デビュー失敗(6)[かてきん](2010/04/25 14:04)
[8] 第二章 黒い砂糖水(1)[かてきん](2010/05/05 13:52)
[9] 第二章 黒い砂糖水(2)[かてきん](2010/05/16 23:04)
[10] 第二章 黒い砂糖水(3)[かてきん](2010/05/23 14:30)
[11] 第二章 黒い砂糖水(4)[かてきん](2010/05/30 14:13)
[12] 第二章 黒い砂糖水(5)[かてきん](2010/06/06 14:37)
[13] 第二章 黒い砂糖水(6)[かてきん](2010/06/13 22:21)
[14] 第三章 受験生は、夏が勝負(1)[かてきん](2010/06/27 16:04)
[15] 第三章 受験生は、夏が勝負(2)[かてきん](2010/07/04 15:04)
[16] 第三章 受験生は、夏が勝負(3)[かてきん](2010/08/04 02:36)
[17] 第三章 受験生は、夏が勝負(4)[かてきん](2010/08/28 15:05)
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[17451] 第二章 黒い砂糖水(2)
Name: かてきん◆8d770558 ID:2f0916a3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/16 23:04
なにはともあれ同性の友人がほしかった。
その日、オレは施設内の図書館に来ていた。桃子先生に聞いたところ、彼は放課後になると、一人、図書館で本を読んでいるらしい。
図書館は敷地の片隅に独立して建てられていた。
小さな離島に建てられているものとは思えないほど大きく、しかし、一般開放されているにもかかわらず、ほぼ無人だった。原因はおそらくそのデザインのせいだろう。施設内の他の建造物と同じく、図書館もまた、巨大な角砂糖のように白い。
外装だけではなく、内装までもが、紙で作られた模型のように白かった。
その純白は清潔感の白というよりも、やはり病院の白を連想させた。こんな空間で、落ち着いて本が読める人間がいるとは思えなかった。
そんなことを考えながら、オレはその男子生徒を探して図書館内を散策する。
広いとはいっても所詮施設内の建物だ。目当ての人物は間もなくして見つかった。


「やあ、狩野……だよね」


探していた男子生徒、狩野善久は、八人掛けの机を一人で独占し、教室で見るのとさして変わらず、落ち着いて本を読んでいた。


「ちょっと話があるんだけど、いいか?」 


オレがそう言い終わる前に、狩野はすでに席を立っていた。本を閉じ、早足に出口へと歩いていく。ひょっとして何か気に障ることをしてしまっただろうか。
不安になって、オレは狩野の横顔を注視する。
彼の表情は硬かった。いつもと同じく、硬かった。……よくわからない。
仕方なく、オレは狩野の後を追いかけた。
カウンターの前を通り、ロビーに出たところで狩野はぴたりと足を止めた。
ようやく追いついたオレはもう一度狩野の表情を窺う。やはり、どこか怒っているようにも見えた。


「えっと、何か都合が悪かった?」

「いや、場所を移しただけだ。話があるんだろ」


どうやら機嫌を損ねたわけではないらしい。無愛想ではあるが、ちゃんとオレの話を聞いてくれるようだ。
しかし、場所を移す必要はあったのだろうか。気を遣う相手はいなかったと思うのだが。


「俺の事情だ。特に意味はない」


得心はいかなかったが、おそらく自分の中のルールのようなものなのだろう。
無駄話をしたとでも言うように、狩野は早く本題に入れと先を促してきた。
オレは展開の早さに少々慌てつつも、今回の作戦をもう一度だけ脳内で反芻する。
狩野は思った以上に友好的だ。きっと大丈夫だろう。オレは用意してきた言葉をそのままぶつけた。


「オレ、ここに来てもう一週間以上経つんだけど、よく考えたらさ、まだちゃんと自己紹介してなかったな。オレは大石丈。ジョーって呼んでくれ」


瓢箪から駒が出た瞬間を目撃したとでもいうように、狩野は強面を崩した。
険のある双眸は、普段よりも二割増しほどで見開かれている。
よほど予想とは見当はずれなことを言ってしまったらしい。微妙な沈黙が下りてしまう。


「狩野?」

「ああ、いや、悪い。そんなことを言われるとは思っていなかった。てっきり施設から抜け出すための算段でも持ちかけられるのかと思っていた」


少々ばつが悪そうな狩野ではあったが、軽く謝罪を述べた後、近くにあった休憩用の長椅子に腰かけた。一人分の距離を置き、オレもその隣に座る。
ほんの少し、警戒は解けたようだ。
来年の三月までにクラス全員で卒業するためには、クラスメイト全員の偏差値を上げなければならない。目的は漠然としているが、やることは一つだ。

全員と友人になる。

結局のところ、オレ一人にできることはそれ以外にないのだ。
脳裏に桃子先生の姿を思い浮かべる。彼女のように、バカ正直なほどまっすぐに人と接したいと思った。


「正直に言えば、施設から抜け出す算段で間違ってはいないよ」


狩野は腕を組み、虚空を睨んでいる。


「けど、だからといって、よく知りもしない相手にそんなこと言われても困るだけだろ? だから今日はあいさつだ。狩野のこととか、この施設のこととか教えてほしい。その結果、もし友達になることができたら、にここから一緒に抜け出す算段でも立てようぜ」


できる限り包み隠さずオープンに話す。拒絶されたらそれまで。
大丈夫、そのときはまた作戦を練り直せばいい。どうせ、毎日顔を合わせるのだから。ビビっていても仕方がない。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。
狩野は眉一つ動かさず鎮座している。慎重なのか、あるいはマイペースなのか、沈黙は長い。
もしかしたら無視されているのかもと思ったところで、ようやく口を開いた。


「お前は変わっているな。肝っ玉が据わっているというか、あけすけというか。大抵、ここに来たばかりのやつは、自分のことで手いっぱいだ。完全にふさぎこむか、あるいは執拗に仲間をほしがる場合が多い。そういった意味では、お前は実に落ち着いているように見える。めんどくさくなくていい」


狩野という男は、思った以上に話の通じる相手かもしれない。
冷静で観察力があり、オレのことを毛嫌いしているわけでもなさそうだ。理にかなった説明をすれば、きっと説得できるだろう。
そう判断したオレは、いくつかの段階をスキップし、一気に畳がけることにした。


「単刀直入に言う。オレは来年の三月までにクラス全員でここを卒業したいと思っている。狩野、お前に協力してほしい」


口数が少ない分、言葉を選ぶきらいのある狩野は、しかし、今回ばかりは返事が早かった。


「悪いな。俺はお前の友人になってやるつもりもないし、他の連中と関わるつもりもない」


取り付く島もないといった拒絶。彼の場合、答えはイエスかノーのどちらかでしかないとは踏んでいたが、こうも躊躇なく断定されてしまうと打ちのめされてしまう。それでも、まだ諦めるのは早いと思い、食らいつく。


「ここから出られなかったときの話は知ってるのか?」

「別の施設に行くんだろ。ここの生徒はみんな知っている」

「それがわかってて、どうして?」

「じゃあ聞くが、お前は偏差値を上げるためだけに他人と仲良くするのか? それは道理ではないだろ。利害が絡んでしまったらそれはもう友人関係ではない」


さも当然だと言わんばかりの物言いに、オレは閉口するしかなくなる。狩野の言い分はまさしく道理だった。
この施設から抜け出すためには他人と仲良くし、偏差値を上げなければならない。
けれど、友人とは本来自然の流れの中で発生するようなものだ。つくろうと思ってつくることはできるかもしれないが、何かの目的のためにつくるものでは決してない。
オレは心のどこかでそれに気づいていた。一番痛いところを、的確に突かれたのだ。少し、狩野という男を侮っていた。


「それに俺は、ここではあまり他人に干渉すべきではないと考えている。ここの連中はみんなそれなりの事情を抱えたやつばかりだ。深く関わることで、古傷が開いてしまうこともあるだろう。クラスの連中、お前の目にどう映っているかはわからないが、あれはあれで絶妙なバランスの上に成り立っているんだ。よけいなことはすべきではない」


そう言うと、狩野は席を立った。
もう話すことはないとでも言いたげな、一方的な態度だった。けれど、再び館内へと戻っていく背中に、オレはもう一度だけ声をかけた。


「なあ、狩野、お前はクラスメイトのことをどう思っているんだ?」


狩野の話を聞いていて、オレには一つ疑問に思うことがあった。
それはクラスメイトに対する態度。狩野は普段、クラスの連中に対してまるで興味がないような、実に素っ気ない態度を取っている。
けれどどうだろう、今の彼の話の中にはクラスメイトに対する気遣いの言葉が少なくはなかった。先日のクラスでのいざこざのときだって、狩野は仲裁に入っている。


「どうしてお前はそこまでみんなに気を遣う?」


もちろん、こんな質問に意味はない。答えなどとうにわかりきっている。
結局のところ、狩野はみんなと仲良くしたいのだ。それができない理由は単に彼が不器用なだけなのだろう。それでも自覚さえしてしまえばもう言い訳はできないはずだ。なんとかして狩野本人の口から本音を言わせたかった。
しかし、これまたとうにわかりきっていたことだが世の中そんなにうまくはいかない。
これまでで一番の長考の末に放たれた狩野の一言で、オレの目論見は見事に破れ去った。


「義理、だな」


傾いてきた日差しが、床に長い影をつくっていた。


「外の世界では、俺の周りには敵しかいなかった。けど、ここには敵はいない。みんな共通の敵に敗れたやつらばかりだ。友人とまでは思っていないだろうが、ある種の仲間意識のようなものは共有しているだろう。……正直な話、俺はそれほど他人に興味はない。ここの連中がどうなろうと俺には関係のないことだと思っている。昔からの性質なんだ、こればかりはどうにもできない。けど、ここの連中は俺の敵にならないでいてくれた。それだけで、ここは外の世界よりもずいぶん暮らしやすい。もらった分は返すのが筋だ。俺の行動理念はそんなところだ」


廊下の影と日差しの境目で、狩野はこちらを振り返った。


「そういえば、今日はあいさつだったな。俺は狩野善久、善久でいい。ここの連中はみんなそう呼んでいる。お前に協力するつもりはないが、邪魔をするつもりもない。クラスに害をなさない限り、お前も仲間だ」

「……ここから出られなくてもいいと、本気で思ってるのか?」


最後の質問には答えず、狩野は影の方へと歩いて行く。本棚の前で折れ、その背中は見えなくなった。

狩野善久。
義理堅く、話のできる相手ではあったが、いかんせんその態度は最後まで事務的でもあった。結局、一度たりともオレの名前を呼ぶことはなかった。
あれだけ話しておいて義理だと言われてしまうと、少々気落ちしてしまう。
脱落者である以上、彼もまた多少なりともひねくれ者だということか。打ち解けるには時間がかかりそうだ。

この施設から抜け出すためには、他人と親しくなり、偏差値を上げなければならない。そしてそれは、親しくなった友人を偏差値回復の道具として利用するということだ。
実際、ここには利用された側の人間もいるだろう。施設の人間はオレたちに狡猾な生き方を教えたいのだろうか。下心で近づき、親切な振りをしてバカ正直な連中から搾取する。
それは確かに外の世界で生きていくための力に違いない。違いないのだが、やはり善久同様、正しいことだとは思いたくなかった。……だけど、


「だけど、他にどうしろってんだ」


それでも他に方法は思いつかなかった。
今のオレたちにキレイ事を言っている余裕なんてない。
結局のところ、ここから抜け出したやつが強くて正しいんだ。……悲しい考えだけど。
廊下に伸びる自分の影は、頼りないほどに痩せていた。



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