前書き
この話は、もしもハルケギニア世界がエルフと友好関係にあったら、というもしもの世界の話です。それから短編です。
それ以外にも、様々なオリジナル設定があります。
・魔法学院の制度
・ルイズ達の学年(ルイズ2年生、キュルケ3年生、シャルロット1年生)
・虚無の存在
などがそうですが、それ以外にもいろいろあります。そうしたことを許容くださる方は本編をどうぞ。
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暖かな日差しが差し込む、そろそろ夏が近くなる陽気なある日の午後。トリステイン魔法女学院の中庭の一つ、カフェテラスのようになっており、季節の花が綺麗に植えられていて、学生たちの憩いの場となっているこの場所では、一人の女性が優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。
その仕草はとても美しく洗練されており、さらに女性自身が平均を大きく上回る容姿であるため、そのまま一枚の絵画に収めれば、完璧な芸術が完成するだろう。さながら題は『慈愛の聖女』といったところか。装飾は簡素だが、清楚な貴族らしいドレスも良く似合っている彼女からは、大地母神のように、穏やかで優しげな雰囲気が感じとれる。
そんな彼女―カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール―がそばかすが可愛らしいメイドの少女に、紅茶を注いでもらっているところへ、一人の女性が現れた。
「あら、カトレア。優雅に午後のお茶かしら?」
そう話しかけた女性もまた美女である。カトレアとは女性としてのタイプが異なり、スタイルのいい肢体を惜しげもなく露出させている。本来の学院生の制服よりスカートの丈が短く、ブラウスのボタンを大きくはだけさせている。かなり異性の目を惹く格好だが、彼女としては残念なことに、ここではあまり意味がない。燃えるような赤毛も褐色の肌も、彼女の魅力を際立たせている。
カトレアが見る者に神秘的な印象を与えるなら、彼女は情熱的、過激な言い方をすれば扇情的、というところだろう。
「ええ、とてもいい天気だもの。あなたも一緒にいかがかしら? キュルケ」
にこりと笑いながら、カトレアは赤毛の女性―キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー―を午後のお茶に誘う。ちなみに彼女は学院の3年生で18歳、カトレアより6歳下だ。
「ええ、そうね、午後のお茶会もよさそう。シエスタ、私にもお茶をお願いね」
カトレアの誘いを受け、テーブルの向かいに座りながら黒髪のメイド―シエスタ―に自分の分の紅茶を注文する。キュルケはシエスタと面識がある、というか目の前の年上の友人と、その妹の半ば専属となっているシエスタなので、自然と接する機会も多くなるのだ。親しげな口調になるのもそのため。シエスタも笑顔で「かしこまりました、ミス・ツェルプストー」と言い、キュルケの分のカップを取りに行く。
そうして2人は取り留めのない会話を楽しむ。例えば最近の流行の服のこと、例えば王都で有名な舞台俳優のこと、例えばケーキがおいしいお店のこと、例えば他の、特に男性教師の噂のことなど。そのうちに年頃の女性らしく、恋愛のことを。
「そういえば、キュルケ? 今貴女は誰とお付き合いしてるのかしら?」
そうカトレアが問うのは、この赤毛の、年下だがとても同い年ほどにしか見えない友人は、恋愛ごとに関して情熱的だが、燃え上がる時間も短い分、さめるのも短いのを知っているからだ。彼女の知る限り1月以上続いたことはない。最短で3日だったか。
「今はフリーよ。やっぱりトリステインの男は私に合わないのね、きっと」
「あら、だめよ。”男”なんて、貴女も淑女なんですからちゃんと”殿方”って言わないと」
そう咎めるカトレアだが、顔は微笑んでいる。彼女の性格は熟知しているし、貴族の令嬢なのにとても解放的で、奔放なのが数多い彼女の魅力の一つだから、それを制限しようとする気はない。もっとも、行き過ぎた行動や発言は注意するが。
「またお叱りが飛んだわね。貴方以外なら無視するけど、あなたの言葉だからちゃんと言い直すわ。この国の”殿方”は私に合わないみたい」
「はい、よろしい。ふふふふ、なんてね」
殿方、という言葉を殊更強く発言するキュルケ、それに年上ぶって―実際年上だが―返すカトレア。こういう会話の楽しみ方は、相手がカトレアだからできることだ。だからキュルケは彼女とのおしゃべりが好きだった。この学院に来て一番の収穫は、彼女と友人になれたことだと思っている。
優しくて穏やかなカトレア。自分はこうなれないけど、憧れの女性であるのだとキュルケは強く思う。最も彼女に同性愛の趣味はないが。
「それで、私はいま次の相手を探している最中なの。だから今度の休日の街へ行って、素敵な誰かを探そうと思ってるのだけど、あなたも一緒にどう?」
「私も? 殿方を探しに?」
「ううん、貴女は別に探さなくてもいいけど、一人で行くのもちょっとね……、と、そういえば貴女はどうなの?」
ふと思いついたようにキュルケはカトレアに問うた。しかし、カトレアは質問の意味を捉えられなかったらしく、首を傾げて問いを問いで返す。
「どうって、どういうことかしら?」
いったいなんのこと? と視線で語る年上の友人に、呆れと、ああこの人はこうだっけ、という感情を抱きながら、キュルケは答える。
「今の会話の流れからいって、殿方のことに決まってるでしょう。今、貴女は誰かとお付き合いしてる人はいないのかしら? ほら、貴女の家の隣領の、ワルド子爵だったっけ。彼、一時期貴女に結構頻繁に手紙を出していたと思うけど、どうなのかしら」
ふと思い出した男性を話題に出して聞いてみる。カトレアは万人が認める美女だが、その神秘的な雰囲気のためか、あまり男性が寄ってこない。だから数少ない彼女にアプローチをかけた精悍な男性は、キュルケの中で結構印象強く残っていた。
しかし、その問に対してカトレアは口に手を当てて、笑っている。いつもの微笑ではなく、なにか可笑しいことを思い出した感じだ。そんな友人の様子を見てキュルケは訝しげに問う。
「? どうかしたの、思い出し笑いなんて」
「ええ、すこしね。子爵様のことなんだけど、あの方は私じゃなくて、エレオノール姉さまを想ってらっしゃるのよ、ふふふ」
「えっ、ええぇぇ!?」
「そんなに驚かなくても」
そうは言われてもキュルケとしては驚かずにはいられない。何度か会ったことはあるエレオノールだが、凛とした美人ではあるものの、少し、いやかなり性格的にキツいところがあり、彼女と真剣に付き合いたいと思う猛者がいるとは思わなかったのだ。しかもそれが、あの青年貴族とは。
「だから、私に出していた手紙は、姉さまの好みの服、料理、お茶とかそういったことを尋ねる内容だったの」
「そ、相当熱心なのね。ふうん、で、妹の貴女から見て、子爵様はお姉さんにあってると思う?」
「ええ、子爵様自身とても覇気が強い方なの。それで女性でありながら、自分以上の覇気を持ってる姉さまに惹かれたんですって。私としてはけっこうお似合いだと思うわ」
異性でありながら似たものに、何か感じるものが合ったのだろうか。まあ、なんにして羨ましいことだ。とキュルケは思う。あの子爵はかなりの”いい男”だったと記憶している、そうした男からそこまで熱烈に想われるとは。彼は自分が付き合った男より数段上だ。
「ん? でも子爵様は隣領よね。2人はあまり面識無かったの?」
「いいえ、子爵様が姉さまに懸想したのは彼が16歳の頃ですって」
件の子爵は現在26歳だったはず。じつに10年越しの恋と言う事か。そのことにキュルケは軽く驚愕する。
「10年間も告白しなかったの? そんな情熱的な人がどうして!?」
「私も聞いてみたわ。そうしたら、公爵家と子爵家の身分差があるから、自力で出世して、一角の人間になってから告白する、っておっしゃったの。そして去年、魔法衛士隊の隊長になったから、私に相談して来たのよ」
ますますエレオノールが羨ましいキュルケである。というか、気づけと思う。トリステイン一の才媛と名高い彼女も、異性のことに関しては、とことん鈍いのだろうか。
「そ、そう、子爵様の恋が実るといいわね。それで、話を戻すけど、あなた自身はどうなの?」
「今現在お付き合いしてる人はいないわ。どうしてか私は、こうして貴女や、あの子たちとおしゃべりしてるほうが、楽しいのですもの」
「貴女らしいわね。もったいないと思うけど。異性と付き合うことも大事よ? あーあ、学院が共学だったら、もっと出会いも多いし、楽しみもふえるんだけどなぁ」
不満そうにつぶやくキュルケに、カトレアは少し苦笑した表情で答える。
「あら、それなら時間を巻き戻さないとダメよ? それをできるのは、神様くらいですけどね」
魔法学院は昔は、正確には612年前までは共学だった。しかし、当時はハルケギニア全土が戦争中で、学院生の男子は新しく設立された魔法士官学校に移され、学院は女学院になったのだ。トリステインだけでなく他国も。そして、それはそのまま続いている。新興国家であるゲルマニアもそれに倣っている。
「でも、ガリアには共学の所もあったように思うけれど、そこに行こうとは思わなかったの?」
広大の国土のガリアは、その国土に合わせた人口の多さを誇る。よって魔法学院の数も一つではない。そのうちのいくつかは共学だったとカトレアは記憶している。だからキュルケにそのことを尋ねた。
「そうなんだけどね、全部地方なのよ。あんまり都会から離れたくも無かったし」
新しいもの、派手なものを好み、革新的な考え方のゲルマニア人としては、やはり流行に乗っていきたい。地方ではどうしても物も情報も来るのが遅いのだ。それにもともと派手好みのキュルケとしては、田舎は合わない。地方にも都市はあるだろうが、やはり首都に比べれば数段劣るだろう。
「あらあら、それは残念だったわね。それに、貴女がトリスタニアを気に入ってくれているようで嬉しいわ」
「え」
「だって、どうしても共学に行きたいと思うなら、そうするのが貴女だもの。それをしないのは、ここを気に入ってくれているからでしょう? 私たちと一緒にいる事を」
この人には敵わないな。とキュルケは思う。そう、自分がここに居るのは、彼女が、そしてあの娘たちがいるからだろう。掛け替えのないな友人たちが。なかなかどうして、女の友情というものも悪くない。
「一本とられた、かな。まあ、それはいいとして、なんか随分話題が変わったけど、結局どう? 私と一緒に街に行かない? 別におとこ…、いえ殿方を探さなくてもいいから」
冗談を混ぜながら、一番最初の問い、すなわち休日の誘いをするキュルケ。それに対してカトレアは少し考えたあと、その誘いを受けた。キュルケも満足げにうなずく。
「そう、よかった。シュプセール街の少し外れたところに、結構な掘り出し物がある装飾品店を見つけたの、行ってみましょ」
「ええ、いいわね。でも街まではどうするの、馬車で行く?」
「うーん…そうね、シャルロットも誘おうかしら。あの娘の使い魔なら一っ飛びだから」
「それはいい考えね。あら、噂をすれば…」
カトレアの目には、ちょうどこっちに向かってくる綺麗な青い髪を腰まで伸ばした、良い意味で人形の様に可愛らしい少女が見えた。少女のほうは、自分より早くこっちに気づいていたらしく、こっちに向かって満面の笑顔を浮かべる。当然、カトレアも笑顔を返し、優雅な動作で手招きする。
それを認めたキュルケは、少しはなれた場所で他の生徒たちに給仕していたシエスタに視線を向けると、彼女もこちらの様子に気づいたらしく、心得たとばかりに頷くと、青髪の少女の分のお茶の用意をしにいった。本当に良く出来た娘だ、とキュルケは感心する。
そして青髪の少女―シャルロット・エレーヌ・ド・ガリア―は2人の前まで到着し、可愛らしくも気品ある仕草で挨拶した。
「ごきげんよう。カトレア先生、キュルケ様」
「ごきげんようシャルロット、貴女も一緒にどうぞ」
「はあい、プリンセス。今日も一段と可愛いわよ」
シャルロットに挨拶を返しながら同席を勧めるカトレアと、軽く茶化した返事をするキュルケ。それに対しシャルロットは、カトレアの誘いには笑顔で頷くことで肯定し、キュルケに対しては少し困ったように返事をする。
「キュルケ様ったら、その”プリンセス”っていうのは、やめて下さいって何度も言ってるのに」
彼女はガリアからの留学生であり、本物の王女様だ。
「でも、貴女がガリアのプリンセスであることは事実でしょう。それに貴女からは常にお姫様オーラを発されてるもの」
「なあに、その”お姫様オーラ”って」
カトレアがくすくす笑いながら尋ねる。そんな様子に当のシャルロットは小さく頬を膨らませる。
「もう、カトレア先生まで、調子を合わせないでください。放っておいたら、キュルケ様ったら、いつまでも私をからかうんですから」
「あらそんなことないわよ。せいぜい私が飽きるまでよ」
「もういいです……」
ニヤニヤ笑いながら答えるキュルケに、シャルロットはため息を一つ。いつもこのグラマラスな女性はこうやって自分をからかうのだ。それが彼女の愛情表現だと知っているので、強くは言わないが、もう少し控えて欲しいと思うシャルロットである。
「キュルケ、あんまりシャルロットをいじめないで。シャルロットも元気出して、はい、お茶をどうぞ」
と、そこにシエスタ到着。菓子を受け取り、お茶を注いでもらって、その香りに少女は笑顔に戻る。このお茶をお茶菓子も少女の好物である。そんなシャルロットの様子を眺めながら、カトレアはふと思い出したように、話し始める。
「良く考えたら、シャルロットとは、すぐまた会うことになるのね」
「あ、そういえばそうですね。午後一番はカトレア先生の授業です」
カトレアは幻獣学の教師である。幼い頃から動物に好かれ、動物を理解していた彼女には、まさに天職といえるだろう。もっとも、えさをやったりする力作業などは、別に男性の飼育係がいるが、それでも彼女は動物の言葉が分かるかのように、その日の体調や機嫌などを把握してしまうのだ。そしてどんな凶暴な気性の幻獣も、彼女の前ではまるで飼い犬のように大人しくなってしまう。
「そうなの、今は何の動物やってるの?」
2人の会話にキュルケも混ざる。そしてすぐに失敗したな、と思った。今時期の一年生は、自分にとっていい思い出がない、あの動物の授業をやってる頃だ。思わず手を額にやる。
「ユニコーンです――って、どうしたんですかキュルケ様、頭を押さえて」
「ちょっとね、彼女、ユニコーンにいい思い出がないのよ」
そうなんですか? ときょとんとするシャルロットに対し、そうなのよ、と優しくいうカトレア。そんな年上の友人に対し、誰の所為だ誰の、とキュルケは内心で毒づく。
ユニコーンは清らかな乙女でなくては触れられない。そのために2年前、キュルケは実に4時間にわたって説教された。無論カトレアに、だ。今は自分の性格やツェルプストー気質を理解してくれているが、あの頃はまだ出会って日が浅かった。
「その話は止めましょう。ねえ、シャルロット、貴女週末何か予定入れてる?」
すこし強引に話題を変ながらえ、キュルケは少女に尋ねる。その返答によっては、自分たちの予定も変更しなければならない。
「街のほうへ行く予定ですけど」
「あら、ちょうど良かった。私たちもそのつもりなの。良かったら一緒に行かない? ていうかシルフィードに乗せて頂戴」
「ええ、もちろん! 皆で一緒のほうが楽しいですもの。あ、でも…」
楽しそうに了承するシャルロットだが、気がかりがあるのか、少し考え込む様子になる。その表情を見たカトレアが、何か問題があるのかと尋ねる。
「どうしたの? あ、もちろんルイズも誘うつもりよ。心配しないで」
「え、あ、はい。もちろんルイズ様も一緒にですよね」
ふたたび明るい表情に戻るシャルロット。ころころと変わる表情が実に愛らしい。そんな少女にキュルケはふと思い聞いてみる。
「そういえば、貴女は街に何の用事で行くのかしら」
「それはですね、イーヴァルディの新刊が出るんですよ! それで、開店すぐに行かないと無くなっちゃうかもしれないから、出発は朝早くなりますけどいいですか?」
嬉しそうにはしゃぐシャルロットの問いに、早起きはあまり得意ではないキュルケは、苦笑しながら、善処するわと言い、カトレアはニコニコ微笑んだまま了解する。
「でも、シャルロットがそこまで”イーヴァルディの勇者”が好きとは知らなかったわ。あれは男の子が好むお話だと思ってったのだけれど」
何気ないカトレアの言葉に、シャルロットはマズイ、という反応をし、それを見たキュルケは、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらカトレアの疑問に答える。
「知らなかったの? いまイーヴァルディっていったら、男の子よりも女の子の読者のほうが圧倒的に多いのよ」
「キュ、キュルケ様!?」
そんなキュルケに対し、なぜか慌てるシャルロット。急に変わった少女の様子をいぶかしみながら、カトレアはキュルケになおも尋ねる。
「あら、そうだったの、でもどうしてかしら」
カトレアの知る限り、イーヴァルディの勇者は冒険活劇、英雄譚といった、英雄を夢見る少年好みの話だ。女の子が読むのはせいぜい10歳くらいまでだろう。
「それはね、今のシリーズを書いているのは、あのクラリス女史だからよ。だいたい2年くらい前からかな、彼女が書いているのは」
その女流作家の名前はカトレアも知っている。読むものに感銘と感動を与える文章を、とくに恋愛小説を書くことで有名な人物だ。なるほど、彼女は納得する。道理でシャルロットの年代の少女が好むわけだ。
「そ、そうなんです! あの方が書く物語は本当に感動でき……」
「でも、それだけじゃあ無いのよねぇ~」
納得した様子のカトレアに、シャルロットはそれ以上話を広げさせないようとしたが、赤毛の女性がそれを阻む。
「キュキュキュ、キュルケ様!! だ、ダメです!」
「さっきからどうしたの? シャルロット? どうしてて慌てているの」
「それはねぇ、今のシリーズの挿絵を描いているのが、アングル氏だということを、カトレア先生に知られたくないからかしらね♪」
「わーー! もう! どうして言っちゃうんですかー!!」
顔を真っ赤にしてキュルケに食って掛かろうとするシャルロット。それを見てキュルケはしてやったり、という顔で笑っている。2人の様子を見たカトレアは、一瞬きょとんとした表情になったが、またすぐに納得する。
画家のアングル氏が描く絵は、とても繊細で、色彩豊かで、なんといっても――官能的なのだ。
有名な恋愛小説化が書いた話に、アングル氏の挿絵。なるほど、年頃の少女が興味を持たないはずがない。
「そうなの、そういう訳だったのね」
「あうう、カトレア先生には知られたくなかったのに…」
「あらどうして? 貴女も年頃なのだから、そうしたものに興味を持って当然よ。これは早速王妃様にお手紙を出さないと」
カトレアは嬉しそうに話すが、それに対してシャルロットはさらに慌てて、詰め寄る。
「だだだだだだダメです!! ぜったいダメです!! アングルさまの挿絵の本を読んでるなんて知られたら、一体なんて言われるか!! お母様に知らせたら、必ずお父様にも知られます!! だから絶対ダメです」
「わかったわ。貴女のご両親には内緒にしてあげる。ふふふ、でもやっぱりシャルロットもそういうことに興味を持ってるようで、安心した」
安心した、と言われたシャルロットの方こそ、その言葉に安心したように、乗り出していた体を椅子に戻す。少し疲れた様子だ。しかし、そんなカトレアの言葉に、キュルケはおや、という表情で口を挟む。
「意外ね、貴女はシャルロットやルイズがそういうことに興味を持つのは、まだ早い、って言うと思ったのに」
「そんなことないわよ。まあ、殿方とお付き合いするっていうのなら、話は別ですけどね」
「あらあら、厳しいこと。大変ねシャルロット、貴女が誰かとお付き合いするには、カトレア先生の許可が要るようよ」
「もちろん、なんたって私はガリア王妃様から、シャルロットのことを一任されてますから」
エヘン、と言わんばかりのカトレア。子供っぽい仕草だが、カトレアがやるとなぜか絵になる。
「こんなこといってるけど、どうなの? シャルロット?」
「はい、私はお母様が2人になった様で嬉しいです」
「あらあら、私がシャルロットのお母様なら、9歳で出産したことになるわね」
そんなカトレアの冗談に、3人揃ってくすくすと笑う。そして、シエスタにそれぞれが新しい紅茶を注いでもらったあと、シャルロットが気づいたことを話し出す。
「カトレア先生、あの、お体のほうは大丈夫ですか? 以前行った時は、帰ったあとすこし体調を崩したって…」
1月前に街へ行ったときのことを思い出したのか、心配げにカトレアを見つめるシャルロット。そんな少女の気遣いをありがたく思いながら、少女を安心させるように微笑む。彼女の微笑みは、見るものを安心させる効果がある。それを眺めるキュルケとシエスタは、これは自分には出来ない、と年上の彼女に対する尊敬を再認識した。
「大丈夫よ。昨日フィンデル先生に、新しいお薬を貰っているから。心配してくれてありがとう」
フェンデル先生とは、魔法薬学の教師で、エルフの男性だ。その美しい容姿のために、学院生から一番人気がある。生まれつき体の弱いカトレアは、エルフの薬に良く世話になっている。もしそれがなければ、彼女は教師になることも、領地を出ることすら出来なかっただろう。
「へえ、エルフの新薬? というか貴女用の特効薬かしら」
「ええ、私の体のことを説明したら、親身になってくださって、作っていただいたの」
2人に会話から何か思いついたのか、シャルロットが、パンっと手を打って新しい話題を切り出す。
「そういえば、先刻の史学の授業で習ったのですけど、3000年前までは、エルフの人たちと不仲だったのですよね」
「そうね、もしそのままなら、私はきっと、こうしてここに居ることは出来なかったでしょうね」
「あ、そうですね… でも、なら、なおさら良かったです。カトレア先生がここに居てくださるのは、チェザーレ大王様のおかげなんですね」
ジュリオ・チェザーレ大王。3000年前のロマリアに現れ、ハルケギニアをほぼ統一した大英雄で、当時まだ大小さまざまな国が乱立し、世界の価値観が統一されてなかった時代に、最も多数派だった「エルフ悪説」に対し、「自分で確かめても居ないのに、何故言えるのだ」と反論。
そして「よし、では余が確かめてくる」という言葉と共に、部下を引き連れサハラに赴き、エルフとの融和を果たした。現在のハルケギニアの価値観は、それ以来のものだ。
ちなみに、ハルケギニアを統一し、エルフとも友になった大王は、「東への道が開けた、いざ往かん地の果てへ!」と言って部下を引きつれていったというが、そのあたりは割愛する。
「そうね、凄い偉丈夫で、剛毅な人だったって伝わってるのよね。ああ、私も会ってみたかったわ、そんな素敵な人に」
「まあ、キュルケったら、今日は随分と過去に眼を向けてるのね」
「そういう訳じゃないけど…… あ、ルイズ」
何かに気づいたように声を上げたキュルケの言葉に反応し、残りの2人もキュルケの見ている方向へ視線を向ける。するとそこには、カトレアと同じ髪の色の少女が、暗い雰囲気を漂わせながら、とぼとぼと歩いている。
「ど、どうしたんでしょう。ルイズ様」
心配そうにカトレアに尋ねるシャルロット。こちらに向かってくる桃色の少女の年齢は1歳年上で2年生だ、授業で何かあったのだろうか? と思う。もっとも、学年が一緒であっても、彼女と一緒の授業になることは少ないだろうが。
「きっと、またたくさん課題が出たのね。ルイズ、こっちへいらっしゃい」
シャルロットへ返事をして、少し大きめの声で、どんよりした雰囲気の妹―ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール―を呼ぶものの、呼ばれた少女は気づかずに通り過ぎようとしている。それを見たキュルケが立ち上がり、ルイズの側まで行って腕を掴む。
「こらこら、愛しのお姉さまの声が聞こえないなんて、よっぽどきついお叱りでも受けたの? ルイズ」
「ひゃっ!! と、キュルケ? いきなり何するのよ」
急に腕をつかまれたことに驚いたのか、桃色の少女は不満げに顔を膨らませるも、キュルケはいつもより覇気が無いな、と感じた。いつもの少女なら、もっと食って掛かるはずだ。それが面白くてからかうのだが、今日のルイズはおとなしい。やはり何かあったか。
「だから貴女のお姉さまがお茶の誘いをしてるのよ。気がつかなかったの?」
「え、そうなの? ちい姉さまが? もう、それならそうと早く言いなさいよ」
「言ったわよ。よっぽどぼんやり、ていうかどんよりしてたのね、貴女」
そうしてルイズとともに、カトレアたちの待つテーブルに戻る。するとそこには既に、ルイズの分のお茶とお茶菓子が用意されていた。席を立ってまだ40秒ほどなのに、何者だシエスタ。
「はい、お疲れ様ルイズ。とりあえず一杯飲んで、疲れた頭をすっきりさせなさい」
席に着いたルイズに優しく話しかけるカトレア。姉の声を聞いただけで、若干元気を取り戻したのか、ルイズも笑顔を浮かべて紅茶に口を付ける。そして、ほう、と息を吐いて、ようやく落ち着いた様子になった。
「何かあったんですかルイズ様? 随分お疲れのようですけど」
むしろ落ち込んで、といったほうが良かっただろうかと思いながら、シャルロットは聞いてみる。
「うん、課題がね…… いつもの倍出たのよ… 期限はいつもと同じなのに…」
「そ、そうですか、でも、どうして?」
言ってから、ひょっとしてコレは聞かないほうが良かったかな、とシャルロットは思ったが、ルイズは特に気に触った様子は無く、疲れたようにため息をして答えた。
「先生が言うにはね……そろそろ課題を増やしてもいい頃じゃな、ってことなのよ。どうやら今日だけじゃなくて、これからずっとこの量になるの…」
そう答えて、この世が終わったような顔でテーブルに突っ伏すルイズ。そんな妹の様子に柔らかく嗜める。
「こら、ルイズ? お行儀が悪いわよ。あなたもレディなのだから、そんな姿を人前で見せてはいけないわ。だからあとで私の部屋にいらっしゃい? そこでならいいから」
嗜めはしたものの、妹にはすこぶる甘いカトレアである。ルイズも、姉のそんな優しさに感謝しつつも、今夜は一緒に寝てもらうこと
を心に決めた。
そんな姉妹の様子に苦笑しながら、キュルケは同情するような声で、年下の友人に話しかける。
「でも、実際大変よね。”虚無”の授業は他と全然違うから、手伝うことも出来ないし」
そう、ルイズの属性は王族の血が流れる者のみがなれるという、虚無だ。かつては伝説といわれていたらしいが、3000年前のエルフとの交流のあと、虚無の事がいろいろ調べられ、現在では10年に1~3人ほど生まれるようになっている。
ちなみに、ヴァリエールの女性は、虚無一族ともっぱらの評判だ。なぜなら、母はガンダールヴのように勇敢で、長女はミョズニトニルンのように聡明で、侍女はヴィンダールヴのように動物に好かれ、三女は虚無の使い手なのだ。
「ありがと… でもそれ以前にジョルジオ先生が厳しすぎるのよ…」
そうして再び突っ伏すルイズ。
ルイズに虚無の魔法を教えているのは、ジョルジオという老人だ。王家の血はあまり濃くない侯爵家の人間だが、虚無の素質を持つものは貴重なので、家柄に関わらず尊敬される。そして、30~50代の虚無の使い手は、さまざまな公務で忙しい。よって現役から離れた高齢の者が、若い世代にたいして教鞭をとるのだ。
そんなルイズの悲鳴じみた言葉に、シャルロットがあることを思い出し、励ますように話しかける。
「そういえばジョゼットも、虚無の勉強は難しいって手紙に書いてましたよ」
ぴくっと反応するルイズ。そしてガバっと顔を上げ、少し元気を出したように、私だけじゃないのよね、そうよね、っと呟く。自分と同じ境遇の者が居るのだと思うと、少しは落ち込んだ気持ちも戻ったようだ。
「ジョゼット… ああ、貴女の双子の妹だっけ、やっぱり大変なの? 手紙にはなんて書いてあるの」
キュルケは会ったことは無いが、シャルロットと同じように愛らしい少女なのだとは思う。そんな彼女も、目の前の桃色の少女のように、机に突っ伏してるのだろうか?
キュルケの問いにシャルロットが答える前に、カトレアがさらに疑問を投げかける。
「ジョゼット姫は、どなたに教わってるの?」
「伯父様です、ジョゼフ伯父様。小さい頃から、私たちと遊んでくださってて、とっても優しいんです。だからジョゼットも、授業は大変だけど、終わったあとは、色々なところに連れて行ってもらったり、色々珍しいものを見せてくださったりって、すごく楽しそうな様子が、手紙から分かりました」
シャルロットの伯父、ジョゼフも虚無である。本来は第1王子であった彼が王位を継承するはずだが、612年前の大戦争の時より、虚無の使い手は、王位を継げない事が国際条約で決まった。大戦争の発端は、王となった虚無の使い手が起こしたもので、大戦末期には、その王の暴走により、5リーグ四方が、不毛の大地になったのだ。よって現在のガリア国王は、シャルロットの父、シャルル13世である。
「へえ、楽しそうじゃない。良かったわねいもうとさ「不公平よ…」
キュルケの声を遮るように、ルイズが呪いの言葉を吐くような言葉は発した。
「どうしてジョゼットはあの素敵なジョゼフ殿下で、私はあの厳しいジョルジオ先生なのよー!!」
ちなみにカトレアとルイズは、ジョゼットと面識がある。王家の傍流である彼女たちは、国際的なパーティーによく出席するためだ。当然ジョゼフとも面識がある。
憤慨する妹を、カトレアは赤子をあやすように宥める。
「ルイズ、大声を出さないの。虚無の立場は重要なものなのだから、我慢なさい。辛くなったら、いつでも私に言えばいいのだし。それに、少し厳しいほうが、将来の役に立つものよ」
カトレアに頭を撫でられながら、少しじゃないわよ、ジョルジオ先生は…と小さく不満を呟くも、カトレアがそっと抱きしめると、機嫌は直ったようだ。幸せそうに表情を緩めている。
しかしそれを見つめる2人としては、もう少し場所を選んで欲しいと思わないでもない。自分たち以外にも人はいるのだから。シエスタだけは微笑ましそうに見ているが。
「にしても、ジョゼフ殿下ってまだお若いわよね。それなのに妹さんに教えているの?」
気を取り直すように疑問を口にするキュルケ。それに反応したか、カトレアも疑問をだす。ルイズは抱きしめたままで。
「そうよね、虚無の方って忙しいから、あまり時間は取れないのじゃないかしら」
虚無の仕事は多い。そもそも王族だから、何かと責任ある立場に就くうえ、虚無ならではの仕事もある。例えば緊急の書類を遠方に届けたり、例えば耐えられない程の記憶を背負った者の記憶を消したり、例えば犯罪現場の記録を読み取ったり、例えば災害時に大勢を避難させたりと幅広い。
だが、なんといっても、虚無は存在それ自体に意味がある。小国ならば一人で壊滅させるほどの”力”をそれぞれの国が保有することで、戦争を起こさない”抑止力”となるのだ。
「そうなんですけど、伯父様は、ジョゼットとの時間を作るために、ささっと仕事を終わらせちゃうそうなんです。しかも完璧に」
「ああ、そういえばそうだっけ」
シャルロットの言葉に、キュルケは思い出す。シャルル陛下とジョゼフ殿下、2人は若い頃―今でも十分若々しいらしいが―には”万能兄弟”、”天才兄弟”、”ガリアの二大柱”、”不公平の体現”、”天はどんだけ与えるんだ”等と言われるほどの才能の持ち主らしい。
常人ならばきついことも、彼らに掛かればそれほどでもないのだろう。羨ましいことだ。
「それにしてもジョゼフ殿下は、よっぽどジョゼット姫を可愛がってるのね。それなら殿下のお子様、イザベラ姫が嫉妬しないのかしら」
可笑しそうに笑って言うカトレア。しかしキュルケとしては、いいかげん妹を放せよ、と言いたいところだ。いいかげん離れろよ姉から、とも。
「いいえ、それがですね、イザベラお姉さまは政治の才能があるとかで、お父様の元で、政治学、経済学、法学などを習っているんですよ」
ふふふ、と可笑しそうに青色の少女も答える。桃色の姉妹の状態は考えないことにしたようだ。。赤毛の女性は呆れているが。
「あら、それじゃ貴女だけ仲間はずれ?」
シャルル陛下の所にイザベラ、ジョゼフ殿下の所にジョゼットなら、シャルロットだけがあぶれてる形だ。そのことをキュルケが指摘すると。
「いいんです、私には2人目のお母様が出来ましたから♪」
そう言ってカトレアに抱きつくシャルロット。開き直ったようだ。カトレアは優しく受け入れ、キュルケはやれやれ、といった表情で眺める。
「だめよシャルロット。ちい姉さまは私のちい姉さまなんだから」
ルイズが対抗するが、シャルロットも負けてない。しっかりとカトレアに抱きつく。
「いいえ、いままではルイズ様が独占していたのですから、今は私に譲るべきです」
「あらあら、私は物じゃないわよ」
カトレアは困ったように微笑み、じゃあ、今夜は私の部屋で3人一緒に寝ましょうね。というと2人の少女は満足げな表情で、カトレアから離れた。
「大変ね、ママカトレア」
そんな茶化すような言葉も、カトレアの柔らかい微笑みまえでは効果ないようで、キュルケとしては苦笑するしかない。
「あ、そういえば、アルビオンのティファニア姫も、伯父様のところに習いに来るって、書いてあったっけ」
突然思い出したようなシャルロットの言葉に、ルイズが再び噛み付くように反応する。
「なんで、どうして、ずるいわよ!!」
「シャルロットに言ってもしょうがないでしょ、でも、私を聞いたことあるかも。たしか教師のモリアーティ卿が倒れたのだっけ」
モリアーティ卿は、アルビオンの虚無の教師で、ルイズのジョルジオ先生のような厳格な老人だったはずだ、とキュルケは記憶している。
「はい、それで、卿が回復するまでの間、伯父様が教えることに……ああっルイズ様落ち込まないで!」
「うう、どうしてわたしだけ……」
「まあまあルイズ。そう何度も落ち込まないの。週末に街へ行くとき、あなたの好物を食べに行きましょう? だ方から元気出しなさい」
慰めながら妹を街へのお出かけに誘う姉。当然妹は2つ返事で了承した。
「あ、それならルイズ様、手伝ってください! イーヴァルディの新刊が出るんですけど、すぐ売り切れちゃうから、私はウッドランドに行きますから、ルイズ様はアイヴィーの方をお願いします」
ウッドランド、アイヴィー、どちらも大型書店の名前だ。2手に分かれてゲットしようという作戦らしい。
「イーヴァルディの新作!? しまった、課題に追われて情報を掴んでなかったわ。何て迂闊…、でも了解よ。理想は2人ともゲットね」
やはりルイズも年頃らしく、件の本に大いに入れ込んでいるようだ。
「はい、ミューディーズはおそらくダメでしょうから、その2点に絞りましょう」
ちなみにミューディーズは大型貸し本店。
目標ゲットに燃える少女2人にキュルケが割ってはいる。
「作戦は決まった? それが終わったら、装飾品を見て回りましょうね、それが終わったら昼食にして、その後は自由行動で、それでいいかしら、カトレア」
「いいわ、これで週末の予定は決まったわね」
そうして彼女たちは、また取り留めのない話を始めた。イーヴァルディの新刊の予想、ルイズのクラスメートの金髪巻き毛の少女のボーイフレンドのこと、再びワルド子爵のこと(ルイズがかなり驚いていた)、それぞれの使い魔のこと(ルイズは国際条約で、虚無は使い魔をもてないことに憤慨していた)などを、次の授業が始まるまで続けた。時間になったとき、それぞれ名残惜しそうに席を立ち、午後のお茶会は終わった。
もしもの世界での、ありきたりな、しかしいつまでも続くであろう、平穏な一幕である。
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あとがき
親族にここで連載をしている者が居たので、感化されて投稿してみました。
オリジナルの設定が多いので、この板にふさわしくない、という意見が多ければ、チラ裏へ移動、または削除するつもりで居ます。
ではここまで読んで下さってありがとうございました。