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No.17171の一覧
[0] 道具屋さんの一日[lune](2010/03/09 20:56)
[1] 道具屋さんの1日 その2[lune](2010/03/10 23:14)
[2] 道具屋さんの一日 その3[lune](2010/03/13 01:02)
[3] 道具屋さんの一日 その4[lune](2010/03/14 11:24)
[4] 道具屋さんの一日 その5[lune](2010/05/29 01:07)
[5] 道具屋さんの一日 その6[lune](2010/05/29 10:02)
[6] 道具屋さんの一日 その7[lune](2010/06/06 18:00)
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[17171] 道具屋さんの1日 その2
Name: lune◆da3a4247 ID:a47281e2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/10 23:14
 『道具屋』のクロエの朝は早い。
 店の開店時間は、実はあまり明確に定まってはいない。何せ店主が自由気ままにやっていた店なだけに、むしろ開いていない日すらあったのだ。だがクロエが店で働くようになってからは、きっちりと平日は朝から開くようになったのである。
 顔を洗って歯を磨き、朝食の準備をする。二階の寝室で眠っているであろう雇い主が起き出すのはまだまだ後なので、自分の分だけを用意する。
 朝食を取り終えると、店の中を掃除して、店の外を掃除する。同じように朝早くからやっている店の店主と挨拶を交わし、天気と景気の話をするのは、もう慣れたものだ。

「それにしても、クロエ君は若いのにちゃんとしてるわよねえ」
 近くのパン屋のおかみさんから、そんな風に言われると苦笑いが浮かんでしまう。
「いえ、そんな。リンさんにお世話になっている身ですから、これくらいはしないと」
 特技の1つもない18歳の小僧を雇ってくれる店など、そうそう無い。実際、リンさんが拾ってくれなければ自分はその辺で野垂れ死にしていただろう事を考えれば、普段どれだけ駄目人間な店長であっても、敬愛するに足りない事はないのではなかろうか。
「まあ、まあ。でもクロエ君が来てからは、お店もちゃんと開いてるし。本当に助かるわぁ」
「あはは。また足りない品がありましたら、遠慮なくご相談ください」
 深々と頭を下げてみせると、おかみさんはまたニコニコと微笑んで「またよろしくね」と言ってくれる。こういうご近所付き合いが、いざという時の店の生命線なのだと僕などは思うわけだが、リンさんは「面倒くさい」の一言で適当に済ませているのだ。まああの人、僕なんか比べものにならないくらい町の古株だし。あまり関係ないのかもしれない。
 おかみさんから焼きたてのパンを受け取ると、それを持って店に入る。ちなみにこのパンは、遅れて起きてくる寝坊助の雇い主に差し出されるのだ。
「さて。それじゃあ、準備しますかね」
 今日も、道具屋としての一日が始まるのである。


道具屋さんの一日 #2


「おふぁよーぅ」
 白いシャツ一枚でのたのたと降りてきた黒髪の美女が、ふああ、と大あくびを一つかまして食卓の椅子に座る。相変わらず裾の丈が危うい長さのシャツからすらりと伸びる白い太もも。スリッパをつっかけただけで、ズルンペタンと音を立てて入ってくるので、こちらとしてはすぐに分かるのがありがたい。
「おはようございます、リンさん」
 リン・アディール。僕の雇い主であり、この『道具屋』の店主である。長い黒髪に白い肌。整った顔立ちはエルフという種族が生来持つ繊細さ以上の美しさだろうと思う。だが同時にこの人がとことんまで面倒くさがりである事も知る僕としては、その美しさは怠惰さとトレードオフされるべき問題なのだ。
 少なくとも、シャツの隙間から見える谷間とかおへそとか、そういう物は意識の外に放り出す必要がある。
「はい、どうぞ。あと、服はちゃんと着てから降りてきて下さいよ」
 スープとサラダ、それにパンをテーブルの上に置き、さらにお茶のカップを置く。
「ありふぁと……」
 もふっ、と焼きたてパンにかぶりつきながら、リンさん。そんな彼女に苦言を呈するのは、これで何度目だろうか。そしてリンさんが不満そうにこっちを見るのも、何度目だろう。
「良いじゃないのさー。私の家で私がどんな格好をしてようと」
「たまにその格好のままで外に出ようとする癖に……」
「途中で気がつくから大丈夫なの!」
 お茶を飲み干すと、そのままリンさんは再び二階へ上がっていく。
「じゃ、今日もよろしくねー」
「……二度寝はほどほどにして下さいね。本当に」
 ちなみに階段を見上げたりはしない。もし見上げれば白いお尻が見える事は間違いないのは、経験則で知っている。それゆえに、僕は決して見上げたりはしないのだ。
 リンさんはと言えば、おそらくはベッドの上で二度寝しつつ本でも読んでいるのだろう。いつもの事だ。開店時間までの間に、居住スペースの掃除と洗濯をしてしまう。洗濯物は僕の分も、リンさんの分も一緒くたにやってしまっている。これはもう慣れた。たとえどれだけ生地が少なくて薄くて小さい洗い物があったのだとしても、僕はそれをただの洗い物としてのみ認識する術を身につけているのである。

 そして、開店時間になると店を開ける。
 店の日常は実に平穏である。というかこの店、旧市街区のしかも奥まった所にあるだけあって、客の数は少ない。実は近場の店の人間が粉やらなにやらを求めて訪れる事のほうが多い。冒険者の多くは新市街にある店に行くし、この辺りまで来る冒険者は古馴染みのごく少数に限られる。先日のメリッサさんのような一見さんは、珍しい。
 客のいない時間帯は、どうしたってのんびりとした空気が店の中にも広がる。僕もお茶を煎れて、本を読みつつそんな時間をまったりと過ごす。
 と、ドアベルの音を立ててドアが開いた。
「いらっしゃいませーって、なんだイルクさんか」
「なんだとはなんじゃ、クロエ。客に対して」
 かっかっか、と好々爺な顔のまま高笑いをするのは近所で酒場を開いているクルドさんちのお爺さんである、イルクさんである。ちなみに孫は新市街区の学院に通っていて、この人は孫にだだ甘なのだ。
「客っていうか、イルクさん、別に何も買っていかないでしょ」
「いーんじゃよ。儂は昔、この店で色々売り買いしとったんじゃから」
 そう言って定位置の椅子に座り込む。
「ほれ、クロエ坊。お茶じゃ、お茶」
「……まったく」
 苦笑いを一つ残して、僕は店の奥へと入る。まあ実際、イルクさんは僕がこの店で働くようになるずっと以前から、ああしてお茶を飲んでいたらしいし。昔はリンさんが居なかったら、自分で勝手にお茶を用意して飲んでいたらしいので、それに比べればマシになったのかもしれない。
「あら、イルクじゃない」
「おー、リン。今日も美人じゃの」
 そして僕がお茶を用意している間に店に出てきたリンさんが、イルクさんの前に座っていた。
「クロエー。お茶、私の分もねー?」
「はーい。待ってて下さいよ。ちょっとは」
 ティーセットを用意して運ぶ。カップをそれぞれの前に置いた。
「お客様。他にご用はありますでしょうか?」
「ふむ。茶菓子が無いのう」
 気取って尋ねてみれば、爺さんがつるりと禿げ上がった頭を撫でながら、そんな事を言う。
「ははは。この前、全部喰いきったのは、どこのどなた様でしたか」
「ほっほっほ。悪い奴もいたもんじゃのう」
 笑いながら茶を啜る爺。その韜晦ぶりは、伊達ではなさそうだ。
「だいたい、老い先短い爺なんじゃから、もう少し優しく接してはくれんかのう」
「いやいや。僕、これ以上ないくらい優しいですよ?」
 にこやかな笑顔を浮かべつつ、お茶のお代わりを注ぐ。
 まあ、この人が来るとリンさんも楽しそうだし、客が来なくて退屈な時間を紛らわす事もできるので、僕も助かっているといえば助かっているわけで。
 その後、イルク爺さんとリンさんは特に何を話すという訳でもない昼の時間を過ごしていた。僕はといえば、さすがにその境地に達するには若すぎるのか、外の掃除なんかもしつつ過ごす事になるのである。

 日が傾いた夕刻。爺さんとリンさんは、相変わらず店に陣取ってお茶を楽しんでいた。ちなみにテーブルの上には、お茶菓子がしっかりと置かれている。リンさんがしつこくせがむのを捌ききれず、押し負けてしまった結果である。
 不意にドアベルが鳴った。
「お爺ちゃん、いるー?」
 そう言いながら店の中に入ってきたのは、学院の制服を着た少女だった。赤みがかった金色の髪。クルクルと天然パーマのかかった癖っ毛が風に揺れる。
「ほう、もうそんな時間かの」
 爺さんの相好が崩れる。もう本当にこの爺さん、孫には甘いんだよなあ。
「こんにちは、ガーネット」
「あ、こ、こんにちは。クロエ。ごめんね、お爺ちゃんが今日もお邪魔しちゃって」
 年代的にはそう変わらないのだけれど、ガーネットはちょっとだけ僕に遠慮気味なのである。別に嫌われている訳じゃない、とは思う。これでもガーネットはこの近所では評判の才媛なのだし、同年代の女子に嫌われているという状況はさすがに寂しいものがある。
「あはは。まあ、リンさんが相手をしてくれてるから、僕は別になんとも無いんだけどね」
 ガーネットは顔を少しだけ赤らめて、「そう?」と呟く。それにしても、学院からここまで走ってでもきたのだろうか。
「ガーネットもお茶飲む?」
「へ? あ、ううん! そろそろお店手伝わなくちゃいけないから!」
 パタパタと手を振るガーネットは、そのままイルクさんに顔を向けた。
「ほら、お爺ちゃん。帰ろう?」
「そうじゃな。そろそろお暇するとしようかの」
 よっこらせ、などと声をかけて立ち上がる。
 リンさんもそれに合わせて立ち上がると、店先まで見送りに出る。
「それじゃあの、クロエ。リン」
「気をつけてね、ガーネット。爺さんも、気をつけて」
 僕がそう返すと、ガーネットは苦笑いを。爺さんは「クロエは冷たいのう」などとブツブツ言いながら片手をあげる。
「じゃあね、イルク。また来てね」
「おうとも。リン、お前さんも偶にはうちの店に顔を出すと良いさ」
「考えておくわ」
 微笑むリンさんにうなずき返すと、爺さんはゆっくりと歩き出す。ガーネットも歩調を合わせて、ゆっくりと歩き出した。二人の背を見送り、僕はふと夕焼けに染まった空を見上げる。
「どうしたの、クロエ」
「ああ、いや。なんか僕が初めてリンさんと会った日も、こんな夕焼けだったなあ、と思って」
 ふん?とリンさんが空を見上げる。
「そうだったけ?」
 そして、あっさりとそんな事を言うのが、この人なんだろう。
「そうでしたよ。さて、それじゃ店じまいしちゃいますね」
「うん。お願いね」
 リンさんが使っていたカップを持って奥へ引っ込むのを見送って、僕はもう一度空を見上げる。
 真っ赤に染まった空。薄紫に染まった東を見つめ、僕は小さく息を吐いた。

†  †  †

 夕食を摂った後、自室に戻った僕はふと、普段触らない引き出しを開けた。
 そこには手帳とこの世界ではまず見たことのない生地の服が納められている。
「……もう、4年か」
 紺色のブレザーに、臙脂色のネクタイ。白のワイシャツに、灰色のスラックス。この世界では見たことのない服だけれど、僕が初めてリンさんと出会った時、この服を着ていたのだ。
 手帳を開くと、そこには4年前の子供っぽい顔をした僕がいた。
 私立光星学園中等部。そう書かれた学生証を手に、ベッドに寝転がる。
 そこにはもう長いこと呼ばれた事のない、僕の本名もあった。

 鷲宮 黒慧(ワシミヤ クロエ)。

 それが僕の本来の名前だった。けれど今、僕はクロエと呼ばれている。クロエと呼ばれる世界。テレビも携帯もないフリスタリカという国。冒険者がいて、魔獣がいて、魔法のある世界。ファンタジーそのものな場所で、僕は今も生きている。
「ほんと。リンさんのおかげとはいえ、生きていけるもんなんだなぁ」
 右も左も分からない暗い森の中で目を覚ました僕を拾ってくれたリンさん。それからもう4年も経つのだ。
「はあ」
 考えても仕方ない事は、考えないほうが良い。僕は、そのまま眠る事にした。
 明日も早いのだ。しかも商会に仕入れに行く時期だし、そうなると寝不足という状況は非常にまずい。
 ロウソクの火を吹き消してベッドに潜り込むと、今度こそ目を閉じる。
 こうして僕の一日は終わり、また明日が始まるのである。



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