「皆さん、新年、明けましておめでとうござ──」
「おっじゃましまーす! はやて~、餅つきやろうよ! 餅つき!」
「……います」
出鼻をくじかれた神谷ハヤテです。
年も明けて新年を気持ちよく迎えた朝。いつもの時間に起きた私は、眠そうに目をこする皆をリビングに集めて新年の挨拶をしようとした……のだが、玄関から聞こえてきた騒々しい声に私の挨拶はかき消されてしまった。
声の主は八神家の住人ではなく、三日前に越してきたグレアム一家の一員であるロッテさん。彼女はまだカギを開けていないはずの玄関から勝手知ったる他人の家とばかりにリビングに侵入してくると、マイキー君ばりの良い笑顔を私に向けてきた。
「餅だよ、餅。つき立ての餅が食べられるんだよ? これはもう参加するしかないでしょ。あ、もちろん父様とアリアも参加するよ」
リビングの入り口でかしましく騒ぐロッテさんの手には、餅つき以外では人を殴るくらいにしか用途が無い大きな杵(きね)が握られていおり、彼女はそれを伝説の聖剣のように掲げて私を餅つきに勧誘してくる。それはもうしつこいくらいに。
……とりあえず、これだけは先に聞いておくか。
「ロッテさん、色々と言いたいことはありますが、一つ聞かせてください。あんたどうやって家に入ったの?」
私の質問を受けたロッテさんは手に持つ杵をブンブンと振り回したかと思うと、ビシィッ! と先端を私に突きつけて、いけしゃあしゃあと笑顔のまま言い放った。
「アンロック(開錠)の魔法使ったに決まってるじゃーん」
「……シャマルさん、確かうちの玄関やら窓やらには侵入者対策として防護魔法が施されてましたよね?」
「一応、結構強力なのをね。でもこうも簡単に突破されるんじゃ、手の施しようが無いわねぇ」
さじを投げるようにシャマルさんが小さく息を吐く。そういえば、昨日もグレアムさんが窓から侵入してきてたな。この二人はホント無駄なことに労力を惜しみなく使うんだな。逆に感心してしまうぞ。
「さあさあ、皆で餅をつきまくろう。まだ朝ごはん食べてないんでしょ? 朝から餅ってのもオツでいいもんだよ?」
ことさらに餅つきをプッシュしてくるが、さて、どうしたもんか。私は別にどちらでもいい、というか、どっちかと言うと参加してみたいのだが。餅つきって初体験だし。
問題は皆だな。私が参加すれば皆も付いてくるとは思うけど、やりたくない人もいるかもしれないし、一応聞いてみるか。
「私はちょっと興味あるのですが、皆さんはどうです? 餅つき、やってみます?」
「あたしは構わないぜ。餅は嫌いじゃないしな」
「あっしもオッケーどすえ。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のようにスゲー爽やかな気分っすから、今は」
皆に聞いてみたところ、全員が参加の意思を見せた。というわけで、唐突に八神家とグレアム一家の合同餅つき大会が朝っぱらから開催される運びとなったのであった。もう急な展開には慣れたが、新年一日目からこうだとこれから先にはどんな超展開が待ち受けていることやら。ま、退屈しないで済むからいいけどね。
「父様ー、はやて達連れてきたよー」
「ご苦労、ロッテ。おお、おはようはやて君、それに騎士諸君。よく来てくれた」
「おはようございます、グレアムさん。それにアリアさん」
「ええ、おはようはやて。参加してくれて嬉しいわ」
ご機嫌な様子のロッテさんに連れられて来たのは、我が家の隣にあるグレアムさんの家の広い庭。そこではシワ一つ無いスーツを着こなしたグレアムさんとアリアさんが何やらせっせと動き回っていた。ビニールシートを敷いたり、バケツに水を汲んだり、ポットを用意したりと、どうやら餅つきに必要な道具を揃えているようだ。
ふと視線を横に動かすと、そこには生で見るのは初めての臼(うす)がドン! と鎮座していて、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「凄いですね~。杵に臼に、それに蒸し器まで用意してあるとは。これ、今日のために買ったんですか?」
「いや、前の住人が残していったものだよ。昨日物置でこれらの道具を発見してね、腐らせておくのも勿体ないと思って引っ張り出したのだ」
……磯貝さんの置き土産、か。彼、今どこで何をしているんだろう。
「あの、前から何度も聞いていますが、結局磯貝さんってどうなったんです? 元気でやってますよね?」
私がそう質問すると、グレアムさんはついと目をそらしてどこか遠くを見つめ、哀れみを含んだ口調で答える。
「素直に家を明け渡していればあんなことには、ゲフンゴホン!……ああ、安心したまえ。彼はどこか遠い場所で幸せに暮らしている……かもしれない」
「おい」
タチの悪い冗談だと思いたいが、微妙に信用ならないところがあるからな、こいつ。まあ、そこまで非人道的な行動はとっていない……と、そういうことにしておこう。ひとまずそれは置いといて、今は初めての餅つきを楽しむことにするかな。
「父様、準備はすべて整いました。いつでも始められますよ」
どうやら私とグレアムさんが話している間にアリアさんとロッテさんが準備を済ませたようで、蒸し器からもち米を臼に移すと準備万端といったように杵をこちらに掲げてきた。後は杵でもち米を潰してからペッタンペッタンつくだけのようだ。下準備で私達を待たせないようにすでに終わらせておくとは、そこは流石の英国紳士と褒めておくべきか。
「はやて~、こっちおいで。栄えある餅つき一番手に任命してあげよう」
「え、私でいいんですか? きっと一番へたっぴですよ?」
「オッケー、オッケー。ヘイカモーン」
なんと、一番手に選ばれてしまった。しかし、選ばれたからには無様な姿は見せられないな。周りで見ている皆の見本となるべく、見事に餅をつきまくってやろうではないか。
「えーと、それでは僭越(せんえつ)ながら私、ハヤテが一番手をつとめさせていただきます」
ゴリゴリと臼の中にあるもち米を杵でこねるロッテさんのそばまで移動した私は、横に退いてくれた彼女から杵を受け取り、臼に対して構えようとする。が、渡された杵は大人用の大きな物で、なかなか上手く構えられない。これは、ちとキツイか?
「あの、すみませんが子供用の杵ってないでしょうか? これだと持ち辛くて……」
「うーん、ごめんね~。それしかないんだよ。……あ、そうだ。それならアタシが手伝ってあげるよ。ほら、手を貸して」
そう言ったロッテさんは私の背後に回ると、グレン号越しに私の手を取って一緒に杵を持ってくれる。おお、これなら普通につけそうだ。時折暴走してしまうロッテさんだけど、普段はわりと優しいお姉さんって感じなんだよな。いつもこうだったらいいのに。
そんなことを考えつつ杵を正面に構えて餅をつき始めようとした時、グレアムさんがお湯の入ったボールを抱えて臼の脇にやって来て、腕まくりをしてしゃがみ込んだ。一瞬、何をしてるんだ? と疑問に思ったが、餅つきには二人の人間が必要だったことを思い出してすぐに納得した。
「返し手(お湯で湿らせた手で餅を折りたたむ人)でしたっけ? それをグレアムさんがやるんですね」
「そういうことだ。何事も経験と言うからね。さ、どんと来なさい」
グレアムさん、日本の文化を結構勉強してるみたいだな。引越しそば渡すとか餅をつくとか、今時の日本人でもあまりやらないことだけど、それだけに日本に馴染もうと努力している感じがする。ちょっと見直したかも。
「それじゃ、いきますよ」
自然と緩む頬を引き締めて、私はロッテさんと共に杵を振り上げると、目標に向けて勢いよく振り下ろした。
ゴスッ!
振り下ろされた杵は、臼の横にしゃがむグレアムさんの脳天に直撃した。
……あれぇ?
「ぬごおおおお!?」
思わぬ直撃を受けたグレアムさんは頭を押さえてゴロゴロと転がりながら悲鳴を上げている。おっかしいなぁ。ちゃんと臼に向けて振り下ろしたはずなんだけど。ひょっとして無意識にグレアムさんを敵だと判断して体が勝手に動いたのかな。
「は、はやて君、それにロッテ。狙うのは私の頭ではない。臼だ……」
「あ、はい。ごめんなさい。手が勝手に、あ、いえ、手が滑ってしまいました」
「ごめんね父様。はやてのうなじに見惚れて手が滑っちゃったよ」
「次からは気をつけたまえよ、まったく」
十秒ほど悶絶したグレアムさんは、ヨロヨロと起き上がってスーツをパンパンはたき汚れを落とすと、手を洗ってから再び臼の横にしゃがみ込む。ホント、次からは気をつけないと。……前にも、後ろにも。
「では、気を取り直してもう一度」
集中して杵を構えた私は、今度こそ臼の中央に振り落とすことに成功する。ボスンと音を立てて餅が陥没し、独特な感触が杵を持つ手に伝わってきた。おお、これが餅つきの感触か。ちょっと面白いかも。
一度成功してからは目標を違えることもなく、二度、三度と杵は臼の中の餅に突き刺さる。私が杵を上に引き上げるたびにグレアムさんが餅をひっくり返し、餅に水気を与える。その作業は単調だが、私もグレアムさんも楽しそうに手を動かす。事実、結構楽しいのだ。
「次で最後にして交代にしよう。一人がつきすぎるとほかの人間がつけなくなるからな」
十回ほどついた時、グレアムさんが手を止めて交代を促してきた。もう少し続けたいところだが、駄々をこねるわけにもいかないので大人しく交代することにする。
「では、最後の一回、せーの──」
未練が残らぬように最後の一回を思い切り振り下ろそうとした、その時。後ろにいるロッテさんが思わぬ行動に出た。いや、微妙に息遣いが荒くなってたから何かアクションを起こすかもしれないとは思っていたのだが……
「……あー、む」
「耳を甘噛みすんなぁー!」
いきなり耳に感じた生暖かな感触に背筋を震わせた私は、ロッテさんの魔手から逃れようと頭を大きく振る。それがいけなかったのだろう。バランスを崩したせいで、本来臼に向かって落ちるはずだった杵が、またもやグレアムさんの脳天に振り下ろされてしまった。
ゴスッ!
「ふおおおおおお!?」
「あ、サーセン」
「ごめんね父様。はやての耳があまりにも魅力的だったから」
「お前はもう離れろ!」
餅をつき始めてから三十分。餅つきも一段落つき、ようやくついた餅を食べる時間が訪れた。
ここまで来るのに色々あった。ヴィータちゃんが杵の代わりに自分のデバイス使って餅ついたり、シグナムさんがグレアムさんに杵を振り下ろしたり、シャマルさんがグレアムさんに杵を振り下ろしたり、ザフィーラさんが振り下ろしたり、リインさんが以下略。
「君達は私に恨みでもあるのか……」
コブだらけになった頭にアリアさんに回復魔法をかけてもらいながらグレアムさんは呟く。恨みというか、みんな単なるノリでやったんだと思うな。
「へーい、お待ちどー。ロッテ印のきなこ餅、出来たよ~」
声に振り向けば、エプロンを装着したロッテさんがたくさんの餅が乗った大きな丸皿を持って皆の前に現れた。
「しかし意外でした。ロッテさんが料理好きだったとは」
「料理の鉄人と呼んでくれても構わないよん」
そう、なんと意外なことにこのロッテさん、実は料理が得意なんだそうだ。グレアム家の食事を一手に担っているらしく、今回の餅の味付け作業も彼女が自分から買って出た。私に自分の料理の実力を見せ付けたいのだとか。まあ、餅を切ってきなこ付けるだけだから実力もなにもないとは思うけど。
「へえ、美味そうじゃん」
「あら本当。形も綺麗に揃ってるし、なかなかやるわね」
しかし、そうでもなかったようだ。言われてみれば切られた餅は大きさも形も統一されていて、見た目的に非常に食欲をそそられる。シャマルさんが言うように、それなりに料理の腕前はあるようだ。
「さーて、皆小皿に取ったね。じゃ、食べようか」
配られた小皿に皆が餅を乗せたのを確認したロッテさんは、皆を見回すと最後に私に笑顔を向けてそう言った。その言葉を受けた皆は顔を見合わせると、声を揃えて挨拶をする。
『いただきます!』
「板抱きます」
挨拶と同時に割り箸で餅を掴み、皆がそれを口に運ぶ。私も同様につき立ての餅を頬を緩ませながら口に含んだ。その瞬間、きなこの甘みが口いっぱいに広がり、何とも言えない気持ちになる。うん、つまり、美味しい。そういうことだ。
自分がついたということも味に上方修正をかける要因になっているのだろう。見れば、他の皆も私と同じように頬を緩ませて餅をぱくついている。
そうして皆が餅に夢中になっている中、グレアムさんがこちらに近づいてきてこんなことを言ってきた。
「はやて君、言い忘れていたよ。新年、明けましておめでとう。これからも仲良くしようじゃないか」
あ、そういや新年の挨拶がまだだったか。ロリコンとはいえ、相手は年上だ。こちらが先に挨拶するべきだったな。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。新年、明けましておめでとうございます、グレアムさん。こちらこそよろしくお願いします」
ぺこりと一礼する私を見ると、グレアムさんは嬉しそうに目を細める。その目はまるでロリコンが幼女を品定めするような目……ではなく、かわいい孫を慈しむおじいさんのような目だった。
そんな慈愛に満ちた目をしたグレアムさんは、何かを思い出したような顔をすると、懐に手を入れてそこからポチ袋(お年玉とかを入れるアレ)を取り出し、私に差し出してきた。
「日本では、お年玉、と言うのだったな。受け取りたまえ、はやて君」
「え、いや、でも悪いですよ。これ以上お金をいただくわけにはいきませんって」
「これはただの新年のお祝いだよ。気にせず受け取ってほしい」
私の前に出した手を引っ込めようとはしないグレアムさん。……仕方ない、ここはありがたく受け取っておくか。逆に受け取らないと傷つけることになりそうだし。
「……では、お受け取りします。どうもありがとうございます」
「うむ。……ああそうだ。そこの君、ヴィータ君だったな。君にもお年玉をあげよう」
「え? あたし?」
私から視線を外したグレアムさんは、近くで餅をもぐもぐしていたヴィータちゃんに向き直ると、先ほどと同じように懐から袋を取り出してヴィータちゃんに渡した。袋を手渡されたヴィータちゃんは一瞬うろたえるが、私が大人しく受け取っておけとアイコンタクトを送ったのを見て頷くと、グレアムさんに一礼して素直に受け取った。
「あ、ありがと……」
「はは、どういたしまして」
こうして見ると普通の子供好きのようだけど、その正体は幼女の天敵、ロリコン野郎なんだよなぁ。ま、このお年玉には下心とかは無さそうだし、単なる好意として受け取っておくか。
「おいヒゲ。うちらにはお年玉くれないの?」
「はっは、何を言うかと思えば。君達はいい大人だろう。自分で働いて賃金を得ればいいのではないかね?」
「そこのロリッコも肉体以外はもういい大人なんだが──」
「ああすまん。ノドが渇いたので飲み物を取ってくる」
……やはり、ロリコンはロリコンか。
ん、そうだ。そういえばまだアリアさんとロッテさん、それに皆ともきちんと新年の挨拶をしてなかったな。全員揃っていることだし、今この場で済ませるとしよう。
「アリアさん、ロッテさん、ヴォルケンリッターの皆さん」
「ん? なんすか主」
私の言葉に全員がこちらを振り向く。そんな皆の顔を一人一人見回した私は、笑顔で挨拶をする。
私の大切な友達であり家族であるヴィータちゃん。普段はパーだけどいざというときは頼りになるシグナムさん。皆のお母さん的存在なシャマルさん。いつも私を守ってくれるザフィーラさん。厨二病患者だけど優しさあふれるリインさん。そして近所のフレンドリーな双子のお姉さんのアリアさんとロッテさん。
「去年は色々とありましたが、皆さんのおかげで無事に乗り切ることが出来ました」
大好きな家族。友人。
「これから何事もなく時間が過ぎていくのか、それともまた大変な事件が起きたりするのかは分かりませんが」
どうか、ずっと皆と一緒にいられますように。
「皆と一緒なら、何が起きたって平気ですよね」
今年も、来年も、何年経ってもいい年でありますように。
「前置きが長くなっちゃいましたね。つまり、何が言いたいのかといいますと」
幸せが、続きますように。
「これからも、皆で楽しくやっていきましょう。そういうことです」
楽しく、まったりとね。
あとがき
なんか最終回っぽい終わり方ですが、まだまだ終わりません。
次回、ザフィーラが主役の外伝です。かなりカオスな内容ですので、ご注意を。選んだネタがネタだけに知らない人も多いと思いますが、そんな人でも楽しめるような作品に出来たらと思います。