「──で、最後は感動の涙を流しながら私とフェイトちゃんは別れたの。再会を約束してね。これが私と魔法の出会い。そして、フェイトちゃんとの出会いの話。ちょっと長くなっちゃったね」
「ふぇ~、なのはちゃんも結構すごい体験してるんですね~」
「その点じゃハヤテも負けてねえと思うぜ」
「……聞きたい」
「うんうん。今度はハヤテちゃんの番だよね。聞かせてほしいな、今までどんなことがあったのか」
「そうですねぇ。それでは、かいつまんでご説明しましょうか。と言っても、何から話したらいいものか……」
現在、私達はリビングでお茶とお菓子を楽しみながらお話に興じている。今このリビング内にいるのは私とヴィータちゃん、それとお客様であるなのはちゃんとフェイトちゃんの四人で、それぞれ向かい合ってソファーに座っている形だ。
さっきまでは他の皆もここにいたのだが、気を利かせてくれたのか、なのはちゃん達がやって来るのを見ると揃ってどこかに出かけてしまった。なぜかフェイトちゃんの使い魔のアルフさんまでがザフィーラさんを追いかけるように出ていってしまったが、私達は黙って見送った。なんとなく理由は分かるから、空気を読んだのだ。
そうして四人になった私達は、取り敢えず遊ぶ前に色々とお話しようという流れになったので、こうしてソファーに腰を落ち着けているというわけである。
ちなみに、ヴィータちゃんとなのはちゃんは会った途端に意気投合したようで、話している最中に気兼ねなく質問したりしていた。
なぜ会ってすぐに意気投合したのか、それはヴィータちゃんとなのはちゃんの顔合わせの際のやり取りが全てを物語っている。
以下、二人がリビングで顔を合わせた時の会話。
「あ、初めまして……じゃないね。前に一回会ってるんだもんね。えと、私の名前は高町なのは。君って確か、ヴィータちゃん、だったよね?」
「ん、ああ。あたしの名前はヴィータだ」
「私、ヴィータちゃんと友達になりたいと思ってたの。ね、私と友達になってくれるかな? かな?」
「ま、まあ、そこまで言うならダチになってやらんこともないぜ」
「やったぁ! それじゃ、これから仲良くしようね、ヴィータちゃん」
「ああ、よろしくな、高町にゃのは」
「もう、私の名前はなのはだってば~」
「ああ悪い、高町なにょはだったな」
「な・の・は!」
「失礼、噛みました」
「絶対わざとでしょ……」
「噛みましゅた」
「わざとじゃないっ!?」
「……やるじゃねーか、お前。あたしに喰らいついてくるとは」
「ヴィータちゃんこそ。突っ込みが生き甲斐って聞いてたけど、ボケもこなすなんてね」
「へっ、決まりだな。お前は今日からあたしのダチだ、高町なのは」
「ふふ、よろしくね」
と、こんな感じだった。私の予想通り、バッチリ気が合ったようでなによりだ。この前戦ったのが功を奏したのか、フェイトちゃんとも仲よく話せているしね。
「ハヤテちゃん、焦らさないで教えてよ~」
「ああ、すみません。では、私とヴォルケンリッターの皆さんの出会いからお話するとしましょう」
さっきまではなのはちゃんの過去話に耳を傾けていた私だが、今度は私が過去の話をする番になったのだった。さて、それじゃあ、退屈させないように面白おかしく語るとしましょうかね。一人の少女と一冊の本が織り成す荒唐無稽な物語を。
「話は半年ほど前に遡りますが、ある日の夜──」
私はなのはちゃん達が注目する中、この半年の間に経験した出来事をゆっくりと語った。
四人の騎士との邂逅から始まり、怪しげな足長おじさんの話、夏コミでのマルゴッドさんとの出会いの話、原因不明の足の麻痺の話、その原因が実は闇の書という一冊の本が関係していたという話、麻痺を治すために魔力蒐集しなければならず、やむなく蒐集を始めた話、たくさんの犯罪者をボコッた話、ジュラシックパークで死にそうになった話、ブルーアイズに遭遇した話、闇の書完成間近でマルゴッドさんと再会し、真実を聞かされた話、暴走した防衛プログラムと戦った話、魔法少女ハヤテ爆誕の話、新たな家族を迎えた話、そして、全てが終わって私達に平穏が訪れたという、ハッピーエンドな話。
私の話を聞いている間、なのはちゃんとフェイトちゃんは目を丸くして驚いたり、泣きそうな顔になったり、かと思えば嬉しそうに笑ったりと、話しているこちらが楽しくなるくらい様々な反応を示してくれた。……しかし、今振り返ってみると本当に壮絶な経験してるなぁ、私。あ、憑依もそうか。まあこれは話してないが。
「……すごいね、ハヤテちゃん。私も結構な修羅場をくぐってきた自信があったんだけど、これは完全に負けかなぁ。井の中の蛙、大海を知っちゃった気分」
「本当、いろんな事があったんだね」
話を聞き終えたなのはちゃんとフェイトちゃんは、ソファーに身を沈めて一息つくと感心する様な顔をして私を見てくる。
「とは言っても、私はほとんど見てただけなんですがね。色々と頑張ってくれたのはヴィータちゃん達なんですよ」
そう言って隣に座るヴィータちゃんに目をやると、ヴィータちゃんは私から目をそらして恥ずかしそうに頬をポリポリとかく。
「ハヤテだって、頑張ってたじゃん。麻痺はどんどん広がってきてるってのに、泣きごとの一つも漏らさなかったし。それだけでも充分すごいと思うぜ」
そうでもないと思うけどなぁ。私が泣きごとを言わなかったのは皆が私を救ってくれるって信じてたからだし。って、こんなこと言うとまたヴィータちゃんが顔を赤くするから口に出すのは止めとくか。恥ずかしがるヴィータちゃんを見るのは楽しいけども、今は自重しとこう。
「あ、麻痺と言えば、ハヤテちゃんのその足って今は回復してきてるんだよね? どんな感じなの?」
ヴィータちゃんの言葉を聞いて思いだしたかのようにポンと手を打つと、なのはちゃんが身を乗り出して私に聞いてきた。言われてみれば、まだなのはちゃん達には今の私の足がどんな状態なのか教えてなかったな。気になるのも道理か。
「麻痺は徐々にですが快方に向かっていますよ。石田先生、あ、私の主治医なんですが、その人が言うには今のペースならあと一ヶ月ほどで完全に麻痺は無くなるそうです。ただ、流石に自由に歩き回るためにはそれなりの期間のリハビリが必須ですが」
「でもでも、そんなに遠くないうちに歩けるようになるんでしょ?」
「そうですね。早ければ四月には一人で歩けるようになると仰っていました」
原因不明の麻痺だけに油断は出来ないとも言っていたが、事情を知っているこっちからすればいらぬ心配だと分かるんだけどね。早く歩けるようになって石田先生を安心させたいものだ。
明らかに麻痺が引いてきていると知れてから、石田先生は診察の際によく笑うようになった。私が歩けるようになった時、どんな顔を見せてくれるんだろうか。楽しみだな。
なんて考えながらにやけ顔を晒していると、対面に座るなのはちゃんが思いもよらぬ提案をしてきた。
「ねえねえ、歩けるようになったら学校にも通えるんだよね。それならさ、私達の通う学校に転校してこない?」
「転校、ですか?」
「そう、転校。だってハヤテちゃん、今の学校に友達いないんでしょ? それなら私達の学校に来た方が絶対良いって。すずかちゃんもアリサちゃんも、それにフェイトちゃんだっているんだよ?」
それは、なんとも魅力的な提案だ。確かに今私が所属している学校には友達がいない。というか、一度たりとも校舎に足を運んだことが無い。そんななんの思い入れの無い学校に行くくらいならば、なのはちゃん達がいる学校に転校した方が遥かに有意義な毎日を送れることだろう。距離もそこまで離れてないみたいだし。
……でも、転校するには一つ問題があるんだよな。
「難しい顔してどうしたの? ひょっとして、転校したくない?」
「ああ、いえ、そうではないんです。もちろんなのはちゃん達の学校には転校したいですよ? ただ、一つだけ問題がありまして」
「問題って、なに?」
「実は、私の保護責任者が──」
と、私が説明しようとした時である。奴が現れた。
「話は全て聞かせてもらったぁ!」
ガラッ! シュタッ!
「え、ええっ!? 窓から!?」
「グ、グレアム提督? なぜあなたがここに……」
奴、ギル・グレアムはいきなり窓からリビングに侵入してきたかと思うと、ソファーに座る四人の幼女を鋭い目つきで一人一人順番に見回しながら歩みを進め、遂には私達の目の前までやって来て、ピッシリと着こなしたスーツの襟を正しつつ威厳のある顔付きで見下ろしてくる。突っ込みたい事は山ほどあるが、一つだけ言わせろ。なんでお前はいつもスーツ着てんだよ。
「ふふふ、言いたい事は分かるぞはやて君。どうして私がここに来たのか、それが知りたいのだろう? 答えを教えようじゃないか。私はな、君の願いを叶えるために参上つかまつったのだよ!」
聞いてねーよ。テンションたけーよ。不法侵入して偉そうにしてんじゃねーよ。あとウザすぎるんだよ!
「……ふぅ、色々と言いたい事はありますが、取り敢えずそれは置いときます。それで、私の願いというのはなんなんでしょうかね?」
「決まっているだろう。この子達と同じ学校に通いたいと言っていたではないか。それを叶えてあげようと言うのだ」
やはり盗み聞きしていたか。もうホントこいつ氏ねばいいのに。シャマルさんに頼んで暗殺してもらおうかな。
「え? え? どういうこと?」
突然現れた上に高いテンションで叫ぶオッサンの姿を見て、なのはちゃんとフェイトちゃんが目を白黒させている。ああ、出来ればこのロリコンの存在は秘匿しておきたかったが、こうなったら説明するしかないか。
「えーと、なのはちゃん達は一昨日に会っていますよね。このスーツが似合うダンディーなオジサマはグレアムさんと言いまして、管理局提督だった方です。今はもう退職されたそうで、つい先日私の家の隣に引っ越してきたんです。ちなみに、一応この方が私の保護責任者となっております」
「やあやあ、ダンディーなオジサマことギル・グレアムだ。二日ぶりだね、フェイト君、それに、なのは君だったかな?」
「こ、こんにちは、グレアム提督」
「あ、こんにちわ……」
グレアムさんはなのはちゃんとフェイトちゃんに向き直ると、人好きのする柔和な笑みを浮かべて挨拶をする。キザったらしく胸に手をやって頭を下げるとかお前は英国紳士か。……英国紳士だったな。でもこいつは間違いなく紳士という名の変態だな。
……さて、挨拶も済んだ事だし、
「それではグレアムさん、さようなら。お帰りは玄関からお願いします」
「最近本当に冷たいなハヤテ君。年配者はもうすこし敬うものだよ。まあ、私はまだまだ若いつもりだがね」
くそ、やはりこの程度では帰らないか。なのはちゃん達の前で暴言を吐くわけにもいかないし、打つ手が無い。……仕方ない。用件が済むまでは滞在を許可してやるか。だが、用件が済んだその時はボロぞうきんの様に捨ててやる。
「……で、私をなのはちゃん達と同じ学校に通わせてくれるそうですが、お任せしてもよろしいのですか?」
私がまともに話を聞く体勢になったのが嬉しいのか、グレアムさんはさらに笑みを深くして私の顔を見てくる。
「もちろんだとも。私は君の保護責任者だからな。それくらいのことはしてあげないと罰が当たってしまう」
よく言う。この前までその責任を果たしていなかったくせに。私が訴えたら保護責任者不保護罪でクサイ飯を食うことになるのは確実だぞ。いや、もうそれは許したからそんなことはしないけど。
「保護責任者……って、要するに親の代わりみたいなものですか?」
と、そこで横で私達の話を聞いていたなのはちゃんがグレアムさんに質問してきた。一般的な小学三年生が知っているような言葉じゃないから無理も無いか。ちなみに私は一般的な小学生とは一線を画していると自負している。一般兵などではない、スペシャリスト(特殊兵)なのだ。
「うむ、そんなものだ。……今まで私はハヤテ君を放置していたからな。今さらだとは思うが、せめてこれからはハヤテ君の力になりたいと……いや、済まない。こんなことは口にするものではないな」
失言だったか、とグレアムさんは口を塞ぐ。……あれ? ひょっとしてグレアムさんって……
「グレアムさん、もしかして、そのためにわざわざ私の家の隣に越してきたんですか? 私を近くで見守るために?」
「……さて、な。単なる気まぐれかもしれんよ」
グレアムさんはあさっての方向を向いてそう呟くと、気まずくなったのか恥ずかしくなったのかは知らないが、玄関の方へと足を進めて出て行こうとする。案外アッサリ帰るんだな、と拍子抜けしながらグレアムさんの背中を見送っていると、その背中に声を掛ける人物が現れた。フェイトちゃんだ。
「あの、グレアム提督」
グレアムさんはその声に振り返ると、フッと笑ってフェイトちゃんに言葉を返す。
「元、提督だよ。それで、何か用かな? フェイト君」
「あ、はい。一つお聞きしたい事があるのですが。えと、一昨日の『アレ』は、やはりグレアム提督が?」
……アレ? アレってなんだ。一昨日と言えばクロノ君達と一悶着あった日だけど、何のことを言ってるんだろう?
私が疑問に思う中、グレアムさんはまるでイタズラ小僧のような顔をして、
「さてな。私には何の話だかさっぱり分からんよ。……ああ、そうそう、私の後任者は信頼に足る人物だから安心するといい。近いうちに面会することになるだろうしな。では、また会おう」
と言うと、フェイトちゃんが何か言う前にきびすを返して廊下に出て、そのまま玄関から帰ってしまった。何の事だか分かんないけど、あの顔は絶対フェイトちゃんの言った事を理解している顔だったな。てか、最後の後任者とかなんとかってのも謎だ。うーん、気になる。
「……台風みたいな人だったね。突然やって来て、あっという間に帰るんだもん。ビックリしちゃった」
グレアムさんが去ってから少しの間沈黙が続いていたのだが、なのはちゃんのその言葉を皮切りに私達はようやく話し出す。
「本当ですよね。まあ、すぐに帰ってくれたのは評価に値しますが」
「ハヤテってマジでアイツに冷たいよな。気持ちは分かるけどさ」
「グレアム提督は良い人だよ? 服をプレゼントしてくれたり、色々と便宜を図ってくれたりしたし」
プ、プレゼント? そういえばフェイトちゃんはグレアムさんと知り合いのようだったな。管理局に所属しているフェイトちゃんならグレアムさんと知り合いでも不思議ではないが、一体どんな関係なんだろうか。
私は気になって質問しようとしたのだが、私より先になのはちゃんがそのものズバリの質問をフェイトちゃんにした。
「ねえねえ、さっきのあのオジサンとフェイトちゃんって一体どういう関係なの?」
「グレアム提督は私の保護観察官、あ、つまり、私が問題を起こさないように指導・監督する係の人だったんだ。実際に会ったのは面会の時と一昨日の二回だけなんだけどね。あと、最後に言ってた後任者っていうのは、グレアムさんの代わりの保護観察官のことだと思う」
私の疑問を解消するようにフェイトちゃんはスラスラと答えてくれた。しかし、まだ疑問は一つ残っている。一昨日のアレというのが。ここまで聞いたんだし、せっかくだから全部聞いてみるとしよう。
「あの、もう一つ質問があるのですが、先ほど言っていたアレというのはなんなんでしょうか?」
「あ、えと、言っていいのかな?……ハヤテ達なら大丈夫か」
しばし逡巡した後、フェイトちゃんは一度軽く頷くと、ゆっくりと話しだす。
「私達管理局がここ、第97管理外世界にやって来た理由は、ある無人世界で起きた次元震の真相を究明するためだった。いや、次元震を起こした魔導師を探して捕まえるために来た。あ、この魔導師は言わなくても誰か分かるよね?」
こ、心当たりがありすぎる。ていうか、管理局がこの世界にいる理由ってそれだったのか。いつ捕まってもおかしくない状況だったんだな。
「本題はここから。一昨日にその容疑者と接触したのはいいものの、管理局は結局容疑者を見逃す事にしたよね。でも、容疑者を逃したままじゃ私達は任務を達成出来ない。何の成果も得られないまま本局に帰るなんてことは出来ない。さてどうしよう。そんな風に困っていたんだけど……」
そこでフェイトちゃんは一旦お茶でノドを潤すと、言葉を続ける。面白そうな顔をしながら。
「一昨日の夕方頃、次元震を起こした魔導師が海鳴にある管理局臨時本部に自首してきたんだ。いや、正確には次元震を起こしたと言い張る魔導師が、かな。満身創痍の姿でね」
……なんですと?
「調べてみたところ、その魔導師は管理局に指名手配されていた凶悪な次元犯罪者で、過去に違法な魔道実験を繰り返して何度も次元震を引き起こしていた事が分かった。つまり、私達が探していた魔導師が自ら捕まりに来た。『そういうこと』になった」
ああ、なるほど。話が見えてきた。つまりは……
「どこぞのダンディーなオジサマが一肌脱いでくれたと、そういうことですか」
「そういうこと。さっきのグレアム提督の様子だと、間違いないと思う。ね? グレアム提督は良い人でしょ? ハヤテのことも気にかけてるみたいだし、冷たくするなんてダメだよ」
そう締めくくったフェイトちゃんの顔は、完全にあのロリコンを信頼しきっている顔だった。くっ、あのロリコン野郎、上手く立ち回りやがって。奴の真実の姿を見せてやりたい。ああ、でもフェイトちゃんの顔が失望に歪む様は見たくないし。……ええい、とにかくロリコン許すまじ。きっと純真無垢なフェイトちゃんを食い物にしようと虎視眈々と狙っているに違いないのだ。ガッデム!
「なんだか難しい話ばっかりで疲れちゃった。ねえねえ、お話はこれくらいにして皆でゲームしようよ」
私が怒りの炎を胸に灯していると、退屈そうに話を聞いていたなのはちゃんがそんな提案をしてきた。私としてはもう少し話していたいのだが、ヴィータちゃんも遊びたがっているみたいだしここらで終わりにするか。話なんていつでもできるしね。
「それもそうですね。じゃ、さっそく遊ぶとしましょう。ハードはファミコンからPS3まで全て揃っていますし、ソフトも豊富ですから何でも出来ますよ。何やります?」
リビングの端にある棚を開けてなのはちゃん達に問い掛ける。棚の中にぎっしりと詰まったゲームを見たなのはちゃんは、瞳をキラキラさせて棚に飛び付いてきた。
「わ、わ、メガドラ、PCエンジン、ネオジオまで!? すごーい。あ、くにお君の熱血行進曲だ! まずはこれやろ、これ!」
またシブイものをチョイスしたものだ。私やヴィータちゃんは大好きだからいいけど、フェイトちゃんはこれでいいのかな? 見た感じセレブな感じだからこんな古いゲームは似合いそうにない、というか、ゲーム自体あまりやるように見えないけど。
「私もそれやりたいな」
なんと、乗り気ですよ。人は見かけによらないもんだ。
「なら、決まりですね。マルチタップも当り前のように完備してありますので、四人でバトルとしゃれ込みましょう」
「さっすがハヤテちゃん。分かってる~」
私は車椅子だから用意するのに時間がかかるので、ヴィータちゃんとなのはちゃんにテレビにファミコンをセットしてもらった。そしておもむろにスイッチオン。ロリコンからせしめた巨大ディスプレイのテレビ画面に絶望的なまでに粗いグラフィックが表れ、少ない音で奏でられる簡素なSEがリビングに木霊する。
「ああ、超高級液晶テレビでファミコンプレイするとか……たまりませんね」
「あは、オツだねハヤテちゃん。それにこの安っぽい音楽……たまらないね~」
「お前らなんかオヤジみたいだな」
さて、ヴィータちゃんの突っ込みも入った事だし……バトルスタートといきましょうか!
第一競技【クロスカントリー】
「スタートの前から張り手は常套手段!」
「負けないよ、ハヤテちゃん!」
「うおおおおおお!」
「えっと、走ればいいんだよね。えい」
『フライングはらめぇぇぇぇ!』
──五分後
「よっしゃ一位もらい! 秘技、後ろ向きゴール!」
「もはや常識ですよね、それ」
「続いて、無駄に肘打ち連打!」
「あー、それもよくやるね~」
「?」
第二競技【障害部屋競争】
「スタート前からジャンプキック余裕でしたー!」
「ならこっちはどつきだよ!」
「うおおおおおお!」
「なんで皆走らないの? よっと」
『だからフライングらめぇぇぇぇ!』
──五分後
「バネの前で待ち伏せてんじゃねえぇぇっ!」
「くう、なのはちゃんがここまで卑劣な手段に出るとは……」
「これ、どうやったら進めるの?」
「ふふふ、気合と根性だよ、フェイトちゃん」
第三競技【棒の上の玉割り競争】
「なのは先に登れよ」
「ヴィータちゃんこそ」
「フェイトちゃん、お先にどうぞ」
「え、うん」
「ククク……」
──十秒後
「あれ、これ下に攻撃できないんだけど」
「そういう仕様です。そして先に登ったキャラはフルボッコにあいます」
「こういう風に、なっ!」
「フェイトちゃんごめん。大人しくオトリになって……」
「ひ、ひどい……」
最終競技【バトルロイヤル】
「ごうだの頭突きは至高です」
「こばやしのマッハチョップはチートだよ?」
「くにおのマッハキックを舐めんなよ」
「このよしのってキャラはどんな技が使えるの?」
「……そのキャラ、必殺技は無いんです」
──二分後
「ハメだと!? なのは、テメーには人の心ってのはねーのか!」
「対戦ゲームだとなのはちゃん容赦無いですからね。あ、死んだ」
「私、何もせずに穴に落っこちちゃったんだけど……」
「ルールくらいは教えとくべきだったね、ごめん」
──三時間後
「じゃあねー、また遊ぼうね、ヴィータちゃん、ハヤテちゃん」
「おじゃましました。その、今日は楽しかった。また、ね……」
「おう、また遊ぼうぜ」
「さようなら。気を付けてお帰りくださいね。特にロリコンとかに」
ゲーム開始から約三時間。そろそろいい時間になったので、私達はゲームを終了して解散することにした。くにお君から始まり、ボンバーマン、マリオカート、スマブラ、マリオテニス、カスタムロボなど、様々な対戦ゲームを楽しんだ私達は、四人とも笑顔で別れを告げたのだった。
なのはちゃん達が帰った後、タイミングを計ったかのように出掛けていた皆が家に戻って来たので、その後はいつものようにゴロゴロしたり、夕食を食べたり、ネットサーフィンしたりして夜を過ごした。
そして、時計が十一時を指し示した時、いつもなら私は皆を寝室に誘導するのだが、今日は大晦日でとあるイベントが始まる事を思い出したので、リビングでくつろぐ皆にこんな提案をしてみた。
「皆さん、除夜の鐘、鳴らしに行きません?」
除夜の鐘。百八の煩悩を取り去って新年を迎えるために、除夜(大晦日の夜)の十二時を挟んで寺院で百八回つく鐘。
日本人ならば誰でも一度は鳴らしに行った事があるであろう除夜の鐘だが、やはりというか当り前のように皆は鳴らした事がなかったようで、「何それ、スゲー鳴らしたい!」とアッサリと私の提案に乗ってくれた。
それからの私達の行動は迅速だった。外着に着替えると即行で外に出てお寺を目指して行軍を開始。お喋りしながら寒空の下を歩き、それほど時間は掛からずに近場のお寺に到着。入り口近くにいたおじさんから番号札を受け取り、鐘の前に並んだ人達の最後列に移動して順番が来るのを待つ。この間わずか二十分。早いってのはいいことだ。
やがて、列が順調に消化されていき、遂には私達の番になった。
「ウオラァァァ!」
ゴーン!
「だらっしゃぁぁぁ!」
ゴーン!
ヴィータちゃんとシグナムさんはそれはそれは楽しそうに鐘をついていたのだが、連続してつきまくったのでお坊さんに怒られていた。ちなみに私はザフィーラさんに抱えてもらい、レディらしくお淑やかに鐘をついておいた。
「どっせーい!」
ゴーン!
「気持ちいぃぃぃっ!」
全員が鐘をついた後、私達は用は済んだとばかりに鐘から離れ、石段を下りて颯爽と家に帰る……はずだった。そう、帰るはずだったのだ。
私があの女性を発見するまでは。
「……? ……なっ! ば、馬鹿な……そんな」
私がその女性を見付けたのは偶然だった。ヴォルケンリッターの皆に囲まれながらお寺の砂利道をグレン号で走破していた途中、ふと、境内の隅に佇む人影に目がいったのだ。
その瞬間、私は目を疑った。呼吸も止まるかと思った。それほどに驚いた。なぜなら、彼女は……
「皆さん、申し訳ありませんが、少々入り口で待っていていただけませんか? ちょっと用事を思い出しまして」
「は? なんでだよ。もうやることないんだろ?」
「これは、私の私的な用事です。すぐに戻りますので」
一方的にまくしたてると、私は皆から離れて先ほど見付けた女性の下へと気をはやらせながら向かった。皆に気を配っている余裕なんて無いのだ。あの女性がいなくなっているんじゃないかと思うだけで心臓が早鐘を鳴らしてしまうほどなのだから。
「……いた」
入口から少し離れた場所、あまり人気の無い、小さな建物のそばに置かれた賽銭(さいせん)箱の前に彼女は立っていた。さっき見付けた場所とは違うが、私が彼女を見間違うはずが無い。一目見て一瞬でその姿が脳裏に焼き付いてしまったのだから。
私は彼女にゆっくりと近づいていく。彼女は視線をどこか遠くへ向けていて私の接近には気付いていない様に思える。これは……チャンスか。
「ふぅー……」
小さく息を吐く。これはため息でも疲れのために吐き出した息でもない。……精神集中のために吐いた息だ。
私と女性の距離は、今は五、六メートルほど。グレン号ならば一瞬で詰められる距離だ。ここまで近づけば見失うということは無い。ならば、多少は観察に時間を割いても問題はあるまい。
そう頭の中ですばやく考えを巡らした私は、前方で物憂げに遠くを見つめる女性をじっくりと観察する。辺りに等間隔に並べられた提灯の明かりのおかげで、その姿はハッキリと私の瞳に映っている。
髪は栗色でショート。顔立ちは整っており、知的な眼鏡を掛けている。いや、あの人が掛けているからそう見えるだけか。身長はわりと高め、167センチといったところ。年は、二十歳を過ぎたくらいだろう。
「……」
さて、それでは本題に入ろうか。能書きはもういい。とうとうこの時がやってきたのだ。そう……
おっぱいスカウターを使う時が!
「計測、開始……!」
瞳に全神経を集中させ、私は前方の女性の胸部を射抜かんばかりにガン見する。彼女のふくよか過ぎる胸部、そのただ一点を穴があくほどに見つめる。上着、下着、それらを差し引いた彼女の真の胸のサイズをスカウト(偵察)する!
おお、見える、見えるぞ。彼女のバストが明確な数字となって見えてきたぁ!
84……87……90……馬鹿な、まだ上がるだと!?
92……94……きゅ、96……98……
「あが、あがが……」
ひゃ……100、だと? しかも、アンダーが67。奴は化け物か!?
「おや、どこからか視線を感じると思ったら、随分と可愛らしいお嬢さんじゃないか」
気付かれた!? やはり奴は化け物か!?……って、こんな至近距離でガン見してたら普通は気付くか。遮蔽物も何も無いし。いかんな、こんなに動揺していたらこちらの狙いがバレてしまう。……胸を揉むという狙いが。
ここはひとまず人畜無害な少女を装って近寄り、隙を見せた所をいただくとしよう。いつもなら有無を言わさず特攻しているところだが、今回は相手が相手だ。焦ってこけでもしたら元も子もないし、慎重に行動するに越したことはない。
「あはー、こんばんわ。こんな所でぼーっとしてどうしたんですか?」
「ん、ああ、実はちょっと迷ってしまってな。ホトホト困っていたところなんだ」
迷ったって……いい大人がどうやったら迷うのだろうか。極度の方向音痴か何かか?
「困っているなら人に道を聞けばよかったんじゃないですか?」
「いや、幾人かに訪ねたのだが誰も私の目的地を知らないようだったのだ」
「はあ、そうだったんですか。……あの、大人が知らないことを私が知っているとも思えませんが、あなたはどこに行く予定なのですか?」
「ん、猪鹿(いのしか)町という町なんだが、聞き覚えはあるか?」
また変わった町の名前だなぁ。んー、しかし聞き覚えは無い。というか海鳴市にそんな町あったか?
「あの、本当にそれって海鳴市にある町なんですか? 聞いたこともないんですが」
「え、海鳴市? ここは遠見市じゃないのか?」
「…………」
「…………」
これは、あれか。自分のいる市を把握してなかったってことか。そんなことがあり得るのか? いい大人だぞ? まあ、実際にそんな勘違いをやらかした大人が目の前にいるわけなのだが。この人、どんだけ天然なんだよ。
「ははは、いやこれは恥ずかしい。実は私は一人でこれまでまともに目的地に着いたためしが無いのだ。極度の方向音痴でな」
全然恥ずかしくなさそうにすごい恥ずかしいことを平然と言ってのける女性が目の前にいた。なんだかこの人からはダメダメな匂いがプンプンしてくるな。かわいそうな気がするし、ここは親切丁寧に教えてあげるとするか。
「あの、遠見市ならこの海鳴市の隣にありますよ。このお寺の石段を下りて右に少し進んだ所に駅がありますから、そこから電車に乗ってすぐ……あ、今の時間はもう終電出ちゃってるかも」
「いやいや、そこまで教えてくれれば十分だ。ありがとう」
そう言った女性はこちらに近づくと、私の頭に手を伸ばしてナデナデしてくる。……はっ、これはチャンス。今こそ飢えた熊のように襲い掛かるべき時!
ナイスな判断を一瞬で下した私は、無防備な女性のそのたわわに実った果実にすばやく手を伸ばし、わし掴もう──
「いただきまー……はう!?」
と思ったのだが、その前に顔面に手のひらを置かれて動きを封じられ、両手を伸ばしてバタバタするしか出来なくなってしまった。に、憎い。リーチの差が憎い!
「おいおい、この素敵なおぱーいがいくら魅力的でも、許可なく揉もうとするのはいただけないな。まあ、頼まれても許可しないがな」
「ど、どうしたら揉ませてくれるんですか?」
「何をしようが揉ませんよ。なぜなら、このおぱーいを揉む事が出来る人間はこの世でただ一人と決まっているのだからな」
「そ、それは一体?」
「それはもちろん……私自身だ」
なんという真理! 自分のおっぱいは自分だけのものだと言うのか。くそう、ちょっとくらいその幸せを分けてくれたっていいじゃんかよう。けちんぼ。
「ん? おっぱいスキーに、車椅子?……ああ、なるほど。君がそうだったのか」
目の前の女性はなにやら得心がいったようにウンウン頷いている。が、私の顔に置いた手は外さない。こんな、こんな上物を目の前にして手も足も出せないとは、神谷ハヤテ、一生の不覚……
「おっと、それでは私はそろそろ失礼させてもらおう。いつまでもここにいるわけにもいかないからな」
「……冥土の土産に教えてください。あなたは何をしに遠見市まで?」
「ん、なに、ただ妹を折檻しに行く。それだけだ」
そう楽しそうに言った女性は、私の顔から手を離すと後ろに下がり、足元に魔法陣を展開させて……って、魔法陣!? この人魔導師だったの?
「あ、あなたは……」
「そのうちまた会えるだろうさ。自己紹介はその時まで取っておこう。……ではな、八神ハヤテ」
最後に小さく呟くと、女性は魔法陣の放つ光に包まれて一瞬のうちにその場から消え去ってしまった。転移魔法、か。
あの女性、最後に私の名前を言ってたし本当に何者なんだろうか。会った事はないはずなんだけどな。……いや、そんなことはどうでもいいか。惜しむべきはあのおっぱいを我が手中に収めることが出来なかった事だ。また会えるとか言ってたし、その時こそ必ず私の餌食にしてくれるわ。私の魔の手から逃げられると思うなよ?
「おーい、ハヤテー。なんかこっちで魔力反応あったけど……って、なんで暗い笑みを浮かべてんだよ」
「あ、いえいえ、なんでもありませんよ。さ、私の用事も済みましたし、帰りましょうか」
やって来たヴィータちゃん達に軽く言葉を返した私は、頭の中であの二つのメロンをどうやって手に入れるかをシミュレーションしながら皆と合流した。その後、あの場で何があったのか聞いてくる皆に適当に答えつつ、私はリベンジを胸に誓って帰路へとつくのであった。
「いつか絶対揉んでやる……」
「ハヤテ、知ってるか? わいせつ罪って同性にも適用されるんだぜ」
それがどうした!
お寺を出る最中。
ゴーン! ゴーン! ゴーン!
「うおおおお! 神様のばかやろー! ハーレム作りてー! チートオリ主になりてーよぉぉぉ!」
鐘の音と共に、そんな少年の叫び声が聞こえてきた。
……煩悩を捨て去るために鐘を鳴らすのに、煩悩丸出しで鳴らしてどうするんだよ。
あとがき
最後のオリキャラ登場です。これ以降はオリキャラが増えることはありません。……今のところの予定では。