ある所に、一人の少女が居ました。
その少女はちょっとゲームや漫画が他の人より好きなだけの、どこにでも居るごくごく普通の小学三年生でした。
いまだ新婚気分のような仲のよすぎるほどの両親と、これまた仲がいい兄と姉、紆余曲折の末に仲よくなった二人の親友に囲まれたその少女の毎日は、平凡で、けれどとても幸せな日々でした。
ある日の夜、そんな少女がアニメ柄のパジャマに身を包んでアニソンを聞きながら心地良い眠りについていた時の事。少女の頭の中に突然不思議な声が聞こえてきました。
『誰か……僕の声を聞いて。力を貸して……魔法の力を。……できれば……可愛い女の子……』
「う~ん……あと五分……」
夢見心地の中で聞いていたため、少女にはそれが単なる空耳に聞こえていました。
翌日、いつも通りの時間に起きた少女は、おかしな夢を見たなぁ、と首をかしげながら身支度を整え、意気揚々と登校しました。代わり映えのしない通学路を歩き、見慣れた校舎に入り、仲のいい友達と挨拶を交わし、ちょっと変わった先生の授業を受け、そして下校。
もはやルーチンワークと化した日常は、刺激も無く、危険も無い、平々凡々としたものでした。少女はそんな日常が嫌いではありませんでしたが、心のどこかでマンガやアニメの様な非日常的な出来事が起こる事を望んでもいました。夢見る少女というやつです。
その夢見る少女が下校後に親友の二人と塾へと足を進めていた時、『助けて!』とやたら切羽詰まった声が頭の中に響いてきました。少女がその声に導かれるまま向かった先には、ケガをして息も絶え絶えなフェレットのような動物が倒れていました。
「なのはー、いきなり走り出してどうし……わ、なんか倒れてるじゃない」
「フェレット、かな? 微妙に違う気もするけど」
怪しげな小動物を見付けた三人は、取り敢えずケガをしているからと動物病院に運ぶことにし、近場の病院へと急いで連れて行きました。その後、病院にフェレット(?)を預けた三人は塾へと直行。講師の声に耳を傾けつつ、あのフェレット(?)の今後の処遇を相談することにしました。
「うちは犬がいるから無理ぽ」
「私の家もネコがいるから駄目ぽ」
「うーん、じゃあ家族と相談してみるぽ」
小学生らしく言葉遊びなんかも交えて相談していました。
塾での少々退屈な授業を終え、少女は友達と別れて帰宅しました。家に帰り、少女が食事の席であのフェレット(?)のことを家族に相談したところ、少しの間なら預かっていいと言われたので、少女はその旨を二人の友達にメールで知らせる事にしました。
その時です。少女の頭の中にまたもや助けを求める声が聞こえてきたではありませんか。
『ヘールプ! もうこの際オッサンでもいいから誰か助けて!』
今度こそはっきりと聞こえたその声に、少女は取るものもとりあえず家を飛び出しました。正義感も少なからずありましたが、飛び出した最大の理由はもっと別。少女はこの声の下に向かえば非日常が待っているんじゃないかと期待に胸を膨らませていたのです。
果たして、その少女の願いは叶えられることとなりました。
少女の向かった先、昼間にフェレット(?)を預けた動物病院では、まさに平凡な生活を送っているだけでは垣間見ることさえ出来ないような非日常的な出来事が起こっていたのです。
「はっ、少女キターッ! って、うわわわわ!?」
『グオオオオオオオッ!』
滅多にしない運動をして息を切らせる少女の眼前では、異形の怪物が昼間のフェレット(?)を襲っていたのです。それは、赤い瞳と大きな口を形を持たない身体に貼り付けたような、黒くて巨大な化け物でした。
「モンスター!? レベルは!? 属性は……闇!?」
「君っ! そんなことよりこの赤い玉を、レイジングハートを!」
「フェレットが喋った!? ファンタスティック!」
ひゃっほーい! とテンションがウナギ登りの少女は、化け物の猛追から逃げるフェレットから不思議な赤い玉を渡されます。フェレットが言うには、この赤い玉はデバイスと呼ばれる魔法行使の際の補助をするための道具らしいのですが、テンションマックスの少女にはそんな説明は馬耳東風でした。
「なんでもいいよ。で、私はどうすればいいの?」
「と、とにかくデバイスを起動……いや、イメージするんだ。君の魔法を制御する魔法の杖の姿を。そして、君の身を守る強い衣服の姿を!」
「え、えっと、よく分かんないけど、イメージすればいいんだね」
化け物から逃げながら少女は頭の中で思い浮かべます。
(杖……服……まあ、適当でいっか)
少女は割とアバウトでした。
「イメージは済んだね? それじゃ、僕の後に続いて起動パスワードを言うんだ。我、使命を受けし者なり」
「て、展開早いよ。えっと、我、名刺を受け取りし者なり」
「名刺受け取ってどうすんの! 使命を受けし!」
「わ、我、使命を受けし者なり」
「余裕が無いから続けていくよ。契約のもとその力を解き放て。風は空に星に天に。そして不屈の魂(こころ)はこの胸に。この手に魔法を」
「うう、暗記は苦手なのに。け、契約のもとその力を解き放て? 風は空に、えと星に天に。そして、不屈の魂(こころ)はこの胸に。……この手に魔法を!」
「よく出来ました。ラストいくよ。レイジングハート──」
「レイジングハート──」
『セット、アップ!』
言い終えると同時に少女の身体は光に包まれ、一瞬後にはその身に白い衣服を纏っていました。さらに、その左手には身の丈ほどもある長いステッキが握られていました。
「……ふ、ふふ、魔法少女キタコレ! これから私の大冒険が始まるんですね、わかります」
「ふ、不安だなぁ……でも、魔力はすごい。これなら!」
さり気なく少女の肩に移動したフェレットは目前に迫る化け物を睨むと、少女に封印魔法の使用を促します。その無茶振りに少女は動揺を露わにしますが、なんだか頭の中に呪文のような物が浮かんできたのでとりあえず唱えてみることにしました。
「リリカルマジカル……ジュエルシード、シリアル21、封印! 喰らえ、暗黒吸魂輪掌波ぁっ!」
最後のは少女のアドリブです。少女は軽い厨二病にかかっていました。
『グアアアアアアッ!』
するとどうでしょう。先ほどまで少女とフェレットを脅かしていた化け物が、魔法初心者の少女の一撃で消え去っていくではありませんか。少女はその光景を見て思います。俺TUEEEEE! と。
「あ、これが、ジュエルシード?」
化け物が完全に消えてなくなったその場所に、青いひし形の宝石が浮かんでいました。フェレットは説明します。
「ジュエルシードっていうのはね、手にした者の願いを叶える力の石なんだ。でも、発動が不安定な上、使用者を求めて暴走したり、周囲の物を取りこんで危害を加えてしまうことがある。僕はこれを古代遺跡から発掘してとある場所に移送してたんだけど、その途中で事故にあっちゃってね。ジュエルシードがこの世界にばら撒かれてしまったんだ。責任を感じて一人で回収しようとしたのはいいものの、暴走体に手酷くやられてこのザマさ。あ、ちなみにジュエルシードは全部で二十一個あるんだ」
聞いてもいないことをペラペラと喋ったフェレットは、何かを期待した目で少女を見つめます。少女にはフェレットの言わんとしていることが丸分かりだったので、笑顔で頷きます。
「一人で全部集めるの、大変でしょ? 手伝ってあげるよ」
「いいのかい!? いやぁ、助かるよ。あ、食事と宿も提供してくれたらもっと助かるんだけど」
このフェレットの辞書に遠慮の二文字はありませんでした。けれど、少女は快くフェレットの頼みを聞きます。少女の心はとてもピュアなのでした。ピュアハートです。
「お父さんが言ってたんだ。助けてあげられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけないって」
「……いいお父さんだね」
「うん。……それとね、人によくしてもらったらお礼をしなさいって、そうも言ってたんだ」
「へえ……へ?」
「お礼をね、しなさいって」
少女は笑顔でフェレットに顔を近づけます。ググッと近づけます。手に持つレイジングハートをフリフリと振って、何かを期待した目で見つめます。フェレットには少女の言わんとしていることが丸分かりだったので、若干引きつった笑顔で頷きます。
「う、うん。そうだね。ちゃんとお礼はしないとね。は、はは…………持ってけコンチクショー!」
「ありがとう……って、いい言葉だよね」
少女の心はピュアでした。けれど、少しばかり汚れてしまっていたようです。
なにはともあれ、と少女は辺りの惨状を見回しながらフェレットに提案します。
「壁とか地面とか壊れちゃってるし、権力の犬が近づいてきてるし、このままここにいたらまずいよね。逃げるが勝ちって言うし、帰ろっか?」
「そうだね。面倒事は避けるのが一番だ。それに、なんだか僕あのピーポーピーポーって音聞くとなぜか物陰に隠れたくなるんだよね」
どんな体質だ、と少女は心の中で突っ込みを入れつつ杖と服を通常状態に戻すと、我が家に向かって一目散に逃げ出します。現場から離れ、ようやく人心地つける場所まで移動した少女は、まだ肩に乗るフェレットの名前を聞いていないことに気付きました。それと、自分の名前も教えていないことに。
少女は近くの公園に入ってベンチに座ると、これからしばらくの間は苦楽を共にするであろうフェレットを隣に降ろして、自己紹介を兼ねた挨拶をすることにしました。
「私、高町なのは。小学三年生。趣味はゲームやマンガやアニメ全般。ね、あなたの名前を教えてくれるかな?」
「あ、うん。僕はユーノ。ユーノ・スクライア。趣味はのぞ……読書かな」
「そっか。ユーノ君って言うんだ。あ、私のことはなのはって呼んでね?」
「分かった。なのはだね」
「えへへ、名前も呼び合ったし、私達もう友達だね」
「友達……うん、そうだね。僕らはもう友達だ」
にゃはは、と笑った少女は、手をフェレットの目の前に差し出します。フェレットも小さな前足を前に出し、少女の手に触れます。二人は互いの顔を見合うと、
「これからよろしくね、ユーノ君」
「こちらこそ、なのは」
どちらからともなく笑みを浮かべ、そして、長年連れ添ったパートナーのように肩を並べて談笑しながら帰路へとつくのでした。
少女、高町なのはと、フェレット、ユーノ・スクライア。これが二人の出会い。これから始まるであろう物語の、全ての始まり。
少女は魔法を知り、友を得ました。今は少女はただ笑います。……この先に幾多の困難が待ち受けているとも知らずに。
「貴様か! 念話飛ばしたのは! 天罰!」
「なん……ぐへぇっ!?」
「ユーノ君!?」
その帰り道、謎の人物がフェレットを闇討ちしたそうな。犯人は今も捕まっていないそうです。
なのはとユーノが出会ってから約二週間が経ちました。その間、なのは達はひたすらジュエルシードの探索、回収を繰り返し、合計六個のジュエルシードを確保することに成功しました。
神社で、プールで、街中で、中には厳しい戦いもありましたが、二人は力を合わせて精一杯頑張ってきました。
「ユーノ君、初めてギャルゲーをプレイした今の気持ちは、どう?」
「……なんだろう。すごく、胸が切ないよ。でも、不思議と悲しくはない。これは、この気持ちは一体?」
「それはね、萌えって言うんだよ」
「こ、これが萌え? ……ああ、なるほど、これが萌えか。僕は、僕は今……猛烈に全ヒロインを攻略したいぞぉー!」
「ふふふ、ギャルゲ魔道へようこそ……」
ただ、オタクであるなのはは布教活動にも力を入れていたようです。ユーノが二次元に目覚めてしまってからは一日一人を攻略しないと気が済まなくなってしまったので、ジュエルシードの探索はなのはがほぼ一人で頑張っていました。なのははオタ友が増えたと喜んでいましたが。
しかし、順調にジュエルシードを確保してきたなのは達の前に、とんでもない難敵が現れてしまいました。
「ジュエルシードは、渡さない……」
「突如現る謎の魔法少女! これはライバル!? ライバルフラグなの!?」
なのはの友達、月村すずかの家で発動したジュエルシードを確保しようとした矢先、突然なのは達の前に金髪の少女が現れ、目の前でそのジュエルシードをかっさらっていってしまったのです。これにはなのは達もビックリ仰天でした。
さらに、その後も金髪の少女はたびたびなのは達の前に現れ、ジュエルシードを巡ってなのはとユーノの二人と対立するのです。
温泉で。
「ユーノ君、あの犬耳のお姉さんを任せてもいいかな?」
「ま、任せたまえ。この紳士たるユーノ・スクライアにね」
「ユーノ君、温泉で鼻血たくさん流れてたけど、もしかして貧血?」
「はっはっは、貧血だろうがなんだろうが、今の僕に勝てる奴なんていないね」
街中で。
「ねえ! お話を聞かせて! あなたがジュエルシードを集める理由は!?」
「言う必要は……無い!」
「もう、強情なんだから!……あれ? もしかしてツンデレ? 今はツンの時期なの?」
「あなたが何を言ってるのか分からない!」
海上で。
「私が勝ったら……ただの甘ったれた子じゃないと分かってもらえたら……お話聞いてくれる?」
「…………勝てたら」
「デレ期到来! でももうちょっとツン期が長い方がいいと思うよ? 破壊力が違うんだから」
「わけが分からない!」
ありとあらゆる場所で少女達は出会い、戦い、拒絶し、手を差し伸べてきました。
ある時、そんななのは達の前に再び謎の魔導師が現れました。今度は男の子。トゲ付きアーマーがこれ以上ない程自己主張しています。
彼はなのはと金髪の少女の間に立ち塞がってジュエルシードとお話を賭けた決闘を邪魔したり、金髪の少女が隙を見てジュエルシードを持って逃走しようとするのを邪魔したりと、お邪魔キャラ全開の行動を取りました。
その少年によってその場は収められ、なのはとユーノは事情聴取のために時空航行艦船アースラという仰々しい名前の船に半強制的に連れて行かれました。なのはは文句を言おうとしましたが少年が睨んできたので止めておきました。
少年に連れてこられた場所はなんとも異様なほど和風な空間でなのはは驚きました。が、驚いたのはそれだけではありません。なんと、この和室に入ったユーノが、いきなり人間の姿に変身したのです。なのはは吹き出しました。
「ちょっ、ええ!? ユ、ユーノ君? 人間だったの?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
いけしゃあしゃあと! と、なのはは憤りますが、この償いはまた後でさせるとして、黒髪の少年、クロノと、アースラの艦長だという女性、リンディ提督と話す事を優先しました。
リンディ提督とクロノと話して、なのはは驚愕の事実を知ることになります。ジュエルシード、それは自分達が思っていたよりもはるかに危険な物。複数集まれば世界を滅ぼしかねない力を発揮するというどえらい技術の結晶体。なのはは戦慄します。
(そんなすごい物だったなんて……燃える!)
訂正、燃えています。マンガ、アニメ好きにはこういったシチュエーションはたまらないようです。
「……というわけなの。だから、民間人に過ぎないなのはさん達にはここで手を引いて──」
「手を引くなんてとんでもない! 私達にも協力させてください!」
「いや、でもね──」
「ぜひ協力を!」
勢いに負けたのか、クロノとリンディ提督は顔を引きつらせながらもなのはを民間魔導師として今回の任務に協力させることにしました。ついでにユーノもなのはに引きずられる形で協力させられることになりました。実は管理局に全てを任せたかったユーノ涙目。
それからというもの、時空管理局の艦船アースラは通常任務を離れ、ジュエルシードの封印に専念することになりました。
金髪の少女について調査を進めながら、なのはとクロノ達がジュエルシードの探索を開始してから十日。なのは達は三つのジュエルシードを封印することに成功していました。しかし、その目を盗むように金髪の少女は二つのジュエルシードを封印していたのです。
「クロノ君、ジャパニメーションの素晴らしさは理解出来たかな?」
「……ああ、まさかこんなにも素晴らしい物だとは思いもしなかった。二次元には夢が詰まっているのだな」
「ふふふ、おたく、まっしぐら……」
ここでもなのはの布教活動はとどまる事を知りませんでした。クロノ、リンディは当然のこと、他のアースラスタッフにまで日本のオタク文化の素晴らしさを知ってもらおうとなのはは東奔西走しました。ぶっちゃけ、ジュエルシード封印より布教活動に力を入れてました。
「……っ! 海上にて巨大な魔力反応を探知!」
散らばったジュエルシードが残り六つになった時、大きな動きがありました。それは、金髪の少女の無謀極まりないジュエルシード封印作戦。海中に沈むジュエルシードに強力な魔法を放ち強制的に発動させるというもの。そして、それは実行され、残った六つ全てのジュエルシードが発動してしまいました。
それを見たアースラ艦内での判断は、金髪の子を放置し、自滅を待ってジュエルシードを確保するというものでした。なのははその作戦に若さゆえに反抗し、単身金髪の少女の下に飛び出してしまいます。
「一人ぼっちだったんだね。私も分かるよ……周りにオタクがいない寂しさなら」
「だから! わけが分からないって言ってる!」
「ね、だからさ、友達になろう?」
「脈絡が無いにもほどがある!」
ひと悶着の末、二人は一時協力してジュエルシードを封印することに成功しました。しかしその時、突然なのは達とアースラの下に魔力攻撃が襲いかかってきました。それは、別次元からの次元干渉。
その攻撃は金髪の少女にまで降り注ぎ、少女はまともに受けて落下してしまいます。その窮地を救ったのは少女の使い魔である犬耳の女性。彼女は去り際にジュエルシードを奪い去ろうとしますが、それはお邪魔キャラのクロノに防がれてしまい半分の三つを持って退散するしかありませんでした。
その三日後。再びなのはと金髪の少女は出会います。なのはは友達が保護した金髪の少女の使い魔から事情を全て聞かされていました。金髪の少女が母親のためにジュエルシードを集めていた事。母親から虐待を受けていた事。それら全てを聞いて、なのはは決心したのです。この子と絶対に友達になってやるんだと。
「友達になって……一緒にゲームして遊ぼう! そうしたら、寂しさなんて吹き飛ぶよ!」
「あなたは……」
「私達はまだ他人。まだ何も始まってない。なら、ここから全てを始めよう。本当の自分を始めるために……始めよう! 最初で最後の本気の勝負! 賭ける物は、手持ちのジュエルシード全部! 受けてくれるよね?」
金髪の少女は迷いを見せながらも頷きます。
そして、二人の一対一の勝負は始まりました。
「シュート!」
「アークセイバー!」
一進一退の攻防。互いの魔法を駆使して本気でぶつかり合う二人。そこで金髪の少女は気付きます。初めて会った時は魔力が多いだけの素人。でも今は、相手は速くて強くなっているということに。
「だからって!」
金髪の少女は隙を突いてライトニングバインドでなのはの自由を奪います。さらに、そこに自身が持てる最大の魔力を乗せてフォトンランサー・ファランクスシフトを撃ち込みました。雷撃がなのはを襲い、爆煙が空を覆います。やがて、煙が晴れてくると、攻撃を受けたなのはの姿が見えてきました。
「……えぇー?」
無傷でした。ついでにどや顔でした。流石の金髪の少女もこの結果に不満を露わにせずにはいられません。
「今度はこっちの番だよ!」
宣言通り、なのはが金髪の子に向かって砲撃を発射します。金髪の少女は避ければいいのに、何を思ったかそれに対して射撃魔法を放ちます。が、当然の如くそれは砲撃に呑み込まれて一瞬で消え去ってしまいました。砲撃はそのまま金髪の少女の下まで届いてしまったので、彼女はシールドを張って耐えようとします。ですが、なのはの砲撃は徐々にシールドを侵食し、金髪の少女に喰らいつこうとうなりを上げます。
(でも、耐えきる……! あの子だって耐えたんだから!)
金髪の少女は見かけによらず我慢強かったようで、ボロボロになりながらも見事になのはの砲撃を耐えきりました。
しかし、なのはの本領が発揮されるのはここからでした。
(バインド!? いつの間に!)
さっきのお返しとばかりになのはは金髪の少女をバインドで固定し、超ド級の砲撃のチャージに入ったのです。
「受けてみて! ディバインバスターのバリエーション!」
受けたくありません、と金髪の少女は首をフリフリしますが、なのはは気にも止めません。というか、すごい良い笑顔でした。
「これが私の全力全開! スターライト…………」
「ひぅ……」
わざと溜めを作る辺り、なのはにはSの気質があるのかもしれません。
「ブレイカァーー!」
それはそれはぶっとい砲撃が放たれ、光の波が恐怖で顔を歪ませる金髪の少女の全身を包み込みました。直撃を受けた少女の脳裏に一瞬、懐かしの使い魔、リニスの顔が浮かび上がりました。
(リニス……今そっちに……)
海に落下して危うく別の世界に行きかけた少女ですが、彼女はギリギリのところでなのはに助け上げられました。色々と危ないところでした。
「……私の負け……ジュエルシードは、全部あげる」
と、少女が九つのジュエルシードをデバイスから解放した時です。少女の母親、プレシアが娘に雷撃を放ち、さらに九つのジュエルシードを物質移送で自分の所に引き寄せてしまいました。鬼です。鬼ババです。とても一児の母の取る行動とは思えません。人間として腐っています。
しかし、陰でこっそり待機していた管理局もそれを見て黙ってはいませんでした。プレシアが使用した転送魔法により、彼女の居場所、時の庭園の座標を特定することに成功したアースラスタッフは、鬼ババをタイーホしようとアースラの転送ポートからありったけの武装管理局員をそこに送り込んだのです。ちなみにその間になのはと金髪の少女はアースラに収容されています。
時の庭園に侵入した名も無き武装局員達は、そこでとんでもない物を発見します。それは、金髪の少女そっくりの女の子が全裸で収められている怪しげな液体の入ったポッドでした。
「こ、これはっ!?」
とある特殊な性癖を持った武装局員の一人が興奮して思わず飛び出してしまいました。
「私のアリシアに触らないで!」
そこにプレシアの怒りの一撃が叩きこまれました。ついでとばかりに残った武装局員達にも攻撃魔法が浴びせられ、武装局員達はあっという間に鎮圧されてしまいました。弱すぎますね。もうちょっと根性を見せてほしいものです。
「フェイト、見ているのでしょう? 最後だから特別に教えてあげるわ」
プレシアは管理局が展開したサーチャーに向き直ると、モニターの奥にいるであろう金髪の少女に言います。いわく、金髪の少女はポッドの中で浮かぶ少女、アリシアの記憶を移植されたクローンだった。いわく、金髪の少女はアリシアが生き返るまでの手慰みの人形だった。いわく、もういらないからどこへなりとも消え失せろ。
これは酷い。金髪の少女のライフはもう限りなくゼロに近くなってしまいました。
「いいことを教えてあげるわ、フェイト。あなたを作りだしてからずっとね……私はあなたが大嫌いだったのよ!」
「腐ってやがる……早すぎたんだ」
なのはは呟きます。が、空気嫁と周りの人間から白い目で見られてしまいました。失態ですね。
「さあ、ジュエルシード。私とアリシアをアルハザードへ導きなさい!」
プレシアは九つのジュエルシードを発動させると、その力でアルハザードへ旅立ち全てを取り戻すと宣言します。ジュエルシードの発動により中規模以上の次元震が発生し、次元断層が起こりそうになります。クロノはお邪魔キャラの矜持にかけてそれを邪魔しようと転送ポートに向かい、なのはとユーノもそれに続きます。金髪の少女はライフがゼロになってしまったので使い魔の女性とアースラでお休みです。
「うわぁ、さまようよろいみたいのがたくさんいるね~。どれも量産型みたいで没個性。赤い指揮官機くらい置いとけばいいのにね」
「そのネタはまだ知らないな。帰ったら予習しておこう」
時の庭園に転移したクロノ達を出迎えたのは、剣や斧を装備した鎧姿の傀儡(かいらい)兵達。クロノ達はその兵達を蹴散らしながら中に侵入します。バッタバッタと薙ぎ倒します。主にクロノとなのはが。ユーノなんて飾りです。偉い人にはそれが分かっています。
「ここで二手に分かれよう。僕はプレシアの逮捕、なのはとユーノは駆動炉の封印に向かってくれ」
「了解。封印したらすぐに援護に向かうから、それまで頑張ってね」
「ふ、倒してしまっても構わんのだろう?」
侵入してから少し進んだ場所でクロノ達は二手に分かれました。クロノは最下層にいるプレシアの下へ。なのはとユーノはその反対の駆動炉がある最上階へ。
「な、なのは、ヘルプー!」
「もう、だらしないなぁ、ユーノ君は」
上階に進むなのはチームの行く手には傀儡兵がわんさと待ち構えていました。ユーノは逃げ回り、なのはは的確に敵を射撃の的にしていきます。と、しばらく進んだ所で金髪の少女の使い魔が応援にやって来ました。数に押されかけていたなのは達大喜び。
ですが、それでも数の暴力は偉大なようで、なかなか奥に進む事が出来ません。
「サンダー、レイジ!」
しかし、そこにさらに応援が駆けつけてきました。そう、金髪の少女です。どうやらライフは回復したようで、元気に攻撃魔法を撒き散らしています。
「信じてた! きっと来てくれるって信じてたよ! だってラストダンジョンだもん。全員揃わなくちゃおかしいもんね」
「あなたの言う事はよく分からないけど、えと……信じててくれてありがとう」
「そこはお礼言うようなとこじゃないような?」
感動するなのはとはにかむ金髪の少女の前に、一際大きな傀儡兵が現れました。なのはと金髪の少女は顔を見合わせると、息ピッタリに宙を舞い、二人同時に砲撃魔法を放ちます。
「愛と友情の、ツープラトン!」
「あ、愛?」
ナイスコンビネーションで大型の敵を倒した後、金髪の少女はプレシアの下に向かうと言います。ちゃんと自分で終わらせて、本当の自分を始めると。なのははそれを聞き、笑顔で少女を送り出します。頑張れ、と念じながら。
少女を見送ったなのはとユーノは駆動炉に至る道を敵を蹴散らしながら突き進み、ようやくといった具合に目的地に到着します。
「なのは、守りは僕に任せて。君はフルパワーで魔法を放つことだけを考えてればいい」
なんということでしょう。事ここに至ってユーノがカッコイイことを言いだしました。やる時はやる男だったのですね。
「ありがと、ユーノ君。それじゃ、全力全開、本気の本気で──」
ユーノが敵の大群を食い止めている間に、なのははチャージを開始します。溜めて、溜めて、さらに溜めて、そして……解き放ちます。
「ディバインシューター、フルパワー!」
シーリング(封印)モードのレイジングハートから放たれた魔法は狙い違わず駆動炉へと突き刺さり、その活動を停止させることに成功しました。なのははユーノに向けてブイサインを送り、ユーノはサムズアップでそれに応えます。
「って、こんなことしてる場合じゃないや。ユーノ君、最下層に急ごう!」
なのは達はきびすを返して最下層に向かいます。時の庭園は崩壊の一途を辿っているため、グラグラと揺れて今にも天井が落ちてきそうでなのは達は戦々恐々でした。ユーノはいざとなれば自分だけでも逃げようと心に誓いました。
そんなこんなでやって来ました最下層。が、なのは達が駆け付けた時にはもう状況がクライマックス直前な感じでした。
「世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ! 死んだ人間は生き返らないんだ! ドラゴンボールは現実には無いんだよ!」
「お前が何を言ってるのか分からないわよ!」
クロノがなにか偉そうなことを言っています。と、そこでなのはは周りをキョロキョロ見回して首をかしげます。先行した金髪の少女の姿が見当たらないのです。おかしいですね。
「もういいわ! 私はアルハザードに行くのよ。そこで全てを取り戻す!」
「ま、待って!」
プレシアがハイになって叫んだその瞬間、その真上の壁を突き破って金髪の少女が飛び込んで来ました。壁の残骸がプレシアに降り注ぎ、「イタ、イタタ」と軽いダメージを与えました。プレシアは怒り心頭の様子で金髪の少女を睨みつけます。
「あ、ごめんなさい……その、迷っちゃって、壁抜きするしか最下層に来る手段が無かったから……」
さすが天然。なのは達は苦笑いするしかありません。
「この、人形が! お前の顔なんて見たくもないわ。さっさと消え失せなさい!」
「母さん、話を聞いて!」
「その顔で私を母と呼ぶな!」
自分の本当の娘と同じ顔じゃねーか、となのは達は思いますが、口には出しません。空気を読むことは大事なのです。
なのは達が見守る中、金髪の少女は母を説得します。自分はアリシアではなくただの人形かもしれない。でも、それでもプレシアを母だと思っている。もしプレシアが望むのなら、自分が娘であることを望むのなら、世界中のだれからも母を守ると。それは、自分が娘だからではなく、プレシアが自分の母だから、と。
プレシアは少女の必死の説得を鼻で笑いました。
「くだらないわ」
「テメーの血は何色だぁー!」
思わずなのはは叫んでしまいました。叫ばずにはいられなかったのです。若いのですから。
「私の口に付いている血が見えないのかしら」
「ごもっとも」
プレシアの口元には真っ赤な血が付いていました。吐血の痕(あと)でした。なのはは羞恥に顔を赤らめます。一本取られましたね。
「……さようなら、フェイト」
「あ、ちょっ、そんないきなり!?」
プレシアは前置きもなく後ろに飛び退(すさ)り、アリシアの入ったポッドを抱えて九つのジュエルシードと共に虚数空間へと落ちて行きました。最後の最後に金髪の少女に微笑む辺り、言うほど少女のことを嫌いではなかったのでしょうか。今となっては真実は闇の中ですが。
「母さん……」
金髪の少女はうな垂れて涙を流します。虐待を受けていたとはいえ、たった一人の母親だったのです。拒絶されて悲しくないはずがありません。
なのははその背中に声を掛けようか迷いましたが、また空気を読めない発言をしてしまいそうだったので止めておきました。賢明ですね。
「落ち込むのはいいが、ここから脱出するのが先だ。皆、急ぐぞ」
ここぞとばかりにリーダーシップを発揮したクロノに促され、なのは達は崩壊一歩手前の時の庭園を脱出します。金髪の少女は落ち込んでいましたが、見せ場のなかった使い魔の女性に励まされながら大人しく付いてきました。
そして、なのは達がアースラへと帰還した直後、次元空間に浮かぶ時の庭園は完全に崩壊し、虚数空間へと落ちていきました。まさに危機一髪でした。小心者のユーノは脱出している最中、終始ビビりっぱなしでした。これでこそユーノです。
「私たちの冒険はまだ始まったばかりだ……」
虚数空間に落ちる光景をモニターで見ながらなのはは呟きます。なんだか言ってみたくなったのです。むしろもう終わりなのですが、別に間違ってはいませんね。
事件が収束してからは、時間は瞬く間に過ぎていきました。なのはとユーノは地球に帰って日常生活に戻り、アースラは次元震の影響で航路が安定しないため、次元空間で数日間待機。金髪の少女は事件の重要参考人として護送室にて謹慎。ちなみに、この間アースラスタッフは地球に降りて秋葉原を観光していました。勧めたのはもちろんなのはです。
やがて、アースラの航行が可能になり、アースラスタッフ、及び金髪の少女が地球を離れる時がやって来ました。
なのははその報告を受け、離れる前に金髪の少女と会いたいと願い出ました。金髪の少女もなのはと話がしたいと言っていたので、空気の読める大人のリンディ提督は快く許可を出しました。
報告を受けたその夕方、なのはは学校帰りに海鳴臨海公園へと向かいました。その近くに架かる大きな橋が待ち合わせ場所だったのです。
「にゃはは」
「あ……」
そこで、なのはと金髪の少女は数日ぶりの再会を果たすことになりました。金髪の少女の隣にはクロノがいましたが、なのはがやって来たのを見ると気を利かせて遠くへと離れていきました。二人きりの時間を邪魔するのは、いくらお邪魔キャラのクロノでも無粋と感じたのでしょう。
なのはと金髪の少女は橋の中央で向き合うと、相手の顔を見たまましばらく動きを見せません。いざ会ってみると、何を話したらいいのか分からなくなってしまったのです。
「……友達」
「え?」
そうして見つめ合うこと十数秒。金髪の少女が意を決したように口を開きました。
「前に、友達になろうって……」
もじもじしながら金髪の少女はなのはに語りかけます。なのははそれを聞いて笑顔を浮かべました。それはそれは嬉しそうな笑顔です。
「うん……うんうん! 言ったよ。友達になろうって言った!」
「あ……そ、それじゃあ……」
そこでなのはは金髪の少女の手を取ります。少女はいきなり触れられてビクッとしましたが、嫌な気はしないので振り払うような事はしません。なのははそんな少女の顔に自分の顔をずずいと近づけて、瞳を見つめます。端から見たらキスをしようとしてるみたいに見えます。金髪の少女はドキドキです。
そんなことは気にも留めず、なのはは少女の手をぎゅっと力強く握ります。
「友達になりたかったらね……」
「う、うん」
「名前を呼んで」
「……名前?」
「そう。名前を呼んでくれるだけでいいの。それだけで、私達は友達になれる」
金髪の少女はその言葉を聞き、小さく頷くと、口を開いては閉じ、閉じては開いてを繰り返します。そして、たどたどしくですが、ようやく言葉を発します。
「な……なのは……」
なのはは最高に嬉しくなって少女に抱きついてしまいました。
「うん! なのは。私の名前は高町なのはだよ。これで私達は友達だね、フェイトちゃん」
「あ……」
自分の名前を呼ばれて、なのはもそうですが、金髪の少女も喜びに身を震わせます。涙も流します。それほどに嬉しかったのです。初めての友達が出来たことが。本当の自分を始められたんだと確信を持てたことが。
「なのは……」
「フェイトちゃん……」
二人は再度名前を呼び合います。喜びを噛み締めるために。
「なのは」
「フェイトちゃん」
「なのは」
「フェイトちゃん」
「なのは」
「フェイトちゃん」
「なのは!」
「フェイトちゃん!」
なんだか止まらなくなってしまいました。
「あー、そこまでにしてくれるか。そろそろ時間だ」
そこに現れたのは生粋のお邪魔キャラ、クロノ。ですが今回はいい仕事をしてくれました。止めなければいつまでも続いていたでしょうから。
「そっか、もうそんな時間なんだ……」
なのはは名残惜しそうに金髪の少女、フェイトから身体を離します。フェイトも残念そうに肩を落としますが、そこでふと、いいことを思いつきます。
「そうだ。ねえ、なのは。記念と言ってはなんだけど、これ、もらってくれないかな?」
フェイトはその綺麗な金髪に手を当てると、頭に付けていた黒いリボンをほどいてなのはに差し出します。すてきなプレゼントですね。
「わぁ! ありがとう、フェイトちゃん。それじゃあ私からも……はい!」
なのははお返しとして自分の頭に付けていた白いリボン……ではなく、ポケットからゆっくり魔理沙の人形を取り出し、フェイトに手渡します。
「思い出に出来るもの、こんなのしかないんだけど……」
「あ、ありがとう……」
金髪の少女はなのはの頭にある白いリボンをチラチラ見ますが、仕方ないと諦めて変な顔をした人形をもらいます。相手が悪かったようですね。
「フェイトちゃん、また、またいつか会えるよね」
「うん。名前を呼んでくれたらどこからだって駆けつけるよ」
「絶対だよ? 嘘ついたら秋葉原巡りに付き合ってもらうからね?」
「う、うん」
秋葉原という場所がどんな場所か分からないけど、軽率だったかな? とフェイトは冷や汗を流します。人は過ちを犯すものです。若ければなおのことですね。
「それじゃあね、フェイトちゃん。今度会った時は一緒に遊ぼうね」
「うん。またね、なのは」
クロノの後に付いていくフェイトになのはは大きく手を振って見送ります。フェイトもそれに応えて手を振り返します。両者の瞳には涙が溜まっていました。感動の別れですね。
(さようなら、なのは。絶対、会いに来るからね)
(さようなら、フェイトちゃん。今度会ったら、日本のサブカルチャーの素晴らしさを嫌というほど教えてあげるからね)
なのはは最後までなのはでした。
あとがき
こんな感じでした。