バトル、開始!
「シュート!」
先制攻撃を仕掛けたのは、なのはちゃん。彼女は自分の周りに魔力弾と見られる光の塊を五つ生成し、それを散開させる。なのはちゃんに誘導制御された魔力弾は、立体的な軌跡を描きながら様々な角度から私に殺到してくる。
まずは小手調べ、といったところか。ならば私も……
(スフィアプロテクション)
心の中で念じ、知りえる情報の中から選び出した防御魔法を発動。すると、私の体全体を覆うように球状の光の壁が現れる。
詠唱が必要ない魔法って便利だな、なんて考えてるところに、上下左右と正面から魔力弾が迫り、周囲に展開した魔力障壁に着弾。だが、魔力弾は私のバリアにヒビを入れることも出来ずに着弾したそばから破裂して消えていく。一発、二発、三発、四発……五発。全てノーダメージクリア。
「か、硬いね……」
「カッチカチです。では、次はこちらからいきます」
攻勢に出るべく、額に汗を垂らすなのはちゃんを見据える。さて、誘導制御型の魔法には、誘導制御型の魔法でお返しするか。
「闇に沈め。ブラッディダガー」
中二病全開の詠唱を唱えた私の左右に血の色をした鋼の短剣が、刃先がなのはちゃんの方に向いた状態で合計十本出現する。防御のお手並み拝見させてもらうよ、なのはちゃん。
「穿て」
禍々しく赤く輝く十本の短剣は、私が杖を向けた先、なのはちゃん目掛けて一直線に放たれる。視認が困難なほどの弾速で放たれた短剣は、身動きを取らない(取れない?)なのはちゃんに一瞬で接近し、着弾。同時に爆発する。一本、二本、三本。次々と着弾しては小さな爆風を辺りに撒き散らす。そして……十本目が着弾。バゴォッ! といい音を立てて爆裂した。
なのはちゃんが居た辺りは今は煙が立ち込めており、どんな状態なのか窺うことは出来ない。一発目が着弾する直前、バリアみたいなのを展開してた気がするけど……なんか、嫌な予感が。
「ディバイーン──」
煙が晴れてきて、ようやくなのはちゃんの姿が見えたかと思ったら、そこにはなんか今にもえらいものをぶっ放そうとする幼女の姿が! え、えーっと、えーっと、じゃ、じゃあ私も──
「バスタァーッ!」
なのはちゃんが持つ杖の先端からぶっとい砲撃が放たれた。それを見た私も、相殺するために砲撃魔法を放つ。防御してもいいんだけど、砲撃を間近で防ぐなんて怖すぎる。
「サンダースマッシャー!」
私が放った黒い電撃を伴った砲撃となのはちゃんの砲撃は、両者間のほぼ真ん中でぶつかり合うと拮抗の様相を見せる。……こ、これはあれか!? ドラゴンボールでのかめはめ波のせめぎ合いみたいなもんか!?
「ならば、負けーん!」
ふぬぬぬ、と気合の声を上げ、動く壁を押し出すような感覚で手に力を入れる。ぐ、ぐ、と杖を前に押し出していると、さらに、リインさんが私の意思を汲み取ってくれたのか魔力を上乗せしてくれる。ナイスリインさん! さあ、これでどうだ!
リインさんが魔力を上乗せしてくれた瞬間、私の砲撃がなのはちゃんの砲撃を押し返し、瞬く間に浸食していく。そして、
「くぅっ!」
ついに、なのはちゃんの元まで私の砲撃が届いた。だが彼女は漆黒の砲撃に飲み込まれる直前に高速移動魔法を使用したようで、横方向にギリギリで避けることに成功していた。喰らうべき獲物を逃した私の闇色の砲撃はそのまま真っすぐ突き進み、徐々に減衰して結界に当たる前に消滅する。
……しかし、なのはちゃん結構やるなぁ。一筋縄ではいかないみたいだ。
『リインさん。一つ聞きますけど、なのはちゃんって魔導師としての実力はどのくらいなんでしょうか?』
なのはちゃんが様子見していて少し余裕がありそうなので、気になった事を聞いてみた。彼女、魔法を知ってからそんなに経ってないはずなのに、割と戦い慣れてる気がするんだよな。
『ふむ、そうだな。あの娘の戦闘スタイルを見る限り、射撃、砲撃特化型なのだろうが、制御能力、収束技術は並ではないな。瞬間出力が高い上に、保有魔力もかなりのものと見た。しかも、対魔導師戦に慣れている。あの年であれほどの実力を持つ者は、次元世界を探してもなかなか見付からないだろう。いわゆる、天才というやつだな』
天才、か。まさか今まで一緒に麻雀やったりギャルゲーについて熱く語り合った友達がそんな大それた存在だったなんてね。普段はぽやぽやした子なんだけど、人は見かけによらないもんだ。
『天才と言えば、主もそうなのだがな。技術はまだそれほどでもないが、保有魔力だけ見れば他に類を見ないほどなのだぞ?』
『ああ、そういえばそうみたいですねぇ。いまいち実感が持てませんが』
魔力を数値で表すスカウターみたいな物とかないかな。具体的な数値で見ないとどの程度すごいのかよく分かんないや。
『あの娘をブロリーとすると、主はジャネンバといったところか。そして私と融合した主はベジットとなる』
また心を読まれた……というか、例えがすごい分かりにくい。でもジャネンバ好きだからいいや。ジャネンバ可愛いよ、ジャネンバ。
「バスターッ!」
なんて和んでるところに極太のビームが!? 会話に気を取られ過ぎた! しかも避けられない!
「ならっ、受けきるまで!」
腕を交差させ、体全体を装身型の防御魔法で覆う。と、同時に私を押し潰すかのように光の奔流が怒涛の勢いでブチ当たる。ひいぃぃ、こ、怖い、怖すぎる。思わずクロスアームガードしちゃったけど、全身に当たってるから意味ねぇ! 助けて一歩君!
「くっ……」
数秒の間、軽い衝撃を全身に浴び続けていたのだが、ようやくといった感じに砲撃が収まり目の前の光が消え去った。恐怖で細めていた目を開いて前方を見ると、そこでは杖を私に突き付けた格好のなのはちゃんが冷や汗を流して私を見ていた。私も同じく冷や汗をかいてるけども。
「ハヤテちゃん、ホントに硬いね。防御力に定評のある私もビックリだよ……」
「ふ、ふふ、私を倒したくば今の三倍は持ってきてほしいですね」
『主、強がりはほどほどにな』
中の人にはバレバレであった。というか、実際に三倍持ってこられても、その、……困る。
「言うね。でも、負けないんだから!」
私の挑発とも呼べない強がりに応えるかのように、なのはちゃんは再び臨戦態勢に入る。それに対して、私もいつでも動けるように視線をなのはちゃんに固定する。もうさっきみたいな恐怖は味わいたくないし。
さて、今度はこっちから攻撃しようと思うんだけど、手慣らしの意味も兼ねて小技をいくつか仕掛けてみようかな。なのはちゃんには悪いが、経験値を稼がせてもらうとしよう。
「……いきます!」
戦闘開始から十分ほど過ぎただろうか。
なのはちゃんと私は、お互いに攻撃を放っては避けたり防いだり相殺したりを繰り返していた。まさに魔法の応酬。射撃、砲撃、バインド、様々な魔法が二人の間を駆け巡っていた。
ただ、そろそろなのはちゃんがきつくなってきたようで、魔法を繰り出しながらも息を切らせ始めた。私はまだまだ余裕だが、これはチート状態ゆえの余裕だろう。魔力量もアホみたいに増えるわ使える魔法も無数にあるわで、融合とかマジ汚いと思う。まあ、私は融合しないと戦えないから仕方ないんだけど。
「………」
ふむ、体も温まってきたことだし、そろそろ本命の一撃を放ってもいい頃合いかな。リインさんが魔力統制してくれてるからやりすぎるってことは無いだろうし、遠慮無く使ってみるか。
息を切らせるなのはちゃんを見つめながらそう算段を立てた私は、一際強力な魔法を放つために杖を正眼に構える。と、そこでリインさんがたしなめる様な口調で話しかけてきた。
『……主、人の話を聞いていなかったのか? 今主が使おうとしている魔法は、ほぼ最高ランクの砲撃魔法なんだぞ』
『あ、ばれちゃいました? いや、でもリインさんがちゃんと制御してくれるなら、結界を破壊しないように調節することも可能なんでしょう?』
『それは、そうだが。……はぁ、分かった。好きにするといい』
やった。これ格好良いから一回使ってみたかったんだよね~。
『それが本音か……』
あきれるリインさんから少し離れた場所にいるなのはちゃんに意識を向けると、そこではいつの間にかなのはちゃんが攻撃体勢に入っており、先ほど放っていた砲撃よりさらに凄そうな砲撃を放とうとしていた。
こいつは好都合。もう一度力比べといこうじゃないか。
「なのはちゃーん! 次、きっつい一撃いきますからね!」
「こっちも、全力全開でいくよ!」
面白くなってきた。じゃあ、さっそくいきますか。なのはちゃんも発射準備が整いそうだし、ちゃっちゃとチャージするとしよう。
眼前に展開した魔法陣の中心に光を集めているなのはちゃんを視界の中央に捉えつつ、私は杖を天へと掲げ足元と上空に白い魔法陣を発生させ、チャージ開始。それと同時に周辺に黒い電光が走る。さらに、上空の正三角形の魔法陣の各頂点に三つの白い大光球を生み出し、魔力を蓄積させる。
見た目悪役が使う技みたいだけど、堕天使ファッションの私が使うには丁度いいだろう。威力も申し分ないし、これで決めてやる。
決意を持ってチャージする事数秒、発射準備が整った。見れば、なのはちゃんもすでにいつでも撃てるかのように、眩しいほどの光球を眼前に携えていた。どちらも後は発射するだけ。それで、全てが決まる。
「スターライト──」
「響け終焉の笛──」
私となのはちゃん、二人は視線を交わらせながら呪文を紡ぎ、そして──
「ブレイカァーッ!!」
「ラグナロク!!」
同時に杖を相手に向けて振り下ろし、必殺の一撃を放つ。
なのはちゃんが光球を杖で叩いたかと思うと、そこから太すぎるピンクの砲撃が勢いよく飛び出し、私を呑み込もうと圧倒的な威圧感を伴って迫り来る。それに対抗するは私が放った白い三連の砲撃。黒い電光と羽を撒き散らしながら直進する私の砲撃は狙い違わずなのはちゃんに向かっていき、その直線上を走る桃色の光と接触。最初の砲撃のせめぎ合いの焼き直しかのように、再び両者の中央で相殺し合う。
白とピンクが混ざり合うかのように互いを侵食し、消し合い、せめぎ合う。押しては引いて、引いては押しての大接戦。やばい、シグナムさんが戦いを好む理由が分かった気がした。これは、なんと言うか、燃える。
「まだまだぁー!」
思わず叫びたくなるほどに、楽しい。病み付きになってしまいそうだ。
「────ッ!」
一瞬、なのはちゃんの方からも叫び声が聞こえたような気がした。間近でうるさく砲撃同士がぶつかってるから周りの音なんか聞こえるはずはないと思うけど、もしそうだったなら、なのはちゃんも私と同じ気持ちなのかな?
まあいいや。答えを聞くのはこの勝負に勝ってからだ。そう、この勝負、勝たせてもらう。
『リインさん、私に勝利をくれますか?』
『……ふっ、そのために私が居るのだ』
頼もしすぎる。もう結婚してもいいくらいだ。
『あ、主、気持ちは嬉しいのだが、その……困る』
『ボケても突っ込みませんよ』
『ドライだな……まあいい。では、チートがチートたる所以(ゆえん)を見せ付けてやるとしよう』
そう言った直後、私が左手に持つ夜天の書がさらに輝きを増し、その身に蓄えた魔力をわずかに解放する。その瞬間、なのはちゃんの砲撃とせめぎ合っていた私の三つの砲撃が中央に集まり、一つの巨大な砲撃にその姿を変えた。太さ、威力、共に大幅アップだ。
そうしてパワーアップを果たした私の砲撃は一気になのはちゃんの砲撃を押し返し、侵食し、呑み込み、
「……なのはちゃん」
そして──
「チートすぎてごめんねぇぇー!」
あっさりと、なのはちゃんのその小さな体を白い光で包み込んだ。
ふと、なのはちゃんが砲撃に蹂躙される直前、彼女から念話が届いた気がした。
『チートすぐる……』
……ホント、ごめんね。
【私&リインさん(チートチーム)VSなのはちゃん】 チートチーム大勝利!
「やれやれ、君達がこれほど強かったとはな。これでは捕獲しようとしてもあっさりこちらがやられていただろうな」
「いえ、それはないですね。だって、話し合いが通じなかったら一目散に逃げるつもりでしたから」
「……はは、そうか」
なのはちゃんを撃墜した後、墜落する彼女を空中でキャッチした私はそのまま地上まで運び、地面に降ろした後に魔力供給の魔法を掛けて魔力を分け与えた。奇跡的に気絶はしていなかったので、充分に魔力を補充してあげたらすぐに起き上がる事が出来た。
その後、意識を取り戻したフェイトちゃんやその他のバトルメンバー達が戦った相手と握手を交わし、みんなが爽快な気分になったところでバトルは終わりを迎えた。……フェレット姿のユーノ君は意識不明の重体でアルフさんの肩の上でのびていたけど。
そして、今は観戦していたマルゴッドさんやグレアムさん達を交えてお別れの挨拶をしているところ。いつまでもここに居てもしょうがないので、軽く挨拶を済ませて帰ろうという事になったのだ。
そういえば挨拶をしている最中、グレアムさんがリンディさん(さっき名前を教えてもらった)に何かを囁いていたけど、何だったんだろうか? ……ま、気にするほどのことじゃないかな。
「……さて、それじゃあ僕達は帰るとするよ。ああ、そうそう。ちゃんと君達の事は黙っておくから心配はしなくていい。僕も色々とふっ切れたからね」
なのはちゃんたちの代表として締めの挨拶をしていたクロノ君は、シグナムさんとグレアムさん、それとリンディさんに目をやると、晴れ晴れとした表情でそう言った。彼が言っていたように、ケジメがついたってことなのかな?
「ハヤテちゃん。今日はちょっと疲れたから帰るけど、また今度会った時に色々とお話しようね。話したい事とか、聞きたい事がいっぱいあるの」
クロノ君が結界を解いた直後、喧騒が戻ったことに安堵していると、融合を解いて車椅子に再び座り直した私になのはちゃんが顔を向けて口を開いた。
「そうですね、私もです。あ、よければ今度私の家に遊びに来ませんか? その時にお話しましょうよ」
「わ、ハヤテちゃんの家かぁ。うん、喜んで。……あ、そうだ。この子、フェイトちゃんも一緒に行っていいかな?」
なのはちゃんは自分の隣に居るフェイトちゃんを目で示す。名指しされたフェイトちゃんはうろたえつつも、伏し目がちに私の顔を見てくると、もじもじしながら言う。
「あの、私もいい?」
「もちろんオッケーですよ。お茶菓子用意してお待ちしてますね」
「あ、ありがとう……」
ぺこりとお辞儀をした彼女は隣で嬉しそうに笑うなのはちゃんを見ると、同じように笑みを浮かべる。なのはちゃんの友達は私の友達。あの子とも仲良くしたかったし、一石二鳥だな。
「それじゃーねー」
「はい、さようなら」
なのはちゃん達一行が去っていくのをブンブンと手を振りながら見送る。ちなみに彼女達は明日もコミケに参加するために近場のホテルに泊まるらしく、駅とは逆方向に去っていった。バイタリティあるよなぁ。
「私の……私のカメラ……」
「はいはい、帰りますよ父様。しゃっきりしてください」
悲愴感あふれる声に振り向けば、そこではグレアムさんがまたメソメソしながら頬を濡らしており、二人のネコ耳女性がそれを鬱陶しそうに睨んでいた。あれは確かに鬱陶しい。
……あ、そういえば気になる事があったんだった。せっかくだから今聞いてみるか。
「あのー、グレアムさん。一つ聞きたい事があるのですが」
「ふむ、何かね?」
私の声を聞いた瞬間にキリッとした顔付きになってこちらを振り向くグレアムさん。こいつマジで鬱陶しい。
「グレアムさんって、闇の書の異常が直ってるってことをすでにご存知のようでしたが、それはどうやって知ったんですか?」
そう、これが気になっていたのだ。彼は確証を持ってこの場に現れたが、どういった経緯でそれを知り得たのだろう? マルゴッドさんが闇の書を直す所を見てたとかか? あの場に居たのならそれも納得できるけど……
「ああ、そのことか。それなら盗聴器でゲフンゲフン!」
おい。
「……私には優秀な使い魔が居てね。この二人、リーゼアリアとリーゼロッテと言うんだが、彼女達の働きによって私は君達の動向を逐一得ていたという訳なのだよ。監視させてもらっていた、ということになるね。いや、報告が遅れて済まない」
「いえ、それは別にどうでもいいんで。それより今盗聴──」
「おおっと、用事を思い出した。私にはまだやらなければいけない事があったのだったよ。でははやて君、また会おう」
言うや否や、きっちりと着こなしたグレーのスーツの裾をなびかせながら光の速さでグレアムさんはいずこかへと走り去っていった。残されたネコ耳の女性、リーゼロッテさんとリーゼアリアさんはそれを見て、ハァ、とため息を吐くと、
「それじゃ、また会いましょう」
「まったね~」
と言って、グレアムさんの後を追いかけて行った。使い魔も大変だね。
いや、それよりも盗聴って……家に帰ったら家探しするしかないかな。
「ハヤテどの、皆の衆。それでは、拙者もそろそろおいとまさせてもらうでござるよ」
「あ、マルゴッドさんも明日参加するからホテルに泊まるんでしたっけ。それじゃ、ここでお別れってことになりますね」
マルゴッドさんには今日もすごいお世話になったからお礼をしたかったんだけど、またの機会にするとしよう。会おうと思えばいつでも会えるしね。
「マルゴッドさん、今日はありがとうございました。それとごめんなさい。大切なデバイスを一時とはいえ手放させてしまって」
「いやなに、どうってことないでござるよ。それに、明日になれば友から手渡されるでござるしな」
……友? 私達以外の友達が居るなんて思えない……あ、ひょっとして。
「お友達って、もしかしてあの女性、リンディさんのことですか?」
「おや、分かる? 分かっちゃうでござる? 実はその通りなんでござるよ~。いやー、話してみたら意外と気が合っちゃって。まさに意気投合というやつでござるな。明日一緒に回る約束なんかもしちゃったりして。ヒャッホウ!」
少なかった友達リストに新たな名前が加わって嬉しいのか、狂喜乱舞するマルゴッドさん。しかし、マルゴッドさんと気が合うとは、リンディさんって一体何者なんだろうか。
「そういやお前、あの女と話してた時になんか詰め寄られてなかったか?」
シグナムさんに返してもらったクドの人形を大事そうに抱えながら、ヴィータちゃんがマルゴッドさんに質問する。ああ、そういえばそうだったな。それも聞こうと思ってたんだった。
「あれでござるか。実は彼女、拙者が管理局に不法侵入した犯人だと気付いていたようで、詰め寄られていたんでござるよ」
質問を振られたマルゴッドさんはヴィータちゃんに向き直ると、何でもないことのように答えた。けど、あれ? それって普通に逮捕されるんじゃない?
「しかし、言い逃れているうちに趣味の話になったんでござるが、その途端にリンディどのがすごい勢いで食いついてきて、なんだかんだあって結局、プレミア付いた同人誌を譲れば見逃してもらえるということになったんでござる。いやぁ、あれほどの腐女子はなかなか見ないでござるな」
それでいいのか管理局提督。でもまあ、何事も無く終わってよかった……ということにしておこう。
「では、これにてごめん」
「あ、はい。さようなら」
相変わらずの風変わりな挨拶をして、マルゴッドさんも私達一行から離れていった。
さーて、残るは私達だけ。今日は心身共に猛烈に疲れたし、早く帰って家でゆっくりしよう。
「みなさん、お疲れさまでした。それじゃ帰りましょうか」
私の言葉にみんなが「やっと帰れる……」といった表情を浮かべる。コミケでオタク達と戦った後に魔法バトル繰り広げたんだから、いくら百戦錬磨のみんなでもそりゃ疲れるわな。
「ねえ、ハヤテちゃん。帰りくらいは転移で帰らない? みんなも疲れてることだし……」
「却下です。家に帰るまでがコミケなんですから、オタクはオタクらしく、オタクに囲まれて帰るべきです」
「私、そこまでオタクじゃないんだけど……」
「却下です」
というわけで、私達は行きと同じように車内でオタクに囲まれながら帰路についた。コミケ一日目が終了してから結構時間が経っていたが、帰りのゆりかもめと電車はやっぱりオタクでいっぱいだった。コミケを舐めてはいけない。
痛い袋を持っている人間が少なくってきたな、と思った頃に海鳴駅に到着し、私達はようやくといった感じに愛しき我が家へと凱旋した。
……まではよかったのだが。
「やあやあ、おかえりはやて君。遅かったじゃないか」
なぜ……なぜロリコンが我が家の前に立っているんだ……
「やっほー」
「また会ったわね」
そのロリコンの隣には、ネコ耳としっぽは消えてるが当然のようにリーゼロッテさんとリーゼアリアさんも居るわけで。……あ、なんか風呂敷持ってる。なんだろ? って、今はそれよりも問題はこっちだ。
「あの、グレアムさん。家に帰ったのではないのですか?」
さっき見た時と同じグレーのスーツを着たグレアムさんは、私の質問にニコニコしながら答える。
「ん? 帰ったよ。ほら、ここに」
グレアムさんが指を差すのは私の家の隣にある一軒家。……どういうことさ。
「あのー、そちらには磯貝(いそがい)さんという方が住んでいるのですが」
私のその言葉にグレアムさんは答えず、黙ってその家の門の近くに貼り付けられた表札を指差す。
私はそこに目をやり、じっくりと表札に書かれた名前を見る。穴があくほど、凝視する。そこには……
【ギル・グレアム、リーゼロッテ、リーゼアリア】
「なんでやねん!」
磯貝さんはどこに行った!?
「ということで、今日からお隣さんになったわけだ。よろしく頼むよ、はやて君。それに、ヴォルケンリッターの諸君」
憎たらしいほどうやうやしく一礼したグレアムさんの顔は、ドッキリに引っ掛かった人間を見て優越感に浸っているかのような笑顔だった。殴りてえ。
「磯貝さんは、磯貝さんはどこに行ったんですか!? 彼に何をした!」
「ああ、リーゼ。引越しそばを渡してあげなさい。いや、日本の伝統というのは珍妙な物だね。引越し先の近所の住民にそばを送るというのだから」
「話を聞けぇーっ!」