さて。
さてさて。
やって来た。とうとうこの時がやって来た。
何がやって来たって? そんなの決まってる。
それは、戦い。出会ってから半年近くもの間交友を育(はぐく)み、親友とまで呼べるようになった少女と繰り広げる、血で血を洗うデスゲーム。
しのぎを削り、骨肉をも削り合う激しいバトルをとうとう始める時がやって来たのだ。ああ、テンション上がってきたー!
『主よ、非殺傷設定だから血は流れないのではないか?』
高揚した気分で指の骨をぽきぽき鳴らしている中、今まで静かだったリインさんがやっと口を開いたかと思えば、テンションが下がるようなことを言ってきた。いや、確かにそれはそうなんだけども。
『水を差すような事言わないでいただきたい。気分の問題なんです。そして勝手に心を読まないでいただきたい』
『好きで読んでいるいるわけではないのだが……』
融合中のこの思考のリンクはどうにかならないものかな。頻繁では無いとはいえ、たまに考えてる事がリインさんに伝わってしまうのが融合の欠点と言えば欠点か。
『読まれて困るような事を考えなければいいだけの話だろう』
むぐ。確かにそれはそうだが。でも私の考えだけリインさんに伝わって、リインさんの考えてる事は私に伝わらないんだよな。なにこの理不尽。イタズラしてやりたくなってきた。うん、それがいい、そうしよう。
「………」
悪魔のごとき笑みを浮かべ、私は背中に生えている黒い羽をブチッと一本むしり取ると、その先端を自分の耳の裏に当てて、
こちょこちょ。
くすぐる。するとぉ……
『ふひゃっ!? ちょっ、やめ! く、はははは!』
リインさんが滅多に上げない悲鳴を上げて、さらにくすぐったそうに笑う。
むふぅ、これぞ禁断の秘技、名付けて「くすぐリンク」。リインさんと融合中は、思考だけでなく感覚までもがリンクしているので、こうして私が自分をくすぐることにより、リインさんも同じ外部刺激を得ることになるのだ。
私自身はくすぐりには強いので何ともないが、どうやらリインさんには効果てきめんの様で、私が羽を動かすたびにいい声で鳴いている。……ちょっと楽しくなってきた。
『鳴け! 喚(わめ)け! そして絶望しろ!』
なんちゃって。
『あ、主、くく、や、やめ………あふん♪』
『……さて、ふざけるのもこのくらいにしておきましょうか』
なんか今変な声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
『……ふぅ……ふぅ……笑い死ぬかと思ったぞ、主。戦う前から味方を殺してどうする』
『すみませんでした。理不尽には抗いたくなるのが私の性(さが)でして』
『主が何を言ってるのかよく分からないが、まあいい。それよりも、次は私達が戦うのだろう? 相手がこっちを見ているぞ』
リインさんの指摘を受けて横に目をやると、そこでは私の対戦相手であるなのはちゃんが奇妙な物を見るような目で私を見ていた。というか、なのはちゃんだけでなくみんなが私を見ていた。
……しまった。リインさんにイタズラするのに夢中で、周りに人が居るということをすっかり忘れていた。リインさんとは念話で話してたから、今の私は周りの人間にはいきなり奇行を始めたアホに見えているのだろう。弁解しなければ、このままではアホの子の烙印を押されてしまう。
「ち、違いますよ? 私はアホの子ではないですよ? なのはちゃん」
「う、うん、それは知ってるけど。でも、急にどうしたの? 羽ちぎったり笑み浮かべたりして」
「それは、えっと、中の人にイタズラを……」
「中の人?」
「中の人など居ない!……いえ、嘘です、居ます。文字通り私の中に人が居るんですが、その人とちょっとお話してたんです」
「へえ、お話を……」
なのはちゃんがそう口にした直後、狼形態のアルフさんの背中の上で気絶しているフェイトちゃんが苦しそうに呻いた。非殺傷設定だから魔力ダメージしか受けてないはずなんだけど、魔力ダメージだけでも痛みってあるのかな? 受けたこと無いから分かんないけど。
いや、今はそんなのはどうでもいいか。ヴィータちゃんの攻撃を受けて気絶したフェイトちゃんは回収したし、ヴィータちゃんもでかいハンマー消して地上に降りてきたから、次のバトルはいつでも始められるんだ。なら、とっとと始めようじゃないか。
「その中の人って、確か銀髪の女の人だったよね? 光になってハヤテちゃんの中に入るように消えちゃった人」
「ええ、リインさんって言うんですが。まあ、その辺りの事は追々話しますよ。それより、そろそろバトルを始めません? 皆さんの熱いバトルを見ていたら体がうずいちゃって」
私自身はバトルマニアという訳ではないが、あんなに派手なバトルを見せられたとあっては血がたぎるのも仕方が無いだろう。なにより、最後のバトルなんだ。しょぼい戦いなんて出来るわけがない。
「あ、ハヤテちゃんも? えへへ、実は私も。お手柔らかに頼むね」
「違いますよ、なのはちゃん。こういう場合は、『全力で来てね』ですよ」
「……うん、そうだね。それじゃあ、私も全力全開でお相手するよ」
私の顔を見返して笑いながらそう言ったなのはちゃんは、
「じゃ、空で待ってるからね」
白いスカートをはためかせつつ一足先に上空へと飛び立った。
「……ナイスブルマ」
思わず見上げた私の目に飛び込んできたのは、紺碧(こんぺき)の輝きを放つ魅惑のトライアングル。やはり侮れないな、なのはちゃんは。
しかし、私も負けてはいない。なんせ、このスカートの下にはスク水を着込んでいるのだからな! 意表をついたこのセレクト、誰にも予想出来まいて。
「……あれ?」
そういえば、さっきからロリコンの姿が見えないな。てっきりなのはちゃんの飛翔シーンも間近で撮影するものだと思ってたんだけど……
不思議に思い、ロリコン紳士の姿を探すべく周りをキョロキョロと見回す。……あ、発見。
「放せぇ! 放さんかぁ!」
「うっさい、このボケじじい! もう我慢の限界! アリア、やっちゃって!」
「オッケー!」
……発見したのはいいのだが、私の視線の先にはとてつもなく珍妙な光景が広がっていた。
私達バトルメンバーから少し離れた場所で、ショートヘアのネコ耳の女性がグレアムさんを羽交い締めにして拘束しており、ロングヘアのネコ耳の女性は暴れるグレアムさんの手からカメラをもぎ取っていたのだ。
「ま、待て! それには命よりも大切なお宝画像がっ!」
そして、ロングヘアの女性はグレアムさんから奪ったカメラを地面に落とすと、
「はっ! ダンシンッ!」
グシャッと容赦無く踏み潰し、それを見せ付けるかのように腰をひねってツイストをかます。
「あ……ああ……私の……私の老後の楽しみの一つが……」
カメラが原形を留めなくなるほどにグシャグシャに潰されてからようやく解放されたグレアムさんは、カメラの残骸の前に崩れ落ちて涙を流す。その背後では、これ以上ない程に素敵な笑顔を浮かべたネコ耳の女性二人がハイタッチをして歓声を上げていた。
パーン!
「ヘーイ!」
パーン!
「ヘーイ!」
ひとしきりお互いの奮闘を称え合った二人は、こちらに振り向いたかと思うと、拳を前に出して二人同時にサムズアップしてきた。
「イェーイ!」
「イェーイ!」
それを受けた私も当然良い笑顔で二人に親指を返す。
「イェーイ!」
私の返答に満足したのか二人は大きく頷くと、肩を組んで極上の笑顔で『あっはっはー!』と笑いだした。嬉しくてたまらないといった感じだ。
……まあ、うん、あれだ。言葉で説明してもらわなくとも、あの光景を見れば彼女達とグレアムさんとの間に何があったのか大体察しはつく。きっと、彼女達も結構苦労してきたんだろう。
「っと、いけない」
なのはちゃんの所に行かないといけないのに思わぬ時間を食ってしまったな。グレアムフラッシュの脅威も去ったことだし、ちゃっちゃと飛んで行こう。
『待て、主』
と、私が翼を広げて飛び立とうとしたところでリインさんから静止の声が掛かる。何だろうか?
『どうしましたか? 早くなのはちゃんとバトルしたいんですが』
『そのバトルについてだ。主は先ほど全力で戦うというような事を言ったが、それは止めた方がいい』
『それは、どうしてですか?』
全力で戦っちゃいけない理由でもあるのかな?
『ハッキリ言うとな、私と融合中の主の魔力はチートだ。こんな状態で全力の魔法を使ったら、まず結界がもたない。私が使用する高ランクの魔法はほとんどが広範囲殲滅魔法だからな』
『チ、チートっすか……』
『そうだ。だからあの娘とはある程度加減して相対するといい。まあ、私が魔力の統制をするから主はそこまで気にしなくてもいいのだがな。一応強力すぎる魔法の使用は控えろと、そういうことだ』
なるほど、そういうことね。今の自分のスペックがいまいち理解できていなかったけど、そこまで凄かったんだな。強すぎて本気が出せないとかどこの最強主人公だよって感じだけど、それじゃ仕方ないか。
……む、しかし、そうなるとどんな魔法を使っていいのかよく分かんないな。今までは適当に使ってきたけど、威力とか効果とかも曖昧なまま使ってたからなぁ。
となると、ここはやっぱり本職のリインさんに聞くべきだろう。
『リインさん。今まですごい適当に魔法使ってきて今さらなんですけど、私が使う事が出来る魔法の詳細な情報とかを教えてもらう事って出来ません?』
自分の出来ることと出来ないことは把握しておいても損は無いし。
『む、出来る事は出来るが、だが………いや、やはり主ならば心配は無いか』
初めは躊躇っていたが、しばしの逡巡を経て、リインさんは思い直したかのようにうんうんと頷く。……教えちゃいけない理由とかもあるのか?
『主よ、確かに今使える全ての魔法の情報を教える事は出来る。というか、やろうと思えば最初から教えることは出来た。しかし、教えなかった。なぜだか分かるか?』
唐突な質問だな。でも、教えなかった理由か。何なんだろう? 別にそれぐらい何て事無いと思うんだけど。
『……分からないか。いや、むしろそれでいい』
アゴに手を当てて答えに迷っていると、リインさんは満足そうな声音で私に回答を教えてくれる。
『私はな、自らが扱える莫大な魔力や魔法を正確に理解することで、主が力に溺れてしまうのではないかと危惧していたのだ』
力に、溺れる?
『今まで闇の書の主になった者達は、そのほとんどが闇の書に眠る強大な力を求めてきた。その様は、醜く、哀れで、見るに堪えなかった。結局、最後は暴走に巻き込まれるか無様な終わりを迎えるかのどちらかだったしな。私は、そういった輩と主を失礼にも重ねて見てしまったのだ。力を得た主が堕落してしまうのではないかと。……そんなはずは無いのにな』
おおう、予想外に重い理由だ。ヘビィだぜ。
いや、でもリインさんが心配するわけもよく分かる。過去が過去だもんな。
『許せ、主。私は信頼するべき主を、家族を疑ってしまった』
『あー、そんなにかしこまる事ありませんって。お気持ちは十分理解出来ますから。それにですよ? 私、温泉の時に言いましたよね?』
『……何をだ?』
『猜疑心(さいぎしん)を持つ事も大事だって』
『……覚えが無いが』
『あれぇ?』
おかしいな。言ったはず……いや、私の気のせいだったかも。どうしよう、もったいつけて言ったセリフが気のせいでしたとか超恥ずかしい。神谷ハヤテ一生の不覚。
『……だが、そうだな。疑う事も時には必要か。あの時は見事に騙されたからな』
『そ、その節は失礼をば……』
藪蛇をつついてしまった! まさに踏んだり蹴ったり……
『いや、気にするな。……さて、主よ。猜疑心を持つ事も大事だが、主が力に溺れていきなり「世界征服してやるぜ、フゥハハー」なんて言いだすことを疑ったりはしないでいいのだな?』
『世界中の人間が素晴らしいおっぱいを持った女性ばかりだったら分かりませんが、ええ、そうですね。リインさんが危惧していたようなことにはならないと思いますよ?』
『……ふっ、それを聞いて安心だ。では主、私の魔道、受け取る準備はよいな?』
『ええ。どんと来い、です』
『では……』
そうリインさんが呟いた刹那、左手に抱えていた本、夜天の書が輝きだし、私の頭の中に膨大な情報の波が押し寄せてきた。
攻撃魔法、防御魔法、捕獲、結界、補助系魔法。十や百ではきかない数の魔法、その用途、効果、使用する際の最も効果的な詠唱、動作、その他諸々のデータが私の頭の中を駆け巡り、そして徐々に浸透していく。布に水が染み込むように、じっくりと、確実に。
十数秒ほど経っただろうか。ようやく情報の洪水が収まり、それと同時に、私の頭の中は台風が去った後の晴れ空のようにすっきりとしていた。ただし、記憶の奥底にはしっかりと魔法の情報が根付いていたが。
『主、どうだ。莫大な力、それがどのようなものかをはっきりと理解して、何か思うことはないか』
私が落ち着いたのを見計らって、リインさんが再び話し掛けてきた。
『……何というか、一個人が持つには過ぎた力、と言いますか。正直チート過ぎて怖いですね』
マジで何なんだろうか、これは。一発で町を破壊できるような魔法がゴロゴロしてるんですけど。魔力も莫大だし、これ、その気になったら世界滅ぼせるんじゃないのか?
『それでいい。主よ、その気持ちがある限り、主が力に溺れるということは無いだろう。それでこそ、我が主だ』
あれ? ビビってることを褒められた? 嬉しいような嬉しくないような。……ま、いっか。
『よし、準備は万端。それでは行きましょうか、ファイナルバトルのステージへ。派手にカマしてやりましょう』
自分の身に宿る力にビビったりしたけど、力の使い道を間違わなければいいだけの話だ。それに、私にはリインさんという心強い味方が付いている。もし私が道を踏み外そうとしても、その時はきっとリインさんが止めてくれることだろう。何も怖がることはない。
『フフ、そうだな。主の対魔道師のデビュー戦だ。多少派手なくらいが丁度いいか』
あ、そういや、よく考えてみたら一対一の魔法使い同士の正式な戦いって、私これが初めてだったんだ。しかも、初めての相手が親友であるなのはちゃんか。世の中何が起こるか分からんもんだ。
でも、相手が誰であろうと手を抜くことは無い。それが私、神谷ハヤテの生き様だ。
さーて、いい感じに高揚してきたし、いっちょバトッてきますか。
「羽ばたけ、スレイプニール!」
手慣らしといった感じに、私は背中の羽を巨大化させてそれを大きくはためかせ、宙に飛び上がる。……うん、いい感じ。やっぱり正式な名称の方が効果は上がると見た。気持ちの問題かもしれんけど。
『「武空術!」、よりはマシなのではないか?』
クックと笑いながらリインさんが問い掛けてきた。
……ぐぬ。くそう、昔の黒歴史を思い出させてくれおって。ていうかまた勝手に心を読みやがって。後でまたくすぐってやる。
だが、今はなのはちゃんとのバトルに集中しなければ。いくらチートな性能だからって、油断が許されるわけじゃない。
そう思いつつ上昇を続けた私は、ようやくなのはちゃんの待機する領域へと到着した。結構待たせちゃったな。
「お待たせしました。ごめんなさい、なのはちゃん。長い間待たせてしまって」
「ううん、いいよ。中の人とお話してたんでしょ?」
謝る私を寛大な心で許してくれたなのはちゃんは、杖を構えて真剣な顔付きになった。
「じゃ、さっそくだけど始めようか。レイジングハートがさっきからうるさくって」
『やっと出番が来た。……最近私の影が薄くなってきているようですので、ここで活躍しなければ……!』
なのはちゃんの持つ杖、なんだかやけに気合入ってるな。ま、こっちも望むところだけどね。
「あ、なのはちゃん。戦う前に一言言っておきますが、私、かなりチートぎみですので。覚悟しておいた方がいいですよ?」
「あはは、怖いなぁ。……でも、望むところだよ」
真っ向から私となのはちゃんは睨みあい、バチバチと視線で火花を散らす。……いいじゃないか。それでこそ私の親友、なのはちゃんだ。燃えてきた。
しばしの間、喧嘩番長のごときメンチビームの飛ばし合いが続いていたのだが、どちらからともなく、私は右手に持った杖を、なのはちゃんは左手に持った杖を相手に突きつけると、
「高町なのは。こっちはインテリジェントデバイスで私のパートナーのレイジングハート」
『よろしくお願いします、レディ』
「八神ハヤテです。中の人は私の家族のリインフォースさんです」
『リインだ。なのはとやら、せいぜい足掻くといい』
二人にして四人の名乗り合いを終える。
そして、直後──
「いくよ、ハヤテちゃん!」
「いつでもどうぞ、なのはちゃん!」
魔法少女達の、熱き戦いの幕が上がった。