「次の決闘、我達にやらせてもらおう」
なんかもう見るに忍びないほどにボコボコになったユーノ君をシャマルさんが首根っこ掴んで地上に連れ帰った直後、常時とは違い人間形態であるザフィーラさんがそう言ってきた。
残る組み合わせは、私となのはちゃん、ヴィータちゃんと金髪の子、ザフィーラさんと犬耳の女性の三組。誰からやっても構わないし、特に反対することもない。ザフィーラさんさん達に戦ってもらおう。
「それでは、次はザフィーラさんと……えっと……」
「アルフだよ。アタシはこの子、フェイトの使い魔のアルフってんだ」
犬耳の女性の名前を呼ぼうとしてまだ知らないことに気付いたのだが、当人が気を利かせて自己紹介してくれた。なるほど、アルフさんか。あと、金髪の子はフェイトちゃんって言うんだな。よし、覚えた。
そういやアルフさん、自分のことをフェイトちゃんの使い魔って言ったけど、私とザフィーラさんの関係みたいなものなのかな。主と、それを守護するパートナー、みたいな。
「アルフ、頑張って」
「もっちろんさ。あんな犬男なんかにゃ負けないよ」
フェイトちゃんからの激励を受け取ったアルフさんは、私の隣に居るザフィーラさんにガンを飛ばしてフンッと息を吐く。それを見たザフィーラさんも、舐められたまま終われるはずもなく、彼女を睨み返して口を開く。
「我は狼だ、メス犬。教養が足りんな」
「アタシだって狼だ!」
ガルルルルゥ、と犬歯を剥き出しにしてアルフさんが吠える。対するザフィーラさんは、してやったりという顔をしながらアルフさんを見下している。……あの様子だと、ザフィーラさんわざと間違えたみたいだな。ていうかアルフさんも狼だったんだ。犬と狼の違いってホント分かんね。
「来い! ボコボコにしてやる!」
怒りを露わにしたアルフさんは、そう言うと戦いのフィールドである上空に舞い上がって、早く来やがれといった風にザフィーラさんを睨みつける。沸点低そうだなぁ、彼女。
「やれやれ、威勢だけはいいのだな。どれ、格の違いというものを教えてくるとするか」
上空に居るアルフさんを見上げたザフィーラさんは不敵な笑みを浮かべると、対戦者の待つ空へと飛び上がろうとする。……と、そうだ。
「ザフィーラさん、騎士甲冑、騎士甲冑」
大事なことを思い出して、飛び立つ寸前のザフィーラさんを呼び止める。こいつを忘れちゃいけないよね。
「む? ああ、そうであったな。ここは一つカッチョイイものを頼むぞ、主」
シグナムさんとシャマルさんとのやりとりを見ていたザフィーラさんは私が何をするのか察したようで、素早く私の下へと寄って来た。アルフさんが睨んでることだし、ちゃっちゃと済ませるとしよう。
「じゃ、いきますよ」
「うむ」
手慣れたように、目をつぶってザフィーラさんが身に纏う騎士甲冑を頭の中でイメージする。
ザフィーラさん。八神家唯一の男性にして、ペットとして私達を癒してくれる存在。思考がワンちゃんに近いけど、いざという時は私を守る盾になってくれるナイスガイ。
ザフィーラさん、そんなあなたにぴったりの騎士甲冑を、今与えてあげます。
……見えた!
「投影、開始!(トレース、オン!)」
「いや、普通にやれよ」
ヴィータちゃんの突っ込みを受け流しながらイメージを強固なものにすると、目の前に立つザフィーラさんの体が光り出し、甲冑の生成が始まる。両手足を金属甲が包み込み、下半身を真っ黒いズボンが覆う。さらにその上に紺色の袖無しのローブが現れ、ザフィーラさんのたくましい筋肉を覆い隠す。
よし、これにて生成完了っと。我ながら良い出来だ。
……それにしてもザフィーラさん、相変わらずマッチョだな。服の上からでも筋肉が盛り上がってるのがよく分かるし。人間形態で外をうろついたら、おば様方の視線を一人占め出来るんじゃなかろうか。筋肉は熟女を引き寄せるって聞くし。
「……ザフィーラさん、熟女、好きですか?」
「意味が分からんぞ、主。……しかし、ふむ。この甲冑、なかなかに気に入った。特にこの腰のベルトとチェーン、ナウいな」
嬉しそうに背中の辺りから出ているシッポをフリフリしながら、ザフィーラさんは腰に巻き付いたチェーンをいじくり回している。私としては、遊び心で首に巻き付けた犬用首輪に突っ込んでほしかったのだが、特に気にした様子がないとはね。それでいいのか、ザフィーラさん。
「では主、行ってくる。我の雄姿をしかとその目に刻み込むがいい」
「あ、はい、お気をつけて」
私の頭にポンと手を乗せたザフィーラさんは、身を翻して上空で待つアルフさんの下へと飛び立った。ザフィーラさんが負ける姿なんて想像できないけど、しっかりと応援していないとね。
さて、どんな戦いが繰り広げられるのかな。格好良い姿を期待してますよ、ザフィーラさん。
「──ころで、あなた──して──じゃない?」
「さ、さあ?──でござるかな──覚えが無い──」
「……ん?」
ふと、これから上空で戦いが始まろうかという時に、私達から少し離れた所から話し声が聞こえてきた。そちらに目をやると、そこでは何やらマルゴッドさんがひどく狼狽しており、その隣に居るおっとりした女性が意地悪気な表情で彼女に詰め寄っていた。何を話してるんだろうか?
……まあいいか。今はザフィーラさん達のバトルに注目していよう。せっかくのザフィーラさんの雄姿を見逃したらいけないし。
「ボディーが甘いわぁ!」
「……ぐっ! こんのぉー!」
マルゴッドさん達から目を離して空に向き直ると、そこではすでに戦いが始まっており、アルフさんとザフィーラさんが盛大な殴り合いを展開していた。
……って、殴り合い!?
「喰らえ!」
ドスッ! と良い音を立ててアルフさんの拳がザフィーラさんのお腹にめり込んだかと思うと、
「……ふん、少しはやるようだな。だがっ!」
バキッ! とザフィーラさんの右ストレートがアルフさんの顔面に突き刺さる。
「ガァッ!……ま、まだまだぁー!」
一瞬のけ反って後退したアルフさんだったが、怯みもせずに再び突っ込んでいき、今度は飛び蹴りをザフィーラさんの顔面にお返し。しかし、スレスレのところで体を半身にして避けたザフィーラさんがその足を掴み取り、ブンブンとアルフさんの体を振り回して、近くのビル目掛けて投擲(とうてき)する。
「ガッ!?」
凄まじい勢いでビルの壁に叩きつけられたアルフさんは、先ほどのクロノ君と同じように背中を壁にめり込ませ、苦しげな悲鳴を上げる。……痛そうだ。
「どうした、それで終わりか?」
うめくアルフさんを一瞥したザフィーラさんは、挑発とも取れる言葉を発して、フンっと息を吐く。
「先ほどまでの威勢はどうした。もう少し骨があるものだと思っていたのだが、我の思い違いであったのか?」
「……舐めるなっ!」
ザフィーラさんの言葉に激昂したアルフさんは、勢いよくビルから抜け出して、そのままザフィーラさんに突撃を掛ける。それを見たザフィーラさんは、
「ふん、そうこなくてはな!」
一直線に向かってくるアルフさんに自ら突っ込み、両者がぶつかる刹那、強く握りしめた拳を再びアルフさんの顔面に突き出す。対するアルフさんも、ザフィーラさんの拳と自分の拳を交差させるように思いきり振り抜く。
その結果──
「ぐぬっ!」
「ぐぅっ!」
二人の拳が同時に相手の頬に突き刺さり、同じタイミングで後方に吹き飛んだ。しかし、どちらもノックダウンには至らなかったようで、体勢を立て直して再度殴り合いを開始。顔面、腹を中心に、拳の嵐が二人の間で吹き荒れる。
今までの攻防を見た限りでは、アルフさんの攻撃は当たっているものの、ザフィーラさんに大したダメージは与えられていないようだ。それに大して、ザフィーラさんの拳を受けているアルフさんはかなりのダメージを受けているご様子。
……しかし、これって魔法使いの戦いと言うより、ヤンキー同士の戦いみたいだなぁ。あ、よく見たら普通に血が出てるし。非殺傷設定はどこに行ったんだよ。まあ、素手の殴り合いならそこまでひどい事にはならない……かな?
「こ、のぉぉっ!」
しばしの間、お子様には刺激が強すぎる血反吐舞う殴り合いが続いていたのだが、それもそろそろ終盤を迎えようとしていた。
息も絶え絶えになったアルフさんが、逆転勝利を狙ったのか、殴り掛かるザフィーラさんの腕をなんとか掴み、そのまま密着する様に体を引き寄せ、力の限りにヘッドバットを額にカマしたのだ。
「くっ……お返し、だっ!」
だが、それを受けたザフィーラさんは多少よろけた物の、一瞬で顔の位置を戻して相手に向き直り、攻撃後で硬直しているアルフさんの額目掛けて猛烈な頭突きをお返しした。
避けることも受けきることも出来なかったアルフさんはモロに脳に衝撃を受け、意識を手放して地面に落下……するかと思われたのだが、
「ま……だ……ま、だ」
「……ほう」
落下する直前、ガシッとザフィーラさんの腕を掴み、なんとか墜落を免れたのだった。
でも、あの様子じゃもう……
「まだやると言うのか?」
「当、然……」
「我の腕にすがり付いていないと体勢を保てない今の状態でか?」
「舐めん、な……」
誰もが強がりと分かるセリフを吐きながら、彼女はザフィーラさんから手を離して自力で空にとどまる。そして、弱々しく拳を前に突き出し、ポスッとザフィーラさんの胸板に当てる。……根性あるな、あの人。
「………」
ポス、ポス、と自らの胸に拳を突き出してくる対戦者を、ザフィーラさんは静かに見つめている。力尽きるのを待っているのか、それとも……
「アルフ、もういいよ。頑張ったね」
「……フェイト」
アルフさんの拳の音だけが響く中、彼女に声を掛ける人物が現れた。それは、なのはちゃんの隣で誇らしそうな表情を浮かべながら上空を見上げるアルフさんの主、フェイトちゃん。
彼女はふわりと浮き上がると、そのままザフィーラさん達のすぐそばまで上昇して、傷だらけになったアルフさんを抱きしめる。
「お疲れ様、アルフ」
後ろから優しくフェイトちゃんに抱きしめられたアルフさんは、目の前で仁王立ちするザフィーラさんを一瞬悔しそうに睨んだが、主の好意を無下にするわけにはいかないと思ったのか、ついに負けを認めた。
「アタシの、負けだよ……悔しいけどね」
「アルフはよくやったよ。そんな泣きそうな顔にならなくてもいいんだよ」
「うう……フェイト~!」
「わっ……よしよし」
フェイトちゃんに慰められたアルフさんは、感極まったように涙を流してフェイトちゃんを抱きしめ返す。フェイトちゃんはそんなアルフさんが可愛いのか、赤ん坊をあやす様に頭をナデナデしている。
目の前で繰り広げられる感動的シーンをザフィーラさんは空気を呼んで黙って見ていたが、アルフさんが落ち着いてきたところを見計らって彼女に話しかけた。
「アルフ、と言ったな。貴様、なかなか気骨(きこつ)があるではないか。初めはキャンキャン吠えるだけの無能な犬だと思っていたのだがな」
「アンタ、それは褒めてんのか貶してんのかどっちだよ……それと、アタシは狼だって言っただろ」
若干の怒りを込めて返答するアルフさんだが、自分より実力のある相手に褒められて嬉しいのか、表情は明るい。ボコボコにされたから恨むなんて思考は持ってないようで、彼女はサッパリとしたような顔でザフィーラさんを見る。
「アンタ、ザフィーラって言ったね。認めるよ、アンタは強い。今まで散々バカにしてきた事、謝るよ」
そう言うと、アルフさんはザフィーラさんに対して頭を下げた。
「ふん、分かればいいのだ。……まあ、なんだ。我も多少大人げなかった部分はあったな。悪口言ったりとか。そのことについては謝罪してやらんこともない」
「……そうかい。アンタ、そう悪い奴じゃないみたいだね」
おお、二人の間にあった剣呑な空気がみるみる霧散してゆく。ここにまた新たな友情が生まれようと──
「どれ、少々やり過ぎてしまったからな。怪我を見せてみろ。我が癒してやる」
「へえ、アンタ回復魔法が使えるんだね。それじゃ、頼んでもいいかい?」
「任せろ。……優しき癒しの風よ、『ヒールウインド』」
「お、おお、気持ち良い。……おや、アンタよく見たら良い男じゃないのさ。それに強いし、気配りも出来る。……ねえ、アンタ今つがいは居るのかい?」
「ア、アルフ?」
「我はロンリーウルフだ」
「へえ~……これは、チャンスかも」
「む?」
……友情、いや、もっと別のものが生まれてしまったのかもしれない。
まあ、それは取り敢えず置いといて、
「ザフィーラさーん、格好良かったですよー!」
「ふっ、我がカッコイイのは当り前」
かぁーっこいいー。
【ザフィーラさんVSアルフさん】 ザフィーラさん勝利(アルフさんの中で何かが芽生えた様子)
「ハヤテ、次はあたしが行ってくるぜ。対戦相手がちょうど空に居るし」
ザフィーラさんがアルフさんの傷を癒し終わると、隣に居たヴィータちゃんが空を見上げながらそう言った。
「そうですね。相手もやる気満々ですし」
ザフィーラさんとアルフさんが地上に降り立った今も、フェイトちゃんはそのまま上空にとどまったままだ。それはつまり、対戦相手であるヴィータちゃんが来るのを待っているという事。
というか、バリアジャケット身に付けてヴィータちゃんを一心に見ている姿を見ればそんなことは一目瞭然なんだけどね。……それにしてもあのバリアジャケット、なんだか死神を連想させるデザインだな。
私がちょっと不謹慎なことを考えていると、ヴィータちゃんが期待した瞳をこちらに向けてきた。
「あたしにも騎士甲冑作ってくれるんだろ? ハヤテのセンスを疑うわけじゃないけど、イカしたのを頼むぜ」
……そんなことを言われたら、鼻血が出るほどイカした甲冑を作るしかあるまいて。待っていてヴィータちゃん、今君に最高の騎士甲冑をプレゼントしてあげる。
「ただしブルマ、テメーはダメだ」
よ、読まれている!?
「……あはははー、大丈夫ですよー。ブルマは無いですから、ええ、ブルマはね」
「ブルッツもダメだかんな」
ヴィータちゃんは私の心が読めるのか!?
くそう、ブルマもブルッツもダメとなると、残るはスパッツか。……仕方ない、それで妥協しとくか。しかし、ヴィータちゃんの勘の良さは並大抵ではないな。ニュータイプかっちゅーねん。
「……分かりました。口惜しいですがスパッツで妥協しておきます。では、作りますよ」
「まあ、スパッツならなんとか許せるか。んじゃ、頼むぜ」
目をつぶり、意識を新たな甲冑のイメージに集中させる。
ヴィータちゃん。赤い髪と強気な瞳が印象的な可愛い女の子。家族でありながら、私のかけがえのない親友でもある少女。特技は突っ込み。
さあ、作り出せ。そんな彼女が身に纏うに相応しい騎士甲冑を。想像しろ、彼女にぴったりの唯一無二の騎士甲冑を。
それは……これだ!
「私の想像力は世界一ぃぃぃ!」
「だから普通に作れって」
突っ込むヴィータちゃんを無視してイメージを明確にする。すると、あきれた顔で私を見ていたヴィータちゃんの全身が光り輝き、騎士甲冑の生成が始まる。
赤。ヴィータちゃんの髪の色と同じ赤が彼女を包み込み、次第に形を成していく。そして次の瞬間には、私の想像通りの甲冑がヴィータちゃんの体に装着されていた。
全体的なディティールはシャマルさんとほぼ同じだが、背中の大きなリボンと両手に装着された手袋がシャマルさんと違うところか。それにスカートも短めだし。
「どうでしょうか?」
「……へえ、いいじゃん。少しゴスロリっぽいけど、あたしは気に入ったぜ、ハヤテ」
喜色満面といった感じに自分の体全体を見回しながらヴィータちゃんは私の質問に答える。うんうん、それでこそ作った甲斐があったというものだ。
「うんうん、素晴らしい。はやて君のセンスには脱帽だよ、まったく」
パシャパシャ!
「ん? うひゃっ!?」
突然の背後からのセリフに振り返ってみると、いつの間に私たちの近くまで来ていたのか、そこには満足気な表情でカメラのシャッターを連続して切っているグレアムさんの姿があった。
被写体はもちろん、ヴィータちゃん。
「……えっと、グレアムさん? 何をしているんでしょうか」
「ん? いやなに、私はこう見えても子供が大好きでね。可愛い子を見るとつい写真を撮りたくなってしまうんだよ。や、別に他意は無いから安心したまえ」
嘘をつくな、他意ありまくりだろうが。そして喋りながらシャッターを切るな。さらにドサクサに紛れて私となのはちゃんまで撮ってんじゃねー!
心の中で罵声を浴びせつつグレアムさんを睨んでいたが、彼はそんな私を見てニッコリすると、
「ああ、勝手に撮って済まないね。気分を害してしまったかな? 確かこの国では、写真を撮る前に一声掛けなくてはいけなかったのだったな。それじゃ、今度は失礼のないように……はやて君、撮るよー。はい、チーズ」
パシャ!
「………」
ダメだこいつ、なんとかしないと。いや、もはや手遅れか。
「……じゃ、行ってくる」
グレアムさんの猛攻にどう対処していいのか分からなかったヴィータちゃんは、しばしフラッシュの餌食になっていたのだが、空で対戦相手が待っていることを思い出したようで、良い笑顔を浮かべるグレアムさんから逃げるように飛び立っていった。
「グレアムフラッシュ!」
が、近距離からのローアングルを逃すまいと、グレアムさんが光の速さでフェイトちゃんのもとへ向かうヴィータちゃんを撮影しまくる。お前もうロリコンだって隠す気ねーだろ。
まあ、幸いスパッツ履いてるし、ヴィータちゃんのパンツがグレアムさんの目に入ることはない。私の機転が役に立ったか。あまり嬉しくないが。
「同志よ!」
「……おや?」
ヴィータちゃんがフェイトちゃんの近くまで上昇しているさなか、再びマルゴッドさん達の方から声が聞こえてきた。目を向けてみると、さっきの様子とは打って変わって、なにやらマルゴッドさんと隣の女性が熱く手を握り合っている。……何なんだろうか。彼女たちの間にも友情が芽生えたのか?
「待たせて悪かったな」
「……構わない」
視線を上空に向け直すと、ヴィータちゃんとフェイトちゃんがお互いの武器を構えて相対していた。マルゴッドさん達のことも気になるけど、今は上の戦いに集中するとしよう。後で何があったか聞けばいいし。
「……んじゃ、そろそろやるとするか」
「うん、そうだね」
五メートルほどの距離を置いて上空で二言、三言交わしあったヴィータちゃん達は、いよいよ戦いを始めるのか、表情を引き締めて相手の顔を互いに見やる。
ヴィータちゃんは愛用のハンマー型デバイスをブンッと横に振り、
「ヴォルケンリッターが紅の鉄騎、ヴィータ」
フェイトちゃんは杖の先端に光の鎌を出現させて、
「時空管理局嘱託魔道師、フェイト・テスタロッサ」
気合の入った名乗りを上げる。
それと同時に、幼女同士の壮絶な戦いが幕を開けたのであった。
「……!」
「このっ、ちょこまかと!」
戦いが始まってから一分ほど経つと、上空でハンマーを振り回すヴィータちゃんの顔に苛立ちが溜まってきた。なぜなら、彼女の攻撃がなかなかフェイトちゃんに当たらないからだ。
接近してハンマーを振るえば瞬間移動のような速さで避けられ、
「シュワルベ、フリーゲン!」
ホーミング性能のついた付いた鉄球を打ち出しても、
「……!」
そのことごとくが華麗に避けられてしまう。逆に、ヴィータちゃんはその隙を突かれ、
「チッ!」
急接近してきたフェイトちゃんの鎌の一振りをその身に受けてしまう。だが、ダメージはそれほど無いようで、お返しとばかりに攻撃後の硬直を狙って横薙ぎにハンマーを振るう。しかし、それを読んでいたのかのようにフェイトちゃんは強烈な一撃からひらりと身をかわし、その場から離脱して距離を取る。
ヒットアンドアウェイ。
フェイトちゃんはこれをずっと繰り返し、ヴィータちゃんに少しずつではあるがダメージを与えていっている。ヴィータちゃんはそれに苛立ち、荒い攻撃を仕掛けては避けられるという悪循環を繰り返している。
ううむ、予想外に苦戦してるなぁ。
「解説のシグナムさん、この状況、どう見ます?」
「うーん、そうっすねえ。魔力量でいえばヴィータが圧倒してるんすけど、あの金髪とは相性が悪いみたい。一撃必殺を旨とするヴィータじゃ速度で撹乱する金髪相手はやりづらいっしょ。まあ、ヴィータも誘導弾とか使って金髪を追い込もうとしてるけど、あの金髪もなかなかどうして、上手く避けてる。あの年であれだけ動けるなんて、結構な戦闘訓練受けてる証拠じゃん」
隣で私と一緒に上の戦いを見ているシグナムさんになんとなく話を振ってみたのだが、真面目に返されるとは思わなかった。しかし、シグナムさんの言葉にも納得だ。ヴィータちゃんとフェイトちゃんはどうも相性が悪いっぽいな。
「このままじゃ、負けちゃいますかね?」
「いや、あいつもいつまでもいいようにやられてるほど馬鹿じゃないっすよ。あ、ほら」
シグナムさんの指差した先に視線を送ると、そこではヴィータちゃんが足元に魔法陣を展開して、周りを高速で飛び交うフェイトちゃんを睨んでいた。
そして、フェイトちゃんが突っ込んできた瞬間、
「ォラアッ!」
手元に小さな赤い光球を生み出し、それを目の前に固定させたかと思うと、上段からハンマーで思い切りひっぱたいた。
キンッ! と甲高い音が鳴り響いた直後、その光球が爆発し、ヴィータちゃんを中心に円形に光と衝撃が広がる。
あたり一面に広がった閃光は、ヴィータちゃんに接近していたフェイトちゃんを包み込み、なおも拡大を続ける。まるでスタングレネードみたいな魔法だ。
「隙あり!」
数秒の後、閃光が収まったと感じた瞬間、ヴィータちゃんがハンマーを振りかぶって突撃する姿が目に入った。ヴィータちゃんが進む先、そこには、閃光と轟音を間近で受けて体をふらつかせているフェイトちゃんがいた。
「ラケーテン──」
一直線にフェイトちゃんに突っ込むヴィータちゃんは、ハンマーヘッドの片側をロケット噴射のように点火させ、その推進力をもってさらに加速しながら突き進み、
「──ハンマー!」
渾身の力でハンマーを振りぬく。
対するフェイトちゃんは、ヴィータちゃんの接近に気付いた瞬間に移動を開始しており、初撃をかわした後、上空へと逃げる。
「逃がさ、ねぇ!」
だが、それを予測していたかのように、ヴィータちゃんはロケットの噴出口を下に向け、さらに速度を上げてフェイトちゃんを猛追。そして、ついに──
「ぐぅっ!」
フェイトちゃんはヴィータちゃんに捕捉され、その重い一撃を腹部に受けてしまう。インパクトの瞬間、フェイトちゃんはバリアのようなものを展開していたが、ヴィータちゃんの一撃の前には無意味だったかのように、あっけなく貫通してしまった。
ハンマーの直撃を受けたフェイトちゃんは、バットに打たれたボールのように山なりに大きく吹き飛んだが、そのまま墜落することはなく、くるりと一回転して体勢を立て直した。しかし、その表情は苦悶に歪んでおり、かなりのダメージを受けたことが見て取れる。
「よお、お前もう一杯一杯だろ。悪いことは言わねえから降参しとけ。その様子じゃ、あたしから逃げられるほどの速度はもう出せないだろ?」
肩にハンマーをかついだヴィータちゃんは、苦しげに大きく息を吐くフェイトちゃんを見ながら降参を促す。確かに、もうフェイトちゃんに勝つ可能性は残っていないように思える。ここで降参しておけば痛い目を見ずに済むだろう。
そう思って、私はフェイトちゃんが負けを認めてくれることを願いながら上空を見上げていたのだが、フェイトちゃんは顔をうつ向かせたかと思うと、
「……速度が、出せない? なら、出せるようにすればいい」
そう、小さく呟いた。
その瞬間──
「ジャケット、パージ……!」
フェイトちゃんが身に纏っていたバリアジャケットに、変化が起きた。背中にかかっていたマントが消え去り、腰に巻きついていた白いスカートまでもが光となって消えた。
今彼女が身に付けているものと言えば、ピッチピチの袖無しネックトップとスパッツがくっ付いたような黒い服一枚のみ。
端的に言うと……脱げた。
「ちょっ、ええ!?」
なんで!? なんで脱ぐの!? 訳が分からない!
「か、解説のシグナムさん! なぜ彼女はあんな姿に!?」
「うむ。おそらくあの金髪は……露出狂なのだ」
うっそ、まじ。人は見かけによらないもんだな。
「いや、単純に速度を増すために余計な部分を切り落としたんでしょうよ。シグナム、ハヤテちゃんに嘘教えないの」
「チィ、遊び心の分からん奴め」
シグナムさんの言葉に戦慄していた私に、近くにいたシャマルさんが真実を教えてくれる。危ない、危ない。危うく騙されるところだったよ。
でも、あれって明らかに装甲薄くなってるよな。防御を捨てて速度を取ったってことか。博打みたいだな。
「グレアムフラッシュ! グレアムフラッシュ!」
私の隣でなんか興奮しているロリコンがうるさい。爆発すればいいのに。
虫を見るような目でロリコンを見ていたのだが、上空が気になったので再び視線を戦場に戻した。そこでは、あきれたような表情でヴィータちゃんがフェイトちゃんを見ており、諦めたかのようにふうと一つ息をついていた。
「オッケー。そっちがその気なら、とことんまで付き合ってやるよ。でも、泣いても知んないぞ」
「ふふ。そっちこそ」
軽く笑い合った二人の幼女は、表情を引き締め、戦闘を再開。同時に空を駆ける。
ジャケットを一新したフェイトちゃんは、ダメージを負っている身でありながら先ほどのスピードと遜色がない……いや、さっきより早く動いていた。これが脱衣の効果か。私もピンチになったら脱いでみようかな?
私が真剣に悩んでいる間も、上空ではヴィータちゃんとフェイトちゃんが激しい攻防を繰り広げており、金と赤の光が軌跡を描いて空に広がっていた。
「サンダーブレイド!」
フェイトちゃんが遠距離から雷を纏った剣を放てば、
「効かねえよ!」
それをヴィータちゃんがハンマーを振るって弾き飛ばす。
「シュワルベフリーゲン! 今度は十発連続、だぁっ!」
ヴィータちゃんがたくさんの赤い光球を打ち出せば、
「プラズマランサー!」
フェイトちゃんがそれを雷の槍で迎え撃つ。
「……ん?」
一進一退の攻防が続く中、二人はどこか楽しそうな表情を浮かべていた。バトルマニアであろうフェイトちゃんならともかく、ヴィータちゃんまであんな顔するなんて珍しい。フェイトちゃんに感化されたのかな?
「……フェイトっつったな。楽しかったぜ。お礼に、最後にいいもん見せてやるよ」
しばらく魔法の応酬が続いていたのだが、二人が互いの魔法を相殺し合って若干の空白が出来た瞬間、ヴィータちゃんが不敵な笑みを浮かべてハンマーを強く握りしめた。それを見たフェイトちゃんは、どんな攻撃が来るのかと身構える。
おお、なんかすごい攻撃が始まりそうだ。オラ、ワクワクしてきたぞ。
「安心しろ。非殺傷設定だから死にはしねえ。まあ、ちょっとばかし痛いかもだけど我慢してくれよ?」
そうフェイトちゃんに声をかけたヴィータちゃんは、次いで手に持つハンマーに語りかけるように言葉を発する。
「こいつを使うのも久々だな。……カートリッジ、ロード!」
その言葉に応えるかのように、ガシャン! ガシャン! とハンマーのヘッド部分が上下に伸縮し、内部から薬莢を排出。煙が漏れる。
「おおおおおおぉぉぉ!」
途端にヴィータちゃんが叫び声を上げ、それと同時にハンマーの形態が変化を始めた。
スパイク部分が中央に入り込み、ただの棒のような形状になる。だが、それは一瞬のことで、すぐに別のものが現われた。
それは、光。四角い金槌の形をもった光がスパイク部分に出現し、徐々に肥大化していく。
「まだ、まだぁー!」
ヴィータちゃんの叫びに呼応するかのように、さらにその光の金槌は大きくなっていく。長さ一メートルちょっとの棒の先に、どんどん光がまとわりつくように集束していく。
もうヴィータちゃんの身の丈を遥かに越して金槌は大きくなっている。だが、まだ巨大化は止まらない。
「まだだ! まだ終わらねえ!」
一軒家を余裕で叩きつぶせるほどに大きくなったが、さらに体積を増す。直径三十メートル……四十メートル……五十メートル……まだまだ巨大化は止まらない。
「こいつはオマケだ! カートリッジ、ロード!」
なんかハイになってきた感じのするヴィータちゃんが、再びそう叫ぶ。すると、金槌の巨大化する速度がグンとアップし、さらにアホみたいにでかくなった。
「……アハハ。……えっと、流石にこれは避けられないかな?」
冷汗を垂らすフェイトちゃんが見上げる先には、直径百メートルを優に越す巨大すぎる光の金槌がそびえており、圧倒的な威容を放っていた。
「あまり、痛くしないでくれると助かるかな?」
諦めたかのようにフェイトちゃんはヴィータちゃんを見つめ、ヴィータちゃんはニヤッと笑って彼女を見返す。
「安心しろ、痛いのは最初だけだ。すぐに気持ち良く眠れる」
なんだかアレなやり取りみたいだなぁ、と邪推しながら私が見上げる先で、ヴィータちゃんは重さを感じさせないような動きで金槌を振り上げ、
「グッドラック」
振り下ろした。
頭上から迫る光を見上げるフェイトちゃんは、震えもせずにその光を潔く受け止め、そして──
「光に、なれぇぇぇ!」
光になった。
【ヴィータちゃんVSフェイトちゃん】 ヴィータちゃん、オーバーキル(フェイトちゃんは一命を取り留めた様子)
……やりすぎじゃね?