「あ……ゴッキー」
掃除しようと決意した神谷ハヤテです。
昨日あまりにも早く寝てしまったため早朝に起きた私は、取り敢えず喉を潤そうとキッチンに向かうことにした。
しかしそこには、自らの腹を満たそうと私のテリトリーを蹂躙する、不届き者の姿があった。
そう、黒い悪魔である。
「………」
『………』
ガンを飛ばし合う一人と一匹。負けてなるものか。
「……悪魔よ、去れ!」
『ッ!』
彼奴(きゃつ)は私の一喝に怯み、その身を反転、惨めな姿を晒しながら敗走していくのだった。
「……掃除しなきゃ」
いや、掃除も大事だが、その前に奴らに対しての装備を整えよう。
もう五月も後半に入る。奴らが勢力を伸ばしてくるのは目に見えている。
「スーパーが開くのは……まだ先か」
時間を確認。開店時間までゲームでもやろうかな?
喉を潤しながら、今日の計画を考えるのだった。
おっと、小腹も空いたし、ペロリーメイトでも食べよう。
「〈菜の花〉さんは……この時間じゃいるわけないか」
リビングに移動し、パソコンを起動させた私は、はやてちゃんに乗り移る前日の夜にやっていたゲームで遊ぶことにした。
どうやらはやてちゃんもこのゲームのユーザーだったらしい。
「プレーヤー名は、〈はやてのごとく〉、か」
まあ何も言うまい。
……〈バーニング〉さんと〈ベル〉さん、元気でやってるかなぁ。
ちなみにこの二人は、〈菜の花〉さんとよくパーティーを組んでいる人達だ。
頻繁に組んでいるので、リアルの知り合いではないかと思っている。
「今日はソロプレイでいっか」
モンスターに襲われている初心者でも助けて回るかな。……〈菜の花〉さんにしてもらったように。
「っと、もうこんな時間か」
開店時間を過ぎていることに気が付いた私は、パソコンの電源を落としスーパーに行くことにした。
「今日も快晴、良いことだ……ん?」
外に出た私は、なにやら不快な視線を感じたので辺りを見回してみた。
「気のせいかな」
まあいい、今はスーパーが先決だ。
スーパーに到着した私は、お肉コーナーや野菜コーナーを尻目に、殺虫剤売場へと進んでいる。
長距離射程のものが良いなと思いながらグレン号を操作していると、目的の物が見えてきた。
「ゴッキージェット・滅……だと?」
なんというネーミング。だがそれがいい。
今はセール中のようで、1パック二缶入りで五百円というお手頃価格。
かなりの人気商品なのか、開店してからたいして時間が経っていないにもかかわらず残り一個という売れっぷりだ。
これは早く手に入れなければと手を伸ばすが、隣から同じように手を伸ばす者がいた。
『あ』
それは、もはやお馴染みとなったパーマのオバサンであった。
「……」
「……」
どうやら譲る気は無いらしい。それは私も同じだが。
なるほど、昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵というやつですな。
いいだろう。その挑戦受けてたつ!
「……ハァッ!」
先に仕掛けたのはオバサン。
だが甘い。拳筋が正直すぎるよ、オバサン。
「なんの!」
商品に伸びる手を左手で弾き、右手を商品に伸ばす、が、
「させるかぁっ!」
「なんとぉ!」
体当りをくらいグレン号が後退。だが、反動によりオバサンも後ろに下がり、たたらを踏んでいる。
この状態、初手を取った者の勝ちだ。
『はあぁぁ!』
それを理解したのか、オバサンが突っ込んでくるが、僅かにこちらの方が気付くのが早かったようだ。この勝負、もらった!
先に商品を掴み、後は脇に抱え込むだけ、と思った瞬間、
「なぁっ!」
オバサンの神速の手刀が商品を弾く。
弾かれた商品は横の通路へと転がってゆき、止まる。
流石一家を支える女傑だ。一筋縄ではいかないか。こうなったら……
「爆発的推進力(オーラバースト)!」
グレン号の右脇にあるボタンを強く押し込む。
このボタンを押している間だけ、グレン号は限定的ながらも短時間だが爆発的な推進力を得ることが出来るのだ。
これぞ、グレン号に隠された能力の一つ。
家で押してしまった時はえらい目にあったよ。
違法改造だって? そんなの開発者に言ってよ。
「うぐぐぐっ!」
身体にかかるGに耐えながら、商品に向かって走りだしたオバサンを追い抜き、加速スイッチの隣にある緊急停止ボタンを押す。
急停止したグレン号の上にいる私は、慣性の法則に導かれながら、前方に身体を投げ出し、
「これが私の──」
タッチダウンをするアメフト選手のように商品に向かって飛び込み、地面をゴロゴロと転がる。
「──切り札だ」
そして、ようやく止まった私の手の内には、ライバルとの激戦を勝ち抜いた証が収まっているのだった……
「あんたにゃ負けたよ」
そう呟いたオバサンと別れた私は、ホクホク顔でレジに並ぼうとしたが、
「お弁当もついでに買ってこう」
踵を返し弁当コーナーへと向かうことにした。
「今日は何を食べよっかな~……ん?」
そこには、タイムセール中により半額となったサバの味噌煮弁当が一つだけ売れ残っていた。
……これは買うしかあるまい。たとえお嬢様といえど、安いにこしたことはないのだ。
そう思い、弁当に手を伸ばした私は、
『あ』
第二ラウンドのゴングを鳴らしたのであった。
「二連勝ならず、か」
主婦の名は伊達ではないということか。
スーパーを出た私は、このまま帰るのも味気無いと思い、まだ足を運んでない場所に向かうことにした。
風芽丘図書館
財布の中に入っていた図書カードを見て、行ってみようと思ったのだ。
「なかなか大きいな」
図書館に到着した私は、荷物をロッカーに預け、ひとまずグルグル見て回ろうと思い、先ほど獅子奮迅の活躍を見せた相棒と共に探索を開始した。
「ラノベ、多いな、おい」
ハ○ヒにシャ○にフル○タに禁書○録に、etc……
普通にパンチラとかあるのに置いてていいの、これ?
最近の図書館はすごいなぁとか思っているところに、司書っぽい女の人が近付いてきた。ちなみに美人。この町は美人な女性が多いな。素晴らしい。
私は誘蛾灯に群がる虫のようにフラフラとその女性の元へと……
「ストップよ、はやてちゃん。それ以上近付いたら……分かるわね?」
拳を口に近付け、は~っと息を吐くお姉さん。
……なるほど、操を守るためなら暴力にうったえてでも止める、か。
ますます私好みじゃないか……
「……押し通る!」
「なっ! いつもと動きが違う!? 」
「はやてちゃんとは違うのだよ、はやてちゃんとはぁ!」
「何を世迷い言を!」
お姉さんの周りを旋回しながら翻弄する私。ぬふぅ。
ガッ!
「ホアァァ!」
たまたま落ちていた本を踏んでしまい、やっぱり前方に投げ出された私は地面と熱烈なキッスをかますことになった。
くそう、せっかくの上玉なのに。神谷ハヤテ一生の不覚……
「……すみませんでした」
あの後お説教を食らった私は、気まずくなったので早々に退出することにした。
ちなみにあのお姉さんは、最近見なかったはやてちゃん(私)を心配して声をかけに来たとのことだった。
あと、やっぱりはやてちゃんの餌食になってたか……
もはやドッペルゲンガーと言われても信じてしまいそうなほどそっくりだな、私とはやてちゃん。
そんなことを考えながら帰路についていると、前方からフラフラと歩いてくる影が。
見た目私と同じくらいの男の子だ。
その子は私の前まで来ると、突然へたりこんでしまった。なんぞ?
「どうしたの?」
私も人の子。困っている人がいたら声くらいはかける。
「実は俺、捨て子でさ。帰る家が無いんだ。飯ももう二日間食ってない」
何故か待ってましたと言わんばかりの口調で、饒舌に喋る彼。
「それでどうしようかと途方に暮れてたんだよ。……ねえ君、相談があるんだけど……」
ああ、なるほど、そういうことか。
「来て」
目的の場所まで案内しようと、男の子の手を取る。
男の子は小さく、「よっしゃ」とか言った気がしたが気のせいだろう。
「……なあ、ここって」
交番だよ? 探してたんでしょ?
「おじさ~ん、この子帰る家が無いんだって。保護してあげて。あ、あとお腹空いてるみたいだから何か食べさせてくれるかな?」
あっ、敬語使うの忘れてた。まあいいか、もう二度と来ることもあるまい。
「ちょっ!」
なんで慌ててるの、この子は?
「ああ、君はこの前の。その子を保護すればいいんだね?道案内、ご苦労様」
彼をおじさんに引き渡す。
何故か男の子が、
「俺はオリ主のはず……」
とか、
「ヴォルケンハーレム計画が……」
とか行ってるけど、なんのことかな?
まあいいや、か~えろ。
交番から遠ざかる私の耳にこんな会話が聞こえてきた。
『あの、おじさん、家が無いってのはさっきの子の嘘なんだよ、だから』
『おじさんの目を見てごらん。おじさんはね、悪い人をたくさん見てきたから、嘘をつくとすぐにわかるんだよ?』
『……』
『……さっ、おいで』
『ちょっ、まっ!』