オタク達が消失し無音となった世界で、私達一行となのはちゃん達一行が対峙している。
いや、対峙と言うよりは顔を向かい合わせていると言った方が正しいか。敵意を剥き出しにしているのは杖を構えた黒髪の少年だけだし。
どうやら黒髪の少年が結界を発動させたのは、彼ら、彼女らにとっても想定外だったらしく、なのはちゃんとその他四名は事情を求めるような顔付きで結界を張った少年を見ている。
そのような状態で数秒ほど静寂が続いていたのだが、その沈黙を破るように、私の近くに居るなのはちゃんと女顔の少年が、詰問するような口調で黒髪の少年に問い掛けた。
「ク、クロノ君? どうしたの、突然結界張るなんて。それに、投降しろとか、守護プログラムとか、どういうこと?」
「そうだよクロノ。君、以前もそんなこと言ってたけど、結局人違いだっただろう? マルゴッドさんに失礼じゃないか」
「いや、だからマルゴッドは拙者だと何回言えば……」
なのはちゃん達の言ってることはよく分かんないけど、この結界を見て取り乱さないと言う事は、やっぱり魔法使いなのか。衝撃の事実発覚ってやつだね。
「……あ」
そっか、なるほど。昼頃に私が聞いてた念話って、この人達のだったんだ。よくよく思い出してみれば、この子達と声が一致するし、間違い無いだろう。
うーん、でもこの状況、どうしたもんか。シグナムさん達が本気になれば逃げられるかもしれないけど、その後が問題だ。もうみんなの顔を見られちゃってるし、この世界に居るってのもばれている。いつまでも逃げ続けられるもんじゃないだろう。
口封じにこの人達をどうこうするってのは論外だしなぁ。なにより、なのはちゃんが居るし。
……ここは、あれだな。最後の手段だ。
話し合いで、解決。これっきゃないかな。
「なのは、ユーノ、今回は間違いじゃない。こいつらは過去に何人もの魔導師を襲った犯罪者だ。勝手に巻き込んで済まないが、こいつらが暴れ出した時は力を貸してほしい」
私が解決策を模索していると、防護服を纏って杖を構えている黒髪の少年が、鋭い目つきで私達を睨みつけながらなのはちゃんに言葉を返す。
「え~、でもでも、マルゴッドさんだよ? それにハヤテちゃんも……って、ハヤテちゃん!? どうしてハヤテちゃんが居るの!?」
ようやく私の存在に気付いたのか、こちらに勢いよく振り向いて驚愕の声を上げるなのはちゃん。さっきから驚いてばっかだな、私もそうだけど。
まあ、一応説明しておくか。私もなのはちゃんのことを知りたいし。私のことをなのはちゃんに知ってもらいたいし。
「えーと、実は私、魔法使いでして。念話くらいしか魔法使えませんが」
「ええ!? ハヤテちゃんも!?」
ホントにいいリアクションする子だなぁ。なんか驚かせるのが楽しくなってきちゃった。
「その発言によると、なのはちゃんも魔法使いなんですね?」
「う、うん。魔法を知ってからまだ一年も経ってないけど」
そうなんだ。ということは、私とそんなに変わらない時期に魔法と関わったのかな。なのはちゃんが魔法を知るきっかけって何だったんだろう? 気になるな。
……気になるけど、今はそんな悠長なこと言ってる場合じゃないか。なんか、黒髪の少年がすごい形相で私のこと睨んでるし。まるで親の仇でも見るような目をしてるな。こわ。
「……そこの車椅子の君。君が今回の闇の書の主なのか? それともそっちの銀髪の女性か眼鏡の女性のどちらかか?」
今にも飛びかかって来そうな雰囲気を纏った少年が、そう問い掛けてくる。
……どうやら転生システムや守護騎士についてのある程度の情報は持っているようだけど、リインさんのことは知らないみたいだな。
まあいい。こっちは話し合いで解決するしかないんだし、ここは素直に答えておこう。真摯(しんし)な態度こそ、和解への橋頭堡(きょうとうほ)足り得るんだから。正直者は得をするってやつだ。
「闇の書の主は私です」
「そうか。では逮捕する」
うぉい!? 正直に答えたのにそりゃねーだろ!
い、いや。そういやこの子、最初から私達のこと捕まえる気満々だったな。こういう答えが返ってくるのは必然ということか。
落ち着け、私。要は私達が無害な存在だと教えることが出来れば、見逃してもらえるかもしれないんだ。過去にシグナムさん達が犯罪をしてたってのがネックだけど、今はもうそんなことはしてないし、する必要も無い。だから、それを信じさせればなんとかなる、……かなぁ?
実は、見逃してもらえる自信があまり無い。なぜなら、私が持っている情報が少ないからだ。
過去にシグナムさん達が起こした犯罪がどの程度のものなのか? 過去とはどれくらい前の過去なのか? 時効じゃないのか? むしろ管理局が定めた法に時効という概念が存在するのか? 過去にシグナムさん達が起こした犯罪は、その時の主が強制させていたのではないか? もしそうなら、今のシグナムさん達に責任は発生するのか? 発生したとして、どのくらいの罪の重さなのか? というか、この少年に本当に私達を逮捕する権利があるのか? ヴィータちゃん達は以前、管理局に見つかったら捕まると言っていたが、本当に捕まえられなければならないのか?
現状、分からないことが多すぎる。ゆえに、ヴォルケンズやこの黒髪の少年と情報の擦り合わせをして、不明な点を無くしていかなければならない。その為にはまず、落ち着いて話し合いをする必要があるのだが……
「………」
睨んでる! めっちゃ睨んでるよコイツ!
どうしよう。話を聞いてもらえるような空気じゃないってこれ。
『ハヤテ、どうする? 逃げるか? それともこいつら全員叩きのめして、もう一回記憶消すか?』
そんな風に黒髪の少年のプレッシャーに当てられて動揺している私の下に、ヴィータちゃんから念話が届く。横を見て見ると、そこには黒髪の少年を睨み返しているヴィータちゃんの姿があった。
黒髪の少年同様、今にも飛びかかりそうな感じだったので、私は慌てて念話を返す。
『待ってください、その案はどちらとも却下です』
『なんでだ?』
『逃げたところでこの世界に居る限りまたすぐに見付かってしまうでしょうし、記憶を消したとしても今回みたいに元に戻ってしまうとも限りません。それに、なのはちゃんに危害を加えるなんてもってのほかです』
『じゃ、じゃあどうすんだよ』
『話し合いましょう。話し合って、私達が犯罪とは無縁な存在だと知らせることが出来れば、ひょっとしたら見逃してもらえるかもしれません』
『でもハヤテちゃん、今はのほほんと毎日を過ごしてるけど、私達が過去にたくさんの無辜(むこ)の魔導師を襲ったのは事実なのよ。そのことを持ち出されたら言い逃れは出来ないんじゃない?』
ここで、私とヴィータちゃんの間に入るようにシャマルさんが念話に割り込んできた。
確かにシャマルさんの言う事ももっともだ。でも、
『それでも、です。問答無用で捕獲されるかもしれませんが、もしかしたらという可能性もあるかもしれません』
『ふーむ、そんなに管理局は甘くないと思うでござるがなぁ。ところで、仮に話し合いが成立したとして、それでも逮捕すると言ってきたらどうするつもりでござるかな?』
今度はマルゴッドさんが割り込んできた。私達の会話が聞こえていたらしい。
……しかし、話し合って、それでもダメな場合か。充分にありえる展開だよなぁ。
そうだな。もし、そうなったとしたら、その時は……
『逃げましょう。逃げて逃げて、逃げのびるんです。そして、逃げ切ったその時は、またみんなでまったりと過ごすんです』
そうだ、大人しく捕まってやるつもりなど毛頭無い。
ヴォルケンリッターのみんなはもう戦う必要も無いし、呪いが解けた私も死に怯えなくて済んでいる。
せっかく平穏な日々が訪れたってのに、こんなところで捕まってたまるか。
そりゃあ、過去にシグナムさん達に襲われた人やその家族は気の毒だとは思うよ? 被害者の人達が今のヴォルケンズの姿を見たら、憤りを感じるってこともあるだろう。
でも、シグナムさん達もきっと苦しんでたんだ。
死ぬことも許されず、蒐集のために戦いを続ける日々。終わることの無い蒐集。常に誰かを傷付け、傷付けられてきた。
それは、おそらく戦い好きのシグナムさんでさえ辛かったはずだ。
贖罪(しょくざい)と言うなら、それはすでに済んでいるのではないかと思う。
まあ、九歳のガキの自分勝手な理論と言われればそれまでだが、それでも構わない。そんなことを言う人間には、こう返してやればいいんだから。
「私達は今幸せなんだ。邪魔するな」
ってね。
だから、逃げる。絶対に捕まってなんかやらないんだ。
……ま、話し合いで解決出来るなら、それに越したことはないんだけどね。逃げるのは本当にどうしようもなくなった時の最後の手段だ。
『ふ、ふふふ。その意気や良し! ハヤテどの、もし逃げる当てが無かったなら拙者の故郷の世界に来るといいでござる。手厚く歓迎させてもらうでござるよ?』
『あはは、その時はよろしくお願いしますね』
『引越しの挨拶の時はやっぱソバ持ってった方がいいんすかね?』
『お前、絶対相手にぶっかけるだろ』
マルゴッドさんの世界か。それもいいかもしれないな。
なんて、ちょっと和んでしまった私達の下へ、前方から硬い声が掛かる。
「相談は終わったか? では、そろそろ返答をもらおうか。大人しく投降するか、それとも……」
黒髪の少年が、一歩こちらへ踏み出す。
どうやら私達が念話で相談してたのがバレてたみたいだ。それでも律儀に待っていてくれたようだけど。
うーん、一触即発(まあ黒髪の少年だけだが)の空気が漂っているけど、会話の糸口を掴むためにも何か言わなければなるまい。
さて、それじゃあ何から──
「待ちなさい、クロノ」
と、私が口を開こうとしたところに、少年の後ろから声が響いた。
そちらに目をやると、先ほどから黙って少年と私達を見ていたおっとりした女性が、やれやれ、といった表情で黒髪の少年、いや、もうクロノ君でいいか。クロノ君の近くに移動する姿が見えた。
そして、私達が注目する中、その女性はクロノ君の隣で止まると彼の黒髪に手をやり、諭(さと)すような口調で静かに語り出す。
「少し、落ち着きなさい。私は今の一連のやり取りで事情は察したけど、他のみんなは置いてけぼりよ? 事情を説明するくらいはした方がいいんじゃないかしら」
おお、この女性は結構話が分かる人のような気がする。ここはチャンスだな。
「しかし艦長、そんな悠長なことしてる場合じゃ──」
「いえいえ、私達は大人しくしていますから、どうぞ説明なりなんなりしてくださって構いませんよ」
この言葉に、クロノ君が女性(艦長?)から目を離し、私の顔をまじまじと見る。
「……本当か?」
「ええ、もちろん」
なのはちゃん達に私達のことを知ってもらった方が、これからの話し合いがスムーズに進むと思うし、仲間たちと会話することで、多少はクロノ君も落ち着くことだろう。
なにより、クロノ君が話す内容の中に、和解への糸口になる物が含まれてるかもしれないしね。
「……そうだな。ではかいつまんで説明しよう」
「──と、そういうわけだ」
「ふぇー、闇の書とその主かぁ。なんだかすごいね」
「僕はマルゴッドさんの名前が偽名だったことの方が驚きだよ……」
「拙者は自分の名前が勝手に使われていたことに驚きでござるよ……」
「やー、とうとうばれちゃったか~。ごめーんちゃい」
十分ほど掛けて、クロノ君はなのはちゃん達に闇の書やそれに関連することを説明した。その中には、私が初めて聞くことも多く含まれており、脇でクロノ君の説明を一緒に聞きながら嘆息することもしばしばあった。
闇の書自体に対する説明。闇の書が起こしてきた悲劇。以前、結界を破った先に居たのが私達だったこと。記憶を消されたこと。あと、なぜかシグナムさんがマルゴッドさんの名前を騙っていたこと等々。
ただ、闇の書に対する説明を聞いた限りだと、クロノ君、いや、管理局にはあまり闇の書の詳細なデータは残ってないように思えた。
転生を繰り返し、魔導師を襲い、魔力を吸い取り、それを破壊の力に用いるロストロギア。クロノ君はそう闇の書を説明した。間違っているわけではないけど、元が夜天の書だったとか、改変された、とかは言ってなかったから、そこまで詳しくはないのだろう。いや、知っているけど言わなかった、という可能性もあるけど。
「さて、説明は終わった。大人しくしていたということは、投降の意思ありと見ていいんだな?」
私達のしおらしい態度を見て少し気が緩んだのか、先ほどよりはやや軟化した口調で再度クロノ君が問い掛けてくる。でも捕まえる気は満々だ。それが仕事らしいから、仕方ないっちゃ仕方ないか。
ただ、さっきよりは話を聞いてくれそうな雰囲気だし、今ならすぐに襲いかかってくるということは無いだろう。説得してみるか。
「あの、投降云々というのは置いといて、ちょっと私達の話を聞いていただきたいのですが」
「……なんだ、言ってみろ」
「私達のこと、見逃してもらえませんか?」
「出来るはずがないだろう。闇の書は危険極まりないロストロギアなんだ。それに、そっちの守護プログラム達も危険なんだ。野放しになど絶対に出来ん」
少し、ストレートに言いすぎたな。見逃してもいいと思えるように、こちらが無害な存在であることを伝えなければ。
「えーとですね、危険危険と言いますが、今の闇の書はもう破壊の力なんて残ってませんし、暴走もしません。それに、シグナムさん達ヴォルケンリッターの皆さんも、私が主になってからは罪の無い魔導師を襲ったりなんてしてませんし、これからもそんなことは絶対にしません」
犯罪者はボッコボコにしたけどね。
「とてもじゃないが、信じられないな。この場を逃れようと嘘をついているとしか思えん。何か証拠はあるのか?」
胡散臭そうにクロノ君が私を見てくる。しかし、証拠か。私達が提示出来るものと言えば……
「その前に、ちょっといいかしら」
私が口を開く直前、またもやあの女性が割り込んできた。
彼女は何か言おうとしたクロノ君を手で制し、私達の前まで来ると、予想だにしないことを口にした。
「あなた達、もしかして犯罪組織を次々と潰し回ったことがあるんじゃない?」
「え?」
いや、あるにはあるけど、潰し回ったと言うよりは勝手に潰れていったって感じだったな。襲いかかってくるのはいつもあっちからだったし。まあ、犯罪者のアジトやら犯罪現場に毎回転移しちゃってたから、当然の成り行きだったけど。
でも何でこの人がそんなこと知ってるんだろうか。
「確かに、結構な数の犯罪者をボコボコにしたことはありましたね」
「……その犯罪者達のデバイス、ひょっとして海鳴市の民家にばら撒いたりした?」
デバイス? そんなことした覚えは無い……いや、待て。クリスマスを思い出せ。あの時シグナムさんは何をした? でかい袋によく分からん物詰め込んで、海鳴の民家にサンタよろしく侵入してなかったか?
「えっと、シグナムさん。あの時配ってたプレゼントって……」
「え、デバイスに決まってんじゃん」
おい!? あの時はオモチャとか言ってただろうが!……って、怪しいと思いつつも確認を取らなかった私も私か。あの時ちゃんと中身確認しときゃよかったな。
「あはは、えっと、どうやらウチのシグナムさんがばら撒いてしまったようです」
これってなんかまずいのかなー、なんて思いつつ苦笑いしながら目の前の女性に告げる。女性は思案する様にアゴに手をやっていたが、私の言葉を聞くと視線を再びこちらに向け、またもや質問をしてきた。
「あなた達は、どうして犯罪者達を襲っていたの?」
別に襲ったんじゃないんだけど……って言っても、客観的に見たらそうなるのかな。
しかしどう答えたもんか。魔力蒐集してる時に偶然出会って、相手が襲いかかってきたから返り討ちにしました、とでも答えようか? でもアホみたいな数を潰しちゃったからな。偶然と言っても信じてもらえなかったりして。
そうやって私が悩んでいると、突然隣に居たシグナムさんが一歩前へ踏み出し、
「答えは簡単。今まで私達が犯した罪を償うためだ」
「な、なんだと!?」
……なんてことをのたまった。その言葉に、クロノ君が大層驚いている。
しれっと心にも無い事を言えるあたり、シグナムさんには悪女の素質があるのかもしれないな。
『って、なんでそんな嘘ついてんですか? 嘘はよくありませんよ』
『まあまあ。心証を良くするには打って付けじゃないっすか。これを利用しない手はないでござりまする』
むう、シグナムさんの言う事にも一理あるか。嘘をつくのはためらわれるが、とりあえず今はそういうことにしておこう。この世界に留まれるかどうかの瀬戸際だし、多少の虚言は許されるだろう。
「そう。そういうことだったのね……」
シグナムさんの見事な演技に騙された女性が、得心がいったようにうんうんと頷いている。その様子を見るに、結構な好印象を与えたようだ。
クロノ君も私達の善行(笑)に心動かされたかのように狼狽していたが、気を取り直すかのように首を二、三度横に振り、再び噛み付いてきた。
「し、しかしだ! いくら貴様らが改心の情を見せたところで、闇の書が危険なロストロギアだということに変わりは無い。またいつ転生、暴走するとも分からん物を──」
「ああ、その心配は御無用でござるよ、坊主」
「な、なに?」
が、マルゴッドさんの一言によって、またもやその勢いを失うことになった。
「先ほどハヤテどのが言ったように、闇の書はもう二度と暴走することは無いでござる。もちろん転生も。ゆえに、守護プログラムであるヴォルケンリッターの皆が暴れなければ、魔導師にも、管理局にも、次元世界にも害は無いんでござるよ」
「だから、その証拠を見せろと言っているだろう。口先だけでは何とでも言える」
「証拠? 証拠ならここにあるでござるよ?」
言うと、マルゴッドさんは懐から以前見たカード型のデバイスを取り出し、クロノ君の眼前に突き出した。
クロノ君は一瞬警戒したように身構えたが、マルゴッドさんがなんのアクションを取らないことを見てとると、構えを解いて目の前にあるカードに注目する。
「……これは?」
「デバイス、『ゲシュペンスト』。この中に入っているデータを解析すれば、闇の書、いや、夜天の書が今どういった状態にあるのか見て取れるでござる」
「夜天の、書?」
「闇の書の本来の名前でござるよ。そういった情報もすべてこのデバイスの中に網羅されているでござるから、真実を知りたくば受け取るで候(そうろう)。あ、解析した後はちゃんと返すでござるよ?」
「む、む?」
グイグイと押しつけられるカードを受け取るべきか否か迷っていたようだが、そんなクロノ君に横合いから声が掛かる。声の主はやっぱりあの女性。
「クロノ、受け取りなさい。嘘か本当か、調べれば分かる事だわ」
「りょ、了解……」
どうやらあの女性はクロノ君より立場が上のようで、命令を受けたクロノ君はしぶしぶと言った感じにマルゴッドさんからデバイスを受け取る。
……マルゴッドさんの好意はありがたい。けど、
『マルゴッドさん、いいんですかあれ渡しちゃって。大事な物なんでしょう? もしかしたら返ってこないかもしれませんよ?』
『なぁに、その時はその時でござる。いざとなったらまた管理局に忍び込めばいいでござるしな』
『……頭が下がります。一度ならず二度も助けてもらってしまって』
『気にすることはないでござる。……拙者達、友達でござろう?』
『お前実はそれ言いたかっただけなんじゃねーか?』
『し、知らんでござる! 友情は見返りを求めないものなんでござる! クロスチャ〇ネル最高!』
……しかし、本当にありがたい。今度マルゴッドさんが遊びに来た時は、何かお返し出来る物を用意しとこうかな。
「取り敢えず、これは預かっておく。後でじっくりと解析させてもらうが、嘘でないことを願うぞ」
カードを手にしたクロノ君が、念話で密談している私達を見据えながらそう告げる。その言葉通り、彼の顔にはそうであってほしいと懇願するような表情が浮かんでいた。
「へーい、そこのトゲトゲ坊主。ウチら、もう家に帰りたいんだけど。結界解いてくれないっすか?」
と、そこでシグナムさんが微妙に空気の読めない発言をしてしまう。
いや、シグナムさん。まだ私達や夜天の書が完全に無害だと証明された訳じゃないし、そう簡単に解放してくれるとは……
「残念だが、今の状態で君達を野放しにするほど管理局は甘くない。それに、いくら守護プログラム達が犯罪者撲滅に貢献したとはいえ、過去に犯した罪はそう簡単に消えるもんじゃない。しばらくこちらで身柄を拘束させてもらった後、改めて処分を下すことになるだろう」
やはり、か。でも処分ってどんなことになるんだろ? 懲役何年とかかな。そもそも管理局が犯罪者に与える刑罰とか知らないしなぁ。
一週間程度の拘留なら大人しくしていてもいいが、もし長い間刑務所に入れられるようなことになったら、その時は……やっぱり逃げるしかないな。うん。
私がそんなことを画策していると、クロノ君は言葉を繋げるように再び喋り出した。
「ただ、今回君達が残した功績はかなり大きい。それを元に上の方に掛け合えば、そこまで重いものにはならないと思う。それに、君たちなら管理局任務に従事して、保護観察を受け──」
クロノ君の言葉を遮るように──
「その必要は無いぞ、クロノ」
唐突に、声が響いた。
「なっ!?」
驚きを露わにするクロノ君同様に、みんなが声のした方へと振り向く。
そこには──
「あれ? あの人……」
コスプレ広場で見掛けた、スーツを着たいかにもジェントルマンといった風貌の男性が、背後に二人の女性を従えて佇んでいた。
後ろの女性は顔立ちがどちらも似ていて、まるで双子のよう。服装も両方ともワンピースタイプのミニスカートを見に付けており、どことなくクロノ君が着ている服とデザインが似ている。あと、なぜかネコ耳としっぽを完備している。侮れねえ。
というか、結界の中に居るってことはこの人達も魔法使いってことか。ビッグサイトは魔法使いのメッカか。
「な、なぜあなたがここに?」
「なに、簡単なことだ。罪を償いに来た。それだけだよ」
クロノ君の問いに答えながら、新たに出現した三人はこちらに近付いてくる。
なんだか大物オーラを漂わせているが、一体何者なんだろうか?
「あの方をご存知のようですが、管理局の方ですか?」
なぜかあの人の視線が私に集中しているような気がして気になったので、近くで動揺しているクロノ君に聞いてみた。
「あ、ああ。あの方の名はギル・グレアム。役職は時空管理局提督だ」
「……すいません。もう一度名前を教えてください」
「ギル・グレアム提督だ」
…………ほ、ほほう。ギル・グレアムね。なるほど、なるほ……ど?
「ロ、ロロロ、ロリ、ロリコ……」
「やあ、ハヤテ君。私がギル・グレアムだ。初めまして、と言うのもおかしいかな?」
ロリコン、襲来しちゃった……