……侮っていた。
いや、舐めていた、と言った方が正しいか。
「くっ……」
戦場に出たのはこれが初めてじゃない。戦闘には参加しなかったが、銃弾飛び交う激戦区を練り歩いたという経験がある。
ゆえに、いっぱしの兵隊になった気分でいた。私でもやれるんだと、錯覚していた。
甘かった。
「くそう……」
歴戦の強者(つわもの)達が怒気を発しながら獲物を狩らんと眼前を見据えている。今か今かと苛立たしげに舌打ちをする者も居る。
私もそんな強者の後ろに並び、おこぼれを狙うハイエナのようにじっと時が来るのを待っている。
今度こそ、今度こそ獲物を手に入れるんだ。
焦りによって動悸が激しくなるのが分かる。しかし、止められない。
まだか、まだなのか。時間の流れが遅く感じてもどかしい。
私が新兵さながらに戦場の空気に呑まれている間にも、獲物を手にしたライバル達が一人、また一人と笑みをその顔に張り付けながら去っていく。
私の前に居るのは残り二十人ほど。これは、今度こそいけるか?
淡い希望を胸に秘め、少しずつ、少しずつ前へと進む。
残り、十五人。……十三人、……十人、……八人、七人……
お、おお、これは、もしかすると──
「申し訳ございませーん! 鈴仙(レイセン)8分の1完成品フィギュア、ただいまをもって完売致しましたー!」
「うどんげぇーっ!?」
オタクの壁は、厚かった……
みんなと別れてから一人で外の列に並ぶこと一時間ちょっと。いい感じに列が動き始め、ようやく中に入れたと安堵した私だったが、そこからがまた大変だった。
商品が、買えないのだ。
私が狙っていた商品はほとんどが限定商品であり、それゆえに人気が高いというのは分かっていた。分かっていたのだが……
「憎むべきは徹夜組か、需要に供給を合わせない企業か……」
まさか、並ぶ売り場のほとんどで売り切れが続出するとは予想出来なかった。品数が少ないというのもあるだろうが、一番の要因は徹夜組、いや、転売屋だろうな。
会場内のあちこちで、同じ商品をいくつも購入しているオタクが見られた。奴らは間違いなく転売屋だ。
ああ、腹立たしい。ああいう奴らのおかげで私みたいな善良なオタクは泣きを見るんだ。一応、購入数を限定している商品もあるにはあるが、そういったものは得てして絶対数が少ないため、徹夜組がそのほとんどをかっさらってしまう。
だから、買えない。
「手痛い洗礼を受けちゃったな……」
気分はまさに敗残兵。これがコミケ。これがオタクの祭典か。まさか始発でやって来たにもかかわらず目当ての商品が買えないとはね。徹夜する人達の気分が分かった気がするよ。かと言って、徹夜組を認めた訳ではないけど。
「でも、まだ諦めない」
今私は、商品求めて新たな売り場の最後尾に並び直したところだ。目の前で売り切れ宣言されて一度は心がくじけそうになったが、このまま何も買う事なく終わってたまるか、と心の内で気炎を上げることでなんとか持ち直した。
幸いこの売り場には私が欲しいグッズがまだ残っている。売り切れるその時まで私は諦めないつもりだ。
「あ」
そういえば、ヴィータちゃん達は今どんな状況なんだろうか? 大手企業ばっか任しちゃったから、やっぱり私と同様に商品手に入れられてないのかな。状況が知りたいや。
携帯……はみんな持ってないし、コミケ会場じゃ繋がらないって聞くからどっちみち通話は無理か。
なら、やることは一つ。
『ヴィータちゃーん、リインさーん、みんなー。聞こえますかー。今どんな状況か知りたいんですがー』
秘技、念話。
ふふふ、これぞ魔法使いの特権なり。無線持ち込んでるオッサンとか居たけど、コミケ内でこれほど迅速に情報交換できる手段は他にはあるまい。私が単体で使える唯一の魔法だけど、これさえあれば百人力よ!
『──んだ──おい──どうし──』
「ん?」
返事が来た。けど、おかしいな。いつもならもっと鮮明に聞こえるのに。それにこの声、ヴォルケンズのみんなでも、マルゴッドさんでもないような……
『おい、聞こえてるのか?』
あ、やっと普通に聞こえるようになった。でも……
『なのはか? ユーノか? まあどちらでもいい。今どんな状況だ? 頼んだ商品は買えたのか?』
…………誰だよ、こいつ。
『えっと……どちら様でしょうか?』
『む? なにを言っている? 僕だ、クロノだ』
いや、だから誰だよ。知らないってば。
……あれ、待てよ。そういえば夏に私達以外の魔法使いも来てたんだっけ。もしかして今回も来てたのか?
ということは、あの時はあっちが四方八方に念話飛ばしてたらしいけど、今度は私がやっちゃったってことか。ああ、こりゃいかん。間違い電話、じゃなかった、間違い念話をしてしまったようだ。謝らなければ。
『あの、すいません。どうやら間違えて──』
『クロノ! クロノ! やったよクロノ! 僕、ちゃんと仕事を果たしたよ!』
と、そこで突然、私の発言を遮るように大声が脳内に響いてきた。
『ユーノか。どうした、そんなに興奮して』
どうやら新たに出現した人物は先ほどのクロノと言う人物と知り合いのようで、
『聞いてよクロノ! 僕、今回はサイン入りテレカゲット出来たよ!』
『美佳子ぉー!?』
『そうだよ美佳子だよ!』
などと、私を置いてなにやら二人で盛り上がっている。
ああ、この人達絶対夏に念話飛ばしてきた魔法使いだ。似たような会話してたもん。
そういえば、もう一人くらい居たような……
『ユーノ君! ゆかりんは!? 私が頼んだテレカは!?』
お、また割り込んできた。この女の子がその一人か。
『勿論ゲットだぜ!』
『ユーノ君、えらい!』
『ふっ、これが僕の本気さ』
……どうしよう。もう念話切っちゃおっかな。いや、面白いしもう少し聞いててみよう。別に、これって盗聴とかじゃないよね? たまたま会話が聞こえてきちゃっただけなんだから、セーフだよね?
んー、それにしてもこの三人の声、リアルで聞いたような気がするんだよなぁ。気のせいかな?
『淫獣! じゃなかった、ユーノ様。私が頼んだ、ななちゃんのテレカはどうなりましたか?』
『バルディッシュ、あなたいつの間にそんなことを……』
おっと、さらに二人追加。というか、一体何人魔法使いがコミケに集ってるんだよ。オタクの魔法使い多すぎだろ。
『あら、みんなして情報交換? 私も混ぜてもらっていいかしら?』
『フェイト~、今どこに居るんだい? アタシ迷っちゃったよ~』
また増えた!? 私達とほぼ同数の魔法使いの団体さんかよ。まさかまだ増えるとか言わないよね。
『ああ、母さんにアルフか。今ちょうど状況報告しようと思ってたんだ。……って、あれ? そういえば最初に念話してきたのって、一体誰だ?』
あ、ばれた。次から次へと人が増えたから気にとめられてなかったけど、やっと気付いたか。
しかし、こうなったらもう謝って逃げるしかないか。いや、別に悪いことした訳じゃないけど、こう、ほら、なんとなく、ね。
『あははは、えーと、すいませんでした……チャオ!』
『あ、ちょ──』
ブツン、とテレビの電源を切るような感覚で念話のラインを切断する。そして、意識を脳内から外界へと移し、ふう、と一つ息を吐く。
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれてしまった。しかし、それもしょうがないだろう。あの魔法使い達、すごい愉快だったし。まるで私とヴォルケンズのいつもの会話を聞いてるみたいで、親近感が湧いてしまった。
「友達になれたら、きっと楽しいだろうな」
半分以上がそんなに年のいってない子どもの声だったし、もしかしたら本当に友達になれるかも。って、見ず知らずの人間といきなり友達は無理か。そもそもどこに居るのかも分からないしね。
『おー──ハヤ──聞こえ──』
「お、これは……」
愉快な魔法使い達の会話を思い出しながら少しずつ進む列に付いていっていると、またもや脳内に声が響いた。が、今度のは先ほどの魔法使い達ではなく、毎日のように聞いている──
『ハヤテー、聞こえてるかー?』
『ハヤテちゃーん』
『主は返事が無い、しかばねのようだ』
ヴィータちゃん達の声だった。そういや、最初はヴィータちゃん達と連絡を取り合うために念話したんだったっけ。すっかり忘れてた。
『はいはーい。聞こえてますよー』
『む、やっと繋がったか。無事のようだな』
『ふう、心配したぞ主』
私の返事を聞いて、みんなが安堵したのが分かった。あれ、ということは……
『ご心配をお掛けしたようで。ところで、やっと繋がった、というと、さっきからずっと念話してたんですか?』
『ああ。なんかハヤテが呼び掛けてるような気がしてこっちも念話飛ばしたんだけどよ、他の魔導師が念話飛ばしまくってて、混線したみたいに上手く届かなかったみたいなんだよ』
混線て……まるで電話だな。まあ、そんなのは今はどうでもいいか。せっかく連絡が取れるようになったんだから、みんなの状況を教えてもらおう。
『確かにさっき皆さんに呼びかけました。それというのも、今どんな感じなのか教えてもらおうと思ったからなんですが、どうです? 商品ゲット出来てます?』
『そうだったのか。あー……すまんハヤテ。あたしのとこは全滅だ。チェックリストの商品全部売り切れてた』
『僕のとこも~。オタクってこういう時には機敏に動くんだね~』
『我も一つも買えなかったな』
『私もだ。力になれなくて悪いな、主』
思った通りか。嬉しくない予想が当たっちゃったな。まったく、見通しの甘い過去の自分を殴りたいくらいだよ。
『あ~ら、あなた達たいしたことないのね。私は全部買えたわよ?』
『うそ! ホントですか、シャマルさん!?』
『ホントよ。まあ、私にしてみればこんなの子どものおつかいと大差無いわね』
すごいすごい。まさかゲット出来てるとは思わなかった。一体どんな手を使ったんだろうか?
『私の「手」にかかればお茶の子さいさいよ。私の「手」にかかれば、ね』
……どんな「手」を使ったのかは、詳しく聞くのは止めておこう。なんだか犯罪の匂いがプンプンしてくる。
『なにはともあれ、皆さんご苦労様でした。そろそろ集合時間なので、コスプレ広場に集まってくださいね?』
『おう』
『りょうかーい』
元気よく返事を返して念話を切っていくみんな。よし、私もこの列で最後にしよう。
出来れば最後くらいはゲットしたいところだが──
「申し訳ございません! こちらのねんどろいどは売り切れとなりました! まことに申し訳ございません!」
「パッド長ー!?」
世の中、そう上手くはいかないか……
コスプレ広場に向かう途中、
「嘘じゃねえって! いきなり胸から手が生えたと思ったら、持ってた商品かっさらわれたんだって! なぜか金は置いてったけど……」
「貴様ぁ、せっかくヤフオクで落としたチケットを無駄にしおって……皆の者、修正してやれぇい!」
「天誅でござる!」
「修正してやるでござる!」
「ぐはぁ!……お、おやじにも殴られたことないのに……」
なんて会話が聞こえたような気がしたが、きっと空耳だろう。