「諸君、私はオタク文化が好きだ」
「………」
「諸君、私はオタク文化が好きだ」
「………」
「諸君、私はオタク文化が大好きだ!」
「………!」
「アニメが好きだ。ゲームが好きだ。マンガが好きだ。ラノベが好きだ。フィギュアが好きだ。コスプレが好きだ。SSが好きだ。同人誌が好きだ。アニソンが好きだ。
自宅で、友達の家で、ゲマズで、アニメイトで、コスパで、ソフマップで、メロンブックスで、とらのあなで、秋葉原で、日本橋で、
この日本で目にするありとあらゆるオタク文化が大好きだ。
新たに発売されるハードを誰よりも先に入手するためにアホみたいに早く店先に並ぶのが好きだ。
深夜アニメを録画しつつもリアル視聴するのが好きだ。
ギャルゲーをフラゲするために学校を休んでゲームショップに直行した時など心がおどる。
理想郷のチラ裏でまだ見ぬ良作を躍起(やっき)になって探すのが好きだ。
オタ友とカラオケでアニソン十時間ぶっ続けで歌いきった時など胸がすくような気持ちだった。
毎年恒例となった夏のポケモン映画を見に行き周りの子ども達と一緒にはしゃぐのが好きだ。
ハンター×ハンターが休むことなく連載されているのを見た時は感動すら覚える。
遊戯王を大人買いした時に隣の子どもが羨ましそうにチラチラ見てくる様などはもうたまらない。
デュエルスペースでその子どもと対戦してフルボッコにするのも最高だ。
ムキになって再戦を申し込んできたその子どもをワンターンキルした時など絶頂すら覚える。
聖地巡礼の旅で正月に鷲宮神社まで初詣に行き、境内に蠢くオタクの波に滅茶苦茶にされるのが好きだ。
心待ちにしていたゲームが発売日決定→発売日延期→また延期→さらに延期、のスパイラルに突入する様はとてもとても悲しいものだ。
ビッグサイトでコミケの入場開始と同時に普段の三倍脚力が強化されたオタクの濁流に押し潰されるのが好きだ。
ゲーセンの格ゲーで相手に逆転負けした時、筺体(きょうたい)の向こうから対戦相手がどや顔しながらこちらを覗いてくるなど屈辱の極みだ。
諸君。私はオタク文化が世界に認められることを望んでいる。
諸君。私に付き従うヴォルケンリッター諸君。君達は一体何を望んでいる?
さらなるオタク文化の邁進を望むか?
世間から白い目で見られる覚悟で痛車に乗ったり、アニメキャラがプリントされたシャツを着て堂々と外を出歩くか?
ジーンズの中にポロシャツの裾(すそ)を詰めて、ポスターがはみ出てるデカイリュック背負いながら痛い袋持って街中をうろつくか?」
───きもい! きもい! きもい!
「よろしい。ならばコミケだ。
我々は今まさに世間から排他されかねないオタニートだ。
だがこの広い一軒家で社会人にケンカを売るがごとくニート真っ盛りの生活を半年も送ってきた我々にただのコミケではもはや足りない!
コスプレを! カメコ共を引き寄せるド派手なコスプレを!
我らはわずかに六人のオタク。千人に満たぬオタクに過ぎない。
だが諸君はそこらのアニオタなど歯牙にもかけないよく訓練されたオタクだと私は信仰している。
ならば我らは諸君と私で戦闘力100万と1のギニュー特戦隊となる。
オタクは卒業だと言ってアニメのDVDやギャルゲーの無駄にでかい箱を押し入れに追いやる愚か者を叩きのめそう。
髪の毛をつかんで秋葉原に連れて行って美少女がプリントされたでかい看板を見上げさせよう。
連中に日本のサブカルチャーの素晴らしさを思い出させてやる。
連中に初めてギャルゲーをプレイした時の胸の高鳴りを思い出させてやる。
オタと非オタとのはざまには奴らの哲学では思いもよらない大きな溝があるということを思い出させてやる。
ビッグサイトに集う延べ入場者数五十万人超のオタクとあらゆる場所に生息する隠れオタクで世界を萌やし尽くしてやる」
───今年最後の大イベント、冬コミが明日に迫りました!
「第二回コミックマーケット参加作戦、状況を開始せよ。
諸君、寒さに震えながらオタクに囲まれて開場時間まで並ぶ勇気はあるかな?」
………………
…………
……
「……で、結局何が言いたいのよ」
「つまり、みんなでコミケに参加しましょうということです」
少佐風味の神谷ハヤテでした。
今日は十二月二十八日。近所の学校はすでに冬休みに入っており、午前中に買い物に外に出る時などには、白い息を吐きながら元気よく公園で遊ぶ少年達の姿を見かけるようになった。そんな子供達を見ると、常時冬休み状態の私は無駄に悦に浸ったりするのだが、まあそれは置いといて。
今現在、私は夕ご飯を食べ終えたみんなをリビングに集め、明日に迫った冬コミに対する作戦会議を行っている。
コミケ参加と聞いてヴィータちゃんが最初難色を示したが、前回同様好きなグッズを買っていいと言ったらあっさりと陥落した。残りのみんなは参加することに特に不満は無いらしく、大人しく会議の席に着いてくれた。
ザフィーラさん曰く、
「たまには外に出ないと体が鈍るからな。あと、暇だし」
シャマルさん曰く、
「人混みの中を歩くのは嫌いなんだけど、私一人だけ家で留守番っていうのもなんだしねぇ。あと、暇だし」
リインさん曰く、
「たまには俗事に興じるのも悪くはないだろう。あと、暇だし」
シグナムさん曰く、
「バトルの予感がするでござる」
ということで、参加することには異議は無いようなのだ。
で、そんな私達が今何をしているかというと……
「型月はシグナムさんにお任せしたいのですが、よろしいですね」
「んー、まあなんでもいいっすよ」
「では京アニはリインさん」
「並んで商品を買うだけでいいのだろう?」
「ええ。次にブシ〇ードがザフィーラさん、min〇riがシャマルさんでお願いします」
「はいはい。ただ並ぶだけなら楽勝よ」
「任せておけ」
「ビジュア〇アーツはヴィータちゃんで決まりですね」
「おう。鍵っ子のあたしにぴったりだな」
「私は東方関係を中心に回りますが、皆さん商品を手に入れて余裕があるようでしたら念話で知らせてくださいね。その都度行ってもらいたいブースを指示しますから」
並ぶ企業ブースの振り分け、また、そこで買う商品が書かれたチェックリストの配布など、明日のコミケでグッズをゲットするために必要な前準備をしている。ちなみに今回はみんなに私のファンネルとして存分に働いてもらう予定だ。拒否権は……無い。
「しかし、前回と違って今回はえらく気合が入ってるっすね、主」
私からチェックリストを手渡されたシグナムさんが、不思議そうに聞いてくる。
「夏は雰囲気を楽しむのが目的でしたからね。今回は私も本腰を入れて、周りのオタク同様に商品求めて会場を駆けずり回りたいと思うんです。ファンネル操作したり、長い行列に並んだりするのもコミケ参加の醍醐味ですからね」
そう、今回のコミケ参加は夏とは違う。夏のコミケ参加が雰囲気を楽しむためだとしたら、今回の参加は商品を手に入れるまでの過程を楽しむためのものと言える。それに、ヤフオクとかで簡単に手に入れるより、苦労して自力で入手した方が何倍も嬉しいし愛着も湧くしね。
「相変わらずハヤテの感性はおかしいな。普通前回のアレを経験してたらそんなこと言えないぜ」
「ああ、アレはきつかったにゃー」
炎天下の中オタクに囲まれてひたすら開場時間まで並んでいた時のことを思い出したのか、シグナムさんとヴィータちゃんがげんなりした顔をする。
すると、それに気付いたシャマルさんが不思議そうに聞いてきた。
「アレって、なんのこと?」
「ふ、無知は罪とはこのことナリ」
「お前だって知らなかったじゃんか。あー、シャマル、行けば分かるよ」
「?」
事情を知らないシャマルさんやザフィーラさん、リインさんが首をかしげているが、どうせ言葉で言っても伝わらないだろう。明日になれば分かるんだし、わざわざここで脅かす必要も無いしね。……やっぱり行きたくないとか言われてもあれだし。
「そういやさ、今回はマルゴッドと一緒に行動しないのか? あいつ、絶対寂しがってるぜ」
「ああ、それだったらすでにメールもらってますよ。ほら」
ポケットから携帯電話を取り出し、送られてきたメールを開いてみんなに見せる。
『拝啓、ハヤテどのへ
先日のクリスマスパーティー、楽しかったでござる。こんな拙者を快く迎え入れてくれたハヤテどのの懐の深さには驚嘆を隠せないでござるよ。いや、マジで。ほんとありがとう。一人寂しくクリスマスを過ごさなくてすんだよ。
まあそれはそれとして、とうとう冬コミが迫って来たでござるな。
そこで折り入って頼みたいことがあるんでござる。冬コミ一日目、夏のように拙者と一緒に回ってもらえないでござろうか?
いや、勿論ハヤテどのの予定を優先するでござるよ? 今回は本格的にコミケ参加するつもりと聞いてるでござるし、悠長に拙者とお喋りする暇はあまり無いと思うでござるしな。まっこと初日の企業ブースは地獄でござる。
ただ、個別のブースの列に分かれる前までは一緒に並んでもバチは当たらんでござろう?
それと、出来ればコスプレも一緒にやりたいなーとか具申してみたり。あ、勿論ハヤテどのの都合がつけばでござるが。
いや、うん、ほんとに都合がつけばでいいからね? 無理にとは言わないよ、うん、マジで。
それでは、色よい返事を期待してるでござる。ニンニン。 あらかしこ』
「……色々と突っ込みたいけど、まあいいや。んで、返事は送ったのか?」
「ええ。彼女の望み通り、色よい返事を送っておきました」
ここまであからさまに友達いないオーラを出されたら、断わるなんて出来ないだろう。それに、もともとこっちから誘うつもりでもいたし。
「主よ、あの女とはどこで合流するのだ? 駅辺りか?」
携帯をポケットにしまっていると、ザフィーラさんがこたつから顔だけ出した状態で質問をしてきた。……可愛い。
「マルゴッドさんはビッグサイト近くのホテルにすでに泊まっているようなので、明日の朝に私達が並んでいる所に来るそうです。彼女、二日目も参加するそうですから」
それを聞いたヴィータちゃんが、チェックリストから目を離して私に向き直る。
「ハヤテは今回も一日目だけでいいのか? 二日目とか三日目は?」
「それも考えたんですけど、皆さんを何日も私の都合に付きあわせるのは酷かと思いまして」
流石に訓練されてない人間を、あのオタクがひしめくビッグサイトに二日や三日も付きあわせるわけにもいくまい。というか、本格参戦するなら私の体力が持たないと思うし。
「別に私は三日ぐらい付きあっても構わないわよ?」
「シャマル、お前は死にたいのか?」
シグナムさんの言葉にまたもや首をかしげるシャマルさん他二名だが、明日の冬コミを経験したら同じセリフは言えないだろうな。夏は身体中の水分を奪っていく暑さが、冬は身体中の体温を奪っていく寒さが待ち構えているのだ。あと、体力と気力を奪っていくオタクの群れも。
「そうだ、主。先ほどのメールにコスプレと書いてあったが、明日行く場所でコスプレをするということか?」
今度はリインさんからの質問。そういえば、冬コミに関する簡単な説明はしたけど、コスプレについては言ってなかったな。
「その通りです。ふふ、今回はリインさんが居ますから私もコスプレやりたい放題ですね。ああ、楽しみ」
前回は一種類しか出来なかったけど、今度は何回も、何種類ものコスプレを披露することが出来る。さらに、前に追加した五人組でのコスプレもあるし、コスプレ広場での視線は私達に釘付けになること間違いなしだ。やっべ、たまんねー。
「やっぱあたしらもコスプレしなきゃダメなのか?」
カメラ小僧共に囲まれる未来を想像してうっとりとしていた私に、ヴィータちゃんが嫌そうな顔をしながら聞いてくる。ヴィータちゃん、一旦コスプレすればノリノリなのに、なぜかコスプレするのがあまり好きではないらしい。
「勿論皆さんにも一緒にコスプレしてもらいます。何のためにああいった騎士甲冑をイメージしたと思ってるんです? この時のために決まってるじゃないですか」
「ハヤテちゃん、ひょっとしてあのギニュー特戦隊のポーズもやらなきゃいけないわけ?」
「もちろんさぁ☆」
「家の中ならともかく、アレを衆人環視の中でやるのね……」
最近、シャマルさんは家であのポーズの練習をする時にはふっ切れたように元気よくやってくれるのだが、どうも人前でやるには抵抗があるらしい。
「大丈夫です。一人じゃないんですから恥ずかしがることなんてありませんよ。それに、そのうち人に見られることが快感に変わってきますから」
「それはハヤテだけな」
そんなことは無いと思うけどなぁ。現にコスプレ広場にはアホみたいにコスプレしてる人が居るし。そのうちきっとみんなもコスプレの魅力に気付くに違いない。いや、すでにザフィーラさん辺りはコスプレにハマってるか。
「ん? おっと、もうこんな時間ですか。それでは皆さん、明日も早いですし、今日はお風呂に入ってもう寝ましょうか」
「やっぱ始発で行くのか……」
「当然です。オタクの基本、いえ、常識ですね」
作戦会議を終えた私達は明日の準備を済ませてからそれぞれお風呂に入った。今はみんなパジャマに着替えて、いつもの寝室で布団を敷いているところだ。ちなみにザフィーラさんはお風呂から出たらすぐに狼形態に戻ってしまったので、布団を敷くみんなを私と一緒に見ている。
「よーし、終わったぜ。さっさと寝ようぜ、ハヤテ」
「ご苦労様です、皆さん」
思えば、こうしてみんなに世話してもらうようになってからもう半年になるのか。お風呂に、食事に、掃除に、色々と助けてもらってるなぁ。みんなが現われなかったら、私今頃どんな生活を送ってたんだろうか? みんなが現れる前の生活をずっと続けてたのかな。
「ザフィーラ、その、なんだ……いつもの、頼む」
「……ふう、勝手にしろ」
私が少し感傷に浸っていると、呆れた顔で伏せをしているザフィーラさんにヴィータちゃんが近づき、
「おお、やっぱいいな~、これ」
そのモサモサした毛皮に顔をうずめ、ゴロゴロと右に左と転がり始めた。いつものことながら、この姿を見ていると年相応の子どもにしか見えないな、ヴィータちゃんは。
……しかし、気持ち良さそうだ。久しぶりに私もやりたくなった。
「あの、ザフィーラさん。私も……」
「……好きにしろ」
やったね。では、許可も得たことだし、さっそく──
「そおい!」
ボフッ。
グレン号から勢いをつけて飛び降り、ヴィータちゃんの隣に着地。ヴィータちゃん同様背中の上でゴロゴロ転がり感触を楽しむ。
「あ~、癒される~」
「普通に降りられんのか、主は」
さらに呆れるザフィーラさんだが、拒む様子は見せない。まあよくあることだしね。しかし、気持ち良いなぁ。
「……ザフィーラよ。もしよければ、その、私もいいだろうか?」
幼女二人のご機嫌な様子に何を思ったか、リインさんまでやってきた。実は今まで我慢してたとか?
「くっ……少しだけだぞ」
「おお! ではさっそく……」
寛容なザフィーラさんの了承の言葉を聞くや否や、私とヴィータちゃんの間に入り混んで背中に顔をうずめるリインさん。この人、わりと子どもっぽいところあるよね。
「ほほう、これはなかなか……」
ゴロゴロと転がるスペースが無いため、リインさんはその場でもふもふと背中の感触を楽しんでいる。ここに、ザフィーラさんの背中の虜になった人間がまた一人誕生したようだ。
しかし、この光景、なんかデジャブが──
「おー、なんか楽しそうっすね。私も混ぜろ」
ギラリと目を光らせ、こちらを見下ろすシグナムさんが現れた。……あ、やば。
「ちょっとま──」
「どーん!」
むぎゅっ!
私の制止の言葉など聞かずにザフィーラさん+女三人の上にダイブをかますシグナムさん。
ああ、思い出した。みんなが私の前に現れた夜とそっくりの状況じゃん。
「……アハ」
なんかいいな、こういうの。
「き、貴様ら、我が大人しくしているからと付け上がりおって……」
「アッハー、めんご~」
「いいからどけっつーの」
「重いぞシグナム……ん? 主、どうした」
シグナムさんの下敷きになりながら、リインさんが一人笑っている私に声を掛けてくる。
「ああ、いえ、なんでもありません。ただ、平和だなぁって、そう思っただけです」
できれば、こんな平和な生活がずっと続いてほしいと願いつつ──
「あら楽しそう。私も──」
『止めろ』
いい夢が見れますようにと、今日も私達は共に眠りにつく。
「ハヤテは気付かない。この平穏な生活が束の間の幸福であるということに。そして、気付いた時には全てが終わっているのだった。離ればなれになる家族、襲い来る刺客、止まない銃声、倒れゆく友。次々とハヤテに訪れる不幸の数々は運命なのか、それとも……」
「シグナムうるさい」
「変なモノローグ入れないでください」
眠れないじゃないか、もう。