「メリークリスマース!」
聖夜を迎えた神谷ハヤテです。
今日は十二月二十五日、クリスマス当日。
昼間の内に飾り付けやら食事の準備などを済ませ、リビングでわくわくしながら待つこと数刻。とうとうパーティーを始める時間が来た。
「主、そのメリークリスマスというのはどういう意味なのだ?」
「クリスマスおめでとう、という意味ですよ、リインさん」
今はみんなで食卓を囲み、デパートで用意したフライドチキンやナゲット、出前で取り寄せたピザや寿司などをお皿に取り分けている最中。定番なメニューだけど、やっぱりクリスマスはこうでなきゃね。
ちなみに、ザフィーラさんには人間形態に変身してもらっている。こんな日くらいは席に座ってみんな揃って食べたいと思ったからだ。シャンパンもグラスで飲んでほしいし。
「では、準備も済んだことですし、いただきましょうか。……乾杯!」
「乾杯!」
カチーン、とそれぞれグラスを合わせ乾杯する。こういった習慣はみんなには無かったのか、ややおぼつかない手つきで乾杯するも、こぼすことなく終えることが出来た。よし、後は談笑しながら食事を楽しむだけだ。
「アナゴ、いただき!」
「あ、シグナムてめえ!」
「シグナムさん、略奪は控えてください。取り分けた意味が無いでしょうが」
相変わらずアナゴ好きだな。それにイクラとかより玉子の方が美味しいとか言ってたし、味覚が子どもなのかなシグナムさんは。ただの好みの問題かもしれないけど。
「主、この寿司なんだが、ワサビは……」
「ああ、大丈夫です。ザフィーラさんのはワサビ抜きですから」
「ふ、感謝する」
どうやら前回の寿司パーティーの時にワサビに苦手意識を持ってしまったようで、あれ以来食べようとはしなくなった。鼻がツーンとするというのもあるけど、なんだかワサビを食べてから体の調子が悪くなったとか。それを聞いて調べてみたところ、なんとカラシやワサビなどの香辛料は犬の体に悪いとのこと。
「胃が麻痺しているようだった」
とはザフィーラさんの弁。犬の食事には気をつけないとね。ザフィーラさん狼だけど。まあ、大差無いか。
「ねえ、ハヤテちゃん。クリスマスって、こうやってご馳走をただ飲み食いするだけのイベントなの?」
みんなが豪勢な食事を楽しんでいる中、シャンパンが入ったグラスを揺らしながら、シャマルさんがそう言ってきた。
「う~ん、日本の一般的な家庭は夜に騒いで終わり、というのがほとんどでしょうが、外国の、特にキリスト教の影響の強い国では、十日ほどクリスマスが続いてお祭り騒ぎ、というのは聞いたことがありますね。それに、クリスマスカードや絵はがきを知り合いに送ったり、クリスマスプレゼントを家族で交換し合ったりとか、国によっては色々ありますね」
「そういや、ギャルゲーとかでもクリスマスはイベント満載だよな。デートしたり、派手なイルミネーションに囲まれた場所で抱き合ったり、それに、キ、キスとかしたりな……」
「恥ずかしがるくらいなら最初から言うな、ロリッコ」
「う、うっせー」
うーん、初々しいなぁ。……って、ヴィータちゃん精神年齢はかなり高いと思うんだけど。精神は肉体に引っ張られるってやつかな?
「っと、そういえば気になったんですけど、皆さんって異性の方とキスした事あります? いえ、というか、誰かとお付き合いした事ってあるんですか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……アナゴ、うま」
「……その、すいませんでした」
失言をしてしまったか……
ザフィーラさんは狼だし、ヴィータちゃんはお子様だし、リインさんは本の中に閉じこもってたし、シャマルさんはアレだし、シグナムさんはさらにアレだからな。恋人なんて出来るはずもないか。
あれ、私の下に現れる前は性格が違ってたんだっけ。まあそれでも戦いづくしの生活だったらしいし、恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃなかっただろうな。
ピンポーン!
「お?」
私の失言によって微妙な空気になってしまい、しばらく黙々と食事を取る時間が続いていたのだが、その静寂を打ち破るかのようにチャイムの音が家中に響き渡った。
「こんな時間に誰でしょうかね。ちょっと行って来ます」
「扉を開けたらギル・グレアムがこんにちわ、とかだったら笑えるっすね」
「洒落になってねえよ」
同感だ。思わず想像して鳥肌を立ててしまったよ。
ピンポーン!
「あ、はーい、ただ今行きまーす」
催促するチャイムの音に、私は慌ててグレン号を操作し玄関に向かう。郵便屋さんかな? でもこんな時間に来るとは思えないけど……
疑問に思いつつ玄関まで移動した私は、チェーンを外して扉を開ける。
「……あれ?」
が、そこには誰もおらず、私を出迎えたのは冬の夜に吹きすさぶ寒風のみ。どういうこと?
「イタズラかな。まったく迷惑な」
そう判断した私は扉を閉め、暖かいダイニングへ戻ろうと振り返った。
そこに──
「じゃーん! マルゴッドでしたー!」
なんか、天井に逆さにぶら下がってる忍者が居た……
「どこの金髪幼女ですか、あなたは」
私が呆れた目で見ている中、忍者はクルリと回転して地面に着地し、満面の笑みでこう言った。
「メリークリスマース!」
「……あ、はい、メリークリスマス」
相変わらずテンションたけー。というか不法侵入しといてなに一人で盛り上がってんだ、この人は。
「ふっふーん。約束通り遊びに来たござるよ、ハヤテどの」
「約束? そんなんしてましたっけ?」
「え………」
「え………」
見つめ合う私達。いや、約束とか言われてもなぁ………あ、そう言えば別れ際にそんなこと言ってたっけ。なかなか来ないからすっかり忘れてた。
「拙者、いらない子でござったか……」
「失礼、忘れてました。ちゃんと約束していましたよ。まあ、事前連絡無しで来るとは思いませんでしたが」
知らせてくれれば迎え入れる準備をしてたんだけどな。プレゼントだって用意したのに。
「いや~、ハヤテどの達を驚かせようと思って。クリスマスにはサプライズが付きものでござろう?」
かんらかんらと笑うマルゴッドさん。しかし、このサプライズに意味があるのだろうか。
「まあいいです。立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」
「承知」
というわけで、大きめの袋を抱えたマルゴッドさんをみんなが居るダイニングへと案内する。あの袋、ひょっとしてプレゼントとかかな。どうしよう、お返し出来るものが無いよ。
「えー、皆さん。突然ですがお客様が──」
「メリークリスマース!」
悩みながらもダイニングに入り、みんなにマルゴッドさんの来訪を知らせようとしたのだが、彼女は私の言葉を待たずにみんなに挨拶してしまった。
「メリークリスマース!」
そして、みんなが唖然としている中、シグナムさんだけが元気よく挨拶を返す。予想通りの反応だな。
「お前、何しに来たの?」
硬直から回復したヴィータちゃんがそんな質問をする。聞き様によっては失礼なその質問に、マルゴッドさんは特に気にした様子も見せずに答える。
「勿論、遊びに来たでござる。それ以外の理由なんてござらんよ?」
「大方、私達がクリスマスパーティーを開いてると思って、それに混ぜてもらおうとわざわざ今日来たんでしょう?」
「なんだ、そうなのか。寂しい奴だな」
「ち、違うでござる。たまたま今日暇だったから来ただけで……し、知らんでござる。拙者は何も知らんでござる!」
シャマルさんとリインさんに同情を含んだ目で見つめられ、テンパるマルゴッドさん。その態度が肯定していると同義だと分からないのか、この人は。
「そ、それはそうと、今日はプレゼントを用意してきたでござるよ。ほれほれ、気になるでござろう?」
話を逸らしたがったマルゴッドさんが、抱えていた袋を見せつけるようにフリフリと揺らす。あの袋、やっぱりプレゼントだったか。
「えーと、マルゴッドさん。お気持ちは嬉しいのですが、私達、お返し出来るような物を用意していないのですが……」
「ん? ああ、構わんでござるよ。これは拙者の勝手な親切の押し売りでござるから、もらってくれるだけで十分で候(そうろう)」
「そうですか? では、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」
しかし、闇の書の件でも助けてもらって、今回ももらいっぱなしというのは気が引けるな。いつか、お返しが出来ればいいんだけど。
そんな風に私がどうやって恩返しすればよいか考えている中、マルゴッドさんが袋の口を開けて中身を取り出し始めた。
袋の中から出てきた物、それは──
「……鏡?」
楕円形の額縁にはまった、丸くて大きな鏡だった。半径三十センチくらいはありそうだ。
その鏡を掲げたマルゴッドさんは、得意そうな表情でみんなを見回し、お得意の説明に入る。
「ただの鏡ではござらんよ。この鏡には、とんでもない能力が秘められてるんでござる」
「へえ、どんなのだよ」
うさんくさそうに尋ねるヴィータちゃんを一瞥したマルゴッドさんは、さらにノリノリで説明を続ける。
「この鏡『映るんです』は、なんと、鏡面に触れながら探したい人物の顔をイメージするだけで、実際にその人の姿が映し出されるんでござる。さらに、この効果はどんなに離れた次元世界に居ようとも有効。どうでござる? すごいでござろう」
それは、すごい、のか? いや、すごいっちゃあすごいとは思うけど、使い道が無いような……
「おっと、驚くのはまだ早い。実は、ただ姿を映すだけではなく、その映し出された人物と会話も可能なんでござる。ワーオ!」
みんなの微妙な反応を見てこれじゃまずいと思ったのか、補足説明を入れるマルゴッドさん。その様子はまるで、訪問販売員が自社の商品の良いところを必死に客に説明してるように見える。
んー、でも会話ねぇ。ぶっちゃけ、別の世界に知り合いが居ない私達には無用の長物な気もするな。離れた所に居る人と会話したけりゃ電話使えばいいだけだし。それに、ヴォルケンズのみんなとは念話が使えるしなぁ。
「ぐ……さ、さらにこの鏡にはとっておきの機能が付いてるんでござる。これを聞いたら鼻から心臓が飛び出るくらい驚くでござるよ!」
私達の反応が芳しくないと思ったようで、最後の手段とばかりに気勢を上げてなおも追加説明をする。
「聞いて驚け! なんとこの『映るんです』、管理局が保持している長距離転送ポートと同等の機能を備えているのだ! これがあれば、個人転送で行けないような離れた次元世界だってあら不思議! あっという間にひとっ飛びだよ、きみぃ」
「興奮しすぎて口調がおかしくなってるっすよ。拙者のマネはやめてもらおうか」
「しかも! 魔力をマーキングしておけば、どこからでもこの鏡の下に戻ってくることが出来るという優れた機能まで付いているのだ。奥さん、どうです? お買い得だと思いません?」
「聞けよおい」
マルゴッドさんが興奮しながらグイグイと鏡を私に押し付けてくる。本格的に押し売りな販売員じみてきたな。
にしてもやっぱりこの鏡、私達には使い道があんまり無いな。離れた世界でも大丈夫とか言われても、そもそも他の世界に行く機会が無いし。……でも、せっかくのプレゼントを無下に断る訳にもいかないし、もらっておくか。
「マルゴッドさん、このプレゼント、ありがたく頂戴しますね。ありがとうございます」
「おお! 喜んでもらえてなによりでござる」
プレゼントもらった私達より、渡したマルゴッドさんの方が嬉しそうな気がするのはなんでだろうか。
「つーかさ、この鏡、もしかしてロストロギアじゃねーの?」
「ロストロギア?」
私が持つ鏡を指差しながらヴィータちゃんが謎の言葉を放つ。ロストロギアって、なんじゃい。
「ロストロギアとは、現在の技術では再現不可能な効果を持つ古代遺産の総称でござるよ、ハヤテどの。簡単に言えば、昔の人が作った超すごい道具でござる。おそらく闇の書も管理局ではロストロギア認定されてるでござるな。かなり危険な物として」
説明好きなマルゴッドさんが、私の疑問にすかさず答えてくれた。
ロストロギア、か。世の中にはそんなものがあったんだな。地球で言うオーパーツみたいなもんかな。
「では、この鏡はそのロストロギアなんですか?」
「管理局に見付かれば確実にロストロギア認定されるシロモノでござるな」
そんなすごいもの、もらっちゃっていいのかな。すでに受け取った後で言うのもなんだけど。
「マル助はなんでそんなの持ってるのさ」
ここで、割と大人しめだったシグナムさんが口を開く。その質問は私も気になるな。
「拙者の一族は闇の書を探していた道中、様々な世界を渡り歩いてきたでござるからな。ロストロギアと思われる物を片っ端から調べていった結果、いつの間にかいくつものロストロギアを保有していたんでござるよ。この鏡はそのうちの一つ、というわけで候」
おおう、世代を股にかけた捜索の副産物か。改めて彼女の一族の凄さを垣間見たよ。
「えっと、今さらなんですが、本当にこれもらっていいんですか? マルゴッドさんの方が有効に使えると思うんですが……」
「ああ、拙者や拙者の一族にはもう不要となったから構わんでござるよ。闇の書の捜索には重宝したでござるが、今となっては必要の無い物でござるからな」
「……そうですか」
長い間、ご苦労様でした。
この鏡、大事にしなきゃね。
「ん?」
そういえばこの鏡、望んだ人物の姿を映すんだよな。だとしたら……母様や父様の姿も映るのかな?
……試してみるか。
「……」
私は淡い期待を込めて持っている鏡の鏡面に触れ、母様と父様の顔を思い浮かべる。すると、一瞬鏡面が波立ち──
「……何も映らない、か」
それだけで終わってしまった。
なんでだろう。なぜかこの結果が当り前だと思えるな。……まあいいか。今はクリスマスパーティーを楽しもう。せっかくマルゴッドさんが来てくれたんだ。プレゼントが返せない分、精一杯おもてなしをしないとね。
「マルゴッドさん。お返しと言う訳ではありませんが、今日はウチでゆっくりしていってください。ご馳走も用意してあるので、どうぞ食べていってくださいね」
「そんな、悪いでござるよ。……で、でも、ちょっとだけなら構わないでござるかな?」
「よく言うわね。それが目的だったくせに」
「謙虚なのか厚かましいのかはっきりしろ」
「し、知らんでござる。拙者は何も知らんでござる!」
再びシャマルさんとリインさんの突っ込みにテンパるマルゴッドさん。
この人、なんか故郷にも友達居なさそうだな……
~VSカスタムロボ~
「ロウガガン、狼の我に相応しい武器だ」
「てめえ、違法パーツばっか使いやがって。ちょっとは遠慮しろよ」
「負け犬の遠吠えね。ザフィーラ、やっておしまい」
「ヴィータどの、チェンジでござる! 拙者のキーンヘッドにお任せあれ!」
「ぬうう、手強いではないか……」
「お前、なんでこんな上手いんだよ」
「ガン、ボム、ポッド、レッグ。全てのパーツを熟知した拙者に死角などござらんよ」
「すまん、シャマル。後は任せた」
「く、ここまでやるとは思わなかったわ。今の私の実力じゃ、勝てないか……」
~VSスマブラ~
「ちょ!? ノーダメージから死亡まで持ってくって、なんですかそのフォックス!?」
「動画を見て研究したんでござるよ。全国大会の猛者共はこんなのがゴロゴロしてたとか」
「……おい、邪気眼。奴は強すぎる。ここは手を組んで二人で潰すじゃん」
「いいだろう。流石に私のプリンでは荷が重いからな」
「そんな!? 拙者のドンキーが!?」
「無駄無駄無駄ぁー、でござるよ。即席の連携なぞ恐るるに足らん」
「ま、待て。素人の私にそんな本気を出さなくとも──」
「アリーデ・ヴェルチ(さよならだ)」
「プリーン!?」
「いやー、今日は楽しませてもらったでござる。こんなに楽しくゲームを遊べたのは初めてでござるよ」
「そりゃ、あれだけ一人勝ちしてりゃ楽しいだろうよ……」
マルゴッドさんと共に夕食を食べ終えた私達は、以前した約束通りゲームで遊びまくった。
多人数で盛り上がれるゲームと言えばやはりスマブラとカスタムロボだろうということで遊んでいたのだが、マルゴッドさんの強いこと強いこと。ゲーマーとしてはそれなりの腕を持っていると自負していた私達相手に、ほぼ全勝してしまったのだ。
「さて、ではそろそろおいとまさせてもらうでござる。もういい時間でござるからな」
「え、泊まっていかないんですか? 胸が……あ、いえ、お風呂一緒に入れると楽しみにしてたんですが」
「アポ無しで遊びに来て泊まっていくほど拙者は厚顔無恥ではござらんよ。それはまたの機会にしておくでござる」
むう、残念だ。今度こそはと思ったのだが。まあいい、チャンスはこれからいくらでもある。私がマルゴッドさんの家に泊まりに行くって手もあるしね。
「今回はマル助に花を持たせてやったが、次は無いっすよ」
「覚えてろよ、てめえ」
「貴様ら、それは完全に負けフラグだぞ……」
「ふふ、楽しみにしてるでござるよ。……では、さらば」
呆れるリインさんや、鼻息荒く負け惜しみを言うシグナムさん達を見ながら、前回帰る時と同じように転移してマルゴッドさんは去っていった。
また、いつでも遊べるよね。
「さーて、皆さん。もう遅いことですし、食器や飾り付けを手早く片付けて寝るとしましょうか」
愉快な友人が去って少し寂しくなった空気を紛らわすため、私は明るく努めてみんなに声を掛ける。時間を忘れてゲームに熱中しすぎてしまったせいで、今はもう深夜と呼べる時間帯だ。ニートのような生活を送っているけど、生活習慣だけはきっちりしないと体に悪いしね。
「ふう。終わったぜ、ハヤテ」
私の号令により片づけを始めたのだが、流石にこの人数で片づければあっという間に部屋は元通りになる。十分もしないうちに終わってしまったよ。……私は見てただけなんだけど。
「じゃあ、お風呂に入って寝ましょう……あれ? シグナムさんはどこに?」
部屋の中を見回すが、いつの間にやらシグナムさんが居なくなっていた。さっきまで居たはずなんだけど……
「ウィース。呼んだ?」
「あ、一体どこに……」
シグナムさんの声が廊下から聞こえたのでそちらに振り返ってみると、なんとそこにはサンタルック(下はミニスカート)に身を包んだ怪しげな人物が居た。しかも、やたらと大きな袋とソリを持っている。
まさか、先日言っていたようにサンタごっこをするつもりなのか?
「シグナムさん、その格好は一体……」
「もち、サンタどすえ。これから適当に民家回ってプレゼント置いて来るんで」
やっぱりかよ。もしかしたらやるかもしれないとは思っていたけど、予想通りとは恐れ入った。
「止めろと言っても、行くんですよね?」
「この格好を見れば、答えは分かっていると思うのだが?」
そうだよね。気合入ってるもんね。プレゼントばらまく気満々だよね。
ふう。止めるのは無理か。……なら、無茶をしない様に監督する人間が必要になるな。
「分かりました。止めはしません。ただ、私とリインさんも一緒に行きます。いいですね?」
「んー、構わんぞい」
「え、私の意思は?」
リインさんには悪いが、シグナムさんの暴走を止めるためだ。しばしの間、付き合ってもらおう。
「んじゃ、あたしらは先に風呂入ってるからな。シグナム、あんまりハヤテを困らせるんじゃねーぞ」
成り行きを見ていたヴィータちゃん達が、自分達には関係ないと思ったのか、次々と部屋を出ていく。が、
「おい犬。なに出ていってんすか。お前も参加するに決まってんだろーが」
何食わぬ顔で歩き去ろうとしていたザフィーラさん(今は人間形態)を呼び止める。ああ、やっぱりか。ソリ持ってるもんね。
「お前はトナカイ役で、ソリを引いて空を駆けるんだよ。重要な役ナリよ」
「……拒否権を発動──」
「ワサビ鼻に塗り込むぞ?」
「鬼か貴様……」
というわけで、あえなくザフィーラさん陥落。シグナムさん、容赦ねえな。
「って、シグナムさん。気になってたんですけど、その袋の中身って何なんですか?」
わざわざどこかの店で買ってきたとも思えないし、一体何が入ってるんだろう。
「ああ、これっすか。これは──」
『Please……Please call my name……』
「黙ってろ!」
ボスッ!
『No!?』
お、おやぁ?
「シ、シグナムさん? なにやら中から声が聞こえたような気が……」
「幻聴じゃないっすか? あ、ちなみに中はただのオモチャでござるよ。さ、とっとと行きまっしょい」
袋をブンブン振り回しながらザフィーラさんを連れて玄関に向かうシグナムさん。……うん、まあ、幻聴だよね。流石にシグナムさんでも誘拐なんてしないでしょ。気のせい気のせい。
「あ、リインさん。融合お願いできますか?」
「拒否権は……無いのだろうな。ふう、まあいい」
諦めたとでも言うように息をついたリインさんは、下から見上げる私の近くに寄り、もう何度目か分からない融合を開始する。
そして、光に包まれて融合を終えると、そこには──
「やっぱりクリスマスには、サンタルックですよね~」
『段々私を使いこなすのが上手くなってきたな、主は……というか、ノリノリだな』
シグナムさんと同じく、ミニスカサンタの格好をした私が居た。ズボンでもよかったんだけど、こっちの方が可愛いもんね。
「おーい、早く行きましょうぜ」
玄関からシグナムさんが催促してくる。準備も終えたし、私も行くとしよう。
「あ、でもこの格好で外に出たら風邪引いちゃいそうですね。やっぱりズボンにしようかな?」
『主、その心配は無い。騎士甲冑には防寒性能も備わっているのだ。魔力の膜が体を守ってくれるため、肌が露出していても問題は無い』
へえ、便利だな。そんな機能があったんだ。
「あれ? それだったら、この前エアコンが壊れた時にザフィーラさんをのけ者にしないでも済んだんじゃあ……」
『あ……』
「………」
『………』
「メ、メリークリスマース!」
『メリークリスマース!』
「おお~。こうやって街中を上から見下ろすのって初めてですけど、なかなか壮観ですね~」
「はいやー! 馬車馬のように働け!」
パシン! パシン!
「痛っ……貴様、尻を叩くな!」
『ふ、盾の守護獣がトナカイ役とはな。笑わせてくれる』
「黙れ!」
現在、私達四人は明かりに照らされる街並みを視界に収め、空中飛行を楽しんでいる。ザフィーラさんは狼形態でソリを引き、そこにシグナムさんを乗せており、私は背中に生やした黒い翼をバッサバッサとはためかせながら、先行するサンタ+トナカイに追随しているという形だ。
こうして空中から見下ろす景色は、壮大の一言に尽きる。飛行魔法って素敵だね。
時刻はすでに深夜。私達がこうやって空を飛んでても、そうそう人の目につくことはあるまい。見付かってもすぐに逃げちゃえば問題も無いし。
「あるじ~。そろそろプレゼント配るんで、下に行くっすよ」
「あ、了解です」
ザフィーラさんを見事なムチさばきで使役するシグナムさんに従って下降する。……私、結構魔法に慣れてきたなぁ。最初のテンパりっぷりとは比べ物にならないくらい順応してるね。
「よーし、一発目はあのでかい屋敷に決めた」
そう呟くと、シグナムさんはソリから降りて目前に迫った屋敷の屋根へと降り立つ。あれ、ここってどっかで見たような?
「んじゃ、行ってきまーす」
「行ってきますって、どうやって中に入るんですか? まさか屋根を壊したりしませんよね」
「んなことしないって。見ててみ……イリュージョン!」
「おお!」
珍妙な叫びと共に、シグナムさんの体が屋根の中に沈んでいくではないか。すごい……けど、この魔法の使い道って、犯罪以外に思い浮かばないんだけど。
まあいいや。今はシグナムさんがプレゼントを置いて戻ってくるのを待とう。
「……ん?」
しばらく屋根の上で待機していると、家の中から声が聞こえてきた。
『ちょ、ちょっと、アンタ誰よ!』
『見られたか。なら、生かして帰すわけにはいかんでござるな』
『だ、誰かー! 助け、うぐっ!?』
『ちっ、うるせえガキだ。ほらよ、サンタからのプレゼントをくれてやる。感謝するんすね』
……どっかで聞いたような声だな。って、そうじゃない。シグナムさん、まさか手荒なまねはしてないだろうな。犯罪はダメだよ、犯罪は。いや、敷地内に勝手に侵入してる私もすでに犯罪者か。
「お待たせ~。さっ、次行ってみよー」
私が悶々としていると、さっき潜った所からシグナムさんが這い出てきた。その顔は晴れやかで、一仕事終えた仕事人のような顔つきだった。
「シグナムさん、さっき悲鳴のようなものが聞こえたんですが」
「幻聴です。ふっふーん、どんどん行くよー」
再びソリに乗り込み、次のプレゼントを配るべく空に舞い上がるシグナムさん。
……不安だなぁ。
「ひゅー、いい汗かいたでごわす。残り一つ、どこにしようかな~」
「やっと終わりですか。長かった……」
あれから何十件もプレゼントを配り回ったのだが、いい加減眠たくなってきた。ザフィーラさんなんて半分眠りながら空飛んで、危うく墜落しかけてたし。シグナムさんのムチで意識を取り戻したけど。
『Please call my name……』
「だから黙ってろ!」
ボスッ!
『Ouch!』
時折袋の中から声が聞こえるけど、もうどうでもいいや。眠くて思考が働かないよ。
「お、あんなとこに寮みたいな建物あんじゃん。あそこに決めたっす」
どうやら最後のプレゼント先が決まったようで、一直線に降りていくシグナムさん。ああ、これでやっと眠れる。
私が安堵の息を吐きながら下降していき、寮らしき建物の上に降り立つと、シグナムさんはそれに合わせたように建物内に侵入していった。
さーて、帰ったらお風呂入って泥の様に眠るぞー。
なんて、平和なことを考えていると……
ドガァッ!!
「んなぁ!?」
私が座っていた屋根の一角が、轟音と共に吹き飛んだ。
ちょ、なにこれ。なんで平和な町でこんな爆発が……
カッ!
「ぬおおおお!?」
今度はレーザーのようなものまで飛び出したぞ。シグナムさん、あんた何やらかしてんだよ。
「覚えてろよー! 来年のクリスマスもまた来ちゃうもんねー!」
破壊された屋根からシグナムさんが飛び出して来て、下を向いてあっかんべーをしている。なに、なんなのさ。
「主、逃げるが勝ちじゃん。撤退ー!」
私の姿を確認したシグナムさんは、近くに居たザフィーラさんの首根っこを引っ掴んで猛スピードでこっちに接近。その勢いのまま私も抱きかかえられ、建物から遠ざけられる。
「あっははー! 楽しいー!」
「いや、状況を説明してくださいよ」
なにやらテンション急上昇中なサンタガール。
はあ、この人はホントにわけが分かんないなぁ。
まあ、楽しそうだから、いっか。
こうして、様々な出来事が起こったクリスマスも終わりを迎えることとなった。
家に帰った私達はすぐにお風呂で汗を流し、みんなと一緒に床に着くのであった。
「ハヤテ、遅かったじゃん。……なんか、やつれてね?」
「色々とあったんですよ……」
……しかし、あの建物にはもう近付きたくないな。