槙原、愛。
今、俺の手を引いてどこかに向かっているこのお姉さんは確かにそう言った。
確か、ユーノが怪我した時に連れてかれた病院が槙原動物病院で、それを治療してたのが院長であるこの人だった。
と、いうことは……
「……原作キャラ、キタコレ」
「ん? 何か言った?」
「あ、いや、なんでもねっす」
あ、でもこの人チョイ役だったんだよなぁ。俺が望むのは、なのはさんとかフェイトそんみたいな主要キャラ達と絡んで魔法バトルを展開することだから、こんな魔法と縁の無さそうな一般人と関わっても得になるような事は無い気もするな。
……いや、しかしこのチャンスを逃すと児童保護施設行きは免れないか。
メインキャラへのアタックは軒並み失敗したし、今は雨露をしのぐ住居と当面の食料の確保が先決だな。
魔法関係に関わるのは生活が安定してからでも遅くはないだろうし、ここは俺様お得意の演技でこのお姉さんをたぶらかして、なんとか居候させてもらうとするか。
見たところこの人はかなりのお人好し。恥も外聞もかなぐり捨てて泣きつけば、きっと上手くいくだろう。
「さ、この車に乗ってもらえるかしら」
「ん?」
どうやら俺が脳内で居候計画を画策しているうちにそれなりの距離を歩いていたようで、いつの間にか見知らぬ駐車場に連れてこられていた。てっきり徒歩で家に直行だと思ってたが、この人の家はわりと離れたところにあるらしい。まあ別に構わないけど。
ただ……
「乗れって……このボロボロの車に?」
乗車するように促されたのは、かなり年季の入ったボロボロの小さな赤い車だった。これ、ホントに動くのかよ?
「ボロボロとはひどいわね。まあ、見た目はちょっとアレだけど、しっかり動いてくれるんだから」
この人、医者だよな。稼ぎは多いと思うんだけど、なんでこんな古くさくてボロッちぃ車に乗ってんだろ。……あ、医者って言っても獣医だったか。獣医ってあんまり儲からないのかな?
「さ、乗ってちょうだい。そこまで離れてないから時間は掛からないわよ」
いつまでも突っ立ってる訳にもいかないので、しぶしぶながらも乗車する。……なんか、ギシギシいってんだけど。マジで大丈夫なのかよ。
不安になりながらも助手席に座った俺は狭い車内を見回してみる。中の方はわりと整理されているのだが、なぜだかペンギンの人形がたくさん置いてあるのには驚いた。……あ、プリニーだ。それにペンペンに……タキシード銀!? どんだけペンギン好きなんだよ。
「……って、なにやってんだよあんた」
「ちょ、ちょ~っと待ってね。このドア、最近頑固になってきて困っちゃってるのよ」
いつまで待っても運転席にお姉さんが現れないので不審に思って外を見てみると、ドアに手を掛けてウンウンうなっていた。
ガコッ!
「あ」
「……おい」
そして、しばらく引っ張り続けてようやくドアが開いたと思ったら、なんとそれが車体から外れてしまったではないか。
「……」
「……」
ドアを持ちあげた体勢のまま動かないお姉さんと、それを無言で見つめる俺。……さあ、どうするお姉さん。あんたはこれから一体どんなアクションを見せてくれるというんだ。
「……よいしょっと」
バタン!
「なにぃ!?」
こ、こいつ、何事も無かったかのように運転席に潜り込んでドアを無理やり元に戻しやがった。走行中にまた外れたらえらいことになるんじゃないのか、おい。
「さあ、出発よ」
果てしない不安感に襲われながら俺は鍵を差し込むお姉さんを見る。
もしかして、俺はまたもや選択を誤ってしまったのか?
キュルルルルル、ボスン!
「あ、あら? 今日はちょっとエンジンの調子が悪いみたいね。でも大丈夫、すぐによくなるから……五分ぐらいエンジン掛け続ければ」
「帰るぅ! おうち帰るぅ!」
「あなた家が無いって言ったじゃない」
キィ!
「到着っと。ミニちゃん、今日もお疲れ様」
「もう絶対乗らないかんな、この車……」
ガタガタと揺れまくるオンボロ車で走る事しばらく。緩い傾斜の山道を登った先にその建物はあった。
「ここがあんたの家……てか、寮か」
「そ、さざなみ寮」
車から降りて、目の前にある建物を見上げる。二階建てのモダンな造りで、結構、いやかなり広い。部屋数は十以上は確実にあるだろう。おまけに今俺が立っているこの庭には、花壇に駐車場、さらにバスケットコートまでが完備されている。
「ここのオーナーが、あんた?」
「そうよ」
道中で聞いた話によると、そういうことらしい。しかも、下の町からここまで登ってきた山まるまる一つがこの人の私有地と言うから驚きだ。大地主ってやつだな。
ていうかこのお姉さん、相当な金持ちのはずなのになんで車はこんなボロいんだよ。高級車とは言わないけど、もっと良い車買えるだろうに。
「オリシュ君、入って。お話を聞かせてもらうわよ。……あ、その前にまずはそのお腹の虫を退治しなくちゃね」
「お、待ってました」
疑問に思って駐車場で車を見ていた俺に、お姉さんが玄関の扉を開けて苦笑しながらそう言ってきた。
車の中でグーグーお腹を鳴らしてたから、俺の空腹っぷりは十分に伝わっている。すぐにごちそうを用意してくれることだろう。つーかマジで腹減った。
「おじゃましまーす」
うるさく鳴くお腹の虫を根性で黙らせながら、お姉さんの後に続いて玄関を抜け、いつの間にか身に付けていたよく分からないメーカーの靴を脱いでスリッパに履き替える。
「やっぱ広いな……」
廊下に足を着けた俺は、誰にともなく呟く。
寮だから当たり前なんだが、それでも広い方じゃないのかな。
玄関の先には長い廊下が続いており、右側に大きなソファーとテーブルが備え付けられたリビング、左側に二階へと続く階段が見受けられる。廊下の先や二階には、寮生のための部屋がいくつもあるんだろうな。
あれ、待てよ……
「ねえ、お姉さん。ここってもしかして、女子寮だったりする?」
「あら、言ってなかったかしら。今も昔もここはずっと女子寮よ」
……MA・JI・DE?
女子寮、だと? 聞いてねえよ、おい。なんでもっと早く言ってくれなかったんだYO。
「……俺の時代が、来た」
女子寮と言えば、女しか居ないわけだろ? もしそこに男である俺が入ったらどうなるよ?
お前そんなの、むふふでいやんなハプニングが起こるに決まってんだろうが。世界の法則だろう、これは。
もう決まりだな。どんな手を使ってでも、絶対にここに住み着いてやる。あわよくば、この寮からなのは達と同じ学校に通って、管理局へのツテを手に入れることが出来るかもしれない。そうして、最終的には管理局のエースオブエースに! なんてな。ふ、ふふ、夢は広がるばかりだぜ。
「何してるの? こっちにいらっしゃい」
「あ、おーっす」
お姉さんに続いて進んだ廊下の先にはいくつもの部屋があり、いかにも寮という感じに等間隔に並んでいた。いや、寮生の部屋は左側だけで、右側はキッチンやダイニング、風呂などの共同スペースっぽいな。二階はどうなってんだろ。後で見に行ってみるか。
「あ、美緒ちゃん、ただいま」
「お?」
キョロキョロしながらもお姉さんに連れられてダイニングキッチンに入ってみると、そこには先客が居て冷蔵庫をゴソゴソと漁っていた。
「んー」
お姉さんに声を掛けられてこちらを振り返った人物は、セミロングの髪の高校生くらいの女の子。しかもかなり可愛い。
うん、……可愛いんだけど、なんていうか、その……ネコ耳とシッポが生えてるのは何でさ?
「美緒ちゃん。今、まあちちゃん寮内に居るかな?」
「にゃんがにゃんがにゃー♪ にゃーらりっぱらっぱらっぱらにゃーにゃ♪」
「そう、出掛けてるの。うーん、困ったなぁ。料理作ってもらおうと思ったんだけど……」
「ちょっと待て」
なんか、色々とおかしくない? なんだこの日本語でおk、状態のネコ耳娘は。そしてなぜお姉さんは理解出来ている。
「……仕方ない。私が作るしかないかな。あ、美緒ちゃんも一緒に食べる?」
数秒ほど思い悩んでいたお姉さんは何かを決心したようで、コクンと頷くと、側に立つネコ耳娘にそう尋ねた。
「ッ!? ば、ばいちゃ!」
そしてそれを聞くなり血相変えて廊下に飛び出してゆくネコ耳娘。なんなんだよ、マジで。
「はあ……」
お姉さんは去っていく女の子の背中を残念そうに見ていたが、すぐに気を取り直して俺に向き直る。
「オリシュ君。ホントはこの寮の料理人の子に作ってもらおうと思ってたんだけど、今は留守みたいだから私の料理で我慢してもらえるかな?」
「我慢って……あんたの料理、そんなにまずいのか?」
少し天然入ってるけど、才色兼備って感じがするから料理も出来ると思ってたんだけどな。
「寮生のみんなには不評なのよねぇ。まあ、料理苦手だからしょうがないんだけど。でも大丈夫。きっと今日は上手く作れるわ」
このお姉さんの言う大丈夫はあてにならないことを俺はさっき身をもって知った。
きゅるるるるる~。
……知ったわけなんだが、この荒ぶる腹の虫どもは一刻も早くどうにかしたい。
仕方ねえ。背に腹は代えられんし、いただくとするか。なぁに、失敗したってきっと少し味が濃いとか焦げが多いとか、そんなレベルだろ。
「メシが食えるんなら何でもいいよ」
「そう言ってくれると助かるわ。それじゃ準備するから、椅子に座って待っててね」
キッチンに移動して料理を始めるお姉さんを尻目に、俺は言われた通り部屋の中央にある食卓の席に着く。寮生全員が座れるようにしているのか、食卓はかなり大きく、十人くらいは余裕で座れそうなほどだ。
やることの無い俺は、背を向けて包丁を握っているお姉さんを見つめながら、気になった事を聞いてみることにした。
「なあ、さっきの──」
「痛ー! 指切った!」
俺の言葉の途中で急に叫んだお姉さんは、指を押さえて悶えている。……やべ、超不安なんだけど。
「ご、ごめん。えっと、なんだったかな?」
どうやら混乱から回復したらしく、どこからともなく取り出した絆創膏を傷口に張り付けながらこちらに振り返るお姉さん。つか、常備してんのかよ、絆創膏。
まあいい、質問の続きだ。
「さっきのネコ耳シッポ娘ってここの寮生なのか? なんであんなコスプレしてるわけ? あと、まあちちゃんって誰よ」
さっきからずっと気になっていたのだ。あんなわけ分からん女見たの初めてだしな。それに、まあちとか言う変わった名前の人間にも興味あるし。
「ああ、ネコ耳の子は美緒ちゃんって言って、ここの二階の部屋に住んでるの。ちなみにシッポと耳は自前よ? それと、まあちちゃんって言うのはこの寮の管理人兼料理人の女の子で、十一歳の小学生よ。しっかり者の良い子なの」
「だからちょっと待て」
トントンと包丁で食材を切りながら何でもないように答えているが、色々とおかしすぎるだろう、それは。ネコ耳とシッポが自前だと? 誰の使い魔だよ。それに小学生が寮の管理人てなんじゃい。舐めてんのか。
「まあ、始めはびっくりするけど、慣れちゃえばどうってことないわよ」
え、なに、冗談じゃなくてマジなの? そしてこの寮ではそれが当り前になってるの? ここの寮生頭大丈夫? むしろお姉さん頭大丈夫?
「さあ、出来たわよ。召し上がれ」
俺がここの住人の頭の構造の心配をしているうちに調理は終わったようで、お姉さんがお皿に料理を乗せて食卓まで運んできてくれた。
運ばれてきた料理は……料理は……料、理?
「あの、これ……なに?」
思わずこんなことを口走ってしまった、が、そんな俺を責められる者は居ないだろう。だって、マジでなんの料理か分かんねーんだもん。
「えっと、一応パエリアのつもり、なんだけど……」
パエリア、ね。料理苦手とか言っておきながら、どうしてこんなそれなりに手間が掛かるもんを作るかね。てっきりオムライスとかチャーハンとか簡単な料理を作るもんだとばかり思ってたけど。
……あれ? ひょっとして、俺にごちそうを食べさせたかったからとか?
「見た目は悪いけど、味の方は大丈夫だと思うわ」
グッと拳を握り締めて俺が食べるのを今か今かと待っているお姉さん。
……へっ、悪い気はしねえな。そういや、母親以外の女性に料理作ってもらうなんてこれが初めてだな。そう思うと、なんだか目の前の料理がすげー美味そうに見えてきたぜ。
「……いただきます」
せっかく美人に作ってもらった料理だ。男ならここは、たとえどんなにまずくても美味いと褒め称えるもの。なんかのアニメでそんなこと言ってた。なら、やるっきゃねーだろ。
「あー、む」
スプーンですくって、躊躇せずにかぶりつく。
もぐもぐもぐもぐ……ぐ?
「ど、どう? 美味しい?」
何かを期待した目で咀嚼(そしゃく)を続ける俺を見つめるお姉さん。
そうか。そんなに言ってほしいのか。ならば言ってやろう。
遠慮、容赦なくな!
「まずすぎんだよぉ! ちょっとは自分で味見しろ、ボケ!」
「ひい!?」
まずい。あり得ないほどにまずすぎる。これが噂のポイズンクッキングってやつか。危うく吐き出すとこだったぜ。
……本当に、まずい。が、せっかく俺のために作ってくれたんだ。残すのは悪い気がするし、なんとか全部食ってやるか。食材を無駄にするとお百姓さんに呪われるって、なんかのマンガに描いてあったし。
「……あら? 残さないの? ひょっとして、口ではまずいとか言っておきながら、実はすごく美味しいとか──」
「自惚れんな!」
「うう、……ごちそうさま、でした」
「すごい。私の料理を食べきる人なんて初めて見たわ」
「それを、最初に言え……」
息絶え絶えになりながらも地獄のパエリアを完食した俺は、しばしの休憩を挟み、お姉さんに引き連れられて隣にあるリビングまで移動した。……お姉さんに、俺の事情を話すために。
さて、ここからが本番だ。この寮に居候するためにはこの難問を潜り抜けなければならない。
だが、オリシュ。お前ならできる。なぜならお前はオリシュであり、オリ主でもあるからだ。
神に選ばれし男。それが俺、オリシュだ。俺に出来ないことなど、何も無い。
「それじゃ、本題に入りましょうか」
俺達以外誰も居ないリビングで、対面のソファーに腰掛けたお姉さんが真剣な顔つきになった。……さっそくくるか。しかしこっちの準備は万端、ばっちこい!
「君、おうちが無くて、ご両親も居ないって、本当?」
「マジッす!」
「どういうことなのか、詳しく教えてもらえるかしら」
まずい料理食いながら俺が考えた設定、今こそ語る時!
「俺の名前は錦織(にしきおり)修二。昨日の昼頃、気付いたら公園で倒れてて、ここがどこだか、今がいつだか、親が居るのか、家があるのか、そういった諸々の記憶が無くなってた。なぜか名前だけは覚えてたけど」
「記憶、喪失……」
「んで、とりあえず辺りを散策してればなにか手がかりが見付かるんじゃないかと思って町をうろうろしてたんだけど、半日歩き回っても成果無し。精も根も尽き果てた俺は、元居た公園に戻ってベンチで一夜を過ごした」
「……」
「次の日、朝起きた俺は再び散策を開始した。が、結局何も思い出すことなく数時間を無駄にした。んで、途方に暮れて地面にへたり込んでいたところに──」
「私が声を掛けた、と。……そういうことだったのね」
俺の流れるような非の打ちどころの無い説明で納得したのか、ふむふむと頷いている。まあ、そんなに間違ったことは言ってないし、突っ込まれても余裕で返せる自信はあるがな。ふぅーははー。
「君、なんで警察に頼ろうとしなかったの?」
「ぐっ!?……え、えっとー、そのー、……俺、警察怖くって。こう、拳銃でドカンとやられそうで」
「そ、そう。なら仕方ない、かな?」
あ、あぶねー。まさかこんな切り返しがくるとは夢にも思わなかったぜ。だがナイス言い訳だ、俺。お姉さんを完璧に騙し通したぜ。
「それにしても、記憶喪失か。うーん……」
なにやらアゴに手を当てて思案しているお姉さん。まあ、なんだっていい。俺の言うことはすでに決まってるんだから。
「ねえ、オリシュ君。君、一旦施設に入らない? その間に、私が警察とか色々掛け合って君の家と親を探してあげるからさ」
やっぱりそうきたか。しかし捜索を自ら買って出るとは、この人思っていた通りのお人好しだ。……これならいける。
「……お姉さん、お願いがある」
「え?」
とうとうこの技を披露する時がきちまったか。だが、まさに今が使い時。やるっきゃねえ。
俺はお姉さんを見据えつつ、
「お姉さん!」
ソファーの上で高々とジャンプし、脚を折り曲げ、
「俺を!」
ボスンと再びソファーに身を預け、頭を限界まで下げて、
「この寮に住まわせてくださーい!」
力の限りに懇願する。
これぞ日本男児の究極奥義、ザ・土下座。
「え、ちょ……」
一見、相手に屈していると見られがちなこの体勢だが、実際は違う。これは一種の脅迫だ。
土下座をやられた相手は、ここまでやられたからには相手の条件を呑むしかない、と譲歩せざるを得ない心境になってしまう。相手がお人好しなら効果は倍増。
本当は女子供には使っちゃいけない禁じ手なのだが、今はそんなことは言ってられない状況だ。お姉さん、許せ。
「この寮に、住みたい? どうして?」
「勿論この寮が女子寮だから……あ、いや、施設はちょっと勘弁してもらいたいなーって思って。それにほら、施設って堅苦しいイメージあるじゃん? 規則を守りなさい、とか」
「それは偏見だと思うけど……ねえ、ホントに施設は嫌なの?」
むう、ねばりやがる。こうなったら押して押して、押しまくるしかないか。お人好しは押しに弱いってのが相場だし。
「ぜーったいに嫌だ! もし無理やり施設に入れられるくらいなら、俺は死を選ぶ!」
「そ、そこまで嫌なの……」
さあ、お姉さん。小さな子どもがここまで言ってんだ。よもや断るなんて言うまいな?
俺が目をギラギラさせて見ていると、お姉さんは諦めたかのようにふうと息を吐き、ついに俺が望んでいたセリフを言った。
「……分かったわ。あなたの気が変わるか、親が見つかるまではここに置いてあげる」
「お姉さん! 大好きだー!」
「わ、ちょっと……もう」
嬉しさのあまり、ついソファーから身を乗り出してお姉さんに抱きついてしまった。そんな俺の頭を、お姉さんは苦笑しながらポンポンとあやしてくれる。やべ、ちょっと調子に乗り過ぎたか。自分から女性に抱きつくなんて初めてだけど、これはなかなか恥ずかしいものがあるな。相手が年上の女性ならなおさらだ。
「……失礼した」
少しもったいないと思いながらも、お姉さんから離れる。欲望に忠実な俺でも、流石にこのシチュエーションでは多少気恥ずかしく感じる。……エロいハプニングなら大歓迎だけどな!
「幸い、部屋は余ってるから君一人くらいなら増えても平気だしね」
「俺はお姉さんと一緒の部屋でもいいんだけど。むしろ一緒がいい」
「なんだか不穏な気配がするから却下します」
ちぃ、鋭い。着替え覗き放題の日々を夢見たのだが、そう簡単にはいかないか。
だが、これでようやく念願の住居を確保した。おまけに女子寮。やっぱり神は俺に味方していたな。ありがとよ、神様のジイサン。
「あ、そうだオリシュ君。君さっきから私のことお姉さんって呼んでるけど、名前で呼んでも構わないわよ。短い間かもしれないけど、ここで一緒に暮らすことになるんだから」
む、そうか。これから同じ屋根の下で暮らす人間にお姉さんじゃまずいか。なら、お言葉に甘えさせてもらって──
「これからよろしく、愛さん」
「うん。よろしくね、オリシュ君」
こうして、俺の転生先での華やかな生活が今、幕を開けようとしていた。
の、だが……
「えっと、愛さん? なんか、達人並みの動きで喧嘩してる女の人が二人居るんだけど」
「ああ、あれは日常茶飯事だから、すぐに慣れるわ」
「えっと、愛さん? なんか、巫女のコスプレしてる女の人が居るんだけど」
「だって、巫女さんだもの。すぐに慣れるわ」
「……えっと、愛さん? なんか、あの女の人、ふよふよ浮いてんだけど。あと、透けてるし。ついでに壁通り抜けてるし」
「ああ、彼女、幽霊みたいなものだから。すぐに慣れるわ」
「……えっと、愛さん? なんか、あの女の人、瞬間移動して現れなかった? しかも、光の羽が背中に生えてたんだけど」
「彼女、そういう体質なのよ。すぐに慣れるわ」
「……えっと、愛さん? なんか、キツネが幼女に変身したんだけど。あと、電撃ほとばしらせてんだけど」
「あの子、妖狐だから。すぐに慣れるわ」
「……あ、愛さん? ここの住人達、おかしくない?」
「すぐに慣れるわ」
俺の前に現れる住人達は、どいつもこいつも非常識な存在。
確かに魔法に関わりたいとは言ったけど、こいつらはなんかそれとは違うような気がする。
あれ? 俺、またもや選択を誤ったんじゃね?