「そうだ、ヘルパーを雇おう」
良いことを思い付いた神谷ハヤテです。
はやてちゃんに乗り移り早三日。
グレン号にも、はやてちゃんの身体にも馴染み、気分爽快な朝を迎えた私は、ヘルパーを雇えば負担減るんじゃね? という、極々一般的な考えを持つに至った。
金ならうなるほどあるし、一人、二人雇ったところでなんら支障はあるまい。
考えたら即実行が私の信条。早速電話してみよう。
タウンページをめくり、最寄りの介護センターを探す。
海鳴、海鳴っと……あった。しからばっ、
プルルルルル、カチャッ!
『はい、こちら海鳴介護センターです。ご用件をどうぞ』
「あ、はい、こちら神……八神と申しますが、ホームヘルパーの申請を──」
『ガチャッ、ツー、ツー』
……はい?
ちょっと待て、こっちは仮にも客だぞ? 福祉を名目に挙げてるが、介護は立派な客商売だろう。その商売相手にその対応はどうよ?
そこら辺のところをみっちりと教えてやらねばなるまい。リダイアル、オン!
『はい、こちら海鳴介護センターです。ご用件をどうぞ』
「お姉さん、パンツ何色?」
『パンツ穿いてません』
ドキューーン!
こやつ……なかなかやりおるわ……じゃない、本題に入ろう。
「あのー、先程電話した八神なんですけど、ホームヘルパーの──」
『ガチャッ、ツー、ツー』
「ちょっ!」
……またまた雲行きが怪しくなってきてない、これ?
その後、何度か別の介護センターに電話したものの、全て同じ結果に終わった。
「……これはあれだね、例の呪いだ」
そう、神谷家の場所を思い出そうとすると頭が真っ白になる、あれ。
こんな所にまで影響がでるとは、よっぽど強い術者が相手か。
くそう、シャナクを会得していない我が身が憎い。
現状ではヘルパーを雇うのは無理っぽいので、ひとまず諦めることにした。
「そういや、学校……行かなくて良いのかな?」
今更ながらに気付く。
自室(もはや何の違和感も無い)に戻り、学校関係だと思われる物を片っ端から集める。
その中にはこんなものが。
「休学届け……の写し」
絶賛休学中かぁ。まあこんな状態じゃ、仕方ないか。
……これから、どうしよ。
細々と生きていけば一生生活に困らない程度の金はある。
家に引き込もってニート生活をエンジョイするも良し、下半身不随でも出来る仕事を見つけ、額に汗水流し労働の悦びを見付けるも良し。……でも似非足長おじさんの玩具だけは勘弁な。
う~ん……
「病院行ってから考えよ」
それがいい、そうしよう。
「グレン号……今日のお前は輝いてみえるよ」
まあ、布巾で金属部分拭いたからだけど。
財布よーし、保険証&診察券よーし。さあ、新たな冒険の始まりだ。
ドアを開け、快晴な空を見上げると、そこには燦々と陽光を振り撒く太陽の姿が。グレン号のスペシャルなボディがキラキラと光を反射している。
時々ヤンチャをしなければ、最高の相棒なんだけどなぁ。
そんなことを思いつつ道を進む。ああ、やはり気持ち良い。家の中では味わえない爽快感だね、これは。
「む……」
しばらく進むと、前方に何やら見覚えのあるパーマの姿を発見。
最悪な出会いだったが、ご近所のよしみだ。許してやるか。
「おはようございま~す」
挨拶を交してみる。相手はこちらを見て一瞬驚いた顔をするが、
「……おはよう」
すぐに挨拶を返してくれた。……そこまで悪い人じゃないみたいだな。
「昨日は悪かったね。嫌なことがあってイライラしてたんだよ」
なんと謝ってきましたよ。
「お気になさらず、こちらも驚かせてしまいましたから、おあいこです」
苦笑してそう返す。ああ、なんかいいなぁ、こういうの。昨日の敵は今日の友ってね。
「おっと、道を塞いじまってたようだね。私はゆっくり行くから、先に通りな」
「有り難うございます」
「どういたしまして」
『……』
おばさんも昨日のデジャブを感じたのか、私と一緒に苦笑いしていた。
パーマのおばさんとの友達フラグが立った気がするが気にしたら負けだ。
「とうちゃ~く」
病院に到着、グレン号、ひとまずお疲れ様。
受付で診察券を渡し、待合室で待機する私。
この、病院独特の雰囲気、嫌いじゃない。
……こうやって待ってると、昔を思い出すなぁ。
そう、あれは学校で、身体測定をしていた時のこと。
身体測定を早めに終え、友達を待っていた私に、とあるクラスメイトがこんなことを聞いてきた。
『神谷~、お前体重何キロあんの?』
女の子になんてこと聞くんだと思いつつも、相手をするのが面倒だったので、仕方なく答えてやった。……サバを読んで。
『お前俺より太ってんのか、デブだな』
……サバを、読んで!?
『ちょっとこっちきて』
『ん、おいそっちは女子が今!』
ガララッ、ドンッ、ピシャリ
『ちょっと、エロノ、入ってくんじゃないわよ、殺すわよ!』
『違っ、俺じゃない!』
『いや、あんたでしょうがぁ!』
あの後あいつは女子に虫を見るような目で見られてたっけ。覗きはいけないよね?
『……神さーん、八神はやてさーん』
おっといけない、呼ばれてるや。
意識を戻し、診察室に入った私を出迎えたのは、リアルで拝むことが出来るとは思わなかった、美人女医。
実際にこんな人がいるとは、世の中まだまだ捨てたもんではないかもしれない。
胸元に付けられた名札を見る。石田さん、この人がはやてちゃんの主治医か。
「それじゃ、まずは前回の検査の結果を伝えるわね?」
……中々のプロポーション。これは揉み心地がありそうだ。
私は誘蛾灯に誘われる虫のようにフラフラとした足取りで石田女医に近付き、
むにゅ
胸を揉んでみた。
これは、なかなか、うん、いいおっぱいだ。
「……はやてちゃん、前から何度も言ってるけど、出会うたびに胸を揉むのはやめてくれないかしら?」
「おっと、失礼つかまつった」
手を離す。ごちそうさまでした。
「女性の胸を触って何がいいのかしら」
というか石田女医、さっきなんと言いましたか?
『何度も言ってるけど』だと?
私が触ったのは今のが初めて、ということは……はやてちゃん、君もおっぱいマイスターだったんだね。同志が見つかって嬉しいよ。語り明かせないのが残念でならないけど。
「お見苦しい所を見せてしまいましたね」
「毎回見てるわよ。……あら? いつもの関西弁はどうしたの?」
……へ? はやてちゃん関西出身なの?いや、それよりも今は誤魔化すのが先だ。
「……関西にいないのに関西弁を話すと周りから浮いてしまいますから」
「ふぅん、まあいいわ。それじゃあさっきの続きからだけど──」
細かいことを気にしない人で助かった。私が知ってる関西弁なんて、
『ここかぁ、ここがええのんかぁ?』
くらいしか知らないしね。
「有り難うございましたー」
診察を終えて病院の出入口を抜ける。
……悪化もしてないけど、好転もしてない、か。
石田女医が言うには、そういうことらしい。
ていうか原因不明のマヒって何? 呪い? また呪いなの?
「まあ、大した期待はしてなかったけど」
好転の兆しがあるなら入院してリハビリなり何なりしてるはずだしね。
「……帰ろっかな」
取り敢えず家に帰ろう……
「グレン号、帰りも頼むよ……グレン号?」
ん?
スティックを操作するがうんともすんともいわない相棒。
これは、まさか……
「バッテリー切れときましたか」
餌を与え忘れてペットを殺してしまった飼い主の気持ちが少しだけ分かりました。
手動切替タイプの電動車椅子で助かった……
あの後グレン号を、手動でえっちらおっちらと押して帰ったが、家に着いた時には腕がパンパンになってしまっていた。
「グレン号、たーんとお食べ?」
バッテリーに電気を注入。
家のグレン号は、馬力は凄いが燃費が悪いということをすっかり忘れていた。
「つっかれた~」
まだ夕方にもなっていないけど、身体がだるいし、寝よっかな。
「あっ、そうだ……」
寝る前にやることがあった。
リビングに移動しパソコンを立ち上げる。
メール、メールと……今日は来てないか。まあいい、今回はこちらが送る番だ。
「ふんふふ~ん」
『お仕事いつもご苦労様です。ところで一つご相談があります。実は、私が使っている電動車椅子の予備バッテリーが無くなってしまいました。』
嘘です。あります。
『外国製ですのでこちらで手に入れるのは難しそうです。つきましては、どうかそちらで融通して頂けませんでしょうか?』
「おっと、これを忘れちゃいけない」
『P.S.愛しのおじさまへ』
「送信、ぽちっとな」
さ~て、ねよねよ。
あとがき
今回は色々と独自解釈というか独自設定があります。真に受けると痛い目にあうかもしれませんのでご注意を。