──第壱話 【ロリコン襲来】──
海鳴市某所にある一軒家。ここに、一人の少女が住んでいた。
少女は幼い頃に両親を事故で亡くしており、天涯孤独の身であった。
そんな少女を不憫に思ったのか、一人の男性が生活費やその他諸々の援助、資産管理など生活のバックアップを願い出た。
男性の名は、ギル・グレアム。イギリスに住む、生粋のジェントルマン。
少女は他に頼る人間が居なかったため、その男性の善意に甘えることにした。
だが、男性の援助は善意で行っているにしては少々度が過ぎていた。
莫大な資金援助、途絶えることの無い贈り物。メールに欲しい物を書けばすぐさま手配するという呆れるほどの過保護っぷり。
少女は考えた。なぜここまでしてくれるのだろうか。どうして赤の他人にこんなに尽くしてくれるのか。
考えて、考えて、考え抜いて、そして熟考の末、少女は真実に辿りついた。
ギル・グレアム。奴がロリコンだという真実に。
少女は戦慄した。いつか奴に自分のものになれと迫られるのではないか、美味しくいただかれてしまうのではないか、と。
が、少女はそこらの生娘のような軟弱な精神は持ち合わせてはいなかった。
そっちがその気なら、こっちだってただでいただかれる訳にはいかない。少女は反骨心を露わにした。
幾度も幾度もプレゼントをねだり、奴の精神を摩耗させようとしたり、メールのやり取りで慕っている振りをして、内心では誰が貴様なんぞのものになるか、と息巻いていた。
しかし、そんな少女の抵抗も、奴にとっては心地よい微風でしかなかった。
なぜなら、少女がいくらグレアムを突き放そうとしても、最終的には奴に頼るしかなくなるからである。
資産管理を任せている以上、生きていくためにはどうしても奴の手を借りなければならない。銀行の口座を差し押さえられでもしたら、明日食うおまんまにさえ困る始末。内心でいくら気勢を上げようが、奴に見放されたら生きていけないのが現状だった。
少女は焦っていた。表面上では強気でいたが、実際どうやって奴の魔の手から逃れられるのか見当もつかなかったからだ。
いや、たった一つだけ方法がある。児童保護施設に駆け込めばいいのだ。そうすれば奴に従う必要などなくなる。
だが、少女はその方法を取る気はなかった。現状、いつロリコンが襲いかかってくるか分からないという不安はあるものの、今の生活に不満は無いため。そしてなにより、少女に家族ができたからだ。
少女が施設に入ってしまえば家族とは離ればなれになってしまうし、家を無くした生活能力の無さそうな身元不明の外国人を野に放つことにもなってしまう。ゆえに、施設入所という単語は少女の頭の中からはデリートされていたのだ。
ある日、そんな健気な少女がネットサーフィンをしているところに、ロリコンからメールが届く。
『君を美味しくいただく時が来たようだ。一月に行くから、恐怖に震えながら待っていろ。うけけ』
要約すると、そんな感じの文面だった。
少女はさらに焦った。このままでは自身の操が危ない。どうにかしなくては。
だが、焦るばかりで具体的な案は一つも出てこなかった。
そうして右往左往している間に時間は無情に過ぎていき、運命の時が訪れてしまった。
ピンポ~ン!
「……は、はい。どなたでしょうか」
『やあ、君の愛しのおじさん、ギル・グレアムだよ。鍵を開けてくれるかな?』
「……どうぞ」
ガチャッ。
扉を開けて入って来たのは、紳士然とした初老の男性。ニコニコと笑顔を少女に向けている。が、目は笑っていない。
「リビングに、どうぞ」
「うんうん。お邪魔するとしよう」
少女の後に続き、廊下を進むギル・グレアム。その目は血走っており、今にも少女に襲い掛かりそうな雰囲気を持っていた。
「立ち話もなんですので、お座りください」
リビングに入った少女は、なぜか鼻息が荒くなっているグレアムをソファーに促し、お茶の準備をする。お茶請けとしてシュークリームを出すことも忘れない。
「こちら、巷(ちまた)で大人気のシュークリームです。美味しいですよ」
「おっほう、美味しそうだ。よだれが止まらないよ」
なぜかグレアムの目はシュークリームではなく少女に向けられており、少女はビクビクしながら顔を背ける。
「きょ、今日はどういったご用でお越しくださったのですか?」
少女の質問に、グレアムはにやりと口の端を歪めて笑う。
「んふ~、言わなくても分かってるんじゃないのかね、きみぃ」
「な、なんのことで……いやっ、やめて!」
ついに我慢できなくなったのか、少女の言葉を遮って立ち上がったグレアムはおもむろに服を脱ぎ出し、ブリーフ一丁になって少女にのしかかる。
「し、辛抱たまらんわい。わしゃあこの時を心待ちにしとったけぇのぉ」
「や、やっぱりあなたはロリコンだったんですね! ロリコンは死んでください!」
「ありがとう、最高の褒め言葉だ」
じたばたと暴れる少女を脂ぎった手で押さえつけ、ぐふふふと気色悪い笑みを浮かべながら舌舐めずりするロリコン。その姿は、まさに変態そのもの。
が、そんな超絶変態オヤジに正義の鉄槌を下すべく、少女はあらん限りの力で抵抗し、なぜか手元に落ちていたガラス製の灰皿でロリコンの頭を殴りつける。
「ふおおおおお!?」
予想外の反撃を食らい頭を押さえてごろごろと転がる変態に勝機を見出した少女は、立て続けに灰皿での連撃をお見舞いし、頭蓋骨よ陥没せよとばかりに攻め続ける。
「死ねぇー! 死んでしまえーっ!」
「オ、オーマイ……ゴッド……」
「神は死んだ!」
のたうちまわっていたロリコンだが、五分ほど少女の執拗な打撃を受け続けた結果、とうとう動かなくなった。
「……獲物を前に舌舐めずりは、三流のやることだ」
赤い何かが付着した灰皿をブンッと一振りし、決め台詞。
こうして、少女の奮戦によってロリコンの野望は打ち砕かれた。しかし、今回の出来事はこれから始まる物語のプロローグに過ぎないということを、この時のハヤテは知る由もなかったのである。
──第壱話 了──
<次回予告>
ハヤテはロリコンに勝つ。だが、それはすべての始まりにすぎなかった。警察から逃げるハヤテ。取り残された家族。ピクリと動くロリコンの指。逃亡先で待ち受けていたものとは、一体……
次回、【見知らぬ天井のシミ】 この次も、サービスしちゃうわよ!
………………
…………
………
……
「なんて展開を想像してしまったんですが」
「どう考えてもバッドエンドだろ。ロリコン殺っちまったらあたしらどうやって生活していきゃいいんだよ」
「ですよねー」
ただ今作戦会議中の神谷ハヤテです。
「これより、第一回八神家緊急会議を行いたいと思います」
ギル・グレアムから送られてきたメールを読んだ私達は、こたつを囲んで奴が来日した時にどういった対応を取るべきかを話し合うことにした。
奴がこの家を訪れるまであと二、三週間ほど。時間はたっぷりあるが、早く決めるに越したことはない。というか、来日を知らせるメールを送ってくれて助かった。いきなり前触れもなく来られてたら、同居人達の存在がバレてしまうところだった。この点だけは感謝してやってもいいかもしれない。
しかし、どうしたらいいものか。先ほどのシミュレートの通りの行動を取られたら、殺さない自信が無いぞ、私。
と、しばらくみんなと話し合っていると、ヴィータちゃんがピコーンとハンマーで手を叩いて、これっきゃないだろといった感じに口を開く。
「あ、じゃあさ、護衛役としてザフィーラを置いときゃいいじゃん。ペットですって言えば怪しまれないし、こんなデカイ犬の前でそのご主人様であるハヤテに襲いかかるなんて、いくらロリコンでも躊躇するだろ。そうすりゃ、すごすごと退散するしかねーし」
「おお、ナイスアイデアです、ヴィータちゃん。それいただきです」
そうだな。ザフィーラさんが居ればどうとでもなるか。たとえ襲いかかってきても返り討ちだし。あ、でもその後が面倒だな。……ま、なるようになるかな。
「主よ、一つ気になったんだが、このギル・グレアムという男、本当に主に手を出すために援助をしているのか?」
ナイスアイデアが出てホットしている私の正面でみかんの皮を剥いているリインさんが質問してきた。みかん好きなんだよな、リインさん。
「まあ、今の段階ではその可能性が高い、としか言えませんが。でも、他に考えられる理由なんて無いと思いません?」
「いや、単純に善意からの支援という可能性もあるのではないか?」
善意、か。ひょっとしたらあり得るかもしれないが、世の中そんなに甘くないと思うな。親類でもなんでもない子どもにここまで手を掛けるなんて、ほぼ確実になにかを企んでるとしか思えない。
私への援助が、自分の欲望を満たすためにしていることなのか、それとも別の思惑があってしていることなのかは分からないが、私がギル・グレアムを信用することはないだろう。だって、怪しさ満点じゃん。
でも……
「まあ、一応その可能性も視野に入れておいてもいいかもしれませんね」
もし、万が一、ギル・グレアムが悪意混じりっ気無しの純然たる善意でもって私を助けてくれているんだとしたら、その時は……尊敬してやってもいいかもしれないな。
……ロリコンだってことは変わらないだろうけど。
「あっ」
ロリコン対策会議もヴィータちゃんのアイディアを採用するという形で終わり、その後はみんなでだら~っとこたつに寝そべっていたのだが、そんな折、私は大事なことを思い出した。
今日は十二月二十日。そして五日後は……
「ハヤテちゃん、どうしたの?」
「クリスマスケーキ、予約しなきゃ」
そうだ。すっかりと忘れていたが、クリスマスがやってくるじゃないか。せっかくのイベントだし、ケーキを買ってみんなで楽しもうと思ってたんだった。
「クリスマスって、確かキリストとかいう人間の誕生日を祝う日、だったわよね?」
世俗に疎そうなシャマルさんでも流石にこれくらいは知ってたか。
「そうなりますね。まあ、日本ではバレンタインデーとかホワイトデーみたいに、楽しいイベントの一つ、みたいな感じでイメージが定着していますが」
「具体的には何をするんだったかしら?」
「ん~、ケーキを家族で食べたり、ツリーを飾ったり……」
「赤い服着てソリに乗って、家屋に無断侵入して出自不明の怪しげなプレゼントを置いてくんすよね。スリル満点。やってみてえ」
「だいぶ違います」
なぜか瞳をキラキラと輝かせているシグナムさん。もしかして、ほんとにサンタごっこやるつもりじゃなかろうな。
「確か物置にソリがあったにゃー。プレゼントは……あれでいいか。どうせ奪ったもんだし」
なにやらぶつぶつと呟いているが、嫌な予感が止まらないよ。言っても無駄だろうが、せめて犯罪行為は止めてほしいものだ。
おっと、シグナムさんの言動も気になるけど、雑談はここまでにしてケーキを予約しに行こうかな。夕飯に遅れたらまずいし。
「それじゃ、ちょっと外に出てきますね。夕飯までには帰りますので」
「ん? ハヤテ、電話で予約とか出来ないのか?」
リインさんとみかんの早食い競争をしているヴィータちゃんが、皮を剥く手を止めずに聞いてくる。
「シュークリームを買ってこようかと思いまして。そのついでに同じ店で予約してきますから」
「あのギガうまいシュークリームの店か。ケーキの方も期待できそうだな」
「あそこ、イブとクリスマス当日は地獄のように忙しいそうですよ。それだけ人気があるって証拠ですね」
そんなヴィータちゃんとの会話を済ませた私はリビングを出て財布を用意し、日が傾き始めた外へと向かう。
そして、玄関の扉を開けて軽快に相棒と共に翠屋へと発進する。グレン号、今日も頼むよ。
──………──
無視されたと感じる私、おかしいのかな……
カラーン!
「いらっしゃい。お、ハヤテちゃん、また来てくれたのかい」
「こんにちは、マスターさん。今日はケーキの予約に来たんです。あ、シュークリームもいただきますが」
店内に入った私を出迎えてくれたのは、もはや顔なじみとなったマスター。このマスターとその奥さんにはそれなりに育った三人の子どもが居るのだが、とてもそんな年には見えないほど若々しい顔つきをしている。初めて見た時は二十代半ばかと思ったくらいだ。
「あら、ハヤテちゃん、こんにちわ」
「桃子さーん!」
むにゅ。
「あらあら」
「相変わらずだね、君は」
で、カウンターから出てきたところをサーチ&モミングしたのがその奥さんの桃子さん。ああ、やっぱり良いなぁ、桃子さん。マスターの奇異の視線なんて気にならないほどに素晴らしいおっぱいだ。
「ケーキというと、クリスマスケーキだね。種類はどんなのがいいかな?」
桃子さんの胸に手をやる私を慣れた仕草で引き剥がし、注文を聞いてくるマスター。チィ、まあいい、それなりに堪能した。
「えーと、それじゃあ……この苺のデコレーションケーキでお願いします」
ここ、喫茶店『翠屋』は、洋菓子店も兼ねており、近所で大人気のお菓子屋さんとして有名なのだ。特にここのシュークリームはヴィータちゃんとシグナムさんの好物で、出掛けるたびにシュークリーム買ってきて~、とせがまれるほど。勿論シュークリームだけでなく、他のお菓子もとても美味しい。
「うん、分かった。じゃあ、二十五日に受け取りに来てもらえるかな」
「はい。楽しみにしてますね」
「まっかせて。腕によりをかけて作るわね」
そしてそのお菓子を作っているのが、パティシエであるこの桃子さんというわけだ。若くて綺麗で性格も良くてお菓子作りの腕も良くてオマケに素晴らしいおっぱいを持ってるとか、とんでもないスペックの持ち主である。マスター、あんた勝ち組の中の勝ち組だね。よくこんな奥さんを落とせたもんだ。
「おっと、シュークリームも買うんだったね。いくつだい?」
「あるだけ全部ください」
「……ホントに相変わらずだね。まあいいや。今用意するから、ちょっと待っててくれるかい」
手持無沙汰になった私は、ショーケースに置いてあるシュークリームを箱に詰めているマスターから目を離し、店内を見回す。
私以外にはお客はほとんど居ないようで、はじっこのテーブル席に二人の少年が座っているだけだった。
一人は可愛い顔をした、でもなぜか傷だらけの私と同い年くらいの男の子。もう一人の子は後ろを向いてるから顔は分からないけど、身長から見て小学生高学年くらいかな。
その二人の少年は、自分たちを見つめる私の存在に気付いていないようで、なにやら真剣に話し合っている。
……ちょっと近づいて会話を聞いてみようかな。
「いいか? 今回は始発組に大きな差をつけられるだろうが、油断は禁物だ。限定商品のほとんどは徹夜組にかっさらわれていくからな。それと、前回のように割り込みを許すんじゃないぞ」
「分かってるさ。もうあんなヘマは絶対にしない。ファンネルとしての仕事はきっちりとこなしてみせる」
「それでこそだ。……では、これは前払いの分だ。受け取れ」
「お、おお! バカテスのメインキャストサイン入り台本だと!? こ、これはいいものだ。おお、カオリーヌのサインまで……」
「成功報酬は別に用意してある。しくじるなよ」
「大盤振る舞いじゃないか、クロノ。やっぱり持つべきものは親友だ」
「ふ、よせよ、照れるじゃないか」
……うん、まあ、あれだ。そっとしてこう。
「ハヤテちゃん、お待たせ。はい、シュークリーム」
「あ、どうもー」
お代を渡してシュークリームを受け取った私は、ガッチリと握手をしている少年達を尻目に翠屋を出るのだった。
……この町はオタクな子どもが多いなぁ。
───その夜
──よう、兄弟。温泉の旅はどうだったよ。さぞかし良いものが見れたんだろうなぁ、ええ?──
──見れなかった……──
──え?──
──なにも……なにも見れなかった。脱衣所にさえ行けなかった……くそ……木造旅館のアホ……──
──す、すまねえ。俺はてっきり桃源郷でウハウハしてたと思って、つい……──
──気にするな。……しかし、ままならぬものだな──
──ああ、ままならねえ。俺なんて置いてきぼりだぜ……──
──その……すまん──
──気にすんな、兄弟──
──ふう……──
──はあ……──
──……おっぱい──
──見てえなぁ……──