世の女性たちは、「男ってバカよね~」なんてことをよく口にすることを知っている。
フェレットの姿で中学校や高校に潜入……もとい、迷い込んだ時に、女子達がお喋りの最中にそんなことを口走っているのをよく聞くのだ。近所のおばさん達の井戸端会議の場でも頻繁に耳にする。
だが、それはまさにその通りだと思う。男はバカだ。特に、女が絡む場合はもっとバカになる。
可愛い女の子と話したい。綺麗なお姉さんとお近づきになりたい。美人な彼女が欲しい。若妻最高。
これらは正常な男なら誰もが一度くらいは夢想することだろう。それが叶う、叶わないかは別として。
しかし、バカな男はこんなことじゃあ滅多に満足しない。それに加えて、世の中には自分の欲求を満たすために、それが法に触れることだったとしても構わずに行動を起こす者まで居る。
痴漢、セクハラ、盗撮、etc.……
その行為は、確かに許されないものだろう。断罪されて然るべきだろう。
でも、その中でただ一つだけ、許されてもいいんじゃないかと思うものがある。
女性に気付かれなければ、相手を傷つけたり不利益を与えたりすることのない、とても紳士的な行為。
そう、それは…………
「ユーノ君、ちょっとこの首輪付けてくれないかな」
「え、なにこれ?」
「いいからいいから」
「まあいいけど。……はい、付けたよ。これでいい?」
「……ユーノ君、ごめんね。でも二日間の辛抱だから」
「な、なのは? 何を言って……は、外れない!? なにこの首輪!?」
「それね、魔法を使うと電流が流れるようになってるの。リンディさんが貸してくれたんだ」
「ちょっ!?」
「変身魔法も使えないようになってるんだって。無理に使おうとするとすごいことになるみたいだから気をつけてね」
「な、何のために、こんなことを……」
「だってユーノ君──」
「──お風呂絶対のぞくでしょ?」
これは、羽ばたくための翼をもぎ取られながらも必死に大空を舞おうとする、愚かな漢(おとこ)の物語………
時は十二月中旬。なのは達との温泉旅行当日。
今現在、僕、なのは、フェイト、アルフの魔導師組と、なのはの友達とその身内の計九名は、今日泊まる予定の旅館の入り口に集ってその視界に映る景観に嘆息していた。
「わー、大きい旅館だね~」
「建物だけじゃなくて温泉も広いわよ」
「……」
山に囲まれた古風な旅館は、威厳を保つたたずまいで年季が入っていることを感じさせる。
「穴場って感じがするね~、フェイト」
「ん、そういうのはよく分かんないかな」
「……」
周りの景色を一望してから旅館に入ると、美人な仲居さん達に出迎えられ、僕たちは大きな客室に案内された。その後、メイドさんを部屋に残して温泉街の散策を開始。
「すずかちゃん、こっちも美味しいよ。はい、あーん」
「ありがと、なのはちゃん。あーん」
「激写! さらに激写! ああ、流石我が妹。可愛すぎる……」
「もう、やめてよお姉ちゃん」
「……」
お茶屋やお土産屋などを冷やかしほどよい疲労感に包まれた僕らは、再び旅館に戻ってお待ちかねの温泉に浸かることにした。
「温泉を、お連れします」
「なぜでしょう。メイドでもないのに忍様がやると違和感がありませんね」
「……」
温泉には全員で入るらしく、部屋に戻った女性は着替えを持ってみんな揃って部屋を出た。
……さて。
「戦いの時は、来た」
ただ一人静かに牙を研いでいた僕は、その抑えきれない衝動を解放する時がやって来た事に歓喜しながら立ち上がり、男湯へと向かう。
幸いなことに、男湯の中には僕以外は誰も居なかったため、僕の行動を阻害するファクターは皆無。これは神が僕に味方しているとしか思えない。
「ふぅー……」
脱衣を終えて浴場に入った僕は、気持ちを落ち着かせるために深呼吸を一つ。
今はフェレットに変身出来ないのだ。万が一バレてしまったら、帰りのバスの中で僕は白い視線に晒されながら縮こまっているしかなくなってしまう。いや、なのはの砲撃で塵芥(ちりあくた)と化してしまう可能性もある。ここは慎重にいくべきだ。
「……よし」
十分落ち着いた。ならば、やることは一つだけだ。
僕は手鏡を片手に持ち、男湯と女湯の間にある高い塀に近付く。最初にして最大の関門、それがこの塀だ。これさえ突破してしまえば、僕の覇道を阻むものなど何も無い。
「王道だが、それゆえに心惹かれる……」
この関門を突破するために僕が取った行動、それは木製の桶(おけ)で段差を作り、足りない身長分を補おうというもの。よくマンガなどで行われているこの手法、もはやこれは様式美と言っても過言ではないだろう。
「……ふっ、我ながら良い出来だ」
手早く桶を集め、崩れない様にしっかりとした土台を手際よく作った僕は、あまりの出来栄えに一瞬見とれてしまう。が、本来の目的をすぐに思い出し、目の前に立ち塞がる強敵(塀)を見据える。
ザ・のぞき。
これが僕の目的だ。
のぞきなんて最低で下劣な行為だと言う人間も居るだろう。確かにその通りだ。犯罪だしね。
でも、でもさ、男ってのはバカなんだよ。悪いと思ってても止められない事ってのがあるんだよ。しょうがないんだよ、こればっかりは。性(さが)ってやつなのさ。
「自己弁護も板についてきちゃったな……でも、僕は止まれない。止まっちゃいけないんだ」
罪悪感を紛らわすために僕はいつも頭の中で言い訳を並べる。女性への感謝と懺悔を同時に行いながら。のぞいてしまってごめんなさい。でもありがとう、と。そうしないと小心者の僕の心は潰れてしまうから。
だったら最初からのぞくなって? それは無理な相談だ。だって性(さが)だもの。
「……いざ!」
自分を騙す言い訳はもう十分すぎるほどに反芻(はんすう)した。後はイバラの道を駆け上がるのみ。
僕は塀の向こうに広がる光景に胸をときめかせながら桶の山をゆっくりと登り、手鏡の角度を調整し、それを上へと──
バキンッ!
「なぁ!」
──かざした瞬間、取っ手の部分から上が粉々に砕け散った。
「あっ」
思わぬ事態に動揺した僕は体勢を崩してしまい、桶の山から足を踏み外して、
「おごごっ!」
ガラガラと桶を崩しながら無様に硬い地面に落下。腰や肩を打ってしまい、激痛が走る。
「一体何が……」
腰をさすりながら、取っ手のみとなった手鏡を呆然と見つめる。
破壊された、それは分かる。だが、一体誰がどうやって? 魔力反応は無かった。なら、なのはやフェイト達の射撃魔法じゃない。くそ、どうなってるんだ。
「……試してみるか」
転んだ際に落とした予備として持っていた手鏡を拾い、もう一度桶で足場を作って登る。そして、先ほどのように鏡の部分を塀越しにかかげる。
すると、またもや何者かの攻撃によって鏡が粉砕されてしまった。塀の上に出した途端にだ。
「この反応速度……人間じゃない?」
考えられるとしたら、のぞき対策用の自動防衛装置か何かか。でも、何でそんなもんが一介の旅館に備え付けられてるんだよ。ていうか、ミリタリーオタクじゃないからよく分かんないけど、今の地球の技術力でこんな高性能なシロモノ作れるのか?
……問題はそこじゃないな。最大の問題はこの攻撃(おそらく電撃か何かを飛ばしている)をどうやって防ぐかだ。魔法を使えない以上、生身で対抗するしかないわけなのだが、あんなもん頭に喰らったら気絶は確実だろう。いや、魔法は使えることは使えるだろうけど、電流が流れるって言うしなぁ。
「……はっ!」
塀の向こうから聞こえていた女性達の声が段々と遠ざかっていく。そんな、もう出てしまうのか? 女性は長風呂が常識だろうに。待って、待ってよ!
「くっ」
もはや一刻の猶予も無い。こうなったら苦痛を承知で魔法を使ってのぞくしかないか。
電流がなんだ。そんなもの、桃源郷を拝む事の出来ない恐ろしさに比べればどうということはない!
「ぐっ、があああああ!」
小さくなっていく女性達の声を聞き、焦燥感に駆られながら飛行魔法を発動させた僕の体にバチバチと紫電が走る。
だが、止まらない。根性で意識を落とさないように踏ん張りながら徐々に浮かび上がる。
激しい痛みに襲われながらも、歯を食いしばって耐える。そして、なんとか塀に手を掛け顔を──
バシッ!
「ぐっ!」
のぞかせた瞬間に、衝撃が襲いかかる。が、大丈夫。シールドを張ってあるため、ダメージは皆無だ。こんな豆鉄砲、何発食らったところで──
バシッ! バシッ! バシバシバシバシバシバシバシ!
「ま、前が見えない……」
女子風呂のありとあらゆる場所から防衛装置が飛び出し僕の顔めがけて飽和攻撃を行っているおかげで、目の前がフラッシュの嵐だ。一体のぞき対策のためにどんだけ力入れてんだよ、この旅館は。
「ちく、しょう……」
力押しの作戦も失敗。どうやら女性達は全員脱衣所に入ってしまったようで、声はとうに聞こえない。僕はその事実にショックを受け、顔を引っ込めてから魔法を解除し地面に突っ伏す。それと同時に、体を苦しめていた電流も鳴りを潜める。
欲望を満たすこともできず、電流に抗い続けたせいで、僕は心身共にボロボロになっていた。
ここまでやって収穫なし。なんて無様。なんてみじめなんだ。滑稽(こっけい)にも程があるだろう、僕。
「……いや、まだだ。まだ終わらん」
折れかける軟弱な心を叱咤(しった)激励し、よろよろと立ち上がる。
そう、まだ終わりではない。まだ夜があるじゃないか。
せっかくの温泉、たった一度の入浴で満足するはずがない。必ずもう一度入りに来るはずだ。ならばチャンスは残っている。
「勝負は、夜だ……」
光明を見出した僕はふらつく体に喝を入れ、失ったエネルギーを補給するため、夕食が待つ部屋へと足を向けるのだった。
それなりに美味しかったであろう夕食を携帯食をかじるかのように淡々と胃の中に収めた僕は、女性達より先んじて部屋を出て、最高の観測地点へと向かう事にした。
食事中、どうすれば女湯をのぞく事が出来るのか、僕はずっと考えていた。そして、料理の味も分からなくなるほど思考に没頭していた僕は、とんでもない名案を思い付いた。
近くがダメなら、遠くでのぞけばいいじゃない。
女湯の周りにはあの忌々しい撃退装置がアホみたいに設置されている。なら、どうすればいいか。
答えは簡単。近寄らなければいいだけの話だ。
幸い、この旅館は山に囲まれているおかげで、頂上付近に登れば温泉を上から一望することが出来る。肉眼での視認は流石に難しいが、こんな時のために用意していた双眼鏡がここでその真価を発揮する。持ってて良かった双眼鏡。紳士の必需品、双眼鏡。
変態紳士と言うなかれ。男は誰だって変態なのさ。
「目標地点は……あそこがいいな」
旅館から出た僕は周りにそびえる山を見回し、最良の観測ポイントを一瞬で看破する。
そこからの僕の行動は迅速だった。
目的の山までの道のりを脳裏に思い描き、行動に支障が無いか自身の身体状態を入念にチェック。足、腕、目、耳、全てオールグリーン。
その後、軽く体をほぐし、一度深呼吸。
そして、おもむろにダッシュ。まずは石段を下り、横道に逸れて茂みの中をくぐる。しばらくそのまま進み、渓流のほとりに続く道までショートカット。怒涛の勢いで斜面を下った僕は、谷底を流れる川のせせらぎなんて無視して河原を突っ切る。
「速い、速いぞ! すごいぞ僕!」
体が、羽のように軽い。人間って、こんなに速く走れるんだな。やっぱり目標を持った人間は一味違うというわけか。
「……っと、後はここを登るだけか」
目的の山の麓(ふもと)まであっという間に到着した僕は一旦ストップし、広大な山を見上げる。木は生い茂っているが、人が通る分には問題無いくらいはひらけている。……イケる。
ミッション成功の確信を持った僕は、木々に遮られて月光の満足に届かない山へと足を踏み入れる。
ザッ、ザッ、ザッ。
始めは暗くて思うように進む事が出来なかったが、闇に目が慣れてからは軽快な足取りで移動出来るようになった。
「……ん?」
五分ほど歩いたところで、小さな人影を発見した。
……ちょっと待て。人影だと? まさか、のぞきに来た人間を捕まえるために、旅館が警備の人間を雇ったとでも言うのか?
どうする。奴はまだ気付いてはいない。退くか? ……いや、この山の頂上ほど絶好の観測ポイントは他には無い。ここは押し通るしかないだろう。
あれ、でも警備の人間にしてはやけに小さいな。僕と同じくらいの身長だ。もしかしてただの迷子とかかな?
あ、こっちに気付い──
「来るな! ここはやばいぞ!」
「は?」
こちらに気付くと同時に警告を投げかけてきたのは、おそらくは僕やなのはと同年代の少年。なぜかズタボロの浴衣を着た彼は、近づく僕を戦々恐々とした表情で見ている。
「だから来んなって!」
「君が何を言ってるのか分からな──」
カチッ。
「……あ」
「……ひょ?」
ボンッ!
『ぐああああああっ!』
「だ……だから言っただろーが、この、ボケ」
「じ……地雷、だと? ここはアフガニスタンかよ……」
そう、地雷。
なんと僕がさっき踏んだ物は日本ではまず見掛けることが無い対人地雷だったようで、僕だけでなく、近くまで寄っていたこの少年にも被害が及んでしまった。
しかし、ここまでやるとは流石の僕も想像できなかった。本当に一体何なんだ、この旅館は。のぞき魔に恨みでもあるのかってぐらいに警備が徹底しすぎだよ。
にしても、この少年はなんでこんな山中に居るんだろうか。よく考えたら迷子って線は無いよね。迷ってる人間がわざわざこんな夜の暗い山に入るわけないし。いや、明るいうちからずっとさまよい歩いていたってなら分かるけど。
ん? ひょっとして……
「なあ、お前──」
「ねえ、君──」
『もしかしてのぞきに来た?』
………うん、思った通りだ。この子、僕と同じ志を持った紳士だったんだ。紳士の必需品、双眼鏡も持ってるし。
「……ふふ」
「……へへ」
しばし顔を見合わせていた僕らは、どちらからともなく笑いだし、特に示し合わせた訳でもないのに同時に手を出し、ガッチリと握手する。
言葉はいらない。手を合わせるだけで、すべてが伝わる。そう、僕らは同志なのだから。
「よろしく頼むよ、相棒」
「こっちこそな」
今、この瞬間、ここに紳士同盟が樹立した。今夜限りの同盟だが、たぶん僕はこの日を永遠に忘れないような気がする。
ザザザザザザ!
と、いきなりそんな感動的な場面に水を差す出来事が起こった。何者かが茂みをかき分けこちらに近づいてくる音が聞こえてきたのだ。
「なんか、近づいてない?」
「く、クマとかじゃねーよな」
「今は冬だからそれは無いと思うけど」
もし凶暴な野生動物だったらまずいな。魔法は痛みを我慢すれば使えるけど、一般人であるこの子の前で使うのは抵抗があるし……まあ、いよいよとなったら使わざるをえないけど。
そんな事を考えながら何が出るのかと身構えていると、とうとう音を立てていた生物が僕達の前に姿を現した。
勢いよく茂みから出て来たのは、二匹の大きな犬だった。
一匹は知らない犬。もう一匹は……アルフかい。
その二匹の犬は追いかけっこ、いや、まるで競争をしているように、互いを意識し合って猛烈な勢いで走っていき、僕達なんか気にも留めずに再び茂みの中に突っ込んでいった。
その直後。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!
『キャイイイン!』
『あーはっはっは! こーのマヌケが! 火薬の匂いも嗅ぎ取れないのかい? これでマイナス十五秒だね』
『ぐぬ、待て!』
茂みの奥から立て続けに爆発音が起こり、さらになんか訳わかんない会話が聞こえたような気がした。何やってんのさ、アルフ。あとその犬どなたさん?
「で、でけー犬だったな……」
「あ、うん、そうだね」
どうやらこの子には会話までは聞こえていなかったようだ。まあ、聞こえてても空耳だと思う程度だろうけど。
「それにしてもさ、今の爆発見る限りだと、この山全体に地雷埋まってそうだよね。頂上とかだとさらに危ない仕掛けとかある気がするんだけど」
「そいつは同感だな。どうする。諦めるか?」
紳士らしくない弱気なセリフだな、と思って横に立つ少年の顔を見ると、ニヤニヤしながら僕を観察していた。
こいつ、僕を試している!?
「……舐めないでほしいな。僕を誰だと思ってやがる。最近、知り合いから陰で淫獣呼ばわりされてるほどの猛者(もさ)だよ?」
「奇遇だな。俺も近所のお姉さんにエロガキ呼ばわりされてるぜ」
再びニヤリと笑い合う僕達。
いいね。それでこその相棒、それでこその紳士だ。そうでなくちゃ張り合いが無い。
「さて、いい感じに気分が乗って来たところで、行くとしようぜ」
クイッと親指を曲げて、旅館方面を指す少年。……なるほど。確かにそれしか手は残されていない、か。
「そうだね。行くとしよう。僕達の──」
残る手段、それは……
『桃源郷へ!』
強行突破あるのみ。
「うおおおおおおおお!」
「はああああああああ!」
下る、下る。転ぶことなんて恐れずに、今まで登って来た山の斜面を猛スピードで下りまくる。
もしかしたら地雷が埋まってるかも、なんて軟弱な思考は切り捨てて、ただただ旅館を目指して一直線に駆け降りる。
ああ、気持ち良い。風が気持ち良い。友と戦場を駆け抜ける一体感が気持ち良い。のぞくという行為そのものに感じる背徳感が気持ち良い。カタルシース!
「見えたぞ!」
麓(ふもと)までノンストップ、ノーブレーキ、Bダッシュでやって来た僕らは、ザザーッと地面を削ってスピードを殺し、舞い上がる土煙なんぞに目もやらず、旅館、いや、もうもうと湯気を上げている女湯を見上げる。
「へい」
息を整えながら上を見ていると、横から声がかかる。
振り向くと、そこにはにぎり拳を前に出し、小憎(こにく)たらしい、でも決して憎めない笑みを浮かべる少年の姿が。
「幸運を祈る」
「ふふ、君もね」
僕も拳を上げ、ゴッとぶつけ合う。もう会う事も無いと思うけど、君ほど気が合う人物には今までお目にかかったことが無かったよ。
まあいい、能書きはここまでだ。後はひたすらに、全力で、思う様、力の限り、足が動かなくなるまで、ハッピーエンドを目指して、欲望に従うだけ。簡単だろ?
「んじゃあ」
「そろそろ」
『行くとしよう!』
もう、横も後ろも下も見ない。見えない。視界に入るのは、ほとんど垂直な傾斜の斜面の先にある魅惑的な湯気のみ。今誰が入ってるとか、のぞいた後どうなるのだとか、そんなのはどうでもいい。どうでもいいんだ。
今はただ、のぞきたい。それだけだ。
「友よ!」
「今が駆け抜ける時!」
魂の叫びを上げて走り出す。
ふと、視界の片隅に死屍累々の体で横たわる三人の男の姿が映る。あれは、おそらく志半ばで倒れた同志だろう。……その無念、僕らが晴らしてやる。今は安らかに眠れ。
黙祷を捧げながら目前にある谷川を驚異的なジャンプ力で飛び越し、着地。同時に足下が爆発する。だが、
「こんなものでぇ!」
「舐めんなぁ!」
不意の爆風に気圧されること無く、体を自分から前に投げ出し衝撃をやり過ごす。お尻を少し火傷してしまったが、構うものか。
「次ぃ!」
ゴロゴロと転がりつつ体勢を立て直し、すぐにダッシュを再開。が、またもや地雷を踏んでしまい爆風が襲いかかる。
「っつ、うおおおお!」
爆風によって上空に吹き飛んだ僕らは、痛みを堪えながらも手を前に伸ばして指を斜面のでっぱりに引っ掛ける。ただでは転ばん!
なんとか斜面に張り付いた僕らは、黒い悪魔も真っ青なほど機敏な動きでシャカシャカと登り始める、が……
突如、にょきにょきと壁面から生えだしたビデオカメラの様な形状の機械が行く手を遮った。あれは、夕方にことごとく僕の邪魔をしてくれた迎撃装置か!
「やられて、たまるかぁー!」
レンズ部分から次々と放たれる光線のようなものを、紙一重で、しかし全てかわし続け、速度を下げないで斜面を駆け上がる。気分はパプワ君。人間の子どもに出来るような芸当ではないが、なぜか僕も少年も超人的な身体能力を駆使して登り続ける。頭の中でパンツみたいのが弾けたような気がしたが、気にしたら負けだ!
「おい!」
「うん!」
もうゴールはすぐそばまで迫っていた。僕たちは気力を限界まで振り絞り、光線の嵐、上から降ってくる丸太、トゲ付き鉄球を、避け、粉砕し、蹴り返しながら進み、ついに斜面を登り切った。
「女湯はぁーっ!」
「こっちだぁーっ!」
そして、柵を乗り越え、湯気けむる浴場へと大ジャンプ。
さあ、見せてくれ。
僕達に、桃源郷ってやつをさぁー!
ポスッ。
ん? 誰かにぶつかった、というより、抱き止められた? でもなんか、女性にしては体がゴツゴツしてるし……
「おいおい、いいのかい? 俺はノン気だって食っちまうような男なんだぜ?」
い い お と こ
後日聞かされた話によると、あの旅館の男湯と女湯は交代制だったらしい。
ちなみに僕と少年は浴場に突入した途端に気絶してしまったようで、いい男に各自の部屋に運んでもらったそうな。その後のことは、よく覚えていない。
……次こそは、必ず。
あとがき
その……すいません。