バトル、開始。
「どおおりゃあああっ!」
私は滅多に上げない咆哮を放ち、杖を片手に、背に生やした黒い翼をはためかせながら大きくジャンプする。そして……
「目標をセンターに入れて、わし掴む!」
ゴウッ!
両手を伸ばしつつ、手近に居るシャマルさん目掛けて滑空を開始。まさに気分は上空から獲物を狙う鳥そのもの。だが、今の私はただの鳥ではない。
鳥の王様、イーグルだ!
「チッ!」
眼下で舌打ちをしたシャマルさんは、私の降下地点から離れようとバックステップ、というか背中でお湯を切り裂きながら後方に凄い勢いで水平移動してゆく。飛行魔法か。
だが──
「逃さん!」
水面にぶつかる瞬間に直角に曲がった私は、逃げるシャマルさんを猛追する。慣性の法則など知った事か!
「しつこい!」
水面のお湯を切りながら追い続ける私に嫌気がさしたのか、シャマルさんが攻勢にでた。眼前に光のリングを幾つも生み出し、それを追いすがる私に向けて解き放つ。あれは犯罪者達がよく使っていたバインドとか言うやつだな。しかし……
「こんなもの! 栄光を掴む手!(ハンズ・オブ・グローリー!)」
右手に魔力を集め、凝縮。さらに剣の形に固定させ、行く手を阻むリングを片っ端から切り裂く。こんなもので今の私を止められると思うなよ?
『ちょ、何で私の補助無しにそんな芸当できるんだ』
「そこにおっぱいがあるからです!」
『……そ、そうか』
今はリインさんに構ってなどいられない。一喝して頭に響く声を黙らせた私は、捕獲魔法を防がれて唖然としているシャマルさんの下へ、勢いを殺さず突貫する。衝撃はお湯が守ってくれるから大丈夫。たぶん。
「……はあ、もう好きにしなさい」
私の執念に根負けしたのか、シャマルさんが諦めたように胸を差し出してくれた。
「いただきまーす!」
もにゅ! ザバーン!
突っ込みながらもしっかりとおっぱいを掴んだ私は、シャマルさんを押し倒してモミング開始。へっへっへ、いい乳してるじゃねーか。
スパーン!
「おふっ」
「はい、ここまで」
いいかげんにしろ、という感じにはたかれてしまい、モミング断念。まあいい、獲物はもう一人残っている。
「お待たせしましたね、シグナムさん。次はあなたの番です」
私とシャマルさんの鬼ごっこを黙って見ていたシグナムさんに向き直る。
「あっしはシャマルみたいに甘くはないっすよ。揉めるもんなら揉んでみろ」
自信満々そうにその豊満な胸を突き出して私を挑発している。おやおや、いいのかなそんなこと言って。パパ、がんばっちゃうぞ~。
てなわけで……
「瞬間移動!」
相手が油断している今がチャンス。私は指を額に当て、シグナムさんの背後に現れる自分をイメージする。座標がどうとか知るか! 考えるな、感じろ!
シュン!
初めて使った転移魔法は見事成功。腰に手を当てているシグナムさんの真後ろに転移した私は、振り返らせる暇も無く背後から抱きつき、たわわに実ったおっぱいに手を──
スカッ。
「なんと!?」
伸ばそうと思ったのだが、抱きついた瞬間にシグナムさんの姿が掻き消え、たたらを踏むことになってしまった。
「……残像?」
『残念、幻影でござる』
きょろきょろとシグナムさんの姿を探していると、背後からエコーのかかった声が届いた。
「なっ!?」
振り返って後ろを確認した私は、絶句する。なんと、笑みを浮かべたマッパのシグナムさんが八人も居るのだ。これも幻影か。なんて素晴らし、もとい、やっかいな魔法なんだ。
『忍法、影分身の術、みたいな?』
『ま、実体は無いんでござるがな』
『いや、それだとただの分身の術か』
『しかし、どれが本物か見破れまい』
『さあ、主。どうする?』
にやにやと笑いながら再び挑発をしてくる八人のシグナムさん。一人はスクワットを始め、また一人はジョジョ体操を始め、さらに別の一人は無意味にジャンプをして胸を強調するなど、様々な行動を取ってくる。
その余裕、打ち砕いてくれるわ。
『リインさん、私達って大抵の魔法は使えるんですよね』
『む、まあそうだが……』
『なら、私が今イメージしているようなのって使えますか?』
『……まあ、使えるな』
それだけ聞けば十分。リインさんに補助してもらわなくとも、私一人でやってみせる。むしろやれなきゃおかしい。私は夜天の書の主、神谷ハヤテなんだから。理由になってない? そんなん知るか!
「うおおお! 開け始祖の門、マグネティックゲート!」
ズオオオオオ!
『だからなんで一人でいきなり使えるんだ。センス良すぎだろう、主は』
なんか言ってるリインさんを無視して私は魔法を発動させる。
『むおお!』
『こ、これは!?』
『引き寄せられる!?』
私を中心に磁力の渦が発生し、私が望むものだけを引き寄せる。望むもの、それはもちろん八人のシグナムさん。
「本物、見付けた!」
『し、しまった!』
さっきシグナムさんが言ったように、幻影は実体を持っていない。ならばそれを逆手にとって、実体のみに効果を持つ魔法を使えば正体を見分けることが出来る。今、一人だけズルズルとこちらに引き寄せられているシグナムさん。あれが本物だ。
「もらったぁ!」
翼をはためかせ、バシャバシャとお湯を手でかいて逃れようとしているシグナムさんの下へ突進する。が、私の接近に気付いてクルリとこちらを振り向いたシグナムさんは、余裕の表情で手を前に出し、指パッチンをした。
「出ろ、触手!」
「なっ!? ひゃああああ!」
水面がうねったかと思うと、いきなり透明な触手が飛び出してきて、シグナムさんの眼前で手足を拘束されてしまった。もがいてみるが、私の細腕ではびくともしない。くっ、こんなところで終わりだというのか。まだ、まだ私は──
「あ~る~じ~」
「ひっ」
身動きの取れない私を見つめながら、シグナムさんがにじり寄ってくる。なんだろうか、嫌な予感が……
「やんちゃが過ぎる主にはお仕置きが必要だとは思わないかね、んん?」
触手で頬をピシピシ叩いてくる。痛くは無いが、屈辱だ。
「……こ、殺せ」
生き恥を晒すくらいならいっそ!
「おしおきだべ~」
さらに触手を生み出したシグナムさんが、満面の笑みで私に──
「な、何を……いやああああ!」
──三分後
「う、うう……お嫁にいけない体になってしまいました」
「くすぐっただけやんけ」
思う様触手に体を蹂躙された私は、ぐったりとして湯船の縁(ふち)に体を投げ出している。くそう、せっかくのシグナムさんの生乳を揉むチャンスが……
「ボクに挑むには十年早かったね~」
敗者である私を上から見下ろしながら悦に入っているシグナムさん。いつか、いつか絶対ヒイヒイ言わせてやる。覚えてろ!
「おーい、そろそろ出ねーか」
私が心の中でリベンジを果たすことを誓っていると、事の成り行きを見守っていたヴィータちゃんがそう言ってきた。
「そうですね。また夕食を食べ終わった後や、明日の朝でも入れますし、そろそろ出ましょうか」
『主よ、それは構わないのだが、まずは融合を解除してくれ』
おっと、そういえばずっと融合しっぱなしだった。気合でリインさんを逃がさずにいたから、結構疲れちゃったよ。
「それじゃ解除を……」
『いや、待て。人が来る』
リインさんの忠告通り、脱衣所から高校生くらいの女性達が入って来た。仕方ない、脱衣所に移動してから解除することにしよう。
「おー、広ーい」
「景色もすごいねー」
(たぶん)女子高生達の会話する姿を横目に、脱衣所へ移動する私達。ちらちらとこちらを見てくるが、まあ外国人が珍しいのだろう。
「……む」
脱衣所に移動したのはいいのだが、中にはまださっきの高校生の連れと思われる女性が一人残って服を脱いでいたので、取り敢えず融合解除は後にして服を着ることにした。
私達が着替えを始めると同時に、銀髪、いや、アッシュブロンドの小柄な女性は脱衣を終え、タオルを片手に浴場の方へと小走りに向かっていった。
ステーン!
『いたたた』
『テッサ大丈夫ー?』
どうやら浴場の入り口付近で転んでしまったようで、彼女を心配する声がこちらまで響いてきた。ドジっ子というやつかな。
「なんだか保護欲をかき立てられるような子ですね。こう、妹的な」
『……妹、か』
「リインさん? どうしましたか?」
『む、いや、何でもない。それより解除だったな』
カッ!
部外者が居なくなった脱衣所でようやく分離した私達。みんなより早く着替え終えていた私は車椅子に腰を預け、裸のままのリインさんは服を着始める。にしても、リインさんには悪い事をしてしまったな。
「リインさん、すいませんでした、入浴の時間を奪っちゃって」
「ん、ああ、気にするな。過ぎたことだ。それにまだ温泉には入れるんだ。主が頭を下げるほどの事じゃない」
良い人や! 私はこんな良い人を騙して利用して……ああ、なんてことをしてしまったんだ。猛省しなければ。
「リインさん、反省の意味を込めて、私は旅行中はもう他人のおっぱいを触らないことにします。それでどうにか許してもらえませんか」
「むしろそれが普通なんだと思うが、まあ好きにするがいい」
「旅行中はってことは、家に帰ったらまた元に戻るのね」
それは当然だ。もし金輪際胸を揉むななんて言われたら、私はエサを与えられない雛鳥のように衰弱していく事だろう。ああ、想像するだに恐ろしい。
と、そんな事を考えながらみんなを見回すと、すでに着替えが済んでいた。それじゃ、戻るとするか。
「さて、皆さん着替え終わりましたね。では、部屋に戻って夕飯までゆっくりしていましょう。……あ、ザフィーラさんのことすっかり忘れてました。もう部屋に戻ってるんでしょうか」
「ああ、そうみたいだぜ。さっき念話で知らせてきた」
そっか。なら私達も早く戻らないとな。いつまでも一人で待たせてたら悪いし。
「寝る前くらいにまた温泉に入りたいですね」
「ハヤテちゃん、さっき言った言葉忘れちゃダメよ」
「勿論です。旅行中は欲望をシャットアウトすることを誓います」
「……信用ならないでござるな」
「むう……ん?」
なんだろう。今、山の方から爆発音と子どもの悲鳴のようなものが聞こえた気がするんだが。
「おーい、早く行こうぜ」
「あ、今行きます」
ま、気のせいかな。こんな平和な温泉街で爆発音なんて、ねえ。
「マツタケ!? これはマツタケっすか!?」
「へー、美味しいじゃない」
「美味い……これこそが食事というものだ」
「お前、なんで泣いてんだよ」
「人間形態で食事するのは久しぶりで箸がうまく使えん。主、変身してよいか?」
「我慢してください。動物厳禁なんですからここは。ほら、私が食べさせてあげますよ、あーん」
「あーん」
「シグナムさんが食べてどうすんですか」
部屋に戻った私達は、しばらくごろごろとみんなでダべったりゲームをして過ごしていたが、七時になると仲居さんが部屋を訪れ、夕飯を運んで来てくれたので、今はそれを美味しくいただいているというわけだ。
それにしてもここの料理は美味しい。良質の温泉に美味い飯が味わえる、か。ネットで評判になるのも頷けるな。
「ふう、食った食った。ごちそうさんま」
「シグナムさん、まだトマトが残ってますよ。お残しはいけませんね」
「アディオス!」
好き嫌いが無いシグナムさんが唯一苦手とするトマトを残して、どこかに去ってしまった。まったく、子どもなんだから。というかどこ行ったんだか。
なんて、シグナムさんの行動に呆れていると、ヴィータちゃんが面白い提案をしてきた。
「ハヤテ、後で憩いの間に行こうぜ。あそこ、ゲーム置いてあったんだよ。格ゲーとかシューティングとかあって、まるでゲーセンみたいだったぜ」
「へえ、古風な旅館なのに珍しいですね」
ホテルとかだったら分かるけど、こういった旅館でゲームが置いてあるのか。若者のニーズが分かってるじゃないか。
「シャマルさん達はどうしますか? 私とヴィータちゃんはゲームしに行きますけど」
「私はしばらく部屋でゆっくりして、その後また温泉に行くわ」
「私もそうしよう」
リインさんとシャマルさんは一緒か。ならザフィーラさんは……
「我は少々外に出てくる。腹ごなしに散歩がしたくなったのでな」
ふむ、なるほど。就寝時までは各自がバラバラに行動するのか。まあ、楽しみ方は人それぞれだし、構わないだろう。
「ザフィーラさん、みんなが寝る時までには帰って来てくださいね」
「心得た、では」
外に繋がる襖(ふすま)を開け放ち、狼形態に変身してそのまま走り去るザフィーラさん。……散歩ってそういう意味だったのね。まあいいけど。
「それじゃ、私達も行きましょうかヴィータちゃん」
「おう。他の客が居たらボコボコにしてやろうぜ」
「いいですね。腕が鳴ります」
シャマルさんとリインさんを部屋に残し、意気揚々と目的地に向かう幼女二人であった。
夜は、まだ長い……