──sideなのは
季節は冬。十二月に入り、一段と冷え込んできたことにより、外を出歩くのが段々と億劫になってきた。なので、いつもなら学校が終わったら、凍てつくような寒さに文句を言いつつ家に帰るところなのだが、とある事情により、最近は放課後になるたびに、白い息を吐きながらもウキウキとした足取りである場所に向かうようになった。
「ふふっ」
学校帰りで制服姿のままの私は思わず笑みを浮かべつつも、今日も見慣れた近所のマンションの階段を軽快に駆け上がる。
『嬉しそうですね、マスター』
「まあね。理由はレイジングハートも分かってるんでしょ?」
『それは、まあ。ただ、あのポンコツも居るのかと思うと、私はあまり喜べないんですが……』
「仲良くしないとダメだよ。毎回会うたびにケンカしちゃうんだから」
『……善処します』
相棒のその言葉を聞くと同時に、トンッ、と軽く音を立てて階段を登りきった私は、ある一室の前まで移動し、いつものようにチャイムを鳴らす。
≪でっていう!≫
通路にまで反響する特徴的なチャイムの音が響くと、部屋の奥から誰かがドタドタと玄関に向かってくる音が聞こえる。……これは、エイミィさんかな。
足音を立てていた人物は扉の前で止まり、予想通り鍵を開ける前に扉越しに質問してきた。
「合言葉を言え」
「タッカラプト、ポッポルンガ、プピリットパロ」
「正解! そんな君にはオプー〇を買う権利をあげよう」
「いえ、いらないんで。部屋に入れてください」
ガチャッとドアが開き、残念そうなエイミィさんが顔を覗かせる。
「そんなこと言わないでさ~。だれも買ってくれないんだよ~」
「ゲ〇にでも売ってくればいいじゃないですか」
「買い取り価格、百円だったんだ……」
うわあ……単体で売るには勇気がいるなぁ、それ。
「それはそれとして、ようこそなのはちゃん。また遊んでく?」
「ええ。あ、そうだ。フェイトちゃんは居ますか? ちょっと今日は大事な話があるので」
「今はアルフと散歩に行ってるよ。もうすぐ戻るだろうから、中に入って待ってなよ」
「はい、そうさせてもらいますね」
エイミィさんに促されドアを抜けた私は、彼女の背中を追って奥へと進む。進んだ先にはリビングがあり、そこには椅子に座って本を読んでいるリンディさん、ゲームで対戦中のクロノ君とユーノ君(人間形態)が居て、入室する私に目を向けてきた。
「艦長、なのはちゃんが遊びに来ましたよー」
エイミィさんがクロノ君の隣に座りながら、私の訪問を知らせる。
「こんにちわ、リンディさん」
「ようこそなのはさん。ゆっくりしていってね」
リンディさんは私に挨拶を返すと、すぐに読んでいた本に目を戻す。小説のようだけど、どんな内容なのかは聞かないでおこう。大体どんなのかは想像つくけど、少しでも興味を示すと大変なことになるからね。
部屋の中央に居るクロノ君達に近づいた私は、こちらに目をやるユーノ君に声を掛ける。
「ユーノ君も来てたんだね」
「まあね。散歩がてらに寄ったんだ」
管理局本局から戻って来て再び私の家に居候しているユーノ君だけど、最近は散歩に行くことが多くなった。フェレットの姿で出掛けるのはいつものことだからいいとして、また犯罪行為に手を染めてなければいいんだけど。
そんな心配をしていると、ユーノ君の横でクッションを腰の下に敷いたクロノ君が口を開く。
「今はちょうど休憩中だったんだ。君も一緒にゲームをやるかい?」
ロクヨンのコントローラーをかかげてお誘いを掛けてくれるクロノ君。フェイトちゃんが来るまではそうしようかな。
「じゃあ、お言葉に甘えて。何をやる?」
「スマブラにしよう。今もちょうどやっていたところだ。母さんを抜かせばこれで四人揃ったことになるから、やっと盛り上がれる」
そっか。そういえばリンディさんはこういうゲームはやらないんだっけ。だったらちょうど良かったな。
「なのはちゃんのサムスは強敵だからな~。ここはフォックスでかく乱するべきかな」
「あのいやらしいヒットアンドアウェイかぁ。あれは苦手だなぁ」
「ま、何をしようが僕のネスには敵わないがな」
「待ちなよ。僕のピカチュウの強さを忘れたのかい?」
キャイキャイと騒ぎながらもキャラクターセレクトを終え、大乱闘を繰り広げる私達であった。やっぱり大人数のゲームは楽しいなぁ。
一週間ほど前、突如として地球に現れたリンディさん以下アースラスタッフの人達が、引越しの挨拶を兼ねて私の家までやって来た。事情を説明してもらったところ、どうやら危険な魔導師がこの町の近辺に居る可能性が高いらしく、アースラが使えない今、しばらくここに拠点を置いて調査を進めるということだった。
この任務には嘱託魔導師であるフェイトちゃんも同行していて、何も知らされてなかった私は、再開した時にはすごく驚いてしまった。
『なのはを驚かせたかったから』
という理由で知らせなかったらしい。あの時は、フェイトちゃん、可愛いところあるんだなぁ、なんて微笑ましくなったものだ。
再開を終えた後、すずかちゃんとアリサちゃんを翠屋に呼んでフェイトちゃん歓迎パーティーを開いたりもした。ビデオメールでやりとりしていたおかげで、フェイトちゃんとアリサちゃん達はすぐに仲良くなった。機会があったら車椅子のあの子とも会わせてあげようと思う。
フェイトちゃん達は任務中の身ではあるけど、そこまで切羽詰まっている状況ではないらしく、私やユーノ君が遊びに来ても相手を出来るくらいには余裕があるらしい。なので、私は暇があればこうしてこのマンションに来て、フェイトちゃんとお話したり、エイミィさん達と遊んだりしているというわけだ。
ただ、今日は遊びにではなく、フェイトちゃんに話があって来たわけなんだけど……
「ロウガガンでスプラッシュガンに勝てっこないよ~」
「エイミィさん、私にチェンジチェンジ!」
「ユーノ、そのまま攻めきれ!」
「任せて!」
「受けてみて。これがディバインバスターのバリエーション!」
「くっ、シノノメガンか。太すぎだよこの砲撃」
「ユーノ、なのはは僕に任せろ! 違法パーツには違法パーツで勝負だ」
「なのはちゃん、やっちゃえ~」
ゲームに夢中になって、すっかりと本来の目的を忘れてしまっていた。スマブラからカスタムロボにシフトチェンジして遊んでいたんだけど、やっぱりこの二作は面白すぎる。ロクヨンという二世代前のハードであるにも関わらず、今でも十二分に楽しめるほどのソフトというのは、これ以外に無いんじゃないだろうか。
ガチャッ。
『ヒャッハー! バルディッシュ様のお通りだぁー!』
「ただいま。……あ、なのはにユーノ、来てたんだ」
「フェイトちゃん、おかえり」
「やあ、フェイト。お邪魔してるよ」
と、ゲームに熱中しているところにフェイトちゃんとアルフさん(獣形態)が帰宅してきた。ここでようやく、私は大事な話があったことを思い出すことができた。
私はゲームから離れる旨を三人に伝え、ソファーに座るフェイトちゃんのそばに寄る。
「フェイトちゃん、ちょっとお話があるんだけど、いいかな?」
「OHANASI!? あ、ああ、お話か。うん、いいよ」
なぜか一瞬ビクッと体を震わせたフェイトちゃんの隣に座り、先日アリサちゃん達と話し合った事を伝える。
「あのね、この前アリサちゃんとすずかちゃんとお喋りしてる時にね、フェイトちゃんとアルフさんを誘って温泉に行かない? って話が出たんだ。そしたら二人ともすごい乗り気になってさ、もう旅館に予約までしちゃったんだ。事後承諾みたいになっちゃって悪いんだけど、フェイトちゃんも一緒に行かない?」
『ミス・なのは。私のことを忘れていませんか』
突然フェイトちゃんの胸元のポケットから声が発せられた。それに対して、私のパートナーのレイジングハートが言葉を返す。
『口を慎みなさいバルディッシュ。マスター同士の話に口を挟むものではありません』
『あー、ハイハイ。私が悪うござんした。……姑(しゅうとめ)みたいにうるさい奴だな』
『表に出なさいバルディッシュ。ジャンクにしてあげます』
「二人ともケンカしないで。あ、もちろんバルディッシュも一緒だからね」
ウチのレイジングハート同様に、フェイトちゃんのバルディッシュもかなり性格変わっちゃったなぁ。寡黙だったのに今はこんなにお喋りになっちゃって。やっぱりマンガとかアニメを見せ過ぎたのが原因なのかな。まあ、今の性格も嫌いじゃないからいいんだけど。
「あ、話がそれちゃったね。で、どうかなフェイトちゃん」
再度の私の質問に、顔を曇らせたフェイトちゃんが残念そうに答える。
「それは、もちろん行きたいけど、今は任務中だからあまり司令部から離れるのはダメなんじゃないかと……」
あう……そういえばそうか。そこら辺の事情を考慮してなかったよ。うーん、フェイトちゃんが居ないと、アリサちゃん達がっかりするだろうなぁ。
そんな風に私とフェイトちゃんが肩を落として鬱雲を発生させていると、本を読んでいたリンディさんが顔を上げて嬉しいことを言ってくれた。
「別に行っても構わないわよ、フェイトさん。今はまだ大きな動きがないから、もうしばらくは様子見の状態が続くだろうし。なにより、来週からクラスメイトになる友達のせっかくのお誘いを断わるなんて、失礼だものね」
「あ……ありがとうございます。リンディ提督」
嬉しそうにリンディさんに頭を下げるフェイトちゃん。やったね。
「って、クラスメイトになる? どういうことですか、リンディさん」
「あら、フェイトさんが自分で伝えるって言ってたけど、まだ言ってなかったのね。来週からなのはさんが通う学校に、フェイトさんが編入することになったのよ。それも同じクラスにね」
ウソ!? フェイトちゃんが!?
「フェイトちゃん、どうして教えてくれなかったの?」
「それは、忘れて……なのはを驚かせようと思って」
「そ、そうなんだ。うん、驚いたよ……」
というか今忘れてって聞こえた気が……まあ、気のせいという事にしておこう。
いや、それより今はフェイトちゃんが宿泊旅行に一緒に行けるようになったことを喜ぼう。きっと楽しい旅行になるだろうなぁ、えへへ。
「なのは、誘ってくれてありがとう」
「お礼なんていいよ。フェイトちゃんが来てくれるだけで私は嬉しいんだから」
「なのは……」
「……ねえ、なのは。僕も一緒に行ってもいいよね?」
私とフェイトちゃんが喜びに笑みを浮かべていると、ゲームから目を離したユーノ君がこちらに向き直りそんな事を言ってきた。
「それは、勿論いいけど……お風呂は別々だよ?」
「あ、当り前じゃないか、は、はは……チィ……いや、まだ手はあるか?」
なんだろう、ユーノ君を連れていくのにすごい抵抗感を感じるな。
「なあ、なのは。今度行く旅館って以前あたし達が戦った所かい?」
今まで黙っていたアルフさんがいつの間にか人間形態になっていて、牛乳を飲みながら尋ねてくる。
「いえ、今回はちょっと遠い所なんです。でも、すごい人気があるらしいですよ。料理も美味しいし、温泉も広いとか」
「お~、いいね~、広い温泉。あたしも人間形態で行っていいんだろ?」
「あ、はい。いつものようにフェイトちゃんの親戚ってことでよろしくお願いしますね」
「あー、はいはい。了解~」
牛乳をゴクゴクと美味しそうに飲みながら手をヒラヒラと振るアルフさん。あ、武蔵野牛乳飲んでる。やっぱり牛乳は武蔵野牛乳だよね。
「艦長、艦長、私もフェイトちゃん達と一緒に温泉行っちゃ駄目ですか~?」
「駄目です」
「だが断る」
「しかし答えは聞いていない」
「うわーん、艦長のアホ~」
エイミィさんとリンディさんがなにやらコントを繰り広げている。……ん、もうこんな時間か。そろそろ帰らないとまずいかな。
時計を確認するともういい時間だったので、帰る準備をする。
「ユーノ君、そろそろ帰ろう。暗くなってきちゃうよ」
「あ、うん。分かった……変身っと」
カッ!
「ユーノ君、もうスカート覗いちゃ駄目だよ?」
「だからあれは無実だって……あ、ちょ、やめてよ皆。そんな目で見ないでよ」
みんなに白い目で見られてるフェレットに変身したユーノ君を肩に乗せて、帰りの挨拶をする。今日も楽しかったな。
「お邪魔しました。また来ますね。あ、フェイトちゃん、旅行の日程が決まったら連絡するね」
「うん。バイバイ、なのは」
「いつでも来てね~」
リビングに居るみんなに見送られながら、ユーノ君と共に玄関に向かう。が、靴を履いているところに別れたばかりのフェイトちゃんがやって来た。どうしたんだろ?
「なのは、旅館の名前ってなんて言うの?」
あ、そういえば言ってなかったっけ。
「えっとね、確か……」
んーと、なんて名前だったっけ。……あ、思い出した。
「その名も、ひなた旅館!」
「え、マジ!? 温泉!? ひゃっほう!」
「ふふ、そんなにハシャいじゃって。子どもっぽいところもあるのね」
「なあなあ、そこって混浴? いや混浴じゃなくてもいいや。九歳以下だったら男女どっちも入れる決まりとかある?」
「……君、ほんとに九歳児? ちなみにあそこの温泉は七歳以下じゃないと駄目です」
「ガッデーム!……いや、まだ手はあるか?」
帰宅途中、どこからかそんな会話が聞こえてきた。温泉旅行、流行ってるのかなぁ?