「これは……ピンチですね」
危機感がつのる神谷ハヤテです。
十二月に突入し、寒さが一段と増してきた。
そのせいか、よく外出をするシグナムさんも、最近は暖房のきいたリビングで一日中ゴロゴロしていることが多くなったし、ヴィータちゃんとシャマルさんも、買い物以外ではほとんど外出しなくなった。ザフィーラさんも同様に、夕方の散歩を除いて外に出ることはない。リインさんに至っては、以前病院に付き添ってもらって以来、外に出たのを見かけたことすらない。私も寒いのは苦手で、あまり外出はしなくなった。
そんなわけで、昼日中の寒風吹きすさぶ外に出ようというチャレンジャーはこの家の中には誰もおらず、ここ一週間はみんなリビングで一日中ボヘーっとしていたのだが、ある出来事によって、その平穏な日々は破られることとなった。
その悲劇は、ある日の昼下がりに起こった。
「まさかエアコンが壊れるとは。しかもリビングと寝室にあるの、二つ同時に……」
「ささささ、さみー!」
「あかん……こらあかんて……」
「冗談じゃないわね……」
「エターナルフォースブリザード級の寒さだな……」
これはまずい。非常にまずい。このままこの寒さに身を晒し続けたら永久(とわ)の眠りについてしまいそうだ。みんなとソファーで体を寄せ合っても震えが止まらないし。
電話でエアコンの修理を依頼したから夜までには直るだろうけど、そんなのを悠長に待っていたら風邪ひいちゃうよ。なんとか当座をしのぐために暖を取らないと。でもどうしたら……ああもう、なんでこの家にはヒーターやストーブが無いんだよ。
ん? そういえばザフィーラさんはさっきから静かだな。みんなと違って寒さに悲鳴を上げてない。一体どうして──
「どうした、貴様ら。ベルカの騎士ともあろうものが情けないぞ」
な、なにぃー!? 余裕の表情でホネッコをかじっているだと!
「はっ、そうか。毛皮か!」
そういえば狼の毛皮は保温性がかなり高いんだったな。だから冷たいフローリングの上に腹ばいになっても平気という訳か。くっ、なんて羨ましい。というか妬ましい。一人だけぬくぬくとしおって! しかも、なんか見下されてる感がするのが拍車をかけるよ。
「犬、ちょっとこっち来い。その毛皮剥いでヤフ〇クに出品してやんよ」
「シグナムさん、気持ちは分かりますが落ち着いてください。それだとワシントン条約に抵触してしまいます。どうせなら私達の暖を取るために使いましょう」
ビクッと、ザフィーラさんが警戒するかのように一歩下がる。やだなぁ、ほんのジョークなのに。
「主よ、目が怖いのだが」
「気のせいです」
冗談はさておき、本当にどうしたもんかな。いつまでも寒さに身を震わせている訳にもいくまい。まあ、今の私はリインさんとシグナムさんのダブルおっぱいに挟まれてかなりワンダフォーな状態だから、もう少しこのままでもいい気はするんだけども。
そんなふしだら(?)な事を考えていると、ヴィータちゃんが何かに期待するような眼差しで私を見つめていることに気付いた。なんだろうか?
「どうしたんですか、ヴィータちゃん」
「なあハヤテ。この家に、アレはないのか?」
「アレ?」
「ほら、アレだよ。日本の冬に大いに活躍する、アレ」
……ああ、あれか! あったあった。すっかり忘れてたけど、確か物置の中にあったはずだ。ナイスアイデアだよ、ヴィータちゃん。
「ザフィーラさん、人間形態に変身してちょっと物置までついて来てください。とある物を運んでもらいたいので」
「む、何を運ぶのだ?」
「ふふ、冬と言えばやっぱり──」
『こたつ、サイコー!』
こたつしかないでしょ。
「みかん、ウマウマ」
「こたつにみかんは外せませんよね」
「世界の常識だぜ」
「……」
先ほどの寒さなんてどこ吹く風。今はみんなカーペットの上に用意したこたつに入り込み、和気あいあいとお喋りに興じている。
「……」
いやー、やっぱりいいもんだね、こうやって大勢でこたつを囲むってのは。自然と笑顔になっちゃうよ。
「……主、一つ聞きたいんだが」
そんなまったりムードの中、人間形態から再び狼形態に戻ったザフィーラさんが、冷たいフローリングの上でおすわりした体勢のまま質問してくる。
「なんでしょう」
「なぜ我だけ除け者(のけもの)なのだ」
「なぜって、見れば分かるでしょう?」
現在、私&ヴィータちゃんの二人一組と、シグナムさん、シャマルさん、リインさんが中央に向かい合うようにこたつの一辺ずつを支配している。用意したこたつはそれほど大きいものではなく、今の状態で満員なのだ。と、くれば、
「暖かい毛皮に包まれたザフィーラさんが除外されるのは当然、必然、自然の理な訳です」
「……余裕そうにみえるだろうが、これでもちょっとは寒いのだぞ」
「私達は死ぬほど寒かったんです。申し訳ありませんが、エアコンが直るまで我慢してくださいね」
クッ、と呻いておすわりから伏せにシフトチェンジしたザフィーラさんは、恨みがましそうな目でこちらを見つめながらホネッコをガリガリとかじり始めた。
ザフィーラさん、世の中にはね、何かを得るためには何かを犠牲にしないといけないという自然の摂理に沿った、極めてシンプルかつシビアな法則というのがあるんですよ。
人、それを等価交換の法則と言う。
非常に心苦しいが、ザフィーラさんには私達が暖を取るための犠牲になってもらうしかないのだ。決して、さっきは一人だけぬくぬくしやがって誰が入れてやるもんかフゥハハー、なんて歪んだ感情の発露の結果ではない。断じてない。
「はっ、ザマーないっすね。人を見下してた生意気なワン公にはお似合いの姿じゃん」
「おいおい、言ってやるなよ。優越感に浸りたかっただけだろう」
「ふう、それにしても暖かいわぁ。どこかの狼の毛皮より暖かいわぁ」
「まったくだ。比べ物にならんな」
「貴様ら……もし我が許されざるもの(ペインパッカー)を使えたら、一瞬にして消し炭になっているところだぞ。我の心の痛みを返してやろうか」
みんな歪んでるなぁ……
VS ウノ。
「ドロツーです」
「ならば私もドロツーだ」
「甘いわ、私はドロフォーよ」
「……スキップじゃ、ダメっすか?」
『ダメ』
VS トランプ。
「ダウトです」
「それもダウトね」
「ふっ、ダウトだ」
「なぜじゃ!? なぜ分かる!」
「目が泳ぎすぎなんだよ、テメーは」
VS 遊戯王。
「正義の味方カイバーマンを生贄に捧げ、青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)を特殊召喚でござる!」
「残念、激流葬です。場のモンスターはすべて破壊されます」
「ぐぬぬ、ならばリビングデッドの呼び声で生き返らせて──」
「次元の裂け目の効果をお忘れですか? 除外してください」
「ぐ……モンスターを守備表示で召喚。ターンエンド」
「私のターン。異次元の偵察機を捨て死者への手向けを発動。守備モンスターを破壊します」
「ぬあ!?」
「さらに紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚し、巨大化を装備。攻撃力8000です。プレイヤーにダイレクトアタック」
「甘い! 魔法の筒(マジックシリンダー)発動。ふははは、自らの攻撃で滅びるが──」
「盗賊の七つ道具発動。魔法の筒(マジックシリンダー)を無効化し、ダイレクトアタック」
「ノオオオオオ!?」
「おいおい、初心者のリインがあたしに勝てるとでも──」
──5分後。
「ハリケーン発動。場の魔法・トラップカードを手札に戻せ」
「く……」
「洗脳・ブレインコントロール発動。貴様のインフェルノ・ハンマーを奪い、さらにサイバー・プリマを召喚し、巨大化を装備。合計ダメージ7000、プレイヤーにダイレクトアタック。喰らえ、終幕のレヴェランス!」
「バ、バカなあああ!?」
みかん食べてばかりいるというのにも飽きた私たちは、暇つぶしとして色々なカードゲームで遊ぶことにした。トランプやウノでは私とヴィータちゃんがコンビを組み、他のみんなはソロで戦い合っていたのだが、ほとんどのゲームはシグナムさんの一人負けという結果になっている。運が悪いというのもあるが、単純に実力が足りていないだけって感じだな。
ちなみに今は遊戯王で遊んでいるのだが、リインさんが意外と強いのには驚いた。私もお手合わせしようかな。
「リインさん、次は私とデュエルしませんか?」
「ハヤテ、待ってくれ。もう一回こいつとやらせてくれ。今のは何かの間違いだ。あたしがこんな初心者に負けるなんて……」
「ふっ、何度やっても結果は変わらん。オベリスク・ブルーの女王の異名を持つこの私が相手ではな」
「誰がつけたんですか、そんな異名……」
結局、またヴィータちゃんとリインさんがデュエルを始めてしまった。残るはシグナムさんだけなんだけど、今はデッキの改良中だしなぁ。シャマルさんとザフィーラさん(今は人間形態)は初心者同士、つたないなりにバトルを楽しんでるし。うーん、私もデッキ改良しようかな?
「ん?」
そこで、ふと、以前にみんなとある約束をしていたことを思い出した。そう、あれは確か、みんなでゲーセンに行った帰りのことだったな。
「皆さん、お話があるので、ちょっと聞いてくれますか」
カードゲームに熱中しているみんなに呼びかけ、意識をこちらに向けてもらう。大事な話だから、ちゃんと聞いてもらわないとね。
「どうした、主」
「今良いところだから、手短に頼むわね」
初心者二人組がバトルを中断して私を見る。……シャマルさんも結構染まってきたよな。ゆくゆくは立派なオタクに育て上げたいものだ。……いや、今はそれは置いとこう。今回のイベントの方が大事だしな。
「えー、皆さん。確か以前、闇の書の問題が片付いたらみんなで温泉に行こうって約束しましたよね?」
「え? あ、そういやそんなこと言ってたな」
「そんな死亡フラグ立てたこともあったニャー」
その後、あのでっかい怪獣と戦うことになってシャレにならなかったんだけど。そういやブルーアイズと戦う前にも死亡フラグ立ててたな、シグナムさん。この人が死亡フラグ立てると強い敵が出てくる法則でもあるのかよ。おっと、また思考が脱線してしまった。
「それでですね、新たな家族もできたし、私にかかってた呪いも解けたことですから、ここらで一つ、みんなで泊り込みで温泉に行こうと思うのですが、どうでしょうか?」
「温泉……いいわね」
「ほう、興味はあるな」
シャマルさん、リインさんは乗り気だな。よし、残るは三人。
「他の皆さんはいかがです?」
「当然、あたしも賛成だ」
「ミーも行きたいじぇ」
「悪くはない」
全員参加決定! うんうん、そうこなくっちゃね。そうと決まれば早く旅館の予約をしよう。
「話は決まりましたね。それでは私は、良さそうな旅館をネットで探して早速予約しますね。何かリクエストはありますか?」
「飯がうまいとこがいいな」
ヴィータちゃんが一番に答えてくれる。まあ、それは定番だね。美味しい料理を食べるのも旅行の醍醐味の一つだ。ネットで評判の所を探してみるとしよう。
「私は温泉が広い所がいいわね」
今度はシャマルさん。うん、なるべく大きな所を探してみよう。
「それもいいですね。他にはありませんか?」
どうやらもう特にリクエストはなく、後は私に一任してくれるようだ。よーし、張り切って良い旅館探すぞー。
ピンポーン!
と、私がパソコンを操作して色々と旅館の情報を見ているところに、来客を告げるチャイムの音がリビングに鳴り響いた。これは、業者の人がエアコン修理に来たのかな。
「すいませんが、どなたか出ていただけますか」
「では、我が対応しよう」
人間形態のままのザフィーラさんが、玄関に向かってくれる。さっきみんなに苛められてたから機嫌があまりよくなかったけど、デュエルしているうちに直ったみたいだな。
……あれ、そういえば今のザフィーラさんの格好って確か──
『あ、どうも。先ほどお電話いただいた者……サ、サイヤ人!?』
『ふん、戦闘力たったの五か。ゴミめ』
「うちのザフィーラさんが大変な失礼をばぁー!」
もうそれが当たり前の光景になってたけど、人間形態の時は大抵コスプレしてたんだった……
その夜。
「みなさーん、泊まる旅館が決まりましたよー」
「んー、どこどこー?」
「その名も、ひなた旅館!」
ああ、楽しみだ。