「いや、あの、出来心だったんですよ」
神谷ハヤテ、只今お説教くらってます……
「いいね? もうあんなスピード出しちゃ駄目だよ」
ええ、分かってますとも。だから早く家に帰らして下さいよ。
「……おじさんの目を見てご覧。おじさんはね、たくさんの悪い人たちを見てきたから、相手の目を見れば嘘をついてるかすぐ分かるんだよ?」
ほう、そいつは凄い。でもそんなのどうでもいいから早く帰らしてってば。
「……うん、君は嘘つきじゃないね」
あなたの目は節穴です、とは言いたくても言えない私。もどかしい。
「よし、それじゃあお家に帰してあげよう。ご両親の携帯番号か、お家の電話番号、わかるかい?」
ご両親は恐らくお星様になって私を見守ってくれていると思います。お家の電話には触れたことすらありません。
「えっと……うちの親、共働きで、夜遅くに帰って来るんです」
「そりゃ困ったなぁ。ここには今私一人しかいなくてね、君をお家まで送ることが出来ないんだよ」
あれ、あんた嘘ついたら分かるんじゃないの?
いや、これはチャンスか。
「大丈夫です、家はすぐ近くなので一人で帰れます。ほんと、すぐです」
「……君、迷ってなかった?」
「まさか。最近こっちに来たばかりなんで、探検してたんですよ」
これはあながち嘘ではない。
「本当に? 怪しいなぁ」
お前の目は本当に節穴だな!くそう、早く帰らないと見たいアニメが終わっちゃう。
「まあいい、君を信じよう。嘘つきは泥棒の始まりだよ?」
既に泥棒まがいのことはやってますが、家捜しとか。
まあいい、これでやっと帰れ……
「誰かに襲われたら、大声出すんだよ。すぐに助けるからね」
……大きなお世話ですよ、本当に。
ふう、やっと解放された。昨今のポリ公は、皆あんなに職務熱心なのかね?
「すぐに助ける、か」
全く、本当にお人好しで、甘過ぎて……
へどが出るわ!
その驕り、侮りが自らの首を絞めるなると、なぜ……
おっといけない。第二の人格が目覚める所だった。
しかし、本当に甘い。
「巡回時間と巡回行路、ゲットだぜ」
ただでは転ばない女、それが私。
カツ丼を食べ終えた私は、お茶を飲みたいとせがみ、オッチャンを奥の部屋へと向かわせ、その隙に職務机の中を確認し、見事目的の情報を手に入れたのだ。
そう、情報のみ。
流石に用紙をパクる訳にもいかず、ざっと一通り目を通し、それを頭の中に叩きこんだのだ。記憶力には自信があるんだよね~♪
「これで私達の逢瀬を邪魔する者はいなくなった。ねぇ、グレン号?」
そう、私はグレン号に恋をしたのだ。具体的にはその速さに。
あのパーマを追跡した時の躍動感といったらもう! 病み付きになってしまいましたよ、わたしゃ。
……パーマ、か。そういえば、あのオバサンがこの身体になって初めて会話(?)した人間なんだよね。そしてその次が、あの節穴のオッチャン。
……同年代の人と、会話したい。というか、若い人なら誰でもいいや。オッチャン、オバサンとは話が合わん。
「帰ろ……」
微妙な寂寥感を背負いながら、帰路につくのだった。
あっ、帰り道わかんね。
結局家に着いたのは深夜と言っていい時間帯だった。まあいいか、それなりの収穫はあった。あと、今日やることは……
「……お風呂入ろ」
よく考えたら丸二日入っていなかった。くさい、きたない、きつ……くはないが。花も恥じらう乙女がこれではいかんだろう。
着替えを抱えて脱衣場に到着。さて、
「今、ここに、はやてちゃんの一糸纏わぬあられもない姿が!」
……虚しい。
「私を癒してくれるのはお前だけだよ、グレン号」
尻の下の物言わぬ相棒に言葉をかけながら脱衣開始。
「よっ、ほっ……ぬん!」
衣服を脱ぐのも一苦労なこの身体。……はやてちゃん、君本当に苦労してたんだね。
「ズボンが、脱げない」
温室でのびのびビヨーンと育った私には、かなりの苦行だぞ、これは。
前屈するようにギリギリまで手を伸ばす。もうちょっとで……ん?……お、おお?
すぽーん!
「つおぉぉ!」
脱げたはいいものの、反動で背もたれの金具部分に後頭部を強打、のみならず、スティックを誤って操作してしまい、全速前進、ヨーソロー。
「……泣きっ面に」
何故か水が張りっぱなしの浴槽にぶつかり、投げ出された身体は……
「スズメバチ!」
ドボンと頭から着水。出来の良いコントみたいだなぁと思いながら、私はそのまま意識を奈落の底へと……
「ぶるぁぁぁぁっ!」
落としてたまるか!
ひゅー、危ない。三途の川の向こう側を垣間見てしまった。
「……飼い犬に手を噛まれるとはこのことか。ええ? グレン号」
寒さに震えながら下手人を睨み付ける。百年の恋も冷める程の反逆っぷりにびっくりだよ。
──つるぺたに情けは無用なり──
気のせいだろうか? なんか聴こえたような気がしたが。
「全く、とんだじゃじゃ馬だよ」
あ……グレン号から降りて脱げばよかったじゃん。
冷えた身体をシャワーで温め、全身をくまなく洗った私は、お湯を張るのも面倒くさくなり、湯船に浸からず風呂を出ることにした。
「いつか私以外乗せられないようなカラダにしてやるから……」
タオルで身体を拭きながら再度グレン号を睨み付ける。
──フッ──
鼻で笑われた気がした……
さーて、もう寝るかなー、と寝室のベッドにダイブしようとした時に、ふと気付く。
「病院に通ってるんだよね、たしか」
財布を取り出し、診察券を眺める。えーと、次の診療日は、と……明日じゃん。
いけない、海鳴大学病院てどこにあるんだろ。住所自体は診察券に書いてあるけど、道がわからん。こんな時は……
「彼奴(きゃつ)に頼るとしよう」
人類が産み出した最高の叡知の蔵。その名はインターネット。
はやてちゃんの事だから、ネット環境は整えているだろう。パソコンは、確かリビングにあったはず。
「ポチッとな」
リビングに移動し、パソコンを起動させる。中々高そうなパソコンですな。
立ち上がるまでしばしボーッとする。壁紙はどんなのかな? 楽しみだ。
「……渋いチョイスですな」
某執事アニメに出てくる、ツッコミ女がハリセン持ちながら不敵な笑みを浮かべていた。
「……ん、メール?」
病院付近の地図を印刷した私は、三日ぶりのネットサーフィンでも楽しもうと思ったのだが、メールが届いていることに気が付いた。
早速開いて見る。差出人は……外国人? これはなんて読むのかな?
「ゲル=ゴーレム、かな?」
うん、きっとそうだ。中々個性的な名前じゃないか。
『やあ、久しぶりだね。元気だったかな? 実際に顔を見て挨拶したいんだけど、これでも忙しい身でね、画面越しで失礼するよ』
当たり障りのない文章が並んでいる。というかこの人はやてちゃんとどんな関係?
『最近は物騒だからね、戸締まりはしっかりするんだよ。あと、お金の無駄遣いもダメだよ? いくら沢山あるからって、お金は有限だからね』
……はやてちゃんの財政事情に詳しい。もしかして、あの謎の資金の出資者ってこの人? ていうか、リアル足長おじさん?
『……それじゃ、また連絡するよ。身体に気を付けて』
メールを読み終わった私は考える。
何が狙いなんだ、この人は……
リアル足長おじさん。世の中にはそんな奇特な人もいるかもしれないが、いくらなんでもあの額は異常すぎる。
身寄りの無いいたいけな少女に、多額の援助をする怪しさ満点の(たぶん)オッサン……
私は、熟考に熟考を重ね、ついに正解を導き出すことに成功した。
「ロリコンなんだ、こいつ……」
そう考えれば全てのつじつまが合う。
幼少の頃から自らの手のひらの内で飼い慣らし、資金援助という免罪符を盾に、食べ頃になったら自分のものになれと迫る。
見事はやてちゃんをその魔の手で手に入れた暁には、援助していた金も自らのもとに戻って来る寸法ってわけだ。
……とんでもない鬼畜だよ、こいつは。
なんという知略、智謀。げに恐ろしきはそれを実行するという行動力か……
光源氏計画をリアルで決行するとは、頭の中に悪魔でも飼ってるのか?
ロリコンってレベルじゃねーぞ!
しかし、いくら彼奴(きゃつ)が類い稀なる神算鬼謀の持ち主でも、その計画の内には【神谷ハヤテ】というイリーガルなファクターまでは含んでおるまい……
そこを突いて、
「逆に利用してやるわ……」
搾れるだけ搾って、最期にはボロ雑巾のようにぽいっ。
相手は稀代にも稀な鬼畜だ。遠慮なんてしてたら逆に喰われてしまう。
殺られる前に殺れ。
良い言葉じゃないの。
はやてちゃんに目をつけたのが、運の尽きよ、ゲル=ゴーレム!
どう料理してやろうか考えながら、睡魔へと身を委ねる私だった。