それは、突然のことだった。
いつものようにアニ○イトでギャルゲーの予約をしてきた俺は、予約特典として付いてくるテレカの使い道について思いを馳せながら、自宅への道を自転車で爆走していた。
耳にはイヤフォンをつけ、当然のようにアニソンを聞きながらフレーズを口ずさんでいたのだが、この時の俺は、数日後に手に入るPCゲームのことに気を奪われていたようで、前方から迫る大きな影にまったくと言っていいほどに気付かずにいた。
そして、気が付いた時にはすべてが手遅れだった。
「ん? にゃにー!?」
キキー! ドガッ! ゴロゴロ、バタンキュー。
音にするとこんな感じだったが、俺に訪れた衝撃はこんなチャチなもんじゃなかった。全身が大きく揺さぶられ、脳みそもアホみたいにシェイクされた次の瞬間、身体中に強烈な痛みが走ったのだ。
それはまるで、トラックにはねられて宙を舞い、地面に叩きつけられた時に受ける痛みと衝撃のようだった。
ていうか、まんまトラックにはねられていた。
「ぐ、……やべ……これ、死ぬ……」
手足の感覚がほとんど無く、視界は霞んで周りがよく見えなかった。意識だけははっきりとしていたが、それもすぐに途切れてしまうだろうと思った。それほどに、死を間近に感じた。
もうあと数分で死ぬと言う事が、この時の俺にはなぜだか分かった。だから俺は、最後の力を振り絞って震える手で携帯をポケットから取り出し、とある人物に電話をかけた。
プルルルル、ピッ!
『もしもし、アニキ? なんか用?』
「あ、ああ、最愛なる……我が弟よ。これが、兄との最後の……会話に、なるだろう。心して……聞け」
『は? 何言ってんの。頭大丈夫?』
「頭はかち割れてるが、まあいい……兄の、最後の願いを……聞いてくれ……」
『いや、わけわかめなんだけど。声もなんかかすれてるし』
「俺の……部屋に、パソコンが……あるだろう?」
『え、ああ、あるね。それが?』
「ハードディスクを……いや……パソコン機器、全部……破壊してくれ」
『は? なにぶっ飛んだこと言ってんの。正気?』
「兄はさっきぶっ飛んだし、正気も保てそうにない……弟よ、いいな。必ず、破壊……してくれ……」
『おーい、アニキー? 声が小さくて聞こえないよー』
「頼んだ……ぞ……」
『ねえ、ちょっと──』
ピッ。ツー、ツー。
「これで……安心して……逝け、る……」
こうして後顧の憂いを断った俺は、安堵の息をもらしたのを最後に、呼吸をすることはなくなったのであった。
………………
…………
……
…
……あれ? なんだここ? あたり一面真っ白だ。確か俺はトラックにはねられて死んだはず──
「おお若者よ、死んでしまうとは情けない」
なんかいきなり目の前に白ヒゲ生やしたジイさんが現れた。だれだこいつ。
「本来ならお前はあそこで死ぬことはなかったんじゃが、運命の悪魔がイタズラをしてしまったようじゃ。よって、もう一度だけチャンスをやろう」
え、これなんてSS? ていうかこのジイさん神様?
「お前の望む世界に、望む能力を一つ付けて転生させてやろう」
「マジっすかぁ!? マジっすかぁ!?」
やっべ、ぱねぇ。まさかトラック転生がほんとに存在してたなんて。ここはあれだろ。あそこの世界しかねえだろ、俺。あと能力っつったらあれだろ。今がトレンドの無効化能力だろ、俺。……ん、あ、そうだ。
「あの、すんません。赤ちゃんからやり直すのはきついんで、小学三年生くらいからスタートってできるっすか?」
「構わんぞ」
ひゃっほーい! さすが神様、話が分かる! そこにしびれる、憧れる!
「望む世界と能力は決まったか?」
「あ、うっす。俺は──」
「言わなくともよい。お前がそう願うだけでその世界に行き、その能力を得る」
「あ、おっす。じゃあ、さっそくいいすか?」
「うむ。達者でな」
お、なんか体が光り始めた。いいねいいね~。それっぽいよ~。
さて、それじゃあめくるめく二次元の世界に行くとしましょうか。俺の望む世界、それは勿論──
「レッツ、リリカル!」
──5月14日
気が付くと、俺は見たこともない公園で仰向けに倒れていた。
夢じゃないかと体を確認してみると本当に子供の姿になっていた。ぱねぇ。
この姿になっているということは、今いるこの世界もリリカルワールドだということ。そう確信した俺は、さっそく辺りを探索することにした。
公園の入口を見てみると、柵にプレートが付いていて、公園の名前が書いてあった。
【海鳴臨海公園】
「フヒッ」
ご都合主義万歳。
公園を出た俺は、リリカルキャラクターズとの運命的な邂逅を果たすために、街中を駆けずり回り地理の把握に努めた。
第一候補はやっぱり、八神家に拾われてヴォルケンズ達と仲良くなることだろう。そのためにはまずはやての前で、家も親もなく飢えに苦しんでいる可哀そうな子供を演じなければならない。
そう思った俺は、道行く人々に質問を繰り返し、二時間後、ついにはやての住む八神家を発見したのだった。
電信柱の影に隠れて家を観察すること一時間、玄関の扉が開き、中から車椅子に乗った女の子が一人で出てきた。はやて、発見。
家を出た彼女は、気持ち良さそうに車椅子で風を切りながらどこかへと行ってしまった。
一人で出かけたということは、まだヴォルケンズは出現していないということか。ならば好都合。
帰ってきたところを見計らって、彼女の前で弱った姿を見せつければ、きっと彼女は同情して俺を拾ってくれるだろう。なんてったって、怪しげな見知らぬ四人組をいきなり家に住まわせるくらいなんだから。
完璧な作戦に胸を躍らせながら待つこと一時間ちょっと。ついに作戦決行の時がやってきた。
俺は車椅子を軽快に走らせる彼女の前に出て、いかにも弱ってますよという風に地面にへたり込み、家も親もなくお腹がペコペコだということを伝える。
すると彼女は俺の手を引き、ついてくるように指示してきた。よっしゃ、作戦成功。
だが……
「……なあ、ここって」
連れてこられたのは、なんと交番。ばかな、なんだこの展開。あり得ないだろう。普通だったら家に連れ込んで飯を食わせてくれて、「帰る家が無いなら、うちに住むとええよぉ」とか言ってくれるはずじゃ……
「おじさ~ん、この子帰る家が無いんだって。保護してあげて。あ、あとお腹空いてるみたいだから何か食べさせてくれるかな?」
「ちょっ!?」
交番の中からおっさんが出てきて、引き渡されてしまう。一体何なんだこれは。俺はオリ主のはずだ。俺のヴォルケンハーレム計画は完璧のはずだ。なのになぜ!?
「さ、おいで」
おっさんにさっきのはやての言葉は嘘だと言っても信じてもらえず、無理やり交番の中に押し込まれてしまう。くそ、こうなったら一旦八神家は諦めて、第二候補の高町家に行くしかないか。
決意を新たにした俺は、おっさんにもらったかつ丼をたいらげた後、シュークリームを買ってくると言い、交番を脱出。先ほど辺りを駆けずり回った際に発見した翠屋へと向かうのだった。
「……到着。なのは、今行くぜ」
なかなか洒落た外装の喫茶店を見上げて呟く。では、いざ突貫!
カラーン!
「いらっしゃい」
「武道をご教授願いたい。出来れば住み込みで」
「……あ~、済まないね。うちではそういうのやってないんだ」
「そんな!?」
あり得ない! ……いや、少し急ぎすぎたか? ここはやはり、裏山で修行中の恭也達の前に傷だらけで現れて保護してもらう、というパターンにすべきだったか。くそ、選択を誤ってしまった。
「……失礼しました」
その後、なぜかくれたシュークリームを抱えて、俺は翠屋を退出することとなった。こうなったら次は……金髪ツンデレだ。奴の屋敷に居候しよう。
「待ってろよ、アリサ」
シュークリームをパクつきながら、次なる計画に思考を巡らせる俺だった。シュークリーム、うま。
そんなこんなでバニングス家に到着。家が海鳴中心部から離れてる上、聞き込みしながら探してたから、かなり時間が経ってしまった。もう辺りは真っ暗だ。
さて、ここからどうするかだが、やはりあれだな。裏庭あたりで倒れているところをアリサや使用人に発見されて、保護。なんだかんだあって、屋敷に住まわせてもらうってやつ。これでいこう。
思い立ったが吉日。塀を乗り越え、さっそく屋敷に侵入。なるべく目立つ所で倒れていようと思い、辺りを散策する。だが……
「グルルルルル」
「ウェ、ウェイト。落ち着け。俺はお前の敵じゃない。話せば分かる」
なんか黒くてでっかい犬がいつの間にか目の前に居て、俺を睨みつけていた。やばい、こんなところでのんきに寝転がっていたら、朝には哀れな子どもの死体が一丁上がりだ。またもや選択を誤ってしまったか。
「ガルルルルル」
「……お、覚えてやがれ!」
「ガウッ! ガウッ!」
「うひいいい!?」
凶暴な犬っころの猛追をなんとか振り切り、屋敷を脱出。ここも駄目か。ならば次は……すずかだ。奴の屋敷に居候しよう。
「待ってろよ、メイドインヘヴン」
だが、その前に今日の寝床を確保しないとな。よく考えたら、俺ってホントに家も親も、ついでに金も無いんだよな。早く居候先を決めないと飢え死にしてしまう。
いや、児童保護施設に入所すれば生活の保障はされるんだが、そんなつまらない生き方はごめんだしなぁ。やはりリリカルキャラクター達に関わって、熱い魔法バトルを展開したいものだ。
……まあいい。今は寝床の確保が先決だ。と言っても金はないからなぁ。今日のところは、公園のベンチで新聞にくるまって寝るか。
てなわけで、朝に居た海鳴臨海公園まで戻った俺は、空に輝く月や星を見ながら公園のベンチで夜を過ごすのだった。しょっぺえなぁ。
──5月15日
朝起きると、ジイさんバアさん達が俺を取り囲んで、口々に何かをささやいていた。手にプラスチックのスティックを持っているところを見ると、ゲートボールでもしにきたのか。
──こんな若いのにねぇ
──親はなにしてんだか
──可哀そうに
「見せもんじゃねえ、とっとと失せろ!」
ウヒィー! と、俺の一喝にビビって三々五々に散っていくジジババ共。まったく、同情するなら金をくれってんだ。
「さて、と」
日が高いうちにすずかの家に行くか。
というわけで、昨日と同様に聞き込みしながら歩き回り、長い時間をかけて月村家に到着。やっぱりデカイ屋敷なだけあって、家の場所を知っている人は結構いた。まあ、この屋敷も中心部から離れてるから、こんなに時間かかったんだけど。
ただ、着いたのはいいが、これからが問題だ。どうやって月村家に拾ってもらうかな。ここはシンプルに、門の前で倒れていようか。うん、それがいい、そうしよう。
パーフェクトな作戦だ、と緩む頬を腕で隠しながら門の前で倒れていること十分。門が開き、人が近づいてきた。
うつ伏せだから誰が来たのか分からないが、やはりここはメイドさんだろう、常識的に考えて。
「ん? うわ、ちょっと君、大丈夫?」
慌てて駆け寄ってくる音がする。あれ、こんな口調するのって、この屋敷の中じゃ一人だったよな。忍? まあ、この際恭也の恋人でも構わん。
「おーい、生きてるかーい」
「え、ええ。なんとか……」
「どしたの、君? こんなところで倒れてるなんて」
「実は俺、親が死んだから児童保護施設に入所していたんですが、そこで盛大なイジメにあいまして。耐えられなくなって飛び出したはいいものの、金も無いからなにも食べられず、ここで力尽きてしまったんです」
ちょっとアレンジしてみた。
「ほうほう」
「あの、お願いです。ここにしばらく匿ってもらえませんか。きっと連れ戻そうと職員が俺を探してると思うんですが、もう、あんなところに戻りたくないんです」
「うーん、匿うことはできないけど、ご飯くらいなら食べさせてあげられるよ」
……飯か。はあ、居候は無理かぁ。仕方ねえ。飯だけでももらって、後で今後の方針を考えよう。
「……それじゃ、お言葉に甘えていただきます」
なのはやフェイト達と交流を持って、いずれは管理局のエースオブエースに……なんて思ってたけど、なかなかうまくいかねえな。
「ところで君さあ、女装とかに興味はある? ご飯食べた後に──」
「……さらば!」
脱兎のごとく逃げ出す。だって、なんか目が獲物を見つけた肉食獣みたいだったんだもん。
「全滅、か……」
月村家から離れた俺は、他に行くあてもなく、ふらふらと街中をさまよい歩いていた。
ああ、どうしてこうなったんだろうか。なにがいけなかったんだろうか。
俺はオリ主のはずだろう? 魔法無効化能力なんてオサレな能力まで持ってるんだぜ? それなのにどうしてだよ。
きゅるるる。
「ああ、腹減った……」
そういえば、昨日の昼からなんも食ってねえや。ベンチで寝たせいか、体もだるいし。ああもうやってらんねー。
「くそう……」
俺は道ばたに座り込み、にじんできた涙をぬぐう。くそ、子どもの体は涙腺がゆるいから嫌なんだ。すぐに泣きやがる。
……これから、どうしよう。
いっそ、施設に入所して平凡な生活に身をゆだねるか?
「……あり得ねえ」
そんなのは死んでもいやだ。魔法も使わずに人生を終わらすなんて、この世界に来た意味がねえ。
「ああ、もう!」
ごろんと寝っ転がり、天に向かって吠える。……いっそもう一度、それぞれにアタックをかましてみようかな? でもなぁ、それで施設に連れてかれちゃあ本末転倒だしなぁ。
よく考えたら、今まで俺がやったことってわりと無謀だったんじゃないか? 見ず知らずの子供を家に住まわせるなんて、普通ありえないよな。転生なんて経験して頭がおかしくなってたんだろうか。疑いもせずに居候できるなんて思ってたけど、冷静になってみると、無茶だってことがよく分かるぜ。やべ、思い返してみると赤面モノだ。
「ちくしょう……」
ああ、本当にこれから──
「ねえ、君。どうしたの?」
「え?」
倒れている俺に声をかける人物がいた。声の主は、美人なお姉さん。
「……別に、なんでもない」
「ウソ。涙を流して叫んでるなんて、普通じゃないわ。なにか困ってるんでしょ? よかったら、話を聞くわよ」
なんなんだ、このお人よしは。勘弁してくれよ。自分がみじめに感じちまうだろうが。
「本当に、なんでもないってば。ただ、腹が減ってイライラしてたんだよ」
「お腹が?……君、お家は?」
「そんなん無い」
「……ご両親は?」
「そんなん居ない」
「……君、ちょっといらっしゃい」
「は? どこいくんだよ?」
「私の家。詳しく話を聞かせてもらうわ」
話? そんなん聞いてどうしようってんだ、まったく。
「あんたに話すことなんてなにも──」
「お腹、空いてるんでしょう? ご馳走してあげるわよ」
……まあ、飯をくれるってんなら、少しくらい付き合ってもいいかな。
「ねえ、君。名前はなんて言うの?」
名前か。そんぐらいなら教えてもいいか。
「錦織(にしきおり)、修二。あだ名は、オリシュ」
「そう。私は槙原愛。よろしくね、オリシュ君」
あれ? 槙原? あれぇ?
あとがき
突発的に書きたくなってしまいました。