「犯人は、この中に居ます!」
『ッ!?』
探偵風味な神谷ハヤテです。
事件が起こったのは、寿司パーティを開いた翌日。
新たな家族、リインフォースさん(通称リインさん)を迎え入れ、闇の書関連の問題もすべて払拭されたということで、今までにないほどのすがすがしい気分で朝を迎えた私達は、一日の活力の源たる朝食をみんなで取っていた。
『いただきます』
「いただきマッスル」
と、いつものように、食事を作った人と食材を作った人へ感謝を表す挨拶をした私達は、それぞれが箸を取り料理を貪り始めたのだが、しばらくして、
「ぐっ!?……リ、リーンの翼の……導く、まま……に……」
という謎の言葉を発したリインさんが、
「さらば、だ……ぐふっ」
突然、椅子の背もたれに体を預け、息を引き取ってしまったのだ。
沈黙が場を支配する中、そんなリインさんを、ヴィータちゃんとシグナムさんが憐憫の眼差しで見つめている。
「……短い幸せだったな。いや、こいつにとってはそれだけでも価値があるものだったのかな。見ろよ、今わの際(きわ)に笑ってやがるぜ」
「綺麗な顔……してるだろ? 死んでるんだぜ、それ」
「いや、お二人とも、なにのんきなこと言ってるんですか。リインさん死んじゃいましたよ。これは立派な殺人事件ですよ。きっと誰かが料理に毒を盛ったんですよ」
信じたくはないが、犯人はこの中に居るとしか思えない。動機は分からないが、この四人の中に殺人犯が……ああ、恐ろしい!
「でもよー、この中で料理に毒を盛れる奴なんて一人しか……」
「うむ、一人しか……」
「そうでござるな。一人しか……」
「……何よ、その目は。私が毒を盛ったって言うの? バカにしないでちょうだい。いくら生意気な中二病患者だからって、その程度で殺すはずないじゃない。それに、私が殺るならもっと華麗に殺るわよ。はらわたをぶちまけたり、18分割したり」
みんなに疑念の視線を向けられたシャマルさんが、色々とぶっちゃける。でも、やっぱり一番怪しいのはシャマルさんなんだよなぁ。考えられる動機としては、あれだな。ダーク系キャラがかぶってるとか。
「う……じ、地獄の底より蘇りし闇の申し子、それが私……」
「お、生き返った。誰かがドラゴンボールでも集めてシェンロン呼んだのか?」
「シャマルに殺された人々を生き返らせてくれ、とでも願ったのだろうか。我だったらかじってもかじっても再生するホネッコを望むのだが」
「だから私は殺ってないってば」
頭を振って意識を呼び戻しているリインさんを眺めながら、みんなは何事も無かったかのように食事を再開する。生き返ったなら問題無いか。私も食べよっと。
「おい待て貴様ら、私が死にかけたんだぞ、何か言う事があるだろうが。というかなんだこの料理は。トニオの料理みたく一旦死にかけるとか、いつからシャマルはスタンド使いになったんだ」
無関心な私達に腹を立てたのか、血よりも赤そうな瞳を向けて睨みつけてくるリインさん。でもなあ、そんなこと言われても、ドンマイとしか言えないよなぁ。
「てっきりさあ、シャマルの料理の腕が上がってたんだと思ってたけど、今のリインの反応見る限りだと、あたしらにこの料理の耐性が付いたって感じだよな」
リインさんが力尽きた時から誰もが想像してたことをズバッと言うヴィータちゃん。今まで考えないようにしてたのに言っちゃうなんて……
「あら、失礼しちゃうわね。私の料理の腕だって上がってるわよ。この間、家を覗いてる猫の背後に転移して無理やり新作料理食べさせたら、涙を流して食べてたもの。動物さえ感動するほどの料理よ? まずいわけがないわ」
「節子、それ感動の涙ちゃう。苦痛の涙や」
そのぬこには、同情を禁じ得ないな。
ああ、でもレストランの料理とか寿司とかは普通に美味しく感じられたから、味覚が変化したってことではないのか。それなら悲嘆することもないか。
「一つ聞きたいんだが、まさか、耐性が付くまで私にこの料理を食べ続けろと言うわけではないだろうな?」
「え? そんなの当り前じゃないですか」
「我ら全員が受けた洗礼だ。貴様もその身に刻みこめ」
「うちら、家族じゃん?」
「絶望した! 食事と言う名の拷問に絶望した!」
そんな風にわめき散らすリインさんの言葉も馬耳東風といった感じで、食事は淡々と進められていったのであった。
大丈夫ですよ、そのうち慣れますから。……そのうちね。
いつもより数段騒がしい朝食も終え、グロッキー状態のリインさん以外のみんながリビングでのんびりしている時、私は今日が病院の診察日だということを思い出した。犯罪者を退治したり、怪獣と戦ったり、魔法少女になったりと、続けざまにトラブルが起こったものだからすっかり忘れていた。
そろそろ家を出ないとまずい時間帯だな。まあ、準備なんて財布用意するだけだし、すぐにでも行けるんだけど。
今日の付き添いは……あ、そうだ。
「リインさん、起きてください。リインさーん」
ゆさゆさ。
ソファーに背を預けて涙を流しているリインさんをゆする。
「あ、主、やめてくれ。今、マジできつい……」
もう、仕方ないなぁ。取り敢えず話を聞ける状態にしないと。言葉遣いに気を配れないほどに弱ってるんじゃ、文字通り話にならないよ。
「ザフィーラさん。ちょっと回復魔法かけてあげてもらえますか? リインさんに用事があるもので」
「ハグッ……むう、いいところなのだが、致し方あるまい」
いつものようにホネをかじっている守護獣にお願いして、回復してもらうことにした。魔法って便利だね。
「うう。毒を食らわば皿までとは言うが、毎日がこれでは、身が持たんぞ……」
「諦めろ。誰だって最初はそうだった」
「食事とは、本来楽しいものではなかったのか……ああ、中華〇番の料理が食いたい……」
さめざめと泣きながらザフィーラさんに愚痴をこぼす銀髪の美女。この人、結構マンガのことには精通しているようだな。やっぱり暇な時に本棚のマンガ読み漁ってたのか。
「では回復するぞ。……ダホマッ!」
ザフィーラさんが一喝すると、リインさんの体が暖かな光に包み込まれる。しばらくその状態が続いていたが、リインさんの表情が和らいできたのを見て、ザフィーラさんが魔法を解除する。
「……ふう。礼を言うぞ、ザフィーラ。しかし、本来ならこういう役目はシャマルだと思うのだが」
「え、そうなんですか? でも、シャマルさんが回復魔法使ってるとこ見たこと無いんですけど、私」
犯罪者とか怪物を相手にしていた時は、遠距離から援護射撃ばっかしてたし、ザフィーラさんが怪我した時も、回復しようとするそぶりさえ見せなかったのに。
「確かに私は回復系が得意だけど、私のイメージじゃないのよねぇ。だから使うのに抵抗感があって……」
「お前、風の癒し手の二つ名が泣くぞ……」
そんな二つ名があったんだ。似合わねー。
「それはそうと主。私に用事とはなんなのだ?」
すっかり元気を取り戻したリインさんが、立ち上がって私の目の前まで来る。……この人、結構胸あるよね。下から見上げると良く分かる。前回抱きつかれた時は揉み損ねたが、今日中にはリベンジを果たしたいところだ。
「主?」
「あ、はいはい。用事でしたね。実は今日、定期健診があるんですよ。それで、病院までリインさんに付き添ってもらいたいんです。石田先生にご挨拶していただけたらと」
「主の主治医だったな。……そうだな、日ごろ主が世話になっている人間だ。挨拶くらいはせねばならんな」
「あと、帰りにデパートに寄ってリインさんの服も買いたいんです。今はシグナムさんの服を着てますけど、いつまでもそれじゃ嫌でしょう?」
「ほう……本の中から見ていたが、やはり今回の主は傑物のようだな」
「そうだよん。主ほどのお人好しはなかなか居ないでおじゃるよ」
だからそれは褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ。
「まあそれは置いといて、オッケーってことですよね、リインさん。では、時間もあまり無いのでさっそく行きましょう。時間は待ってはくれませんよ。ディオ様は別ですが」
「分かったから、ひっぱるな主」
「おみやげ、よろー」
「はーい。シュークリームでも買ってきますねー」
というわけで、愛しのおっぱい(フロンティア)に向かって、出発進行!
「ああ、おっぱい(愛しのおっぱい)!」
「だからおかしいわよね、それ」
恒例行事となった突撃&モミング。今日も石田先生のおっぱいは良いおっぱい。きっと明日も明後日も良いおっぱい。
「あら? そちらの方は?」
胸をわしづかむ私なんて意にも返さず、新顔であるリインさんを見つめる石田女医。おっと、少々トリップしてしまったようだ。紹介を先にするべきだったな。
「こちらはリインフォースさんと言って、私の新しい家族なんです。色々と事情がありまして、一緒に住むことになりました。今日はご挨拶を兼ねて、付き添ってもらいました」
「あら、そうだったの」
そこで、リインフォースさんが一歩前に出て先生に挨拶をする。
「リインフォースだ。よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ。私は石田と申します」
居丈高(いたけだか)なリインさんにペコリと一礼する石田先生。シャマルさんだって敬語は使えるのに、リインさんときたらまったくもう。お医者様には敬意を払うのが常識ってことを、後でみっちりと教えなければならないな。
そんな風に傍若無人なリインさんを見つめていると、挨拶を終えた石田先生が私に向き直って口を開く。
「さて、それじゃいつも通りに前回の検査結果から──」
「あ、先生。その前に一言、いいですか?」
「ん? なあに?」
原因不明だってのに、今まで懸命に治療してくれて、時には励ましてくれた、いつも優しい石田先生。
私の症状が悪化した時には、我が事のように苦しげな表情をしていた石田先生。
いつも元気を与えてくれる石田先生。
「……先生。今まで、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」
本当に、ありがとうございました。
「……どうしたの? 急に改まって」
「いえ、なんか、言わなくちゃいけない気がしたもので」
「?」
診察を終えて病院の自動ドアを抜けた私とリインさんは、一路、デパートへの道を歩んでいた。天気は快晴。私の心も快晴だ。
「良い医者だな、彼女は」
後ろからグレン号を押してくれているリインさんが、声を掛けてくる。リインさん、人を見る目はあるんだな。
「ええ、あの人は良い先生です。リインさん、そんな先生なんですから、今度からは敬語で話してくださいね。タメ口なんてもってのほかですよ」
「む……下賤(げせん)な人間に下手に出るというのは、いささか抵抗が……」
「却下です。敬語を使うと約束してくれないと、リインさんの私服はすべてジャージになります。それでもいいなら──」
「待て! する、約束するとも!」
やはりジャージは嫌だったか。私だってこんな脅しはしたくはないが、聞き分けの無い従者には時にはこういうのも必要だろう。……慌てるリインさんを見るのが楽しいからとかじゃないよ?
「いい返事です。ところでリインさんはどういった服が欲しいですか? パンツルックとか似合いそうですよね。キュロットパンツなんてどうです?」
「そういうのは主に任せるが、私は黒がいい。色が黒でジャージ以外だったら何でも構わん」
黒かぁ。確かにリインさんにはピッタリの色だな。銀髪には黒が良く映える。赤眼もいいアクセントになってるしね。
「では、黒を基調としたものを選ぶということで。……ところで、下着も?」
「無論、黒だ」
「ただいまー」
「おかえりなさい、アナタ。お風呂にする? 食事にする? それとも……ギャルゲ?」
「魅力的な提案ですが、お腹が空いたのでお昼ご飯にしましょう。あ、おみやげです。はい、シュークリーム」
「ゲットだぜ!」
バッと私から箱を奪い取り、廊下を駆けていくシグナムさん。
「みんなで分けてくださいよー」
デパートでの買い物も済ませ、ちょうどお昼ご飯の時間に家に帰ってきた私とリインさん。玄関を開けると同時にシグナムさんの寸劇に付き合わされたわけなのだが、一体どれくらい前からスタンバっていたんだろうか、あの食いしん坊騎士は。
「ハヤテちゃん、リイン、おかえりなさい。昼食の準備出来てるわよ」
パタパタとスリッパの音を響かせながら玄関に現れたのは、若奥様風騎士甲冑をまとったシャマルさん。これをイメージする際に、危うく裸エプロンを思い描きそうになったのはここだけの秘密だ。
「ご苦労さまです、シャマルさん。すぐにいただきましょうか」
「再びあの拷問が始まるのか。……三食拷問昼寝付き。ここは本当に平和な日本なのか?」
リインさんが、げんなりとした感じに頭(こうべ)を垂らしながらダイニングへと向かう。なんだか、絞首台を登る死刑囚みたいに見える。
そんなリインさんに続いて、私も食卓へとグレン号を走らせる。が、
「……あ」
そこで、ふと気付く。
私の足が治ったら、グレン号は……
「……いや、それは無いな」
そうだな。今まで散々お世話になっておいて、それは無いだろう、私。
「安心おしよ、グレン号。足が治っても、お前は私の相棒だよ」
──………──
さて、ご飯ご飯と。
「うめー、こりゃうめーな、おい」
「ウッマー、ウマウマ」
「美味。なかなかに美味」
「ボタン鍋ですか。結構いけますね」
「当然よ。味皇でさえうならせる自信があるわ」
「……いっそ、殺してくれ」
やっぱり冬は鍋に限るね。