──side フェイト
「……はあ」
次元空間航行艦船、アースラ艦内にある小さな部屋で、暗闇の中、壁に据え付けられたモニターの光に照らされながら、私は一人ため息をつく。
──ヒャッハー!
……かつて、ジュエルシードを巡る争いで、私は一人の少女と出会い、戦い、そして、最後には和解して友達になった。だが、そこに至るまでには様々な出来事があった。
──お前はもう、死んでいる
「……ふう」
管理局との遭遇、明かされる私の出生の秘密、……母さんとの、別れ。
──俺の名を言ってみろ!
「……はあ」
今でこそ平静を保っていられるが、当時はショックのあまり、心を閉ざしてしまったこともあった。あの時は、本当に悲しくて、辛くて、何も考えたくなくなっていた。
──ち、血~。いてえよ~
……ああ、今もあの時のように、何も考えないで心を閉ざしていられたら頭を痛めないで済むのに。
『マスター、今良いところなんです。静かにしてもらえますか?』
……よし。昔を懐かしんで現実逃避するのはここまでにしておこう。いくら現実が辛くとも、その苦難と向き合わなくては、人間は前には進めないのだ。それは私が身を持って経験している。
私は意を決して、モニターに映る映像に夢中になっているベッドの上の相棒に話しかける。
「バルディッシュ、アニメは一日一時間って約束したよね? もうとっくに過ぎてるんだけど」
『ま、待ってください。あと一話だけ。もう三十分だけ見させてください』
今まで文句も言わずに私に付き従ってくれていた相棒が、約束を破った上、さらにわがままを言うなんて……
「バルディッシュ、私言ったよね。アニメはデバイスの人格形成に大きな影響を与えるから、視聴はほどほどにしてって。なのはのレイジングハートを忘れたの?」
『なぁに~、聞こえんな~?』
「バ・ル・ディッ・シュ?」
『ソ、ソーリー、マイマスター。一回言ってみたかっただけです』
まずいなぁ、もう影響が出始めている。つい最近見始めたばっかりだっていうのに。クロノに借りたDVD勝手に返しちゃおうかな。でもそうすると、すねて言うこと聞いてくれなくなりそうで怖いし……
プシュー!
「フェイトー、クロノが目を覚ました……って、真っ暗じゃないか。まーたバルデッシュがアニメ見せてってせがんだのかい。ほどほどにしとかないと、いつの間にか人格変わっちまうよ?」
「アルフ。私も口をすっぱくして言い聞かせてるんだけど、全然聞いてくれないんだ」
突然部屋に入って来て明かりを点けたのは、私の使い魔であり、大事な家族でもある、アルフ。艦内を出歩く時は大抵人間形態になっていて、今も短パンとシャツというラフな格好で艦内を散歩してきたようだ。
「って、クロノが目を覚ましたの? 今は医務室?」
「あ、そーそー。アタシが医務室の前を通りかかったらちょうど気が付いてさあ。なんか記憶が曖昧になってるみたいで、現場で何が起きていたのか、よく覚えてないらしいんだ。今は脳に異常がないか、簡単な検査をしてるみたいだよ」
「そう、記憶が……」
私はその言葉を聞いて、先ほどエイミィさんから知らされた情報を反芻(はんすう)してみることにした。
二時間ほど前、本局へと進路を取っていたアースラが、突如巨大な魔力反応を感知し、原因を探るべく急遽(きゅうきょ)進路を変更。魔力の発信源である近くの次元世界へと向かった。現場指揮官であるアースラの艦長、リンディ提督が指示を下し、クロノ、及び武装隊を現場へと転送し事態の究明を図ったが、結果は失敗。
現場には強固な結界が張られており、武装局員とクロノによる波状攻撃にてなんとか破壊には成功したものの、先行したクロノが結界の中に閉じ込められてしまった。その数分後、結界は自動的に解除されたようなのだが、結界内部にいたのは気を失って地面に倒れていたクロノ(なぜか全裸にジャージ一枚という格好だった)だけ。
人間はクロノ以外誰もいなかったようだが、結界内部は惨憺(さんたん)たる有り様で、中央の地面に底が見えないほどの大穴があいていて、まるで大規模な魔道実験を行っていたかのような惨状が広がっていた。
結局、中で何が行われていたのかは知る由もなく、部隊を回収したアースラは再び、整備と私の裁判のために本局への道を辿ることになる、か……
「……一体、あの次元世界で何があったんだろうね」
「ん~、そうだね~」
唯一、中で何があったか知っているかもしれないクロノは、その時の記憶が無くなっている、と。原因を知る手段は、もう無いのかな?
「まあ、今はそんなんどうでもいいじゃないか。フェイトは今暇だろ? 一緒にクロノのお見舞いでも行こうよ。たぶんユーノやエイミィも居ると思うしさ」
「あ、そうだね。それじゃあバルディッシュ、行くよ」
ベッドの上にある待機フォームのバルディッシュを掴み、アルフと一緒に部屋を出ようとする。
『あ、待ってください。もう少しだけ、ハート様との対決が終わるところまで見せて──』
「バ・ル・ディッ・シュ?」
『イエッサー! どこまでも付いて行きます』
ああ、どうしよう。このままじゃ、遠からずなのはのレイジングハートみたいにハジけた性格になってしまう。それは流石に遠慮したいな……
バルディッシュとアルフと共に、気絶したクロノが運ばれた医務室に到着する。扉を開けると、予想通りユーノ(人間形態)とエイミィさんが中に居た。もしかしたらリンデイ提督も居るかと思ったけど、中に居るのはクロノ、ユーノ、エイミィさんの三人だけだ。今はお仕事中なのかな。
「クロノ、体は平気?」
「見舞いに来たよ~」
「んく、んく……ぷは。ああ、フェイトにアルフ、わざわざすまないね。僕は見ての通り、ピンピンしてるよ。異常があるのは記憶だけで、体の方は無傷だからね」
その言葉通り、特に外見に異常が見受けられないクロノは、ベッドに座って、『どろり濃厚ピーチ味』という名前のジュースを美味しそうに飲んでいるところだった。ユーノとエイミィさんも椅子に座って同じものを飲んでいる。……美味しそうだな。私も飲んでみたいな。
私が物欲しそうにしているのが分かったのか、クロノは立ち上がって備え付けの冷蔵庫まで移動し、そこから同じジュースを取り出して私に投げてくれた。
「ほら、美味しいぞ。君も飲んでみるといい」
「あ、うん。ありがとう」
難なくキャッチした缶をすぐに開けて、さっそく飲んでみる。
どろぉ。
「ん……ん……ぷは。……のどにからみつくけど、結構美味しいね」
「だろ? 艦内にある販売機で買えるから、また飲みたくなったら今度は自分で買って飲むといい。癖になるから」
へえ、こんなジュースがあったんだ。寝る時にでも買って飲んでみようかな。
「アルフもいるか?」
「いや、アタシはいいよ。さっきミルク飲んだし。それよりさあ、クロノ、あんた記憶は思い出せたのかい? あの場で見たものとかさあ」
「ん、それがさっぱりなんだ。検査の結果では、どうやら僕は記憶消去の魔法をかけられてしまったらしい。まったく、単独先行した挙げ句にこのザマとは、自分が情けないよ」
単独先行……いつも冷静沈着なあのクロノがまさか、とは思ったけど、本当だったんだ。
「そういえばそうだよね、クロノ。今回は君らしくなかったね。どうしてなの?」
缶ジュースを逆さにして、下から、ん~っと飲み口を見ながらユーノが問いかける。どうやら最後の一口がなかなか出てこないようだ。
「ああ、それは僕も分かっている。ただ、あの時はなぜだか妙な胸騒ぎがしてね。気が急いてしまったんだ。まあその理由も、結局分からずじまいだけどね」
「ふーん、胸騒ぎねえ。……あ、出てき──」
べちゃっ。
「目がっ!?」
覗き込んでいた眼球に最後の一口がヒットしたユーノは、苦しそうにベッドの上をゴロゴロと転がっている。それをクロノが迷惑そうな顔で見下ろしている。ベッドがしわくちゃになるもんね。
「ふっふーん。クロノ君、諦観するのはまだ早いよ~?」
そんな光景を見ながら、今まで黙っていたエイミィさんが得意そうに口を開く。この人、いつも楽しそうに笑ってるんだよな。私はあんまり笑顔が上手じゃないから、少し、羨ましい。
「どういうことだ? なにか手がかりが掴めたのか?」
いぶかしげな顔でクロノがエイミィさんに問い詰める。が、エイミィさんはさして気にした様子もなく、待ってました、という感じに顔を輝かせて答える。
「イグザクトリ~。なんと、あれほどの結界を張れる魔道師、しかもアースラの切り札たるクロノ君を無力化できるほどの実力の持ち主だってのに、転移の足跡を残しちゃってたんだよね~。相手がよっぽど急いで逃げたのか、かなりのうっかりさんかは分からないけど、わざと残したって感じじゃあない。おそらくこの転移先が、奴、または奴らの本拠地なんだと思うよ」
「そうだったのか……で、座標は特定できたのか?」
「もちもち~。でもみんな、聞いて驚かないでよ?」
エイミィさんは、もったいぶるかのように私達の顔を見回し、十分注目が集められたのを確認してから、手をバッと横に振ってわざとらしく叫ぶ。
「なんと、転移先は第97管理外世界。しかも、なのはちゃんが住んでいる海鳴市近辺だったんだよ!」
『な、なんだってぇー!?』
クロノとユーノと、バルデッィッシュまでもが口を揃えて大仰に驚く。そのすぐ後、なぜか、三人に合わせなかったのが悪いかのように、私とアルフがみんなに睨みつけられる。え、なんで?
「……」
でも、なのは達が居る世界か。なにかトラブルに巻き込まれていなければいいけど。……なのは、それにビデオメールで一緒に映っている、アリサとすずか。あの子達のすぐ近くに、正体不明の魔道師が潜んでいる、か。今の私は、保護観察付きの時空管理局嘱託魔道師。今回本局で行われる裁判でほぼ無罪確定とはいえ、今の段階で勝手な行動は許されない。でも、あるいは……
「あの、エイミィさん」
「ん、フェイトちゃん、なにかな?」
「その正体不明の魔道師の追跡って、アースラが担うことになるんですか? いや、それ以前に、追跡自体行うんでしょうか?」
「ん~、追跡はすると思うよ。なんてったってあの世界で、弱程度だけど次元震が観測されてるからね。ひょっとしたら危険なロストロギアを所持しているかもしれない魔道師を、管理局が放っておくわけないでしょ? ただ、アースラがその担当になるかはまだ分からないんだ。今は艦長が本局に指示を仰いでるところだよ」
アースラが追跡、調査担当になれば、私も嘱託魔道師として同行し、大手を振ってなのは達に会いに行ける。仕事の傍ら、ということになるけど、数日間でも滞在することができるならそれでも構わない。ああ、リンディ提督。どうか、アースラを担当にしてください。
「母さん、頼むぞ。もう一度、あの人に会わせてくれ……」
「ああ、マルゴッドさん。今すぐ会いたい……」
男子二人が遠い目をして何かに思いを馳せている。この二人も、地球に行きたいのかな。
そんな折、艦内に放送が入る。
『局員の皆さまにお知らせいたします。本艦は間もなく、時空管理局本局に到着いたします。ドッキングの際は──』
「もう着いたのか。……そうだ、フェイト、アルフ、ユーノ。中断してた裁判の最終打ち合わせをしておこう。僕が途中で出撃したから、まだ終わってなかったからな」
ああ、そういえばそうだった。被告席に私とアルフ、証人席にクロノとユーノが入るって確認したところで、アラートが鳴ったんだった。まだ具体的な内容には触れてなかったな。
「そういや、裁判は今回で最後なんでしょ? 予定より半月も早く終わって良かったよね~。でもなんでなんだろ?」
エイミィさんが軽い口調で言う。確かにそれは私も少し気になっていたことだ。
「……それは裁判長がロリコ……子ども好きなことが関係してるんじゃないかな。グレアム提督も口利きしてくれたそうだし」
グレアム提督? 確か私の保護観察官になったっていう人だっけ。私と面識も無いはずの人が何でそんなことしてくれたんだろう。
「あ、そうだ。グレアム提督と言えば、本局でフェイトと面接してもらう約束をしていたんだった。フェイト、明日裁判が終わった後、グレアム提督の所に一緒に行ってもらうが、構わないな?」
「あ、うん。私の保護観察官だもんね。一回会ってみたかったし」
クロノの指導教官をしてたって聞いたな。一体どんな人なんだろうか。
「さて、それじゃ裁判の最終確認をするぞ。フェイト、君は裁判長の問いに、以前渡した紙に書かれた内容通りに答えること。頭にちゃんと入ってるな?」
「うん」
「それと、ユーノ。君には僕と一緒に証人席に入ってもらうわけなんだが──」
その後、裁判の最終確認を終えた私達は、本局に着いたと同時に一旦解散。私とアルフは、貸し与えられた部屋で明日の裁判に思いを馳せながら、床に着くのだった。
翌日、最後の裁判も無事終わり、晴れて無罪放免となった私(数年間の保護観察付きではあるが)は、クロノと共にグレアム提督が待つという部屋に向かっていた。
管理局本局なだけあって、周りを行きかう人物は、ほとんどが制服を着た管理局員だ。私とクロノ、それにバルディッシュは、忙しそうに通路を歩き回る局員を眺めながら、一定のペースで目的地へ進んでいる。
「事実上、判決無罪。長かった裁判もこれで終わりだ。よく頑張ったな、フェイト」
前を歩いていたクロノが、後ろを振り向かずに話しかけてきた。
「うん、ありがとう。これも、クロノやユーノ、みんなのおかげだよ」
本当に、いくら感謝しても足りないくらいだ。
『おめでとうございます、マスター』
パートナーであるバルディッシュもねぎらいの言葉をかけてくれた。今まで付き合ってくれたこの子にもお礼はちゃんとしなきゃ。
「ありがとう、バルディッシュ」
「しかしなあ、バルディッシュ。君、裁判している時に、事あるごとに『異議あり!』って言うのはどうにかならなかったのか? 毎回つまみ出されてるんだから、自重はしないとダメだろう」
『認めたくなかったのですよ、若さゆえの過ちというものを……』
わけが分からない……
そんな風にしばらく雑談していると、とある部屋の前でクロノが立ち止まる。
「……っと、着いたぞ。中でグレアム提督が待っている。失礼の無いようにな、特にバルディッシュ」
『お前を信じる、俺を信じろ』
「バ・ル・ディッ・シュ?」
『イエッサー。私は黙っていましょう』
一抹の不安を感じながら、クロノの後に続いて部屋に入る。部屋の中には、こちらに背を向けてガラス越しに外を見つめている男性の姿があった。この人が、ギル・グレアム提督……
男性が、部屋に入って来た私達に気付き、こちらを向いて口を開く。
「おや、君達は誰かな?」
「あ、すいません。部屋を間違えました」
『これが若さか……』
うっかりクロノ、ここに誕生。
「失礼しました」
男性に謝り、部屋を出る。しかしクロノがこんなポカをやらかすなんて珍しいな。記憶操作の影響なのかな?
「いや、すまなかった。隣の部屋だったようだ。気を取り直して行こう」
というわけで、隣の応接室と書かれたプレートが掛かった部屋まで移動し、再び中に入る。そこには、白髪とヒゲを生やした男性がソファーに腰掛けて、カップを手にしていた。この香りは、おそらくコーヒーだろう。
「失礼します、グレアム提督」
「ああ、クロノ。実際に会うのは久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
「ええ、グレアム提督もお変わりなく、安心しました」
カップをテーブルに置き、立ち上がる男性。どうやら今度こそ本物のグレアム提督らしい。管理局の上級職が着る制服を身に付けたグレアム提督は、親しげにクロノに挨拶すると、次いで、私に目を向けた。
「おお、君がフェイト君だね。初めまして。私はギル・グレアム。聞いていると思うが、君の保護観察を担当することになった者だ。よろしく頼むよ」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
ペコリと一礼。良かった、優しそうな人だ。昔は艦隊指揮官や執務官長なんていう役職に就いていたって聞いたから、どんないかつい人かと思っていたけど、実際は笑顔が似合う好好爺(こうこうや)といった感じだ。
「立ち話もなんだ。二人とも、座りなさい」
「はい」
「失礼します」
グレアム提督に勧められて、私とクロノはソファーに身を沈める。それを見たグレアム提督も、テーブルを挟んで私達の対面に座る。……少し緊張してきた。
「今回は顔合わせといった感じだから、あまり緊張することはないよ。話もすぐに終わる」
「は、はい」
考えが見透かされているかのような言葉に驚いて、どもってしまった。態度に出ていたのかな。それにしてもさすが歴戦の勇士。観察眼は伊達ではないということか。
「さて、フェイト君。一応、私は君の保護観察官というわけなんだが、これはまあ、形だけのものだと思ってくれて構わないよ。先の事件のこと、君の出生、人柄、好み、スリーサイズはリンディ提督から聞き及んでいる。君は優しい子だ。そんな君を束縛する気は私には無いよ」
「あ、ありがとうございま、す?」
気のせいだろうか。今なんか変な事を言われたような気がしたが……
「フェイト君、君には日本人の友達が居るそうだね?」
「あ、ご存知でしたか。はい、なのはって言うんですけど、可愛くて、優しくて……でも、時々怖くて」
う、いけない。あの時の容赦無い砲撃を思い出したら手が震えてきた。記憶の底に沈めていたものが這い上がってきてしまったか。消去消去と。
「私も昔は日本に行った事があってね。あそこは良い国だ。子どもが無邪気に公園で遊んでいる様は、見ていてほのぼのしたよ」
「グレアム提督も、日本に?」
「ああ。実は私は地球出身でね。イギリスと言う国が故郷なんだ」
へえ、なのはと同じ世界出身なんだ。あの世界には魔導師は居ないはずだけど、どうやって管理局に入ったのかな。後でクロノにでも聞いてみよう。
「おっと、話が脱線してしまったね。今日私が聞きたいことは、たった一つだけなんだ」
朗らかな笑顔から真剣な顔になったグレアム提督が、私の顔を見つめながら問い掛けてくる。
「フェイト君、一つだけ約束してほしい。友人、知人、何でもいい。自分を信頼してくれる人のことは、絶対に裏切ってはいけない。この約束を守ってくれるなら、私は君の行動を制限することは一切ない。どうだい、約束してくれるかな?」
……なのは、アルフ、バルディッシュ、クロノ、リンディ提督、ユーノ、エイミィさん、アリサ、すずか。彼ら、彼女達を裏切るなんてこと、私は絶対にしない。してたまるもんか。
「約束します。絶対に信頼を裏切りません」
「……うん。良い目、良い返事だ。これで一安心だよ。では、そんな君にプレゼントをあげよう」
「え?」
途端に破顔したグレアム提督は、ソファーから立ち上がって部屋の片隅に移動し、置かれていたバッグから大きな四角い包みを取り出した。
「つまらない物だけど、受け取ってくれると嬉しいな」
そして、それを私に差し出してくる。え、プレゼント? ホントにもらっていいの?
「フェイト、グレアム提督の心遣いを無駄にするな。ありがたくもらっておけ」
オロオロとしている私に、クロノがそう言ってくる。……そうだよね。せっかく用意してくれたんだから、もらわなきゃ失礼だよね。
「あ、えっと、ありがとう、ございます……」
「いやいや、私も君みたいな良い子と話すことが出来て楽しかったよ。そのお礼だと思ってくれたまえ」
包みを受け取る私に微笑みかけてくれる。やっぱりこの人、良い人だな。
「では、私は用事があるので失礼させてもらうよ」
「提督。お忙しいところご足労いただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
部屋を出ていくグレアム提督に、私とクロノは頭を下げる。
「うむ。ではな」
ツカツカと足音を立てながら去っていくグレアム提督。また、いつか会えるといいな。
「さて、僕達も戻るとするか」
「うん。確か、アースラスタッフは整備区画に集合するようにって連絡があったよね」
「そうだな。時間も、これから向かえばちょうどいいだろう。おそらく、次の任務を知らされることになると思うんだが──」
『……もう喋ってもいいですよね?』
「あ、うん。ご苦労さま、バルディッシュ」
応接室を後にした私達は、先ほど通った道を戻って、雑談しながら集合場所へと向かうのだった。
「皆さん、集まりましたね。それでは今回の担当任務をお知らせします」
集合場所に到着すると、すぐにリンディ提督からの説明が始まった。
現在、整備区画の片隅にあるこの部屋には、クロノを含めたアースラスタッフ、私、アルフ、ユーノが揃っている。……私やアルフはともかく、ユーノは嘱託でもないのに居ていいのかな? まあ、みんなが何も言わないのならいいのだろう。
「私達アースラスタッフは、先日の次元震の原因の究明、及び、それを引き起こしたとされる魔導師の追跡・調査を担当することになりました。幸い、魔導師の足跡(そくせき)は残されており、転移先、とある次元世界の座標を特定することに成功しました」
え、ということは……
「しかし、肝心のアースラが整備中でしばらく使えないため、魔導師が転移したとされる町の近隣に臨時作戦本部を置くことになります。件(くだん)の魔導師がそこを根城、または隠れ蓑にしている可能性が高いですからね」
やっぱり……
「分轄は観測スタッフのアレックスとランディ」
「はい!」
「ギャレットをリーダーとした捜査スタッフ一同」
「はい!」
なのは達の世界に、しばらく留まれる?
「司令部は私とクロノ執務官、エイミィ執務官補佐、以上三組に別れて駐屯します。それと……フェイトさん、あなたも司令部に加わってもらえると助かるんだけど、いいかしら?」
「え? あ、はい。構いません。私は嘱託魔導師ですから、そちらに従います」
「そう、ありがとう」
やった。これで大手を振ってなのは達に会いに行ける。ああ、楽しみだ。
……あれ? なんだか私とアルフ以外のみんなが、俯いてプルプル震えているけど、どうしたんだろうか?
「……艦長、臨時作戦本部の設置場所は、以前行ったあそこなんですよね?」
眼鏡をかけた男性(確かアレックスさんと言う人)が、下を向いたままリンディ提督に質問する。なんだろう。嬉しさを隠しきれないって感じに見えるけど……
だが、その質問を受けたリンディ提督もまた、満面の笑みで答える。
「その通り。駐屯場所は海鳴市。……日本よ」
『イィィヤッフウウウッ!!』
突然、俯かせていた顔を跳ね上げて狂喜乱舞するアースラスタッフ一同。
「ヘーイ!」
パン!
「ヘーイ!」
パン!
『ヨー!』
パーン!
互いに手を叩きあって喜びを露わにしている。え、なにこれ?
「えー、皆さん。嬉しいのは分かりますが、捜査はきちんとしてくださいね。まあ、ちゃんと仕事をしてくれれば、秋葉原に行ってアレなゲームを買おうが、同人誌を買おうが、コスプレイベントに参加しようが構いませんが」
「やっべ、どうするアレックス。なに買うよ?」
「いや~、それは実際に商品を見てからじゃないと決められないね。僕は結構こだわるほうだから」
「あれ、待てよ。捜査が長引けば、冬のアレにも参加できるんじゃね?」
「しっ! そういうことは思ってても口に出すな。……捜査に身が入らなくなるじゃないか」
そこかしこで密談が行われている。言っている意味はよく分からないが、なんだか関わっちゃいけないような気がする……
「なんだかみんな急に元気になったねぇ。そんなに日本が好きなのかい。まあ、温泉は気持ちよかったけどさ」
「アルフ、突っ込むのはよそう。この人達と関わったらダメな気がするんだ」
仕事を共にする以上、関わるなと言う方が無茶だとは分かってるけど……
「クロノ、そういえば、君もあの人のことを想っているんだったね。でも、僕は退く気は無いよ」
「上等だ。あの人も海鳴に住んでいると聞く。今回の任務中に出会う事もあるだろう。チャンスは僕にだってあるんだ、負けないぞ。……それに、このジャージ。もし、これが彼女のものだっていうんなら、僕は……」
なぜか持っているジャージをぎゅっと握りしめたクロノと、瞳に炎を灯したユーノが視線で火花を散らしている。こっちもわけが分からない。
「はいはーい、皆さん。任務は理解しましたね? 出発は明朝となりますので、それまでしっかり休んでおくこと。分かりましたね?」
『イエス! ユア、マジェスティ!』
こうして、なぜかテンションがウナギ登りなアースラスタッフ(+α)と、なのは達が住まう世界へと向かうことになったわけなのだが……そこはかとなく不安なのは、きっと気のせいではないのだろう。
「でも、まあ……」
なのは達と会えるんだし、気にするほどでもないかもね。
あ、そういえばグレアム提督からもらった包み、まだ開けてなかった。なにが入ってるのかな?
「……ゴスロリ、ドレス……サイズ、ぴったり」
しかもこれ、手作りな気が……
……まあ、たまに着てみてもいいかもしれないかな。
あとがき
第二部開始、といった感じでしょうか。
今回で登場人物がえらく増えたわけですが、メインはヴォルケンズなのでそんなに話に出てくることは無いかもしれません。いや、なのはやフェイトとかはちょっと出番が増えるかも?
まあ、まったりした話ばっかになりますが。
こんなおかしなキャラばっか出てくる作品ですが、これからもお付き合いいただけたらと思います。