「ハヤテ、あんた麻雀できる?」
「ええ、たしなむ程度ですが。それがどうしたんですか?」
「なら話が早いわ。あんた、私の家に来なさいよ。これからみんなで麻雀やるわよ」
「……ほほう」
勝負事には目が無い神谷ハヤテです。
今日は休日。もはや習慣となったように、私と仲良し三人娘は駅前に集まり、本日の予定をどうするか話し合っていた。いつもだったらカラオケでアニソン三昧か、ゲーセンで格ゲー三昧、もしくはゲマズのカードゲームスペースでデュエル三昧などがセオリーなのだが、今日は少々趣(おもむき)が異なっていた。
なんと、金髪の少女、アリサちゃんの家に招待されたのだ。まあ、パーティーやディナーのお誘いではなく、麻雀のお誘いなのだが。
「みんなで、ということは、皆さんも麻雀ができるのですか?」
「当り前じゃない。それくらい淑女のたしなみよ。ねえ、すずか」
「そうだねぇ。麻雀くらいはできないとね」
「私は淑女じゃないけど、麻雀できるよ?」
あれ? 今ここに麻雀できる幼女が四人もいるよ。日本ってこういう国だったっけ?
「ハヤテならできると思ってたわ。というわけで、鮫島! 車を出してちょうだい」
「かしこまりました。さあ、皆さま、どうぞお乗りください」
どこからともなく現れた執事っぽいおじさんが、いつの間にか近くに駐車してあった車(ベンツ)へと私達を押し込める。え、なにこの超展開。
「時間が勿体無いわ。飛ばしてちょうだい。ゴー! ゴー! ゴー!」
「いや、ちょっ……」
こうして、まるで誘拐されているかのような不安を感じながらも、私達一行はアリサちゃんの住む屋敷へと連れ去られるのであった。
「うわー、すごい広いですねー」
さして時間も掛からずに到着した私達は、車から降りると同時に屋敷内へと案内され、アリサちゃんの自室へと通されるのだった。ここまで歩いてきて分かったことは、アリサちゃんの家はとてつもなく大きいということだ。前々から思ってたけど、やっぱりかなりの金持ちだったんだな。
「さあ、ここが私の部屋よ。入って入って」
ドアを開けたアリサちゃんに促され、部屋へと足を踏み入れる私達。
「……なかなかいい趣味をお持ちのようで」
「でしょう? 集めるのに苦労したんだから」
入室した私の視界に飛び込んできたのは、木刀を持った少女が睨んでるポスター、日本刀を持った少女が睨んでるポスター、杖とマントを装備した女の子が睨んでるポスター、壁に据え付けられたごっつい甲冑、マンガが敷き詰められた本棚、各種ゲーム機などなど。そういえば、私の部屋もこんな感じだったなぁ。
「自分の部屋に居ると思ってくつろいでいいわよ」
「むしろここが自分の部屋だと錯覚してしまいそうです」
他人とは思えないな、アリサちゃんは。
「やっぱり、いつ来ても落ち着くよねぇ、アリサちゃんの部屋は」
栗色の髪の女の子、なのはちゃんがソファーに腰を下ろし、部屋を眺めている。
「そうだね。ポスターに囲まれてると、心が和むよね」
同じように、おっとりした感じの女の子、すずかちゃんもソファーに座っている。私はグレン号の上に居るから座る必要ないんだけど、フワフワで気持ちよさそうだな、あのソファー。
「あんたたち、準備できたわよ。こっちに来なさい」
部屋の中央でごそごそやっていたアリサちゃんが、キョロキョロと周りを見渡していた私達を呼んだ。言われた通り寄っていくと、中央には透明なテーブルが置かれており、その上に麻雀セットが用意されていた。
「さあ、準備は万端。さっそく始めるわよ」
腕まくりをして牌を麻雀マットの上にばらまくアリサちゃん。すごく楽しそうだ。
「てっきり全自動麻雀卓でもあるのかと思いましたが、普通のテーブルでやるんですね」
「そんなの面白味が無いじゃない。牌はやっぱり自分でかき混ぜて、自分で山を作らないとね」
ほう、よく分かってるじゃないか。その意見には賛成だ。
「あ、席順決めようか。サイコロ振るね~」
なのはちゃんがサイコロを手に取り、マットの上に転がす。場所決めをサイコロで決めるとは、わりと本格的だな。お遊び麻雀かと思っていたが、舐めていたら痛い目を見るかもしれない。
「……と、よし。席順は決まったわね。次は親決めよ」
サイコロの結果、反時計回りに、私、アリサちゃん、なのはちゃん、すずかちゃんの順になった。私はグレン号から降りて、席に置かれていたクッションに腰を下ろす。
そして、お次の親決めのサイコロの結果、親がアリサちゃんに決定。
「あー、この感覚、久しぶりね。燃えてきたわ」
「にゃはは、みんな、お手柔らかにね~」
「負けないんだから」
「皆さんのお手並み、拝見させてもらいますね」
それぞれが視線を交わし合い、静かに闘志をみなぎらせる。……この子達、どうやらお遊びで打つつもりはないらしい。ならばこちらも相応の気迫を持ってお相手しなければなるまい。
「ハヤテ、あんたのやる気、伝わってきたわよ。そうこなくっちゃね」
ニヤリと笑い、こちらを見つめるアリサちゃん。私の闘気を感じ取るとは、なかなか、やる。
「やる気は十分、気迫も十分、相手にとって不足はないわ。さあ、始めるわよ。仁義なき戦いを!」
こうして、ノリノリのアリサちゃんの合図の下、幼女四人による麻雀バトルの火蓋が切って落とされたのであった。
「鮫島! タコスをここに。絶対に切らすんじゃないわよ」
「御意」
東一局。山を作り、配牌を始める直前、忍者のようにいきなり現れた執事さんに、アリサちゃんが謎の指示を下す。タコスって、なんで?
「わ、いきなり出た、アリサちゃんの願掛け。これは気が抜けないね」
「うん。しかも東一局で親。最初っから修羅場だよ」
なのはちゃん、すずかちゃんが警戒心を露わにし、運ばれてきたタコスを貪り食うアリサちゃんを見る。……願掛けか。たまに居るんだよな、なにか特定の行動を取っていると良い配牌がくるって信じる人が。実際はそんなんありえないけど、この二人の反応を見るに、もしかしたら本当に効果があるのかもしれないな。一応用心しておこう。
「もぐ……はぐ……ふう。待たせたじぇ。配牌を始めるじょ」
なんか口調がおかしくなってる……
「ハヤテちゃん、気にしないでいいよ。アリサちゃん、麻雀してる時はいつもこうだから」
左横に居るすずかちゃんが説明してくれる。これも一種の願掛けなのかな。……って!?
「す、すずかちゃん? その腕に繋がった手錠と頬に付いてるタトゥーシールはなんですか?」
「あ、これ? シールは願掛けみたいなもので、手錠はちょっとした封印、かな。これも気にしないでね。僕も麻雀する時はいつもこの格好だから」
一人称まで変わってる……
「そうそう、気にしないでいいのですよ。にぱ~☆」
なのはちゃん、あんたもか……
皆の変貌ぶりに驚きつつも、配牌は終了。ようやく東一局が始まった。
「くふふふふ、来たじぇ来たじぇ~。私の時代が来たー! ダブル、リーチ!」
カッ!
「んなぁ!?」
ばかな、早すぎる。なんだこの速攻リーチは。願掛けってレベルじゃねーぞ!
「くっ、やっぱり序盤は鬼のように強いのですよ、アリサちゃんは」
山から牌をツモりながら、戦慄の表情で呟くなのはちゃん。序盤は勢いがあって、後半で失速するタイプなのか? どこの女子高生だよ。
「当たりがまったく読めない……お願い、通って!」
トンッ
なのはちゃんが捨てたのは、白。まあ、妥当だろう。
「く、くくく、ざーんねん! 通らないじぇ! ロン! ダブリー、一発、チートイ、ドラドラ! 親っパネ、18000点いっただきー!」
「いやあああああ!?」
は、白単騎待ち、だと? こんなん読める訳がない。なのはちゃんが犠牲になってくれて助かった。
「うう、人でなしなのですよ、アリサちゃんは……」
「勝負事に容赦は必要ないじぇ。ほら、さっさと点棒よこせ」
なのはちゃんが睨みつけながらアリサちゃんに点棒を渡す。これで、アリサちゃんが43000点。なのはちゃんが7000点か。最悪、次の局でなのはちゃんがハコテンになる可能性もある。……このまま何もせずに終わらせられるか。アリサちゃんをなんとか引きずり降ろさないと。
「ふっふーん、バリバリいくじぇ」
山を作り、再び配牌。親はアリサちゃんのままだ。
「あれ? 親が続いたのに、連荘符(レンチャンフ)は出さないでいいんですか?」
「ああ、言ってなかったじぇ。私達のルールでは連荘符は無しなんだじょ。いちいち面倒だし」
ふーん。まあ、有っても無くてもいいようなルールだからなぁ。別に構わないか。
「……ふむ」
山から取った牌を並べ、思考を切り替える。やはり、ここは勢いのあるアリサちゃんを潰すべきだな。……点数的にも、精神的にも。幸い、その為に必要な手牌は揃っている。……勝負事に容赦は必要ない、か。アリサちゃん、その言葉、その身に受けるといい。
トンッ
一巡目、アリサちゃんが牌を捨てる。捨てた牌は、リャンピン。
「それ、カンです」
アリサちゃんの捨て牌を引き寄せ、四つのリャンピンを脇に並べる。
「そんなんカンしてどうするんだじょ? 字牌やヤオチューハイならまだしも……」
「ふふ、どうするんでしょうね?」
眉をひそめるアリサちゃんを横目に、リンシャンパイをツモる。……よし、やはりカンはいい。私の望む牌がやってくる。
その後、私が牌を捨ててから皆に目立った動きは無く、三順ほど巡る。そして、アリサちゃんが捨てた牌を見て、私は再びそれを食う。
「もいっちょカンです」
「今度はイーソー? 訳わかんないじぇ」
これで、二つ。ククク……
「そんな訳わかんないハヤテには、お仕置きだじぇ。……リーチ!」
私が捨てた後、牌をツモッたアリサちゃんがまたもやリーチ。やはり勢いづいている。だが、勢いが激しいほど、失脚した時のダメージも大きいというもの。
トンッ
リーチ棒と共に、アリサちゃんが牌を捨てる。それをぉ……
「さらにカンです」
「げっ!?」
淑女にあるまじき声を上げて驚くアリサちゃん。さあ、これで三つのミンカンが出来て、サンカンツ確定だ。
「どうやら、今この場を支配しているのはアリサちゃんかと思ったけど、それはハヤテちゃんだったみたいだね……」
「う……く」
すずかちゃんの言葉にたじろぐアリサちゃん。ふふ、ようやく気付いたか。カンをしてからの私は並じゃないのだよ。
脂汗を浮かべるアリサちゃんを見ながら、私は再びリンシャンパイをツモり、安全牌を捨てる。
「さ、どうぞ、アリサちゃん。あなたの番ですよ。リーチをしている、あなたの」
「ぬ、ぐ……舐めるなぁ!」
私の挑発に熱くなったアリサちゃんが、勢いよく牌をツモる。そして、その牌を見たまま動かない。
「おや、どうしましたか? アガりでないならその牌を捨ててくださいよ。さあ」
「ふぬぬぬぬぬ……」
徐々に牌を持った手を下ろしていき、ツモッた牌を捨てる。捨ててしまう。……ククク、アッハッハッハ!
「それ、ロンです」
「ひいいいいい!?」
「トイトイ、サンカンツ、ドラドラ。ハネ満、12000点です。びた一文まかりませんよ」
「なんというサド気質。執拗なミンカン責めの挙げ句にこの仕打ちとは」
「僕だったら心が折れるね」
だって、それが目的だもん。出る杭は打たれるのが世の常ってね。これでしばらくはアリサちゃんも大人しくなるだろう。
「うう……」
もくろみ通り意気消沈したアリサちゃんから点棒をもらう。これで現在のトップは私だ。このまま突き放して……
──カナカナカナカナカナ──
「はっ!?」
なんだ? どこからかひぐらしが鳴いている気がする。窓は閉まってるし、近くに木も無いのに……
「……そろそろ部活モードはおしまい。オヤシロモードに入らせてもらうのですよ」
「来たわね、なのは……」
「これからが本番だね……」
突然、なのはちゃんを取り巻く空気が一変した。いや、空気だけじゃない。その表情までもが、ほんわかしたものから、獲物を上空から狙う鷹のような目つきに変化している。それに、気のせいか、なのはちゃんの背後に角の生えた女の子の姿が一瞬見えた気がする……
「親は私。さあ、加速するのですよ」
チャチャッ! カカカンッ!
「なっ!? 早い!」
なのはちゃんが宣言すると同時に、散らばっていた牌をあっという間に揃え上げ、自分の山を作ってしまった。なんという牌さばきだ。先ほどまでとは比べ物にならないじゃないか。
「なのは、あんた今……」
「ん? 私がどうしたのですか?」
「く……なんでもないじぇ」
悔しそうな表情で下唇を噛み締めるアリサちゃん。一体どうしたんだろうか。
「フフフ……」
不敵な笑みを浮かべながらサイコロを振るなのはちゃん。出た目は、10。すずかちゃんの山からなのはちゃんの山へと牌を取っていくことになる。
「やっぱりか……」
「これはちょっとまずいかな……」
正面に居るなのはちゃんとは対照的に、横の二人の顔色は優れない。なんだ? なにが起こるというんだ?
不安感を抱きながらも、私は皆と同様に山から牌を取っていく。揃えた手牌は……かなり良い。すでにイーシャンテン、かつ中が三枚ある。テンパイしている時にこれをカンすれば、私の必殺技、嶺上開花(リンシャンカイホー)が炸裂する。それに、今の状態でカンしても、リンシャンパイで確実に有効牌を引ける自信がある。
「……」
「……」
ふと、猛禽類のような目つきをしているなのはちゃんと目が合う。
ニヤリ
「ッ!?」
や、やばい。普段の彼女からは考えられないほど、邪気が溢れた笑みを浮かべやがった。奴は危険だ。絶対にアガらせちゃいけない。ここは安手でもなんでもいい。早くアガることだけを考えて打とう。
トンッ
親のなのはちゃんが牌を捨てる。次にすずかちゃん。そして私。しばらくは、トンッ、トンッ、と牌を捨てる音だけが室内に響く。……静かすぎる。なんだこれは。嵐の前の静けさだとでも言うのか。
「……お」
やがて、場に変化が訪れる。五順目、私の下に四枚目の中が入ってきたのだ。
これはもうアンカンをするしかないだろう。最低でもテンパイにはなれるんだ。もうこの静寂には耐えられない。
そう思い、四枚の中に手を掛け、私は……
「カ……」
──待て! 奴をよく見ろ!──
……カンをしようとしたのだが、どこからか声が聞こえてきて、思いとどまる。今の声は、まさか……いや、その前に奴を見ろとはどういう意味──
「ひっ!?」
正面に居るなのはちゃんの顔が……般若になってる!?
『どうしたのですか、ハヤテちゃん? 今、なにをしようとしたのですか? まさか、カンとか? なんで止めちゃうんですか? ハヤテちゃん。ねえ……ねえ!』
こ、声が合成音みたいに聞こえる。怖っ! げ、幻覚? 幻聴? いや、なんでもいい。とにかく、中をカンするのはやめだ。さっきから私の中で警鐘が鳴りっぱなしだよ。理由は分からないけど、カンをしたら私は破滅する。そんな気がする。
トンッ
取り敢えず中は手元に取っておいて、無難な牌を捨てる。
『……はっ、このいくじなしが』
なのはちゃん、絶対何かに取り憑かれてるよ……
「………ふう、流局ですね」
その後、誰もアガることなく流局となる。そして、ノーテン罰符の確認を行うため、牌をさらし合った時、私は警鐘の意味を知ることになった。
「あーあ、テンパイしてたのに、残念なのですよ」
「こ、……国士無双、中待ち……」
あっぶねー! これ、カンしてたらチャンカンで国士無双直撃してたよ。しかも親の役満だから、48000点。……一気にハコテンになるとこだった。
「こ、こ、こえー……」
「よくあそこでカンしなかったわね」
「ヒヤヒヤものだったよ、あれは。うん、よく我慢したね」
横の二人から賛辞(?)の言葉が送られてきたが、素直に喜べないな。あの一喝が無かったら、私は今頃自分の愚かさを呪いながら涙を流していただろうから。……借りができたね、相棒。
「それにしても、よくここまで揃えられましたね。しかも、さっきの反応からすると、かなり早い段階でテンパイしていたようですけど……」
「み~。オヤシロ様が力を貸してくれたのですよ」
「よく言うわ。自分で積み込んだくせに」
つ、積み込み? あの速さで? そんなん人間技じゃないって。しかも、それが本当なら、サイコロまで狙った目を出したことになる。どこの雀聖だよ、なのはちゃん。
「み~? なんのことだか分からないのですよ」
「ぐ……相変わらずこの時だけは腹黒いんだから」
「にぱ~☆」
先ほどとは打って変わって邪気の無い笑顔を見せるなのはちゃん。だが、この笑顔の下には般若が隠れているということを私は知っている。
「さあ、再開するのですよ。流れたから、もう一回私が親なのです……ククク」
あ、今ちょっと般若が顔を覗かせた。……しかし、どうする。あれほどの速さで積み込まれたら、イカサマをしているという告発が出来ないじゃないか。この邪気から察するに、奴は次も積み込んでくるに違いない。くそう、どうする。どうすればいい……
「……なのはちゃん。ちょっと調子に乗りすぎ。そういういけないことする子には、お仕置きが必要かな?」
バキィッ!
「ん?……なあっ!?」
左横のすずかちゃんを見れば、その両腕を拘束していた手錠が引き千切れていた。女の子の細腕じゃ壊れそうにないくらい丈夫そうな手錠だったのに……すずかちゃん、何者? というか、鍵で開ければいいのに、なんで引き千切るの?
「……封印を解いたね、すずかちゃん。今日こそは負けないよ?」
「僕にスピードで勝てると思わないことだね」
視線で火花を散らし合う二人。なにやら因縁の対決が行なわれるらしい。ここはゆっくり山を作りながら事の推移を見守るとするか。アリサちゃんも観戦モードに入っているし。
「……ふっ!」
静寂を突き破り先に動いたのは、短く息を吐いたなのはちゃん。その手がマットの上の牌に伸びる。
「やらせない!」
が、すずかちゃんの手がその進行を遮り、なのはちゃんが取ろうとしていた牌を自分の山に素早く組み込んでしまう。
「このっ!」
「甘い!」
二合、三合と手を遮り、また打ち払い、牌の奪い合いをする二人の幼女。……えーと、これ、麻雀だよね?
「……こんのぉ!」
「これで、ラストォ!」
カシーン!
マット上の攻防も終わり、全員が山を作り終えた。なのはちゃん、すずかちゃん、共に息が荒くなっている。だが、顔をうつむかせるなのはちゃんに対して、すずかちゃんは余裕の表情を向けている。
「だから言ったでしょ? スピードでは僕に勝てないって」
「う、くう……」
悔しそうに呻くなのはちゃん。どうやら、なのはちゃんの積み込みを阻止することに成功したようだ。これで条件は互角になったというわけか。
元来、麻雀とは運の要素が強いゲームだ。腕の良し悪しもあるだろうが、私は自分の運を他人の運と比べる遊びだと思っている。積み込みなんて、やっぱり邪道だ。なのはちゃんには、少々痛い目を見てもらわなければならないな。
なんてことを考えながら山から牌を取っていたのだが、それが功を奏したのか、な、なんと……
「はあ、腕が上がったと思ったんだけど、すずかちゃんにはまだ敵わないかぁ」
トンッ
「あ、あの~、なのはちゃん。その牌……」
「え? ポン?」
「いえ……ロンです」
「ウソッ!?」
人和(レンホー)、生まれて初めてアガっちゃった……
『お邪魔しましたー!』
「今日は楽しかったわ。また今度やりましょう」
私が奇跡の役満をアガった後も三時間ほど麻雀を続けていたのだが、夕飯の時間が迫ってきたので解散することにした。アリサちゃんの執事さんが家まで車で送ってくれるとのことだったが、今日はグレン号で疾走したい気分だったので、私だけ辞退させてもらった。
「グゥレイトォー!」
気分よく帰り道を爆走する私。ああ、今日は本当に楽しかった。というか嬉しかった。まさかレンホーなんてアガれるとは夢にも思わなかったよ。麻雀歴ウン十年の人でも滅多にアガったことが無いと言われるくらいの役だ。なんてついてるんだろうか。
「ふんふふ~ん♪」
少しスピードを落として、鼻歌なんぞ歌いながら岐路につく。気分はまさに最高潮。今ならあの節穴のおっちゃんにだって裏の無い笑顔を見せられるだろう。
「おや、君はあの時の。久しぶりだねぇ。元気そうじゃないか」
なんて事を考えていたのがいけなかったのか、赤いランプの付いた白い車の近くに立っている権力の犬、通称節穴のおっちゃんが声を掛けてきた。……しまった。嬉しさのあまり気が抜けていて、巡回行路に入り込んでしまったのか。神谷ハヤテ、一生の不覚。
「……お久しぶりですね。今はお仕事中ですか?」
取り敢えず簡単な挨拶くらいはしておくか。突っ込まれた質問されたくないから、すぐに切り上げて帰るけど。
「見ての通り、巡回中さ。……あ、そうそう。結構前に君が連れてきた男の子、あの子、見付かったよ」
「男の子? ああ、あの子ですか。今は施設にでもいるんですか?」
「いや、なんでも身柄を引き取ってくれた人がいたそうでね。今はその人と暮らしているそうなんだ。いやぁ、野たれ死んだりしてなくてよかったよ」
ふうん。まあそんなのはどうでもいいや。早く帰らないと皆が心配しちゃうよ。
「それでは私はこの辺で。さようなら、また会う日まで」
もう二度と会わないだろうけどね。
「あ、ちょっと待って」
きびすを返そうとした私に待ったを掛けるおっちゃん。なんなんだよ、まったく。
「以前にも聞いたと思うけど、君さ、いつも一人じゃないか。もしかして、その足だから、学校は休学してるのかい?」
「……まあ、そうなりますね」
嫌な方向に話が進もうとしているな。やっぱりこのおっちゃんは苦手だ。
「友達は? いや、それよりご家族はどうしてるんだい? なんで君一人だけ外を出歩いてるんだい? もしかして、君、一人で暮らしてるなんて言わないよね?」
「……私があなたと会う時に一人で居るのは偶然ですよ。いつもは家族と一緒に居ますから。あと、友達だってちゃんと居ます」
「本当に? 怪しいなぁ」
ああー! もう! お前は毎回毎回、どうしてそんなに節穴なんだ!? 一回眼科行って目ん玉全面洗浄してこい! そして二度と私の前に現れるな!
……なんて言えたらなぁ。
「おーい! ハヤテー!」
頭の中で目の前の節穴に罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせていた私の耳に、聞きなれた声が飛び込んできた。この声は……
「ヴィータちゃん……と、ザフィーラさん」
ラガン号に乗って、ザフィーラさんに付けた首輪を握ったヴィータちゃんがこちらに突っ込んでくる。一緒に散歩してたのかな。
「ストップ・ザ・あたし!」
キキィー! と甲高い音を立てながら私達の前で停止する一人と一匹。ゴムが焼ける臭いがするが、そんなことはどうでもいいだろう。
「丁度よかったぜ。あたし達も家に戻るところだったんだ、一緒に帰ろうぜ。シャマルが夕飯作って待ってる」
「ええ、私も今帰るところでした。一緒に行きましょう」
『今日の夕飯はマーボーカレーだそうだ。勿論ネギ抜きのな』
マーボーカレーか。なかなか食欲をそそる料理だな。
「……あーっと、君。ひょっとしてこの子達がさっき言ってた、家族?」
私達の会話を聞いていたおっちゃんが、ばつが悪そうに聞いてくる。ふん、やっと自分の過ちに気が付いたか。
「その通りです。私の大事な家族です。ふふん、ご理解いただけましたか?」
「ん、ああ。すまなかったね、疑ったりして」
素直に謝るおっちゃん。まあ、これくらいで許してやるか。さて、かーえろっと。(たぶん)おいしいご飯が待っている。
「あ、ねえ君。ハヤテちゃんっていったよね」
ヴィータちゃん達と帰ろうとグレン号を操作しようとした時、またもや節穴に呼び止められる。今度はなんじゃい!
「ハヤテちゃんは、今、幸せかい?」
「……は?」
唐突な質問に、一瞬思考が麻痺する。こいつはいきなりなにを言ってるんだろうか。あなたはー、いまー、幸せですかー? って、どこの宗教勧誘者だよ。
私が怪しい者を見る目で見つめていると、おっちゃんは慌てた様に弁明する。
「あ、いや、変な意味じゃないよ。……ただ、以前の君はどこか寂しそうだったんだけど、今は目が輝いて見えるから、幸せなんじゃないかなーと。少し気になっただけなんだ。変な事聞いてすまないね」
……以前の私。それに、今の私か。
おっちゃん、あんた、それほど節穴でもないかもね。
「おじさん。私は今、すごく幸せですよ。家族にも、友達にも恵まれています。本当に、幸せなんです」
「……そうかい。そいつは良かったよ」
自然と笑顔になる。おじさんもそんな私を見て、心から安心しているようだった。
「おっと、時間取らせて悪かったね。それじゃ、元気でね」
車に乗り込み、あっという間に居なくなったおっちゃん。……さーて、私達も帰るとしましょうか。
「なあハヤテ。あいつ、なんだったんだ?」
「……ただの、お節介焼きですよ」
『むう?』
ああ、今日の夕飯、楽しみだなぁ。
「かれぇー!? マーボーがカレーの、カレーがマーボーの辛さを引き立てるぅ!」
「これぞ味の大革命やぁ!……ぶっちゃけ、辛すぎて味が分かんないんだがな」
「は、鼻にカレーが……涙がぁ!?」
「じっとしててください、ザフィーラさん。今ふき取ってあげます」
「洗面器に顔突っ込んだ方がいいんじゃない?」
やっぱりカレーもマーボーも甘口が一番だと思った夜だった。