──sideなのは
「お帰りなさいませ、お嬢様、お坊ちゃま!」
「リカちゃーん、また来たよー」
「いつもありがと、なのはちゃん。……と、それではお席にご案内致します」
ユーノ君と共に入ったこのお店、名を『うみねこのなくゴロニャン』と言う。店員の女の子が皆メイド服とネコミミを装着しているという、通にはたまらないメイド喫茶だ。オマケに、みんな胸が大きいし。
「なのは、ユーノ、こっちだ」
入り口の近くの席に、椅子から立ってこちらに手を振る男の子が居る。
「あ、リカちゃん。あの男の子と相席にしてもらえるかな?」
「かしこまりました」
リカちゃんの先導の下、黒髪の男の子、クロノ君の居るテーブルに案内される私達。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さいね」
私達が席につくと、リカちゃんはそう言って離れて行った。
「クロノ、久し振りだね。元気だったかい」
「まあ、元気な事は元気なんだが。仕事が忙しくてゲームをする暇が無いのが辛いところだな。君らが羨ましいよ」
やれやれ、といった風に肩をすくめるクロノ君。お仕事、お疲れ様です。
「特に最近はおかしな事件が続いててね。僕も調査に関わってるんだが、今日休みが取れたのが奇跡みたいなもんなんだよ」
「おかしな事件?」
首を傾げるユーノ君。私も気になるなぁ。
「……君らには話しても構わないか。いや実はね、ここ一ヶ月の間に様々な犯罪組織が壊滅してるんだよ。次元間での密輸入、人身売買、麻薬取引。そういった悪事を働く奴らが、次々と管理世界のボックス、いや、地域警邏隊が詰める駐在所の下に転送されてくるんだ。ボコボコにされた姿で、悪事を働いたという証拠付きでね」
へー、まるで正義の味方が居るみたいだなぁ。
「しかもただの犯罪組織じゃない。漆黒の翼、黒の騎士団、白き翼、リトルバスターズ。いずれも実力のある魔導師で構成された組織ばかりなんだ」
どっかで聞いたことある名前ばっかな気がする……
「クロノ君、その犯罪組織を潰しまくってる人……集団? の正体って分からないの?」
「ああ、いまだに判明していない。一体何者なんだか……」
ミルクティーをすすりながら思案するクロノ君。本当に何者なんだろうね?
「あ、いや、すまない。君らには関係の無い話だ。気にしないでくれ。それより、今日はもっと大事な話があったんだな」
「うん。きたるべき冬に向けてのミーティングだね」
そう、今日ここに集まったのは他でもない、冬コミに対する作戦会議をするためなのだ。夏の二の舞にならぬよう、しっかりとしたプランを考えなくてはならない。
「その件なんだがな、実は母さんも冬に参加出来ることになったんだ」
「リンディさんも!?……てことは!」
「ああ。子どもだけではチェックイン出来なかった、ビッグサイトの近くのホテルに泊まることが出来る。そうすれば……」
始発組に大きな差をつけることが出来る!
「クロノ君!」
「クロノ!」
ガタッ! と椅子をけたてて立ち上がり、テーブルの上にある対面に座るクロノ君の手を握る。
『持つべきものは、オタ友だ!』
「ふ、よせよ。照れるじゃないか」
やったやった。徹夜組には負けてしまうが、これなら前回よりかなり前の方に並べるはずだ。
「二人とも、喜ぶのはそこまでにして、具体的なプランを話し合おうじゃないか。二人には今回もファンネルとして働いてもら──」
と、そこでクロノ君の言葉が止まる。入り口を見たまま固まってるけど、どうしたのかな?
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
「ええ乳しとるやんけ」
「ありがとうございます。それでは、奥のお席へどうぞ」
「ウィース」
私も釣られて入り口を見てみると、そこに居たのは綺麗なおねーさん。長身で髪をポニーテールにしている、カッコイイ系の女性だ。
「……お? すんまそーん、この小僧らと一緒の席でお願いしまする」
「お知り合いでしたか。かしこまりました」
「えっ? ちょっ」
見知らぬおねーさんが私の顔を見たかと思うと、メイドさんにそう告げてクロノ君の隣に座ってしまった。何で?
「……その胸、その声、その喋り方。まさか、ゼロさん!?」
じっとおねーさんを見ていたユーノ君が驚きの声をあげる。って、あの時の魔導師? 本当に?
「んあー? ああ、お前もしかしてあの時の獣け?」
本当なんだ。
「はい! そうです! 僕、ユーノって言います! 以後、お見知り置きを!」
今まで見たことが無いテンションで自己紹介するユーノ君。……惚れたっていうのは嘘じゃなかったのかな。
「あ、あの、私はなのはって言います。お久し振りですね」
「うん、おひさー。一人でお茶するのもなんだから一緒したいんだけど、構わないっしょ?」
「ももも勿論ですとも! ねえ、なのは、クロノ。いいよね? いいって言え!」
ユーノ君がテンパっている……仕方ない、人の恋路を邪魔しちゃいけないよね。
「私は構いませんよ。むしろオタクは大歓迎です。ねえ、クロノ君。……クロノ君?」
さっきからおねーさんの顔を見たまま黙っているけど、一体……
「……封時結界!」
『なっ!?』
突然デバイスを展開して結界をはるクロノ君。何してるのさ。
「ク、クロノ君?」
「離れろっ、なのは、ユーノ! そいつは危険だ!」
危険? どこが? 胸が?
「おいおい、何してくれちゃってんのさ。せっかくの午後のティータイムが台無しじゃん」
「とぼけるな! 守護プログラムの分際で!」
守護プログラム? 何それ?
「クロノ! 失礼じゃないか」
激昂するユーノ君。好きな人をそんな風に言われたら、そりゃ怒るよねぇ。
「あー、ちょい待ち。クロノっつったっけ? テメーはあちきを何だと思ってるわけ? そもそもお前は何者ですのん?」
「僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。そしてお前は闇の書の守護プログラム、シグナムだ。過去のデータに名前と顔が残ってるんだ。言い逃れは出来んぞ」
喧嘩を売るように睨み付けながら答えるクロノ君。
「ハッ、ざーんねーんでしたー。拙者の名前はマルゴッドでござる。しかも守護プログラムなんてものでもござらんよー」
本名はマルゴッドさんていうのか。やっと名前を知ることが出来たよ。
「マルゴッド……なんて素敵な名前なんだ」
ユーノ君がなんか言ってる。しかし、そんなことは気にも止めず口早にまくし立てるクロノ君。
「ぐ、戯れ言を。ならば証拠を見せてみろ。そうすれば信じてやる」
「証拠って言われてもにゃー。どうすりゃいいわけ?」
「……守護プログラムはベルカ式の魔法しか使わん。貴様がミッド式の魔法を使うことが出来たら信じてやろう」
ベルカ式? なんだろそれ。
「言ったな? 言っちゃったな? ならば後悔するがいい。……スラッシュリッパー!」
マルゴッドさんが叫ぶと、彼女の眼前に見慣れた形の魔方陣が浮かび上がり、その周りに円盤型の光の塊が次々と現れた。小さい気円斬みたいだ。
「なぁっ!?」
目を剥き、驚愕の声をあげるクロノ君。どうやら思惑が外れたようだ。発現した魔方陣を見てプルプルと震えている。
「ば、ばかな……」
「あっれー、さっきはなんて言ったんだっけー? ミッド式が使えたら、えっとー?」
クロノ君をいじめて楽しむマルゴッドさん。凄い楽しそうだ。というか笑顔が邪悪だ。
「………す、すまない」
ぼそっと呟くようなか細い声を発するクロノ君。
「あー? 聞こえんなー?」
「すまない! 人違いだったようだ。あまりにも顔が似てるから、つい……」
「ハッ、これからは気を付けてくれたまえよ、チミィ?」
「うぐぅ……」
屈辱だ、という感じにうめくうっかりクロノ君。人違いだったんだね。お騒がせだなぁ、もう。
「……その、お詫びといってはなんだが、ここの払いは僕にさせてくれ。好きなものやサービスを頼んでくれても構わない」
「お、話が分かるじゃん。そういう殊勝な子どもは僕大好きだよん」
そう言うと、クロノ君を引き寄せて頭を撫で回すマルゴッドさん。あ、胸が頭に当たってる。
「や、止めてくれ」
とか言いつつ満更でもなさそうなエロノ、じゃなくてクロノ君。やはり胸か。胸がいいのか。
「ぎぎぎぎぎぎ……」
そんな光景を見て歯をくいしばりながらユーノ君が血涙を流している。うわぁ。
「ゴロニャン特大パフェ、お待たせ致しました」
「待ってました!」
誤解も解けて結界を解除した後、私達は4人でお茶をすることになった。ついでだ、と言って、クロノ君が私とユーノ君の分まで奢ってくれるとのこと。やったね。
「ん~、うまい、甘い、でかい」
パフェを頼んだマルゴッドさんは、運ばれてくると同時にスプーンに手を伸ばし、そびえるチョコやクリームの山を勢いよく崩していく。一人で食べきれるのかな?
「その、マルゴッドさんはこの町に住んでいるんですよね? この前もこの近くで会ったし」
興味津々といった様子で尋ねるユーノ君だが、私も気になる。
「そうだよん。ちなみに仕事は掃除と洗濯をやってます。ニートとは違うのだよ、ニートとは」
「ヘルパーのお仕事をされてるんですか?」
「まあ、そんなもん?」
へえ、素敵な仕事じゃないか。
「あの、ぶしつけな質問なんですけど、か、彼氏とかはいるんでしょうか?」
いきなりユーノ君が攻略に入った! いつもの控えめな印象はなりを潜めて、獲物を狙う肉食系男子の姿がそこにはあった。
「彼氏~? そんなんいるわけないっしょ」
「イエス! イエス!」
ユーノ君、その反応はどうかと思うよ。
「では、と、年下の男はお嫌いですか?」
「年下ね~。……あ、こんな子だったらわりと好みかな?」
隣でおかわりしたミルクティーを飲んでいたクロノ君の頭をなでなでする。クロノ君、顔が真っ赤だ。
「ふぬぬぬぬぬ……」
ここまで怒りをあらわにするユーノ君を初めて見たよ。
「ジャンケン大会、始まるよ~!」
「お?」
突然、マイクを持った猫耳メイドが中央奥にあるステージ上に現れた。おっと、今日はこのイベントがあったんだ。
「なんすか、あれ?」
「その名の通りジャンケン大会ですよ。店内に居る客があの人とジャンケンして、三回連続で勝てたら一緒に写真撮影してもらえるんです」
「ほう」
私の説明に頷くマルゴッドさん。よぉーし、今日こそ勝つんだから。
「準備はオーケー? それじゃ、ジャンケン、ニャン!」
「おめでとうございます! そちらのポニーテールの方、こちらに来ていただけますか」
なんと、マルゴッドさんが三回連続で勝ってしまった。いいなぁ。
「ん? 小娘、もしかして写真撮影したいのか?」
「え? まあ、そりゃあ……」
「すんません、連れも一緒に撮影してもらっていいすか?」
え?
「三名様まででしたら大丈夫です」
「よし、んじゃ全員で写るべ」
「……いいんですか?」
「オーケーさぁ。お茶に付き合ってくれてるお礼じゃん」
やっぱり良い人だ!
「それではこちらに並んでくださーい」
メイドさんが呼んでいる。ああ、初めての写真撮影。まさにメイドインヘブン!
「小僧共、もっとちこう寄れ。はみ出るぞ」
「は、はいぃ!」
「は、恥ずかしいな」
カメラの前に並ぶ私達。周りにはメイドさんが沢山。いやっふぅー!
「それじゃ、撮りますよー。いち、にの、ニャン!」
パシャッ!
「拙者はこれでおいとまするでござる。また、どこかで会おう」
「はい。写真撮影、ありがとうございました」
「また、また絶対会いましょう! その時はきっと……」
「その、迷惑をかけたな。縁があれば、また」
写真撮影の後マルゴッドさんはそう告げて去って行った。またいつか会えるよね。
あれ? クロノ君の様子が変だな。
「クロノ君。どうしたの?」
「……さっきから胸のドキドキが止まらないんだ。これはまさか、恋?」
『ちょっ!?』
また!? 胸なの!? やっぱり胸がいいの!?