私たちが戦闘態勢に入ったのを見て男たちは一瞬鼻白むが、すぐにバカにしたような笑みを浮かべてこちらに近づいて来る。
「おいおい、お嬢ちゃん達正気かい? 見たとこ魔導師みたいだけど、大したことないよね。無駄な抵抗はやめた方が──」
「ふん、相手の力量も計れんとは底が知れるな」
「ッ!? こいつ、使い魔か!」
「ごちゃごちゃうっせー! ッラァー! 先手必勝!」
我慢出来なくなったヴィータちゃんが、一人だけ突出していた魔法使いに突貫する。一瞬で間合いを詰めると、バットでボールを打ち抜くような体勢でハンマーを振り抜く。
「なっ!? バ、バリアー!」
接近に気付いた魔法使いは瞬時に反応し、自分の周囲に薄い膜のような物を発生させる、が、
「ムダ、だぁ!」
構わずハンマーを振り抜いたヴィータちゃんによって呆気なくその膜は突き破られ、打点の延長線上にいた魔法使いがモロに食らい吹っ飛ばされる。
「て、てめえ! よくも──」
「ぼてくりまわす」
気が付くと、いつの間にか魔法使い達の中心に、鞭の形状に変化させた剣を持ったシグナムさんが佇んでいた。
「ッ!? この!」
それに気付いた男が杖を向けるが、既に遅い。
「超、気持ちいいー!」
奇声と共に、刃の付いた鞭が周囲の空間をズタズタに蹂躙する。それに巻き込まれた魔法使いは杖を向けた男を含めて二人。残りの三人は空に飛び上がり逃げ延びていた。
「へえ、今のに反応するなんてなかなかやるっすね」
ピシィッ! と鞭を地面に叩きつけて感心しているシグナムさん。あ、いつの間にかボンテージ装備してる。
「ぐ……舐めんなぁ! スプレッド!」
シグナムさんの言葉に激昂した男が水の塊の様なものを無数に宙に生み出し、眼下の私達全員に向けて解き放った。それにしても、どっかで聞いたような技名だな。
と、そこで、上空から迫る水のつぶてから守ろうと、私の前に人間形態に変身したザフィーラさんが立ち塞がる。
「障壁とは、こういうものを言うのだ」
頼りがいのある守護者が迫り来るつぶてに手を向けると同時に、眼前に光の粒のようなものが現れ渦を巻く。それに触れた水のつぶては、蒸発するように触れるそばから消え去っていく。盾の守護獣の名は伊達ではないですね。惚れちゃいそうです。
シグナムさんとヴィータちゃんの下にもつぶては降り注ぐが、余裕の表情で避け続けている。
「チッ……天光満つる所に我はあり。黄泉の門ひらく所に汝あり──」
「大技? やらせないわよ」
上空にとどまる男の一人が呪文の様なものを唱え始めるが、それを完成させまいと、光の壁を展開してつぶてを防いでいたシャマルさんが黒い玉を四つ発射する。そして、凄まじいスピードで直進するそれが、
「──出でよ神の……ぐあっ!?」
無防備な身体に次々と突き刺さり、詠唱を中断させる。しかし、それだけでは終わらず、
「ほら、上、上、下、下、左、右、左、右」
「がっ、ぐっ、や、やめ……」
黒い玉を操作し、間断無くぶつけ続ける。シャマルさん、容赦ねえ。だがそれがいい。もっとやれ。
「これで、ラスト!」
ぼろぼろになって飛んでいるのがやっとという状態の敵に、顔面、胸、腹、股間の順番に黒い玉が突き刺さる。痛そ。
「ひ、ひいぃー!」
「こいつらやべえって。ずらかんべ!」
墜落していく仲間を見捨てて逃走しようとする二人の魔法使い。悪党の鏡のような奴らだな。代わりにヴィータちゃんが墜落した奴拾ってるし。
「シグナムさーん! 殺っちゃってくださーい! あ、一応手加減はしてくださいねー!」
「まっかしといてー!」
背を向けて逃げる敵に剣を向けて、エネルギーをチャージするように踏ん張るシグナムさん。
「……お? これは。ははーん」
一瞬、怪訝な表情を浮かべたシグナムさんだが、すぐに気を取り直し発射体勢に移行する。
「新技、いくでござる!」
昨日と同様に剣を振り上げて、
「リミット解除! コード、ファントムフェニックス!」
振り下ろす。すると、発生した魔方陣から巨大な炎が立ち上がり、鳥のような形に変形しながら撤退する魔法使いへと追いすがる。って、昨日と違う!?
『……え? ぎゃあああ!』
みるみる距離を詰めてあっという間に追い付いた火の鳥は、その巨大な身の内に二人の魔法使いを取り込んで焼き焦がしながらも突き進み、空の彼方へと消えていった。そして、飛べなくなった二人は地面へとまっ逆さまに落ちるが、ヴィータちゃんがそれをキャッチする。流石だ。
でもあれ、死んだんじゃね?
「ちょ、シグナムさん。やり過ぎじゃないですか」
流石に、犯罪者とはいえ殺しはまずいよ。
「大丈夫だって。非殺傷設定だからさぁ」
非殺傷設定? 何それ?
「身体に外傷を与えず、純粋な魔力ダメージのみを与える技術よ。殺さずに相手を無力化できるの。本来なら私達には使えないんだけど、どうやら闇の書のおかげで使えるようになったみたいね」
疑問が顔に出ていたのか、丁寧に説明してくれるシャマルさん。へえ、非殺傷設定ね。生け捕りにはもってこいじゃないか。
「おーい。落ちた奴ら拾って来たぞー」
ヴィータちゃんが身体中から煙をあげている二人の男を連れてきた。
「……って、物理ダメージ、受けてるじゃないですか」
「あっれー、ちょっと失敗しちゃった?」
舌を出して、テヘッとはにかむシグナムさん。……まあ、消し炭にしてないだけマシか。
「主、こいつらはどうする?」
シグナムさんと話していると、倒れていた魔法使い達を集めてきたザフィーラさんがそう問い掛けてきた。うめき声をあげている男もいるが、全員戦闘不能状態のようだ。
「そうですねぇ。こんなロリコン犯罪者共に情けは無用ですし、蒐集しちゃいましょうか」
「だな。実力のわりに結構魔力持ってるから、かなりページ埋まるぜ」
ふーん。魔力量=戦闘力という訳じゃないのか。戦闘技術も大事だってことか。
「それじゃ、蒐集するわね」
「あ、命までは取らないで下さいね」
「分かってるわ。ハヤテちゃんに惨たらしい死体なんて見せられないもの」
ただの死体じゃなくて惨たらしい死体なんだ……
「さて、改めて蒐集開始と」
「う……が、があぁー!?」
手慣れた様子で蒐集を始めたシャマルさん。……人間が蒐集される所を初めて見るけど、かなり苦しそうだな。
「ぐ、あ……あ?……ああ、いい……いいー!」
「こいつ気持ちわりー!?」
苦し気にうめき声をあげていた男が、唐突に快楽を感じているような声を出す。ヴィータちゃんが汚物を見るような目でその男を見ている。勿論私も。
「あ、言ってなかったっすね。闇の書の蒐集機能、なんかバグってるみたいなんすよ。蒐集すると、気持ち良くなっちゃうみたいナリ」
どんなバグですか、それは。
「……え、もう終わり?……もっと。もっとぉー!」
「……気持ち悪いにも程があるわね。蒐集する気が無くなってきたわよ」
その気持ち、よく分かります。誰だってあんなのに近寄りたくないよ。
「黙れロリコン!」
「ぐふっ」
耐えきれなくなったヴィータちゃんが腹に蹴りを入れて気絶させる。ナイスだ。
「あと五人……キツいわね」
ファイトだ、シャマルさん。
『そこ、そこダメー!』
『いい。いいよー!』
『らめぇーー!?』
「てめえら気持ち悪すぎんだよぉー!」
嬌声をあげる男達を蹴りで黙らせながらの蒐集も終わり、ようやっと落ち着ける時間が訪れた。
「シャマルさん、お疲れ様でした」
「人間からの蒐集はこれっきりにしたいわね……」
げっそりとした表情で呟くシャマルさん。うん、同感だ。
「シャマル、ページはどれくらい埋まったのだ?」
「えーと……あら、また40ページね」
昨日は40ページ集めたらあの光の玉が出てきたんだよな。もしかしたら今回も……
「……どうやら、一度だけじゃなかったみたいね。またページが消えていってるわ」
予想通りか。確かに闇の書が光を放っている。そしてこの後は……
「魔力が均等に振り分けられるって訳か」
本から光の玉が四つ浮かび上がり、皆の胸元に入り込んでいった。
「一人10ページとして、今ので20ページ分の魔力がそれぞれにプラスされたことになるわね」
「それと新技も覚えたしねー。いやー、いつになったら限界が訪れるのかにゃー」
「なに、いずれ分かることだ」
当初の驚きなど無かったかのようにレベルアップ現象を受け入れている皆。順応能力高いね。
「ん?……んはっ、来たよ来たよ~」
シグナムさんがウキウキした様子で剣に手を掛ける。来たって、もしかして新しい魔法?
「ん〜、本邦初公開! 水神剣!」
シグナムさんの掛け声と共に剣の回りに水がまとわり付き、ぐるぐると水流が渦巻き始めた。そしてその剣を腰だめに構え、まるで居合い切りをするように逆袈裟に振り抜く。すると……
シュパッ! という音と共に剣先から水のカッターが飛び出し、近くにあった岩壁を切り刻む。おお、カッケー。
「続けて、雷神剣!」
「まだあるのかよ!?」
今度は剣身にバリバリと電気がまとわり付いている。それをシグナムさんが思い切り地面に突き刺すと、地面を伝って一直線に岩壁に雷撃が走り、触れた一面を吹き飛ばす。
「水と電気の魔力変換……二人もレアスキル持ちが居たのね。というか、変換資質まで行使出来るなんて出来すぎじゃない?」
レアスキル! なんと心惹かれる響きか。
「炎、水、電気を操るとか、お前はどこの魔剣士だよ」
ヴィータちゃんが悔しそうに悪態をつく。まあ、カッコイイもんね。悔しがるのも分かるよ。
「……お? 来たぜ! あたしの時代が来た!」
次はヴィータちゃんか。どんな魔法を見せてくれるのかな?
「……この頭に浮かぶシルエット、ハンマーか! あたしにピッタリじゃねえか」
ほう、ハンマーね。
「よぉっし! 出てこい!」
ヴィータちゃんが気合いの入った叫びを再びあげる。すると、宙に光が集まり次第に形を成していく。確かにあれはハンマーに違いない。一体どんな効果が……
ピコッ!
「いて」
良い音を出してシグナムさんの頭に落ちたハンマー。……え? これで終わり?
「……」
シグナムさんが地面に落ちたハンマーを拾い、無言でヴィータちゃんに渡す。
「……」
そしてそれを無言で受けとるヴィータちゃん。気のせいか涙目になっている気が……
「チクショォーー!」
ピコピコピコピコピコ!
「いてて、止めろロリッコ」
シグナムさんに次々とハンマーの雨を降らせるヴィータちゃん。いやぁ、あれは精神的にきついわ。
「何であたしだけいっつもショボいんだぁ!」
「そう悲観する事はないわよ。一発芸に使えるじゃない」
「あと漫才の突っ込みに」
「するか、そんなこと!」
ピコッ!
「いて」
なんか既に漫才になっている気がするなぁ。
「む?……ヴィータよ、どうやら我も貴様と同じような魔法を覚えたようだ」
「え、マジ? ハンマーが頭の中に浮かんだのか?」
「うむ」
「あら?……私も同じみたいね」
ザフィーラさんに続いてシャマルさんまでハンマーか。
「……アッハハハ! なんだよ、ついてねえなぁ」
「どれ、ものは試しだ。使ってみるか」
「そうね。じゃあ、あそこの地面にでも落としましょうか」
二人が並んで何も無い場所にハンマーを落とす準備をする。
「あたしはもう10個は連続で落とせるぜ。すげえだろ」
「はいはい、凄い凄い。……じゃ、いっせーのせーで──」
『巨神の鉄槌!』
ズゴォッ!
二つの巨大な鉄槌が地面にでかいクレーターを作る。……うわぁお。
「………」
「あら、凄いじゃない」
「なかなかの威力だな」
プルプルと震えるヴィータちゃん。これはまずい。
「ヴィ、ヴィータちゃん。その……元気出して。ね?」
「ハッハー! 炎神剣! 水神剣! 雷神けぇーん! 俺Tueeee!」
「お前らなんて、大嫌いだぁーー!」
機嫌を取り戻すまで、一切口をきいてくれないヴィータちゃんであった。