「魔力が上がった、とはどういうことなんですか?」
光の玉を吸収(?)し、しばし呆然としていた4人だが、どうやら私の言葉で我を取り戻したようだ。
「魔力……いえ、総魔力量が増加したと言うべきかしら」
総魔力量? 要するにMP限界値のことかな。
「ああ。しかも今日消費した魔力まで回復してやがる。どうなってんだ?」
「まるでレベルアップしたみたいですね、それじゃ」
「言い得て妙だな。……だが、肝心のページが白紙に戻ってしまっては素直に喜んではいられんがな」
むう、とザフィーラさんが唸る。そういえばそうだな。本来の目的はレベルアップじゃなくてページを埋めることなんだから。
「これはやっぱり闇の書のバグなのかしら? それとも管制人格の意思によるもの?」
シャマルさんがなにやら思考を巡らしている。だが、それよりも気になる事がある。
「あのー、この現象が続くと、いつまで経っても完成しないんじゃないでしょうか?」
そんな私の疑問に、ザフィーラさんが即座に答えてくれる。
「いや、それは無いだろう。いくら総魔力量が増えると言っても、無限に増加し続けるなどあり得ん。いずれ頭打ちが来るはずだ」
それに同意するシャマルさん。
「そうね。そうすれば、おそらくページは普通に埋まっていくでしょう。まあ、それまで結構時間掛かるだろうけど、なんとかなるでしょ」
へえ、そういうもんなんだ。それを聞いて安心したよ。皆が強くなるってのは嬉しいけど、自分の命も大事だからね。
「ん? おいシグナム、何してんだよ」
一応の安堵を得た私達だが、突然ヴィータちゃんが疑念の目をシグナムさんに向ける。私も見てみると、何やら剣を正眼に構えて集中しているシグナムさんの姿がそこにはあった。どうしたんだろうか?
「来た! 来たコレ!」
カッ! と目を見開いたシグナムさんが、剣を思い切り振りかぶり、そして──
「ハイメガ、キャノン!」
振り下ろす。すると、シグナムさんの眼前にいつもと違う形の魔方陣が浮かび上がり、そこから極太のビームのようなものが発射された。
「ちょっ! 何だそれ!?」
驚くヴィータちゃんをよそに、撃ち出されたビームは、荒野にそびえる岩壁を打ち砕きながら地平線の彼方へと消えていった。あ、なんか遠くの方で爆発音が聞こえる。火柱があがっている気もするが、まあ気のせいだろう。
「シグナム、あなたそれミッド式の砲撃魔法じゃない。どうして使えるのよ?」
「いやね、なんか頭の中にキュピーンってきてさ。これ、使えるかもーって。んで試したら出来ちゃった」
なんてアバウトな。いや、ゲームの術技修得なんてこんなもんかもしれないけどさ。リアルで新技ってこんなに簡単に覚えられるもんなの?
「シグナムよ。貴様、昼に魔力蒐集に行った時、小娘達と話していたな。見たところあの小娘はミッド式の使い手だった。奴から蒐集したのか?」
「ん? そうだよん。……あ、もしかして」
「ああ、なるほど。そういうことかよ」
何やら皆得心がいったように頷いている。
「みんな、ちょっと見てて」
と、そこで、一人離れていたシャマルさんがそんなことを言った。今度は何さ。
「……闇よ、あれ」
指輪を嵌めた手を眼前にかざし、そう呟くシャマルさんの周囲に黒い球形の物体が四つ現れた。
「行きなさい」
そう指示を受けた黒い玉は複雑な軌跡を描きながら空へと舞い上がっていき、しばらく宙でヒュンヒュンと交差していたが、シャマルさんが手を降ろすと同時にパッと消えてしまった。
「もしかして、それも今新しく覚えた魔法ですか?」
「そうなるわね。なかなか使い勝手が良さそうだわ」
MPが底上げされるだけでなく、新技まで覚えるとは……これなんてロープレ?
「シャマルは誘導制御型の射撃魔法か。もしかして、あたしとザフィーラも何か使えるのかな」
「……どうやらそのようだ。我もキュピーンときたぞ」
おお、今度はどんな魔法が出るのかな?
「……癒しの光よ、我に力を」
ザフィーラさんが手のひらから光を放つ。そして、その光を私に向けて解き放つ……って、ちょっ、何を。
「……あれ? なんか暖かくて気持ち良い」
「回復魔法だ。誰も怪我をしていないので主に使わせてもらった」
おおー、回復魔法。ホイミとか受けたらこんな感じなのかな。パーティーに一人は回復役がいると戦闘がぐんと楽になるよね。ナイスですよ、ザフィーラさん。
「みんな良いなぁ。あたしも何か……お? 来た……なんか来たぞ!」
羨ましがっていたヴィータちゃんだが、どうやら皆と同様に新たな技を覚えたらしい。目をつむり、技を発動させようと集中しだした。
「む、むむむ。……ハーッ!」
気合の入った叫びを上げたヴィータちゃんが、突如光に包まれる。そして、光が収まるにつれて徐々にその輪郭が露になってくる。
「……ふう。どうだ?」
ヴィータちゃんが居た場所に鎮座していた生物、それは──
「ぷっ、あはははは! か、可愛いですよ、ヴィータちゃん」
「あらあら、面白いわね」
「それは我に対する宣戦布告か? ペットの座は渡さんぞ」
「その姿は……なるほどにゃー」
「な、何だよ。あたしが一体……って、なんじゃこりゃあー!」
つぶらな瞳で私達を見つめるフェレットであった。
「ミッド式の変身魔法ね。一発芸とかに使えるんじゃない?」
「あと覗きとか」
「するか、そんなこと!」
皆にいじられているヴィータちゃん(フェレットバージョン)。ああ、可愛いなぁ。
「あたしだけこんなショボいのかよ……ついてねえ」
うなだれている姿もとってもプリティー。……あ、そうだ、聞きたいことがあったんだ。
「皆さん、どうして突然使えない技が使えるようになったんですか?」
その質問に、シャマルさんが答えてくれた。
「闇の書の特性に、蒐集した相手の覚えている魔法を行使できる、というものがあるのよ。その特性が、今の私達に反映されている為だと思われるわ。……あの光の玉、いえ、魔力の塊に、さっき私達が覚えた魔法の情報が入っていたのね、きっと」
「ふぇー。とんでもないチートスキルですねぇ」
「私もそう思うわ。まあ、悪影響も無さそうだし、覚えて損は無いでしょう」
「こんな魔法いらねえよ……」
いまだにフェレット姿のヴィータちゃんが毒づく。とっても素敵な魔法だと思うんだけどなぁ。
「あるじ~、お腹空いたよー。帰ろうよー」
モンスターとの戦闘で体力を消費した腹ペコ騎士が、手足をジタバタさせている。MPは回復しても、HPは減ったままなのか。
「そうですね。少し時間オーバーしてしまいましたね。帰ってゆっくりしましょう」
一日の蒐集は四時間まで。これが皆で決めた蒐集のルールだ。過剰労働は身体を壊す原因だし。あ、あと単独行動しないことも絶対のオキテだ。
「それではシャマルさん、帰りの準備をお願いします。……慎重に、万全を期して!」
「わ、わかってるわよぅ」
もしまたあんな事があったら、一日一回はおっぱいを揉ませてもらうことにしよう。……それはそれで楽しみだな。
おっと、そうだ。締めの言葉を言っとこう。
「皆さん、トラブルはありましたが、蒐集を続けていけばなんとかなるようです。これからもよろしくお願いしますね」
「はいはーい。任してチョンマゲ」
「ホネッコの為だ。努力は惜しまん」
「暖かい布団と、お風呂の為、私も頑張るわよ」
「何であたしだけこんな魔法……」
まだ気にしてるのか……
そうこうしてる内に、転移の準備が整ったようだ。
「それじゃ、戻るわよ。……転送!」
こうして、魔力蒐集という名目の下、私達のモンスター狩りの日々が始まったのであった。
『光に、なれぇー!』
『うおぉー、あたしのこの手が真っ赤に燃えるぅ!』
『意地があるんだよぉー! 女の子にはー!』
『アーシアーーー!?』
モンスター狩り二日目。場所は昨日と同じ次元世界。今日も今日とてヴィータちゃんは絶好調だ。何を思ったか、一回戦闘を行う毎にデザインを変更している。コスプレにハマった?
「これがあたしの、殺劇武荒拳!」
現在、ハンマーで怒涛のラッシュをでっかいサソリにお見舞いしている。一緒に前衛にいるシグナムさん、やりにくそうだなぁ。
「シャマル、もう虫の息だぜ」
「はいはい。蒐集開始と」
うん、順調、順調。こうやって何事もなく狩りがはかどるのが一番だ。
「歯応えが無いっすねぇ。もっと強い奴はいないものかのう。……ねえ、ドラゴンとかいる世界に行かにゃい? 一気にページが埋まるかもよ?」
「今は地道にザコを倒していきましょう。それほど切羽詰まっているわけではないんですから、危険を犯すのは止めときましょうよ」
シグナムさんは物足りないようだが、ここは我慢してもらおう。聞けば、ドラゴンというのはどれも強力な力を有しているそうなのだ。しかも仲間意識が意外と強く、一匹に危険が訪れると仲間が応援に来ることもあるとか。いたずらに手を出すにはリスクが高すぎる。……一回は見てみたいけどね。
「ハヤテちゃん、行くわよ」
「あ、はい」
蒐集し終わったシャマルさんの後についていき、新たな獲物の下へと向かう。地面が舗装されてないからガタガタ揺れること揺れること。
「ん? 転移反応だと?」
しばらく歩いていると、突然、ザフィーラさん(狼形態)が耳をピクピクと動かしながら周囲を見回し始めた。
「こんなへんぴな世界に来るなんて、どんな物好きなのかしらね?」
「どうしたんですか? 誰かが来るんですか?」
皆何かに感付いているようで、視線を一つの方向に向けている。
「転移だよ。まず間違いなく魔導師が来るだろうな」
魔法使いが? へえ。マルゴッドさんみたいに旅行でもしてるのかな?
「来たか。ザフィーラ、用心しとけよ」
「言われずとも、主は守る」
守るって……襲われる可能性もあるのか。良い魔法使いだけじゃなくて悪い魔法使いもいるってことか。
そんな考え事をしている間に、10メートルほど離れた地点に魔方陣が浮かび上がり、次々と人間が転移してきた。三、四、五、……六人か。
「あー、ったく、ついてねえよなー。何なんだよ昨日のあの砲撃は」
「またベースを一から作り直しか……ふざけやがって!」
「中にあった質量兵器までオジャンだもんな。やってらんねーよ」
何やら恨み言を吐きながら現れたのは、手に杖のような物を持った六人の男性。皆イライラしているみたいだ。何があったんだろう。
「……おい、見ろよ。女だぜ」
「ああ?……お、マジだ。しかも上物じゃん」
どうやらこちらに気付いたようで、警戒もせずにこちらに近寄ってくる。
「お嬢ちゃん達どうしたの? ひょっとして迷子?」
「ぶはっ! んなわけねーだろ」
「ひょっとして次元漂流とか? だったらついてないねー。ここは無人世界なんだよ」
下卑た笑いをあげながら近寄ってくる男達。……これだけは確実に言える。コイツらは……敵だ。
「あなた方は、どちら様でしょうか?」
取り敢えず相手の出方を窺うか。
「僕達? 僕達は漆黒の翼って言ってねー、主に質量兵器の密輸入を仕事にしてるんだ。裏の世界じゃ結構名が知れてるんだよ?」
なっ! コイツら!?
「おいおい、ばらすのはえーって。ま、顔を見られたからには生かして帰す訳にはいかないんだがな」
「その前に、楽しませてもらうけどな」
「ぼ、僕は赤い髪の毛の子がいいんだな!」
「んじゃ俺様車椅子のおにゃのこもーらい」
「……お前ら、そういう趣味だったのかよ」
「待て! 赤毛は俺のだ!」
「車椅子は譲れ」
「いや、私に譲れ」
「俺以外全員かよ!?」
……どうやら、コイツらには遠慮する必要は無さそうだな。どいつもこいつも腐ってやがる。
「皆さん」
「分かっている」
「ええ」
「めんどくせえな」
「対人戦かぁ。腕がなるね」
準備は万端。
『ブッコロス!』