「レッツハンティング!」
ワクワクが止まらない神谷ハヤテです。
ザフィーラさんと共に帰って来たシグナムさんをパーティーに加え、私達は魔法生物ひしめく次元世界へと旅立とうとしていた。
「随分と楽しそうね、ハヤテちゃん」
転移の準備を始めたシャマルさんが、魔方陣を展開させながら話し掛けてきた。そりゃあ楽しみだよ。
「だってリアルで魔法バトルが見られるんですよ? しかも相手はモンスター。まるっきりRPGじゃないですか。ゲーム好きにはたまりませんよ」
「まあ、ハヤテならそう言うと思ったけどよ。向こうに着けばそんなこと言ってられなくなるぜ?」
そんなことは分かってるよ。でも、やっぱり胸が踊ることには違いない。それに、何より……
「私には頼もしい護衛がついていますからね。頼りにしてますよ、ザフィーラさん?」
「ふっ、任せろ」
家に戻ってから再び狼形態になったザフィーラさんが渋い笑みを浮かべる。わお、カッコイイ。
「そういやシグナム。あのちっちゃい奴の魔力でページはどんくらい埋まったんだ? 2ページくらいか?」
「えっとねー、20ページ」
ブホッ、と噴き出すヴィータちゃん。きちゃないなぁ。
「……マジかよ。そんなに魔力持ってたのか、あいつ」
「あの獣もわりと持ってたけど、デカイのは飼い主の分だぎゃあ」
ちょっと待て。飼い主だと? まさか……
「人間から無理矢理蒐集したんですか?」
だとしたら、おっぱい揉みしだきの刑では済ませられないぞ?
「そんなに睨まないでよん。確かに魔導師から蒐集したけど、自分から魔力差し出してきたんだからあっしは悪くないですぜ? むしろ、ありがとうってお礼言われたくらいだし」
「……どんなマゾだよ」
「ま、まあそれなら許してあげましょう」
しかし、世の中には奇特な人も居るもんだな。
「みんな、転移の準備が整ったわよ。お喋りはそこまでになさい」
シャマルさんの号令に従い口を閉ざす私達。さあ、いよいよ本当の冒険の始まりだ。……あれ? そういえばシャマルさんの転移魔法って──
「転移、開始!」
──精度が微妙だったよう……な!?
「ヌオォォォ!?」
目の前の景色が一変したと思ったら、急速に身体が下に引き寄せられる感覚が襲い掛かってきた。具体的に言うと、地面に向かって落下している。私だけでなく皆も。
「主!?」
ザフィーラさんが一番に反応し、私に向かって空を駆ける。だが、このままでは間に合わない。……こうなったら!
「守って、グレン号!」
第三の能力、発動!
「絶対防御(エアークッション)!」
ガコッ! と握っていたレバーを力任せに上に引っ張る。するとぉ……
ばふっ!
地面に衝突する寸前、一瞬にして下部から巨大なエアーバッグが展開され、私に訪れる筈だった衝撃を──
ぼよん!
完璧に吸収してくれる。……シートベルト取り付けてて良かった。
「か……間一髪……」
冒険を始める前に物語が終わるところだったよ……
そんなことを考えている中、役目を終えたエアーバッグがしゅるしゅると収縮していき、元の状態に戻る。……これ、どんな構造になってるんだろうか?
「ハヤテちゃん、無事!?」
「シャマルさぁーん! あんた何回私を殺しかけたら気が済むんだよ!」
皆と一緒にこちらに下降してくる下手人を睨み付ける。
「そんなに怒らないでよ。まだ二回目じゃない」
それでも多すぎだ!
「おいシャマル、少しは反省しろよ。今のはマジでヤバかったんだからよ」
「そうだ。流石に我でもアレは守りきれんぞ」
「いやー、スリル満点だったねー」
皆からフルボッコにあうシャマルさん。珍しい構図だが、今回は自業自得だろう。
「……もう、悪かったわよ」
ばつが悪そうに謝るが、誠意が足りないな。
「シャマルさん、本当に悪いと思っているのなら、今日一緒にお風呂に入って下さい。そして胸を揉ませろ」
「……くっ、仕方ないわね。それでハヤテちゃんの気が済むなら」
「よっしゃー!」
「……それで許すのもどうかと思うが」
何を言うんだ、ザフィーラさんは。ガードが固くて今まで触ることすら出来なかったシャマルさんの胸が揉めるんだよ? しかも生乳! これほどの謝罪は無いよ。
「うへ、うへへへ」
「おい、おっぱい星人。よだれ垂れてんぞ」
おっと、これは失敬。しかし楽しみだなぁ。……うへへ。
「……ハヤテ。ふざけるのはそこら辺にしといた方がいいぜ。モンスターのお出ましだ」
「うへへ……え?」
モンスター? 一体どこにいるのさ。見渡す限り荒野が続いてるようにしか見えない……!?
「ザフィーラ! しっかりハヤテを守ってろよ!」
「誰にモノを言っている? 我は盾の守護獣だぞ」
ヴィータちゃんの視線の先、亀裂の入った地面から、突如巨大なムカデが這い出て来た。ってデカ! 全長十メートルはあるんじゃないだろうか。それに……
「キモッ!? 魔法生物ってこんなんばっかなんですか?」
ワシャワシャと無数にある足を動かし、様子を見るようにこちらの周囲を移動している。うーん、気持ち悪い。
「まあ似たり寄ったりだにゃー。でも、中にはドラゴンみたいなカッチョいいのも居るけど」
ドラゴン!? スゲー。一回見てみたいな。
「シグナム、あたしが先手を取る。それに続け」
「オッケー。任された」
戦いになるとヴィータちゃんの雰囲気がガラリと変わるな。伊達に長い間戦ってきた訳じゃないのか。
ちなみに、いつの間にか皆騎士甲冑を身に付けていて、シグナムさんがボンテージ、ヴィータちゃんが赤い彗星、シャマルさんがセーラー服、ザフィーラさんが頭にターバン巻いたピッコロさんスタイルになっている。……シャマルさん、実は着たかったのかな、アレ。
「ウチら、端から見たらコスプレ集団にしか見えないでござるな」
「気が散るようなこと言うな!……オラァー!」
ヴィータちゃんが、どこからか出したハンマーを持ってムカデに突貫する。
それに反応したムカデは、ブオン! と半身を振り回し、ヴィータちゃんを叩き潰そうとするが、
「当たらなければ、どうということはない!」
寸でのところで飛び上がり、回避した。そして、隙だらけになったムカデの固そうな甲殻にハンマーを叩き付ける。
「ッラァ!……コイツはオマケだ! ファンネル(シュワルベフリーゲン)!」
体勢を崩したムカデから一旦離れて、指の間に挟んだ鉄球を次々とハンマーで打ち出す。それにしてもこのヴィータちゃん、ノリノリである。
「行け、シグナム!」
「ういうい」
ホーミング性能が付いているかのような軌跡で滑空する鉄球に追随しながら、低空を突き進むシグナムさん。その手には、私のベッドと目覚まし時計を破壊した剣が握られている。
「弾けろ!」
ヴィータちゃんが叫ぶと同時に、シグナムさんの前方を直進していた鉄球が四方に散り、上下左右から標的に襲い掛かる。すっげ、ほんとにファンネルみたいだ。
「ふっふーん、隙ありってね!」
鉄球に気を取られたムカデの背後に回り込み、その甲殻の繋ぎ目に剣を突き立てるシグナムさん。それと同時に鉄球も着弾し、ムカデは苦しげなうめき声をあげて身をよじらせる。
「いい声で鳴くじゃん。なら、こいつももらっとけ!」
引き抜いた剣の刀身が伸びたかと思うと、途中から一定感覚で分かれ、まるで刃の付いた鞭のような形状に変化した。そしてグリップを持つ手を振りかぶり、
「女王様とお呼び!」
SM嬢のごとく鞭をしならせてムカデの胴体に巻き付け、その動きを封殺する。格好が格好だけに違和感があまり無いなぁ。
「シャマル、トドメは任したよん」
「ふ、この技を使うのも久しぶりね……クラールヴィント」
シャマルさんが呟くと、指に嵌めていた指輪から水晶が飛び出し、ペンデュラムのような形態になる。
「旅の鏡(ヘブンズゲート)」
ヒモの部分が空中にわっかを作ったと思ったら、その輪の中の空間が怪しく光りながら揺らぎだした。何これ?
「ハラワタを──」
シャマルさんがその空間に手を伸ばし、突き入れたと同時に、
「──ぶちまけろ!」
拘束されていたムカデの胴体から、おそらくはシャマルさんのものであろう手が飛び出てきた。ちょっ、何それ。
「……魔力蒐集」
闇の書を手にしたシャマルさんがそう呟くと、ムカデの抵抗が目に見えるほど弱々しくなっていく。そして……
「蒐集完了、と。久々の実戦には丁度いい相手だったわね」
その言葉と同時に、立っていたムカデの半身が地に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなる。
「……凄い。凄いですよ皆さん! こんなに強かったんですね。まるで歴戦の勇士みたいです」
「いや、一応歴戦の勇士なんすけど……」
とてもじゃないが、毎日リビングでごろごろしてた人間とは思えない。能ある鷹は爪を隠す、というやつか。
「ヴィータちゃんのアシストも凄かったですよ。あのファンネルみたいの」
「ふっ、戦いとはいつも二手三手先を考えてするものさ」
な、なんか反応がいつもと違うような……コスプレは性に合わないとか言ってたのに、なりきりは好きなのかな? 戦闘中も赤い彗星になりきってたし。
「んー、暴れ足りないなぁ。あるじー、夜には帰るんだから早く別のモンスター狩りに行きまっしょい」
「おや、休憩しなくて大丈夫なんですか?」
「主よ、安心しろ。あの程度で我らヴォルケンリッターが疲労するなどあり得ん」
自信満々に言いきるザフィーラさん。確かに、皆の顔を見ても疲れた様子は無い。
「なら、エンカウント求めてフィールドを駆けずり回るとしましょうか」
「レベルは上がんないけどな」
それが惜しいんだよなぁ。
「見える、見えるぞ。あたしにも敵が見える!」
今日一日ヴィータちゃんの言動を見て気付いた事がある。
「あたしにプレッシャーを与える魔法生物とは……一体?」
どうやらヴィータちゃん。コスプレしている最中は無意識にそのキャラになりきってしまっているようなのだ。
「坊やだからさ……」
「いい加減うざいんだけど、ロリっ子。黙ってろ」
「これが若さか……」
シグナムさんさえ辟易している。確かに、戦ってる最中に延々と名台詞を聞かされてればそうなるのも頷ける。
「蒐集完了、と。……ハヤテちゃん、今日はこのぐらいで帰りましょうか」
トカゲが巨大化したような生物から蒐集し終わったシャマルさんがそう言ってきた。結構時間経ったし、そうしようかな。
「ええ。皆さん、ご苦労様でした。私の為にこんな事やらせてすいませんね」
「気にしない気にしない」
「そうだぞ、主。我らが好きでやっている事だ」
……皆、優しいなぁ。
「なあシャマル、ページはどれくらい貯まったんだ?」
「今ので丁度40ページね。かなり良いペースだわ」
騎士甲冑を解除した皆が、闇の書を持ったシャマルさんの近くに集まる。
「確か、ノルマは666ページでしたよね?」
「そうよ。このペースで行けば、二ヶ月もしないで完成するんじゃないかしら」
二ヶ月か。短いようで長い戦いになりそうだな。
「……ん? シャマルさん。なにしてるんですか? 闇の書、光ってますけど」
「え? 私は何もしてな……何よ、これ」
「どうしたんだよ、シャマル……って、埋まったページが消えていってる!?」
何ですと!?
「うわ、ホントだっぜ。……あーあ、全部消えちゃった」
視点が低い私には見えないが、皆の様子を見るに本当に消えてしまったらしい。
「一体何がどうなって……あら、今度は何?」
皆が怪訝に思う中、突然闇の書から光の玉が四つ浮き出たかと思うと、
「ちょ、何だよこれ……うおっ!?」
ヴォルケンズの四人の胸元にすーっと入り込んでしまった。
「……えっと、皆さん、大丈夫ですか?」
『……』
な、何だ。一体何が……
『魔力が、上がってる……』
………は?