「全員正座しろぉ!」
『はい……』
怒り心頭の神谷ハヤテです。
「さて、どういうつもりか教えてもらいましょうか」
現在、リビングにて尋問を執り行っている最中だ。しかし私に内緒で魔力蒐集とは、やってくれる。理由も聞かずに処罰するほど愚かではないが、返答次第ではキツいお灸を据えなければならないな。
「ハ、ハヤテ。さっきのはシグナムの冗談で──」
「今、私はアホみたいに怒っています。どれくらいかというと、怒りで髪が逆立って金色の戦士に変身してしまいかねないほどです。下手な答えは寿命を縮めますよ」
「うぐ……」
「クリリンのこと──」
キッ!
「あ、いえ、何でもないっす……」
ふん、命拾いしましたね、シグナムさん。
「主よ。その前に、我が正座しようとすると関節が逆に曲がってしまうのだが……」
「ならばちんちんでも可です。得意技なんでしょう? あ、変身は不可ですから」
「ぐぬ……」
「容赦ねえな……」
当然だ。いかなる理由であろうとも、約束を反古にした事には変わりないのだ。未遂であろうが、罪は罪。容赦なぞ無用である。
「もう一度聞きますね。何で魔力蒐集なんて始めようと思ったんですか?」
「……誤魔化せそうにないわね。仕方ない、話しましょう」
観念したか。正しい判断だ。毎日顔を合わせているこの私には隠し事なんて通用しないのだから。
と、シャマルさんが口を開こうとしたところにシグナムさんの苦痛の声が上がる。
「いてて、ちょっ、主。正座崩していいっすか? 足痺れちゃって」
「早すぎんだろ!」
もう、仕方ないなぁ。
「……では、シグナムさんは話が終わるまでスクワットをしていて下さい」
「うぉい!?」
「……普段温厚な分、怒らせるとこえーな、ハヤテは」
話を遮った罰だ。このくらいは当然だね。
「そろそろ説明していいかしら?」
「ええ、どうぞ」
とんだ時間を食ってしまった。
「……事の発端は、今朝のハヤテちゃんの夢ね。管制人格のあの子が、何の理由も無しに警告なんてする筈がないのよ。いや、逆に考えれば、主の身に何かあるからこそ警告してきた。朝、話を聞いた時にそう思ったの」
ふむ。
「それで、注目したのがハヤテちゃんの足の麻痺。最初聞いた時から薄々気になってたんだけど、原因不明っていうのが引っ掛かったのよ。だから、今どんな状態かを知るために病院に付いて行った」
「石田先生は、私の前では大したことはないなんて言ってましたけど、違うんですね?」
「……鋭いわね。その通りよ。麻痺は徐々にだけど、確実に進行していっている。一年もしない内に内臓に達するくらいのスピードで、と。そう言っていたわ」
「ッ!?」
「シャマル! そこまで言う必要は無いのでは──」
「ザフィーラは黙ってなさい。これぐらい言わないと、ハヤテちゃんは納得してくれないわ」
「ん〜、でも、九歳の幼女にはちょっと刺激が強すぎるんでね?」
ちんちんをしているザフィーラさんとスクワットをしているシグナムさんが、シャマルさんに非難の目を向ける。シュールだ。
……にしても、一年もしない内、か。症状が悪化してるんじゃないかとは思ってたけど、ここまでとは思わなかったな。
「ハヤテ……その……大丈夫か?」
そこで、ヴィータちゃんが恐る恐るといった感じに聞いてきた。
「ん? ああ、確かにビックリしましたが、正直に言ってもらえて良かったです。事前に聞いているのと聞いていないのとでは、心構えが違いますからね」
「心構えって……死ぬのが怖くないのかよ!?」
死。……そりゃあ怖いよ。まだ九年しか生きてないし、未練だってたくさんある。やりたいゲーム、読みたいマンガ、見たいアニメ、揉みたいおっぱい。……でも、でもね。
「ねぇ、ちょっと──」
「九年という短い年月ですが、私は幸せでしたから。特に皆さんと出会ってからの毎日は、一日一日が、それまでの日々の何十倍にも匹敵するほど愉快で、楽しいものでした。それに、まだ多少は時間があるんです。今はまだ死ぬのは怖いですが、これから過ごす日々を皆さんとご一緒できるなら、きっと笑いながら死ぬことが出来るでしょう」
「ハヤテ……」
「いや、ちょっと、感動的な事言ってるところ悪いんだけど、助かる方法はあるのよ? ハヤテちゃん」
なんだよ、もう。人がせっかく死を受け入れようとしてたのに。
「どうせ魔力蒐集でしょう? ここまで聞けばそれくらいは分かりますよ」
「なんだ、分かってるんじゃない。それなら蒐集を許可してくれるわよね?」
それが当然といった調子で許可を求めるシャマルさん。だが、認める訳にはいかないな。
「いいえ、駄目です。認められません」
「……なんでよ?」
何を当たり前の事を聞くんだ、この人は。
「確か蒐集行為って、魔力を持った人間に襲いかかって無理矢理吸収するんですよね?」
「……まあ、今まではそうしてきたわね。頼んだところで了承する人間が居るわけもないし」
「そして魔力を吸収された人間はどうなるんでしたっけ?」
「……程度にもよるけど、長い間寝込む事になるわね。根こそぎ蒐集すれば、下手したら死ぬこともあり得るわ」
だったら答えは簡単。他人の不幸は蜜の味、なんて考えを持った人間ならまだしも、この私がそんなの認められる訳がない。
「例え自分の命が懸かっていようとも、他人を蹴落として助かろうなんて事は、私のプライドが許しません。……これは私のエゴです。皆さんに分かってもらおうとは思っていません。でも、どうかお願いです。蒐集行為だけは止めてください。私にとって、他人の不幸から得た幸せなんて、幸せたりえないんです。仮にそれで助かったとしても、生きていくのが辛いだけです」
『……』
……空気が重くなってしまったな。でも、これだけは絶対に譲れない。私のアイデンティティーに関わる問題なのだ。
「じゃあ、……じゃあ、あたしらはどうしたらいいんだよ。何もしないでハヤテが衰弱していくのを黙って見てろってのか!? あたしは嫌だ! 大好きなハヤテが苦しむ姿なんて見たくない!」
ヴィータちゃん……
「私も同感ね。せっかくこんな上等な主に巡り合ったんだもの。死なせるには惜しいわ」
「そうだな。毎日ホネッコをかじっていられるこの生活、手放すことなど出来る筈もない」
「皆さん……」
そんなに私の事を……って、駄目だ。流されてはいけない。不覚にも目が潤んでしまったが、ここは心を鬼にして……
「ねーねー。何でみんなそんなに熱くなってるの?」
「シグナム! お前はハヤテがどうなってもいいってのか!?」
「いや、そういう訳じゃないんだが。どっちも妥協できる案があるのに、涙目で必死こいて激論交わしてるみんなが可笑しくってさぁ」
いまだにスクワットを続けているシグナムさんが、不思議そうな顔でそうのたまう。妥協出来る案? そんなのあったら苦労しないよ。
「シグナム。適当な事言ってんじゃねーぞ。そんなもんがあったら最初から──」
「魔法生物、襲えばいいんでね?」
『…………あ』
……魔法生物って何さ。
魔法生物。
リンカーコアを有する、人間以外の生物の総称。皆が言うには、私が住んでいるこの地球には生息していないが、次元を越えた別の世界には無数に存在しているらしい。
「まあ、あたしらヴォルケンリッターも魔法生物と言えなくもないな。自然発生した訳じゃないけど」
とはヴィータちゃんの弁。しかし、まさかそんな生き物がいたとは……
「初めから言って下さいよ。あんなくさいセリフ言っちゃって馬鹿みたいじゃないですか、私」
『面目無い』
皆が謝る中、シグナムさんだけがニヤニヤと笑っている。
「いやー、しかし楽しみでござるな。魔法生物相手とはいえ、久々の魔法バトル。腕が鳴るじぇ」
そう、私は皆に蒐集行為を許可したのだ。魔法生物限定で。聞けばその魔法生物、外見はグロいのばっかで知能はかなり低いとか。しかも人間を襲ったりする奴なんかも居るようなのだ。そんなのだったら問答無用で襲い掛かったとしてもこっちの良心はちっとも痛まないし、蒐集するのに何も問題は無い。
「どうする? 今日は当初の予定通りあたしとシグナムで行くか?」
ちなみに、今は誰が蒐集しに行くかを話し合っているところだ。……うーん。
「あの、提案があるんですけど」
「ぐ……な、何だ、主」
後ろ足を酷使し過ぎたザフィーラさんが一番に反応した。……悪いことしたかな。
「皆で行くってのはどうでしょうか。あ、勿論私も入ってますよ?」
『は?』
全員がポカンとした顔になる。
「……正気なのハヤテちゃん? 命の危険があるのよ?」
「そうだぜ。それに、言っちゃ悪いが魔法が念話しか使えないハヤテが居ても足手まといなだけだぜ」
言ってくれる。まあ、その通りなんだけど。
「お二人の言う通りです。ですから皆で行くんですよ。皆さんが命懸けで戦ってるのに、私一人だけ家でぬくぬくと過ごすなんて出来ませんし。確かザフィーラさん、初めて会った時に自分のことを盾の守護獣って言ってましたよね? 主を護るのが役目なんですよね? でしたら護ってください。 出来ないとは言わせませんよ?」
反論の余地を与えず矢継ぎ早に喋る。さて、どうなんですか、ザフィーラさん?
「……ふっ。そこまで言われたら出来んとは言えんな」
「おい、ザフィーラ!?」
「……まったく。頑固なんだから。いいわ、あなたも連れていってあげる」
「シャマルまで!?」
「別に構わないっしょ。ウチらが頑張ればいいだけなんだからさ」
「ぐ……」
ふふふ。四対一だよ、ヴィータちゃん。さあどうする?
「……あー! もー! 分かったよ! みんなで行きゃあいいんだろ!」
「さっすがヴィータちゃん。そんなヴィータちゃんが私も大好きですよ」
「うぐっ。……さっきのセリフは忘れてくれ」
「ふっふーん。どうしましょうかねぇ」
ヴィータちゃんをからかうのは面白いんだよなぁ。
「……特に皆さんと出会ってからの毎日は、それまで過ごした日々の何十倍も──」
「シグナムさぁーん!? やめてぇー!」
これはキツい! やられて初めて分かる苦痛だ。
「……ヴィータちゃん。からかってごめんなさい。お互い先ほどの会話は忘れましょう」
「……分かればいいんだよ」
私が愚かだったよ……
「さて、話しはこれで終わりにしましょうか。お昼ご飯を食べたら早速モンスターハントに行きましょうね」
「そういえばまだだったわね、昼食。今から急いで作るから待っていなさい」
「ええ、お願いします」
騎士甲冑(若妻バージョン)を装着したシャマルさんがキッチンへと向かう。あれ、やっぱり便利だよなぁ。
「最初の獲物は……貴様よタコ野郎! 切り刻んであげる!」
今日のシャマルさんはえらい常識的だったけど、やっぱりシャマルさんはシャマルさんだなぁ。
『ご馳走さまでした』
「ご馳走シャマルでした」
「お粗末さまです」
昼食も食べ終わり、少し休憩してから狩りを始めることにしたのだが、シグナムさんが妙な事を言ってきた。
「あ、ちょっと出掛けてくるねん。すぐ戻るから。それと闇の書持ってくぞい」
「どうしたんですか?」
なんかウキウキしてるな。
「いや思い出したんすけど、この町に魔法生物っぽいのが居たのを見たことあるんすよ。茶色っぽくてちっちゃいの。手始めにそいつを狩ってこようかと」
「ああ、あたしも見たことあったな。こんな世界に居るなんて次元漂流でもしたのかな、あいつ」
へえ、そんなこともあるんだ。
「シグナムさん。人に無害なら見逃してあげてもいいのでは?」
「平気っすよ。勘を取り戻すのが目的だから、ほんのチョビッと魔力もらうだけナリ」
まあそれならいいかな?
「気を付けて下さいねー」
「ウィース」