苦節9年、遂にこのセリフを言う時が来た!
「知らにゃい天じょ……」
噛んだ……
Take2
「知らない天井だ……」
よもやこんな大事な場面で噛むとは、神谷ハヤテ一生の不覚。締まらないなぁ。
「ふう、さて……」
現状把握といきますか。
とりあえず今寝ているベッドから半身を起こし、脇に置かれている小さな鏡を見つめる。
そこに映るのは、アニメ柄のパジャマに身を包む可憐な私……ではなく、見知らぬ少女であった。
「夢オチならず、か」
現実逃避をしていても始まらない。現実逃避していいのはマンガやアニメを見ているときだけだ。
現在の自分の状態を確認しよう。
知らない天井、もとい見知らぬ部屋に見知らぬ少女、ただし意識は私のもの、とくれば……
「憑依(オーバーソウル)」
いやまて、私。幽霊になった覚えはないし、ただの少女が少女にオーバーソウルしてもどうにもなるまい。
いけない、自分でも気付かない内に混乱しているらしい。気を取り直して思考を巡らす。
今分かっていることは、私がこの少女に乗り移ってしまったということと、
「……面白いじゃない」
そう、一生に一度あるか無いかという程の面白い状態に陥っているということだ。
一般的な小学三年生ならば、混乱のあまり泣き叫び、あまつさえちびってもおかしくないような状況だが、私は違う。
幾多のマンガ、ラノベ、SSを読破してきた私にとって、こんなシチュエーションは願ってもないものなのだ。ちびるなんてもってのほか、オネショなんて幼稚園で卒業したわ!
さて、今の状態を確認したところで次の行動に移ろう。今後の行動指針を決定する為には情報が必要だ。
この少女の生活環境、家族構成、その他諸々の情報を得るため、立ち上がろうとした、が……
「へぶっ!」
何故か下半身がいうことを聞かず、バランスを崩し地面と熱烈なキス。
私のファーストキスがまさか無機物に奪われるとは……じゃなくて!
「足が、動かない?」
ふと、顔を上げるとベッドの横に置かれた物体が目に入る。初めはただの椅子かと思ったけど……
「車椅子……この子、歩けないんだ」
衝撃の事実発覚。身体障害者だったのか。私の周りにはそういった人はいなかったけど、色々と辛いという事は知っている。
「実際になってみると、……なるほど、中々辛い」
身体をずりずり引きずり、上半身の力だけで何とか車椅子に身を沈め、脱力して、ふう、と息を洩らす。
思わず悲観してしまいたくなる身体だが、私のプライドがそれを許さない。いつから動かなくなったのかは知らないが、この子は今までこの身体で生きてきたんだ。
見たところほとんど私と同い年。ならば私に出来ないはずはない。
「やってやろうじゃない」
ニヤリと口の端を上げて私はそう呟いた。
「動けグレン号!」
決意を新たにした私は、情報収集を再開……する前に、これからお世話になるであろう車椅子の試運転を行うことにした。
「お、お、……お〜」
中々に爽快な気分だ。電動車椅子とはかくも良いものだったのか。
スティックをガコガコ動かしながら、調子に乗って部屋の中をぐるぐる移動する。むふぅ。
ガッ!
「ホアァァ!」
スピードを出しすぎたせいか、何かを踏んだ拍子に軽くバウンドしてしまい、前のめりになっていた私は前方に投げ出され、本日二度目の地面とのチュー。
「フッ、速さを追い求めた結果がこれか」
格好つけつつ、何を踏んだのか気になり後ろに目を向ける。
そこにあったのはハードカバーっぽい一冊の本。何やら鎖で厳重に巻き付けられている。
……怪しすぎる。ここまで好奇心を刺激する物もそうそうあるまい。
思い立ったが吉日、早速手に取って、中身を見るため鎖を外そうとする、が、すぐに諦める。
固すぎるのだ。とてもじゃないがか弱い少女が素手で外せる締めっぷりではない。後で機会があったらペンチか何かで破壊しよう。
取り敢えずこれは本棚にでも置いとこう。そう思い、再びグレン号に搭乗し、本棚まで移動。
「む……」
そこで気付く。かなり大きめの本棚には、マンガがぎっしりと詰め込まれているのだ。
ジャンプ系やマガジン系の単行本のみならず、小学生には不釣り合いなヤング系まで取り揃えられている。
「私が言える事じゃないけど、将来が楽しみな子ね」
これはファ○通かな? と、やや大きめの冊子を手に取る。
「アニ○ディア……そしてこっちにはコンプ○ィーク」
もしこの子と知り合っていたら、一生涯の付き合いの親友になっていただろうなぁ。
「……はっ」
いかん、つい読みふけってしまった。しかしハ○ヒ劇場版か……エンドレスエイトの件で散々叩いた身としては、観に行くのはなんか負けたようで抵抗あるな。
「情報収集、情報収集」
いい加減行動に移ろう。まずはこの子自身の情報だ。
グレン号で移動しながら近くの棚や机を漁る。気分はまさに泥棒、しかし嬉々として物色していたのはここだけの秘密。
目ぼしい場所は調べ尽くしたので、確認するため戦利品をベッドの上に並べる。
「財布に通帳、あと判子」
見事に金目のものが集まったものだ。狙ったわけではないよ?
早速確認……する前に、車椅子から降りてベッドの下を漁る。何故かって? いや、虫の知らせがね。
「お、これ……は」
出てきたのはR18と書かれた同人誌。ズボッとベッドの下に手を戻し再封印。
「この子とは他人の気がしない……」
取り敢えずこの件は忘れよう。ベッドに這い上がり、財布に手を伸ばす。
中に入っていたのは、現金と図書カード、あとこれは診察券? まあ病院に通ってても不思議じゃないか。
財布の中には私が最も見たいと思っていた物、保険証も入っていた。
「八神はやて……同じ名前とは」
偶然だとは思うが、少々作為的なものを感じる。
「年齢は8歳、一個下か」
学年は一緒だけどね。ちなみに私の誕生日は5月3日、つい先週家で誕生パーティーを開いたばっかりだ。
『(5月3日)ゴミの日か、覚えやすいな』
なんてほざいたクラスメイトがいたけど、次の瞬間には股間を押さえて涙を溢れさせてたっけ。
「住所は海鳴市か、聞いたことないなぁ」
まあ、全部の市町村知ってるわけでもないからしょうがないか。
さて、次は通帳だ。知りたい情報は大体手に入ったけど、小学生が通帳持ってるなんてちょっと気になる。まあ大した額は入ってないと思うけど。
えーと、0がひーふーみーよーいつむー……
「ちょっまっ」
確かに私はお嬢様だが金銭感覚が狂っているわけではない。だから、わかる。小学生の手元に置いていい金額じゃないってことぐらいは。
「……色々と事情がありそうね」
……なんだか雲行きが怪しくなってきた気がする。
その予感は見事に当たることになった。
それじゃあ家族とご対面といきますか、と部屋をでたのはいいものの、ひとっこ一人見付からない。
キッチンに行けば朝食が用意されているものと思っていたが、何もない。
共働きで両親二人とも出掛けてるのかな?
そう思い、帰って来るまでマンガでも読んでるかな、と、リビングにあったポテチをつまみつつ時間を潰すことにしたのはいいものの、昼が過ぎ、夕方が過ぎ、夜になっても玄関を開ける人物は現れない。
「まさか、ね」
嫌な予感が止まらない。そんなはずがない、あり得ないと思いつつも、最悪の予想が頭をよぎる。
「……寝よ」
流石に二日も子どもを放っておく親はおるまい。そんな淡い希望にすがり、床につくのだった。
そして翌日、昨日と変わらずがらんとした、それなりに広い一軒家のキッチンで、乾パンをぼりぼりかじりながら私は確信するのだった。
「八歳の、下半身不随の、か弱い女の子が、広い家に、一人暮らし」
ふ、ふふ、……はやてちゃん、君、化け物?
今後の行動指針決まりました。
……取り敢えず、生き抜こう。
あとがき
諸事情により、車椅子を手動切替型高性能電動車椅子にしました。