「……倍プッシュだ」
仁義なき闘いを始めた神谷ハヤテです。
「麻雀やるでござる」
全てはこの一言から始まった。
結束を強めた夜の翌日、もはやなんの違和感も感じないシャマルさんの朝食を食べていると、初代忍者がそんな提案をしてきた。
「麻雀、ですか」
「そ、麻雀」
シグナムさんが皆を誘って何かをするというのは珍しいな。でも麻雀か……
「やるのはいいけど、麻雀牌なんてこの家にあったか? まさかゲームで対戦なんて言わねえよな」
私が言わんとしていた事をヴィータちゃんが代弁してくれた。まあ、それ以外にもまだ問題は残ってるんだけども。
「抜かりは無いダス。昨日ゲーセンでゲットしてきたのだ、フゥハハー」
そう言いながら、某高校生のように背中から麻雀セットを取り出すシグナムさん。ゲーセンで取ったというと、プライズ商品かな? またお小遣いの無駄遣いを、と思ったが、皆で遊べる物なので良しとするか。しかし……
「まだ問題は残ってますよ。この中で麻雀のルールを知っている人は何人いると思ってるんです?」
シグナムさんとヴィータちゃんはゲームで覚えたとして、残りの二人はまず知らないだろう。別に三人でやっても構わないんだけど、出来るなら四人でやりたいところだ。
「それなら無問題(モーマンタイ)っすよ。シャマルには既に仕込んでるっちゃ」
「……いつの間に」
「シグナムがルール覚えろってうるさくてねぇ。まあ、折角覚えたんだし1回はやってみたかったんだけど」
それならメンバーは揃ってる訳か。今日は定期検診も無いし、時間はたっぷりある。根が果てるまで麻雀をするのも面白いかもしれないな。
「そういう事なら文句は何もありません。では、朝食を食べ終えたら早速やりましょうか。……あ、ザフィーラさんには見学してもらうことになりますが、構いませんか?」
「構わん。我の事は気にせず楽しむといい」
「ザフィーラは、あたしらがやってるのを見ながらルール覚えりゃいいんじゃねえか? そうすれば、また今度やる時に参加出来るし」
「ふっふーん。ルールブックも完備してるよん。犬、これ読んで知識を身に付けるといい」
シグナムさんが胸の谷間からメモ帳サイズの本を取り出しザフィーラさんに渡す。……突っ込むべきだろうか。
しかし麻雀、ね。屋敷のメイドを集めて脱衣麻雀をしたあの夜が懐かしい……
朝食を済ませた私達は、早速リビングに移動して準備を開始する。シグナムさんがお腹から取り出した麻雀マットを四角形のテーブルの上に敷き、点棒を二万五千点ずつ配ってから牌をマットの上にばらまく。
「シグナム、マットがなんか生暖かいんだけど。ていうかお前はドラえもんか!」
「ヴィータちゃん、気にしたら負けですよ」
というか突っ込んだら負けだ。げんに突っ込みを受けたシグナムさんは、してやったりといった感じでニヤニヤしてるし。
「あら、牌に絵がついてるわね」
シャマルさんの言葉に私も牌を確認する。って、これは……咲!?
「確かに、ゲーセンにあるようなのってこんなんばっかだよな。鷲巣(わしず)牌とか」
アニメキャラがデザインされた牌をつまみながら呟くヴィータちゃん。そういえばそうだね。想像して然るべきだったよ。
「別に打つのに問題ないし、構わないっしょ?」
「……そうですね。では、始めましょうか」
私の言葉を受けて山を作り始める皆。私以外は初めて牌に触ったので、時折崩しながら四苦八苦して山を作っている。対して私はというと──
チャッ! チャッ! カッ! カッ!
ものの数秒で山を作り終える。ああ、やっぱり麻雀はゲームじゃなくて実物に限るね。
「……なんすか、その華麗な牌さばきは。とても初めて牌に触ったとは思えねーズラ」
「ああ、言ってませんでしたね。ほら、私って休日になると友達と遊びに行くじゃないですか。その時に、友達の家や雀荘でたまに麻雀をする事があるんです」
流石に屋敷でメイドと打ってました、なんて言えないしね。まあ実際にあの子達とは何度か打ったことがあるし、嘘ではない。
「確かその友達ってハヤテと同い年なんだろ? 麻雀出来る幼女が四人もいるとかこの町おかしくねえか?」
「事実は小説より奇なり、ってやつですよ」
それに、魔法使いなんていう非常識な存在に比べたら可愛いもんだしね。
「それは置いといて、皆さん山はできましたね。それでは親を決めましょう」
サイコロを転がし親を決める。仮親がヴィータちゃん、親が私という事になり、それぞれ牌を取っていく。
そして今、八神家初の麻雀大会の火蓋が切って落とされたのであった。
……ふむ、かなり良い手牌だ。最初から順子(シュンツ)が二つ、アタマが一つに刻子(コオツ)が一つ。アガるだけならイーシャンテンといったところか。今は序盤で私が親。ここは流れを掴む為に、安手でもいいからアガッとくか。
カッ、と音を立てて要らない字牌の北を捨てる。
ちなみに席順は反時計回りに、私、シグナムさん、シャマルさん、ヴィータちゃんの順番だ。私が捨てた牌を一瞥したシグナムさんが山から牌をツモり、端の牌を捨てる。私と同じ北だ。
お次はシャマルさん。彼女も同じく北を捨ててきた。……って、まさか。
「わりーな、手牌が最悪なんだ。流させてもらうぜ」
そう言いながら北を捨てるヴィータちゃん。
「四風子連打(スーフォンツレンタ)……いきなりですか」
全員が一打目に同じ風牌を捨ててしまったので、もう一度並べ直しだ。しかし珍しいな。久々に見たよ。
「あ~も~、このロリッ子! 空気読め! テンパイしてたのに……」
嘘!? うわ、本当だ。あぶねー。ヴィータちゃん、ナイスだよ。
「あれ、でも何でリーチしなかったんですか? 当たり牌なんて読みようがないですし、ダブルリーチにもなったのに」
「ダマテンこそが玄人の美学。そう房州さんが教えてくれたのさ」
「房州って誰よ……」
なるほど。シグナムさんは哲也を愛読していたっけ。その影響か。
気を取り直して、もう一度配牌し直す。むう、可もなく不可もなく、という感じだな。
今度は先ほどのような事にはならず、サクサクと進んでいく。そして、四巡目にシャマルさんが牌をツモった時、笑みを浮かべながらリーチ宣言をした。
「リーチ。私はシグナムみたいに甘くないわよ?」
「げ、待ち牌が全く分からねえ……」
ヴィータちゃんが牌を出し渋っている。確かにこれは難しいところだ。
「む~……通れ!」
「残念、通らないわ。ロン。リーチ一発ピンフタンヤオドラドラ。ハネ満ね」
「うっそ!?」
おお、綺麗な形だなぁ。初心者のお手本みたいな役だ。
「くぅ~!」
悔しがりながら点棒を渡すヴィータちゃん。流石にこの当たりは悔しいよね。
「次は私が親っすね……ククク」
……何かを狙ってるみたいだな。油断できそうにない。
山を作りシグナムさんがサイコロを掴む、が、すぐに落とさず、なぜか1の面を二つとも同じ方向に揃えて、何かを確認するように手首を振っている。
「何してんだ?」
「2を出す練習さ。房州さんの教えによれば、こうすれば2が出るはず……あ、やべ、言っちゃった」
コイツ、積み込んでやがる!?
「シグナムさん、積み込みは関心しませんねぇ」
「な、なんの事でおじゃる? マロは何も知らんぞよ?」
しらばっくれる気か。まあいい。素人が狙った目なんて出せる訳ないし。
「ふう……分かりました。サイコロを振って下さい」
しめた! とばかりに顔を緩ませサイコロを転がすイカサマ騎士。でた目は……6。
「ノオォォー!?」
ざまーみそづけ。あれ、でも待てよ。これだと本来シグナムさんが取るはずだった牌をヴィータちゃんが取る事になるな。……これは注意せねば。
意気消沈したシグナムさんが山から牌を取ったのを皮切りに、皆が後に続いて牌を取る。今回もなかなかの手牌だ。だが……
「……く……くく」
ヴィータちゃんが、抑えきれないほどの笑みを噛み殺しているのが手に取るように分かる。シグナムさんめ、一体どんな牌を積み込んだんだ?
「ヤバイって。マジヤバイって……」
積み込んだ張本人が戦慄している。誰のせいだと思ってるんだ。
しばらくは誰も動きを見せず静寂が続いていたのだが、六巡目に入ってからヴィータちゃんの雰囲気がガラリと変わった。
「クックック……」
ヴィータちゃんがこんな笑い方するなんて珍しいな、なんて思って横を見た私は驚愕した。
ヴィータちゃんの鼻とアゴが、トンガっている!?
───ざわ───ざわ───
「ハッ!?」
何だこのプレッシャーは。気のせいか、ヴィータちゃんの後ろに置いてあるラガン号から発せられている気がする。まるでヴィータちゃんを援護するかのような……
トンッ
「あっ、バカ、主それは──」
え?
「ポォーン!」
気が付くと、私はいつの間にか危険牌であろう發を切っていた。そしてそれを鳴くヴィータちゃん。ま、まさか……
「ふう、……さて……」
この余裕な態度、そしてシグナムさんのあの反応。間違いない。大三元をテンパりやがった。くっ、そんな気がしていたから發を取って置いたのに。あの謎のプレッシャーに当てられて無意識に捨ててしまった。神谷ハヤテ、一生の不覚。
ヴィータちゃんは確実に手牌に白と中を三枚ずつ持っているだろうな。しかも今はまだ七巡目。安全牌が少なすぎる。まずい、まずいぞ。
「ハヤテ、あたしは捨てたぜ? 早くツモりなよ」
ぐ、なんて上から目線だ。いつもの可愛いヴィータちゃんはどこに行った。
だが私だって既にイーシャンテン。ここでテンパイすれば……来い!
チャッ!
……来たー!
しかし、ここでリーチするなんて愚かな真似はしない。私にはそんなのより確実にアガれるあの技がある。今はそれに賭けて、この捨てる牌が当たらないことを祈るのみ。
「……お願い、通って!」
「………チッ」
よっしゃあー!
さあ、これで勝敗は分からなくなった。頼むよ、シグナムさん、シャマルさん。ヴィータちゃんにアガらせないで。そして出来れば私にアガらせて!
「うぅ……神よ!」
「………けっ」
良かった。シグナムさんの捨て牌も安全牌だ。……しかし、一打一打が心臓に悪いよ。
「これは……迷うわね」
お次はシャマルさん。牌をツモってからかなり悩んでいる。ヘイ、カモン! シャマルさん、カモン!
「……これで」
ナイスレシーブ!
「ふん、通りだ。だがまだチャンスは──」
「有りませんよ」
「なっ!? まさかアガったのか!」
「いいえ、カンです」
「……なんだ、驚かすなよ」
「ふふ、驚くのはこれからですよ」
皆が怪訝な顔をする中、リンシャンパイをツモる。さあ、とくと見よ。神谷ハヤテの特殊能力!
「嶺・上・開・花(リン・シャン・カイ・ホー)!」
『なぁっ!?』
驚愕する皆。どうだ参ったか!
「……何で、カンでアガれるって分かったんだ?」
「実は私、何故かテンパイしてる時にカンをすると必ず嶺上開花になるんです。不思議ですね」
「何だそりゃあ!」
「……主なら、狙ってプラスマイナスゼロで終局出来そうでござるな」
流石にそれはちょっと。
「あーあ。折角大三元テンパイしたのに……」
「積み込んだ役満は本当の役満じゃありませんよ?」
「そうだそうだ。反省しろ」
『それはお前だ!』
その後、ルールを覚えたザフィーラさんも交えて、一日中麻雀をする私達なのであった。
あ、昨日の夢のこと聞くの忘れてた。まあ、明日でいっか。
あとがき
今回、麻雀の知識が無いとちんぷんかんぷんかもしれませんね。
さて、次回から物語が加速していく……かもしれません。基本まったりですが。
それと近々ヴォルケンズがまたえらいことになる予定です。ご注意を。