「……この家っておかしくね?」
「……はい?」
またもや疑問符を浮かべる神谷ハヤテです。
世の社会人達に喧嘩を売るが如く、今日も今日とてゲーム三昧の一日。しかし、そんなありふれた日常に一石を投じるかのような発言をする人物が現れた。ヴィータちゃんである。
夕食を食べ終わり、気持ち良さそうにリビングに寝そべったザフィーラさんに腰を預けてぷよぷよに熱中していた私は、パソコンの前に陣取ったヴィータちゃんを横目で見ながら、深く考えず思った事を口にしてみた。
「まあ、喋る狼や言動がおかしいニート侍やらが住んでますし。おまけに同居人は全員魔法使いときたもんです。日本中探しても、これほどおかしな家は無いんじゃないですか?」
「いや、そういう事じゃなくて」
じゃあどういう事なんだろう?
「あのさ……今まで聞くのためらってたんだけど、ハヤテの両親って、その……もう居ないんだよな?」
「え? ええ。私が今よりもっと小さい頃に事故で亡くなっているそう……亡くなっています」
ちなみになぜ私がこんなことを知っているかというと、はやてちゃんの例の日記に書いてあったからだ。改めて読み直した時に見つけたのだが、おっぱいという文字の羅列に挟まれるように両親の死に目の情報が書かれているのを見つけた時は、思わず吹き出してしまった。あれは、はやてちゃんなりのブラックジョークだったんだろうか。
「そうだったのか。でもそれだとやっぱりおかしいんだよ」
だから何がさ?
「今さら言うのもなんだけど、普通さ、両親どころか家族自体居ない幼女が一人暮らししてるなんて知れたら、児童保護施設かなんかに入れられるもんだろ?」
おお、正論だ。ヴィータちゃんも日本の常識はちゃんと分かってるみたいだな。
「なのに、ハヤテはあたしらが出現するまで一人で暮らしていた。これほどおかしい事はないだろ」
なるほど、そういう事か。確かにヴィータちゃんの疑問も至極当然だな。私も最初は疑問に思ったし。まあ、今は答えは分かってるんだけど。
「ヴィータちゃん、言いたい事は分かりました。そういえばまだ皆さんに言っていない事がありましたね。それを今から話しましょう。そうすれば、その疑問も解けるでしょうし」
リビングに広がる真面目な雰囲気を感じたのか、カスタム○ボでバトルしていたシグナムさんとシャマルさんがゲームを中断してこちらを振り向く。
「主よ、その話の前にどいてもらえるか?」
「おっと失礼」
ザフィーラさんにグレン号まで運んでもらい座り直す。それと同時に皆が私の対面にあるソファに座り、話を聞く体勢になった。
「なるべく早めにね~。今いいとこなんだから」
「シグナムは黙ってろ」
「ふふ、なるべく手短に説明しますね」
さて、まずは何から話すかな……
「……皆さん、我が家の財政事情ってどんな感じか分かりますか?」
「財政事情?……両親の残した遺産とか、保険金とかで生活してるんじゃないの?」
へえ、シャマルさんの口から保険なんて言葉が出るとは。一般知識には疎いものだと思ってたよ。
「残念ながら違います。あ、この家自体は両親の残した遺産と言えなくもないですけど」
「ふ~ん。じゃあ、どうやって資金を捻出してるのさ? けっこう余裕あるよね、ウチって」
「そうだな。ゲーセン好きなニート侍を養うくらいの余裕はあるな」
ヴィータちゃんが毒を吐くが、シグナムさんはまったく堪えた様子がない。流石だ。
「話の中心はそれです、シグナムさん。資金源なんです、問題は」
「どういう事? それがハヤテちゃんが一人暮らしをしていた事と何か関係があるの?」
鋭いな、シャマルさんは。正鵠を得ている。
「それを説明するには、まずパソコンの中にあるメールを見てもらわなければいけませんね」
そう言いながらヴィータちゃんが電源を点けっぱなしにしていたパソコンに近づいた私は、今までギル=グレアムから送られてきたメールを開いた。
「さあ、皆さん。これをご覧下さい。あ、内容がちょっとキツめなので、目を逸らす準備をしておいた方がいいですよ?」
「呪いのメールかよ……」
当たらずとも遠からずだよ、ヴィータちゃん。
「どれどれ、拙者が見てしんぜよう。エロい文章でも書いてるのか………うわーお」
「む? どうした、シグナム。………ぬぅ、これはまた」
「あら、二人ともどうしたの?………なるほど、これはキツいわね」
「おいおい、一体何が書かれて………ぐあぁぁぁ!?」
どうやらヴィータちゃんはかなりのダメージを負ってしまったようだ。私と同じ幼女だからかな? トラウマにならなければいいんだけど。
「一通か二通、メールに目を通していただければその送り主の人物像が分かると思いますが、どうです? どんな人物だと思いますか?」
その言葉を聞いたヴォルケンズの皆は、顔を見合わせた後こちらに振り向き、声をシンクロさせてこう言った。
『ロリコンだ』
やっぱりそう思うよねぇ。
「……で、こんな鳥肌ものの悪夢のメールを見せてどうしようって言うんだ?」
「実は、そのメールの送り主のギル=グレアムが、我が家の財産を管理してるんです」
『なっ!?』
流石に驚くよねぇ。でもまだこんなのはほんの序の口。真の恐怖はこれからだ。
「さらに、莫大な資金援助をしてくれているのもこのロリコン」
「げぇ……」
「さらにさらに、このロリコン、実は私に熱を上げているようで、頼みもしないのにゲームやらマンガやらを送り付けてくるんです。あ、あとラガン号も勝手に送ってきましたね」
「しょっちゅう配達されてくると思ったら、そういう事だったのね……」
「ぬう、とんでもないロリコンだな……」
どうやら事の恐ろしさが理解出来たようだ。ヴィータちゃんなんか本当に鳥肌立ててるし。
「……ってことは何か? このロリコンの気分一つで、あたしらは路頭に迷うことにもなりかねないって訳か?」
「……遺憾ながら、そういうことなんです」
「なんすか、この綱渡り的な危機的状況は。ありえないっしょ」
「……仮に路頭に迷ったとして、餌はそこらのネズミで事足りるが、ホネッコが無いのは厳しいな」
「私は嫌よ? 満足にお風呂も入れないような生活なんて」
私も嫌ですよ。ていうか私とヴィータちゃんは施設に入れるから良いとして、残りの二人と一匹はマジで路頭に迷うかもしれないな。国籍不明の謎の外国人が生活保護なんて受けられる訳ないし。
ふと、あり得るかもしれない未来を想像してみた
ゴミ箱を漁り、路地裏でネズミを追いかけ回すザフィーラさん。
保健所の人間に捕まり、オリに閉じ込められるザフィーラさん。
オリの中で変身して、「ここから出せ!」なんて叫ぶザフィーラさん。
「ぶはっ! アハハハ!」
「……なにいきなり爆笑してんのさ」
「……ぐ、くふ、……し、失礼しました」
いけない、いけない。不埒な想像をしてしまった。ザフィーラさん、お許しを。……気を取り直して、と。
「えーと、皆さん。これで今の我が家の財政状況が分かりましたね?」
「ああ。出来るなら知らないままの方が幸せだったかもしれないけどな……」
今さらだよ、ヴィータちゃん。
「それは分かったでござるが、何で主が一人暮らししてたかは謎のままじゃん?」
「いいえ。断片的ですが、答えはもう皆さんに言いました。後はそれを繋ぎ合わせるだけで、全てが見えてきます」
「……どういう事だよ?」
「えーと、ロリコン……資金援助……財政管理……ハヤテちゃんにお熱……過剰なほどの貢ぎ物………まさか!?」
やはりシャマルさんが一番に気付いたか、奴の恐ろしい計画に。
「……ああ、なるほど。そういうことっすか」
「……これほどの行動力をなぜ他の事に活かさないのか、理解に苦しむな」
「へ? どういう事だ?」
ヴィータちゃん以外は答えに辿り着いたようだ。仕方ない、そろそろ教えてあげるか。
「つまりはこういうことです。私の身体が目当てのギル=グレアムは、好みな身体に成長するまでこの家に私を縛り付けようとしている。しかし、慣れ親しんだ家を離れることに抵抗があるであろう私だが、いつ施設に入所したいと言い出すか分からない。ゆえに、私の望む物を送り付けてご機嫌を取り、施設よりこの家で暮らす方が快適であると思わせる」
「……」
「だが、私がいくらこの家に居たいと言っても、常識ある人間が幼女の一人暮らしなんて状態を見たら、施設に連絡するのは必至。それをさせない為に、おそらくギル=グレアムは根回しをすでに済ませている、と。莫大な資金援助はその布石でしょうね。『こんなにお金持ちで優しいオジサンだったら安心だ』、なんて私に勘違いさせるための、ね」
「……言葉もねえぜ」
やっと事態が飲み込めたヴィータちゃんは、その恐ろしさのあまりブルブルと震えている。心中お察しします。
「でも安心して下さい。奴の計画は私に気取られた時点で崩壊の一途をたどってるんですから」
「ん? あ、そうか! 狙いが分かってれば対処するのは容易いもんな」
その通り。良い感じですよ、ヴィータちゃん。
「要はこちらが計画に気付いたことを相手に悟られず、それを利用して搾れるだけ搾ってしまえばいいんですよ」
「相手は悪魔も裸足で逃げ出すロリコンの中のロリコンだっぜ」
「遠慮は無用、という訳ね」
「気付かぬは本人だけ、か。哀れなものだな」
流石、私の家族。飲み込みが早いね。以心伝心とはこのことだ。
「あれ? そういえば、このロリコンにあたしらの存在って伝えてるのか?」
「そんな訳ないじゃないですか。皆さんはこのロリコンにとって、獲物の近くをうろうろする邪魔者以外の何者でもないんですから。同居人が居るなんて知れたらどんな行動を起こすか分かったもんじゃないですよ。……ヴィータちゃんは別かもしれませんが。それに、私に孤独感を味わわせることで、より自分に依存するように仕向けている嫌いがありますしね」
「まさに鬼畜や」
「外道とはこういう人間を指すのね」
本当にね。この可能性に思い至らなかったらどうなってたことか。身震いが止まらないよ。
「……ハヤテ、疑問は解けたよ。辛い話をさせて悪かったな」
「いいえ。いつかは話さなければいけない事でしたから」
「主、安心するっすよ。もしこいつが突然襲いかかってきても、返り討ちにしてやるでゲス」
「ええ、そうね。ついでに恐怖で縛り付けて、資金援助を続けるように脅してやりましょう」
「うむ。それがいい、そうしよう」
これほど皆が頼もしく見える事は無いね。主として嬉しいよ。
「よし。皆の気持ちが一つになったところでそろそろ寝ましょうか」
「そうだな。もう寝るか」
「おっやすみ~」
「シグナム、布団で寝ろ」
こうして、今日も一日が終わろうとしていた。
『主よ』
……ん? あれ、なんだこれ、見渡す限り真っ黒だ。停電?
『滅びの刻(とき)が近付いている』
は? 何それ? ていうか誰ですか、あなた。姿を見せて下さいよ。
『……いいだろう。だが気を付けろ。目が潰れても知らんぞ』
いちいち芝居がかった口調だなぁ。中二病かよ。
『……これでいいか?』
突然目の前に現れたのは、銀色の髪に赤い瞳の女性。見た目までアレだなぁ。
『今回は警告をするために現れた。よく聞け』
警告?
『私の身体に宿る化け物が外に這い出ようと暴れている。押さえ付けているが、封印が解けるのも時間の問題……ぐ!?……静まれ!』
左手を押さえ付けて呻く女性。うわぁ。実際にこんなのやられると痛い人にしか見えないね。
『はあ、はあ、ここまで侵食が進んでしまったか。もはや一刻の猶予も無い』
きっつー。見るに耐えないのですが。
『魔力蒐集だ』
は?
『侵食を抑える為にはそれしかない。だが──』
一体何を……あ、なんだか目の前が真っ白に……
『あ、ちょ、まっ!』
「……変な夢」