人間、ノリと勢いだけで生きてくもんやないと思い知った今日このごろ。あんなツンデレの真似なんてするんやなかったわ。
「先生、本当にハヤテちゃん記憶喪失なんですか?」
「え? ええ。ご両親からも電話をいただいたから間違いないわよ」
「ていうか、記憶喪失っていうより性格が変わったって気がするんだけど。前はこんなキャラじゃなかったし。大体なんでアタシ達のこと忘れてあんなネタ覚えてんのよ」
現在疑われまくり中。マズイ、なんとか誤魔化さんと。
「えっと……今のはほら、場を和ませるジョークなんよ。それと、確かに私は記憶喪失やけど、基本的な知識は結構覚えとるんよ」
「基本的な知識の中にあのネタが入ってるんだ。……ハヤテちゃんって、実は同志だったのかな?」
茶色がかった髪をリボンで纏めている女の子が呟く。が、今はそんなことを気にしてる場合やない。この金髪の子の猛攻をしのがんと。
「……仮にそうだとして、なんで関西弁なのよ?」
「ぐ……な、なんでやろなぁ。私にも分からんわ」
く、苦しい。誰か助けて!
「マリサちゃん。ハヤテちゃんが困ってるみたいだし、そこまでにしてあげたら? 記憶喪失っていうのは本当みたいなんだし」
「鈴子……わかったわよ。ハヤテ、悪かったわね疑って」
「え、ええんよ。ボケたこっちも悪いんやし」
ありがとう! 名も知らぬおっとりした女の子!
「はーい。誤解も解けたようだし話を進めるわね。まずはハヤテちゃんから皆に挨拶をしてもらいます。ハヤテちゃん、さっきみたいのは無しよ?」
「あはは……はい」
さて、そろそろ真面目にやらんとな。
「みんなは知っとると思うけど、私の名前は神谷ハヤテ。理由は分からんけど、一昨日の朝、目を覚ましたら記憶が無くなってたんや。家族や友達のことや、自分がどうやって今まで生活してきたのかが思いだせへん」
「だから何で関西弁なんだよ」
「茶化すな、エロノ」
「……この関西弁は、自分でもなんで喋ってるのか分からへんのや」
こればっかりは上手い言い訳が思い付かん。これで押し通すしかあらへんな。ああ、最初から標準語で話しとけば良かったわ。
「お医者様の話やと、記憶を失う前と同じ生活をすることが、記憶の回復に繋がるかもしれんということや。せやから、こうして学校に来とる」
記憶なんて失っておらんけど、周りの情報が全く分からんというのは一緒やな。
「……記憶が戻るか戻らんかは別にして、私は楽しい学校生活を送りたい。せやから──」
『………』
「せやから、今まで仲が良かった子、そうでなかった子も、私と仲良くしてくれへんか? お願いや」
ああ、めっちゃ注目されとる。私、変なこと言っとらんよな? ハブられたりせえへんよな?
パチ……パチパチパチ
「……お?」
パチパチパチパチパチ!
静かだった教室に拍手が鳴り響く。こ、これはもしや!?
「よく出来ました、ハヤテちゃん。……これが皆の答えだそうよ?」
みんなと一緒に拍手しながら、リン先生が微笑みかけてくれる。同時に、座っていたみんなが立ち上がり、声を揃えてこう言った。
『ようこそ、3年A組へ!』
……このクラス、ホンマに良い子ばっかりや。涙が出てきたで。
「ちょっとエロノ、あんたなに座ってんのよ! 息合わせなさいよ!」
「無茶言うな! 息ぴったりのお前らが異常なんだよ!」
「……ぷッ、あは、あはははは!」
「あらあら」
これは、なんというか、楽しくなりそうやな。
私からの挨拶が終わったので、次はみんなの自己紹介ということになった。
「はい、はーい。先生、私が一番でいいですか?」
手を挙げて席を立つ少女。元気そうな子やなぁ。
「はい、それじゃあ高町さん、どうぞ」
「くっ、先を越された。奈乃葉(なのは)のくせに」
「マリサちゃんひどい。……あ、私の名前は高町奈乃葉。趣味はアニメにゲームにマンガにラノベ。あと、翡翠屋っていう喫茶店をお父さんが経営してるから、良かったら来てね。シュークリームが美味しいよ?」
私も大概やけど、この子も凄いな。平然と趣味をカミングアウトしとる。この子とは仲良くなれそうや。
「先生! 次はアタシ!」
「はいはい。どうぞ、マリサちゃん」
「よっしゃ。……アタシの名前はマリサ・バニングス。趣味はアニメにゲームにマンガにラノベ。あとカラオケのアニソンメドレー。気軽にマリサって読んでいいわよ」
「マ~リ~サ~」
「エロノは黙ってろ!」
気が強そうな子やな。ていうかこの子も趣味が同じかい。
「あの……次は僕──」
「それじゃあ、次は……鈴子ちゃん」
「はい。私の名前は月村鈴子。趣味はアニメにゲームにマンガにラノベ、あとカードゲーム。今まではあんまりお話したこと無かったけど、これからはいっぱい話そうね」
この子もかい。このクラスはどうなっとるんや。オタクの巣窟か。あ、そういえばハヤテちゃんもオタクやったな。そして私も。
「次は……」
「あの……僕──」
「母さん、俺、俺」
「先生と呼びなさい。……はぁ、どうぞ」
「うし。よく聞け、俺の名前は──」
「エロノエロオ」
「黒野だ! 黒野原男! 邪魔すんなツンデレ!」
「うるさい、うるさい、うるさい! 誰が貴様なんぞにデレるか、恥を知れ!」
「ぐっ……ふん、まあいい。自己紹介の続きだけど、趣味は──」
「スカートめくり」
「テメー!……よく分かってるじゃねえか」
「我が子ながら嘆かわしい……」
うわぁ……
「まっ、よろしく頼むぜ」
コイツとはよろしくしたくないなぁ。嫌悪感がさっきから止まらんわ。
「……先生、次は僕──」
「次はフェイトちゃんね」
「はい。わたしはフェイト・テスタロッテ。最近転校してきたばっかりだから、わたしもハヤテとはあまり話したこと無かったね。あ、言っても分からないか、ゴメン。……このクラスのみんなは良い子ばっかりだから、心配しなくていいよ。すぐに仲良くなれるからさ。ちなみに隣のクラスの先生はわたしのお母さんなんだ。プレシアって言うの」
おお、ようやく普通の自己紹介が来た。フェイトちゃんか。綺麗な子やなぁ。
「あ、それと奈乃葉はわたしの嫁だから手は出さないでね」
……嫁?
「フェイトちゃん、その、気持ちだけは受け取っておくよ……」
「照れた奈乃葉もまた、良い……」
「だから止めてってば!」
マトモな子どもはいないのか、このクラスには……
「フェイトちゃん、ほどほどにね。えーと、次の自己紹介は……」
「……すぇーんすぇー!」
おお! なんや、びっくりしたなぁ、もう。
「あら、由宇乃(ゆうの)くん。どうしたの?」
「このババ……あ、いえ、自己紹介をと思いまして」
「そう、それじゃ次は由宇乃くんで」
「はい。……僕の名前は倉井由宇乃。みんなからはユーノって呼ばれてるよ。趣味はペットであり僕のソウルブラザーであるフェレットの世話と、読書かな」
「ユーノくらーい」
「倉井ユーノ、間違えた。暗いユーノ」
「フェレット馬鹿にすんな!……あ、いや、馬鹿にしちゃいけないよ。ああ見えてなかなか賢いんだから」
「誰も馬鹿にしてねぇよ……」
この子も変わっとるなぁ。妙に陰薄そうやし。顔は可愛いんやけど……
「あ、それと陰薄いとかよく言われるけど、存在感が希薄なだけだから。そこ間違えないでね?」
何が違うん?
「はーい、サクサクいくわよ。次の自己紹介は──」
その後、クラス全員の自己紹介を聞き、同時に歓迎の言葉も掛けられながら朝のホームルームの時間は過ぎていった。
それにしてもこのクラスは個性的な人間が多すぎる。開口一番に「でかいおっぱいは最高だ」、とか言う子や、「いやいや貧乳こそ至高なのだ」、とか言う子が居たし。あの二人、たしか双子で紅蓮君と羅岩君て言うたかな。親のネーミングセンスに脱帽や。それに「夢はオリ主になることです」とかほざいてた子も居たなぁ。あれは正気を疑ったで。
「ハーヤテちゃん?」
「むお?」
いかん、いかん。考え事に耽るのは後や。今はこの子達と交流を深めるのが先やな。
現在、先生の粋な計らいで一時間目を潰して私の歓迎会を開いてもらっている。と言っても、ジュースやお菓子を飲み食いしている訳ではなく、私がクラスみんなの質問に答えているだけなんやけど。まあ、休み時間に散発的に質問されるよりは、まとめて答えた方が合理的やしな。文句は無い。
「ちゃんと話聞いてなさいよ。……で、もう一度聞くけど、アンタぶっちゃけオタクなんじゃないの?」
どんな質問やねん、と思ったけど、このクラスの半分以上はオタク趣味を持っとるんよなぁ。……両親から許可はもろうてるし、カミングアウトしても問題は無いかな。
「そういった知識はなんや知らんが豊富やで。以前の私は隠れオタクやったんやないかな?」
「やっぱり! みんな、同志が増えたよ!」
「これは夏が楽しみね……」
「ファンネルとしての訓練をさせなければいかんな。……三ヶ月でものにしてみせる」
数人が集まってヒソヒソとなにやら密談している。どす黒いオーラが漂っているようで少し怖い。
「なぁ、神谷ぁ〜。お前さっき、普段通りの生活を送ることが記憶の回復に繋がるって言ったよな?」
くっ、嫌な奴が来おった。ここは適当にあしらって早々にお引き取り願うしかないか。
「そやで。慣れ親しんだ行動を取るとええんやて」
「ほう……ならば!」
突然、黒髪の男の子、黒野君の目つきが鋭くなり嫌悪感が増大した。コイツ、一体何をする気や?
「いけない! 逃げなさいハヤテ!」
「ふははは! 時すでに遅し!」
哄笑を上げた黒野君の姿がかき消える。いや、消えたように見えるほどの素早さで地を蹴って移動したのだ。なんてスピードや! 目で追うのがやっとやと!?
「もらったぁ!」
黒髪を見失ったと同時に、背後から愉悦を含んだ声が耳に届いた。後ろ!?
「狙った獲物は逃がさない。食らえ、スティンガースナイプ!」
バッ!
黒野君が動いたと感じた瞬間、膝下まで私の足を覆っていたスカートが勢いよくめくり上がり、乙女の秘密の花園が白日の下に晒された。……やってくれる。だが!
「なぁ!? バカな。……スパッツ、だと?」
「こんなこともあろうかと、てな。……みんな!」
『応!』
「ッ!? ぐ……この! HA☆NA☆SE!」
私の意思を汲み取ってくれたクラスメイトが愚か者の四肢を拘束してくれる。さて、こうなったらやることは一つやな。
私は罪人の首を刈る死刑執行人の心境で、最低なピーナッツ野郎の前に立つ。
「ま、待て。俺はただお前の記憶を取り戻してやろうと、いつも通りの行動をとっただけで……」
聞く耳もたん!
「死にさら、せぇー!」
「ひぎぃ!?」
人生最大の怒りをもって高速に振り抜いた私の足は、見事アホの股間を打ち砕いたのであった。
まさかこの身体になって初めて蹴ったものが、サッカーボールや小石でなく男性の急所になるとは思わんかったわ……
「ただいまー!」
制裁を食らわした後は特に騒動が起きることもなく、普通に授業を受けて帰って来た。心配しとった授業も、問題なくついていくことが出来そうでホッとしたわ。
「お帰りなさい。ハヤテちゃん、学校はどうだった?」
「先生もクラスのみんなもええ人ばっかりで、あんなに楽しいとは思いませんでした」
「ふふ。それを聞いて安心したわ」
我が事のように嬉しそうな母様。安心させられたようでなによりや。
「あ、そや、一つお願いがあるんですけど」
「あら、なあに? 何でも聞いてあげちゃうわよ」
「今日の夕飯、私に作らせて下さい」
「…………ひょ?」
あとがき
残りのクラスメイト全員を数の子にしようか悩んだ作者です。という訳で設定を明かします。『平行世界』の精神交換でした。次回からまた本編に戻ります。