同人誌。それはコミケの象徴ともいえるもの。
同人誌。それはオタク達が求めて止まない魅惑の甘露。
同人誌。それは二次創作物の頂点ともいえるもの。
同人誌。それは──
「要するにエロ本じゃね?」
……否定出来ない!
「いや、でも、でもですよ、シグナムさん。一般向けの同人誌だって少なからずあるわけですし、一概にそう決めつけるのはどうかと……」
「大抵はえろいでござるがな」
この忍者は、もう!
「で、どうすんだ? 同人ブースに行くのか?」
「拙者はあまりオススメしないでござるよ。幼女が居るだけで奇異の目で見られるでござるし、過激なポップが乱立してたりするでござるからな。ハヤテどのやヴィータどのには目の毒で候(そうろう)」
むう。そう言われたら行くのに抵抗があるなぁ。ただでさえエロ娘の烙印を押されかねない今の状況で同人ブースに突撃なんてした日には、同居人(特にヴィータちゃん)の白い視線に怯えて暮らさなくてはいけなくなってしまう。……仕方ない、諦めるか。
「同人ブースは諦めます。通販や委託でなんとでもなるでしょうし。マルゴッドさんは、いかがしますか?」
「拙者の本命は明日でござるからなぁ。それに、雇ったファンネルがそろそろ集合場所に集まる時間でござるから、同人ブースを見て回る時間は無いのでござるよ」
「そういえば、そんなこと言ってましたね。……ちなみに何人雇ったんです?」
「拙者のファンネル総弾数は20発でござる」
ハマーン様専用キュベレイかよ。
「ハヤテ、そろそろ帰らねえか?」
ヴィータちゃんはお疲れのようだな。今日は十分コミケを堪能したし、そろそろおいとまするとしよう。
「そうですね。では、今日はこの辺でお開きということで。名残惜しいですが、またどこかで会えると──」
マルゴッドさんに別れの挨拶をしようと思ったのだが、途中で遮られる。
「ま、待つでござる。まだ別れの時間は早いで候。せめて駅まで一緒に帰ってもバチは当たらんでござろう?」
何を慌ててるんだろう?
「それもそうですね。それではマルゴッドさんがグッズを回収してくるまでここで待ってますので」
「いや、駅前集合なのでそこまで一緒に行くでござるよ」
それは丁度いい。それじゃあ、帰路につくとしましょうか。
「主、エロ本は──」
「買いません!」
私達と同じく帰路につくオタク達の人波に乗って駅前まで歩みを進める。いやぁ、それにしても今日は楽しかった。オタク冥利につきるね、コミケ参加は。ヴィータちゃんもシグナムさんも結構楽しんでいたようだし、満足満足。それに、マルゴッドさんとも出会えたしね。……にしても。
「なんかそわそわしてませんか? マルゴッドさん」
「い、いや。別に……」
捨てられた子犬みたいな目でこちらを見ていたマルゴッドさんが目をそらす。なんだろう?
「おい、マル助。あの20人くらいの固まりのガキ共、おみゃあを待ってるんでね?」
いつの間にか駅前に着いていたようだ。シグナムさんが指差した先には、中高生らしき少年達が群れをなしていた。あ、小学生くらいの子も居る。
「おっと、そのようでござるな。では戦利品を回収してくるのでしばしお待ちくだされ」
マルゴッドさんが少年達に近付いていく。というか本当に20発装填してやがった。1限(お1人様1個限定)の商品対策かな?
「小わっぱ共、ご苦労でござった。商品の引き渡し時に成功報酬を払うでござるから、一列に並ぶでござるよ」
うーっす、と声を返して次々と商品を渡していくファンネル達。マルゴッドさん、金かけてるなぁ。
報酬を受け取った少年達がちりぢりに去っていき、残るは私と同い年くらいの少年のみになった時、マルゴッドさんがその子の手に持っている二つの袋の片方を受け取る。
「小さい体でよく頑張ったでござるな。報酬は色を付けさせてもらうでござるよ」
「よっしゃ……て、そっちは俺の戦利品!?」
なにやら少年が慌ててマルゴッドさんから袋を取り返そうとしている。
「おっと、すまんすま……ん?」
袋の中身を見て固まるマルゴッドさん。何が入ってるんだろうか?
「いかん。いかんでござるよ、小僧。これは返すわけにはいかんでござる。悪いが没シュートでござるな」
「そんな!? せっかく心優しいお兄さんに譲ってもらったのに!?」
「あと十年したら拙者の下を訪れるでござる。その時に返してしんぜよう」
「んなみっともないマネ出来るか!?……うう。ちくしょー!」
雄叫びを上げ涙を流しながら走り去る少年。あの子、どっかで見たことある気がするんだよなぁ。……気のせいかな?
「お待たせしたでござる」
両手にギャルゲーの女の子がプリントされた痛い袋をぶら下げたマルゴッドさんが戻って来た。
「あの子、何を持ってたんですか?」
「……横島な、いや、邪(よこしま)な心でござるよ」
なんだそれは。
「と、それは置いといて。別れる前に一言、貴殿らにお礼を言いたいのでござるが、よろしいかな?」
「何だよ、改まって」
ヴィータちゃんが言葉を返す。確かに、お礼を言われるような事をした覚えはないと思うけど……
「実は拙者、この世界に来てからこんなに他人と話したのは今回が初めてだったんでござる。いつもは、部屋に引き込もってゲームに興じるか、ゲーセンでクイズに答えるかしか、やる事がなかったからでござるからな。あと一人で遊○王とか」
なんて寂しい生活を……いや、私も人のことは言えないが。
「あれ? お仕事とかはされていないんですか?」
「ああ、自分の世界から持ち込んだ宝石や金品がアホみたいにあるから、働く必要はないんでござる。貨幣との交換は少々面倒でござるが」
やっぱり金持ちだったのか。
「まあそんな訳で、今日は久し振りに人と談笑が出来て楽しかったんでござるよ。……拙者のような変人に付き合ってくれたこと、感謝の極みでござる。感謝感激雨あられ」
そう言い、頭を下げるマルゴッドさん。この人も、おちゃらけているように見えて苦労してるんだな。
「堅苦しいのは無しですよ。そもそも誘ったのはこちらですし、お礼を言うのはこちらの方です。ねえ? ヴィータちゃん、シグナムさん」
「そうだな。お前の話、わりと面白かったぜ」
「コスプレ勝負も楽しかったよん。今度は魔法バトルしない?」
こらこら。
「……はは。拙者は強いでござるよ? 伊達に管理局の目を逃れて旅行してないでござるからな」
「話に乗らないで下さい。……あ、そうだ。携帯持ってます? よろしければアドレスと電話番号交換しませんか?」
「いいのでござるか?」
目を丸くして驚いているマルゴッドさん。何を言ってるんだろうか、この人は。いいもなにも──
「私達は、もう友達でしょう?」
そう、友達。私はとっくにそう思っていたんだけど。
「……」
黙ったままうつむくマルゴッドさん。どうしたのかな?
「落ちたな……」
ヴィータちゃんが小さく呟く。落ちたって何がさ?
「……今日は、まことに良い日でござるな。この日、この場での出会いに感謝を」
なにやら大袈裟なことを言っている。でも、喜んでいるみたいだから良いか。
その後、アドレス交換した私達はマルゴッドさんと駅で別れることとなった。どうやら彼女は明日のコミケの為に近くのホテルを予約しているようなのだ。
「また、どこかで会えると良いですね。私達は明日、明後日は来ませんからここでお別れですし。……そういえば、マルゴッドさんはどこら辺に住んでいるんですか?」
「拙者でござるか? 拙者は遠見市という所のマンションで一人暮らししてるでござるよ」
遠見市か、聞いたことないな。近見市なら知ってるんだけど。
「主、そろそろ発車の時間ですぜ」
おっと、急ぐとしよう。
「それじゃ、二日目もお気をつけて。あなたに星々の導きがあらんことを」
「星々の導きがあらんことを」
やっぱりノリがいいな、マルゴッドさんは。
「あばよ。って言っても、また冬に会うかもしんないけどな」
「しばしのお別れ、でござるな」
握手をして別れるヴィータちゃん。マンガの友情シーンを見ているみたいだ。
「マル助……」
「シグナムどの……」
この二人、何だかんだ言って一番意気投合してたんだよなぁ。別れるのは辛いのかな?
「流派東方不敗は!」
「王者の風よ!」
「全身系列!」
「天破侠乱!」
『見よ! 東方は赤く燃えているぅ!』
ガガガっと拳を打ち合わせた後、肩を組んで彼方を指差す二人。だからなんでこんなに息ピッタリなんだ? この二人は。……そういやこのやりとり、母様に教えて登校の際によくやったっけ。懐かしいな……って、そんな場合じゃない。
「シグナムさーん、急いでくださーい。もう発車しちゃいますよー」
水を差すようで悪いが発車時刻が迫っている。シグナムさんを置いてく訳にもいかないしね。
「さらばだ、マル助。久々に胸踊る戦いだった。次は負けんぞ」
「ふふ、いつでも掛かってくるでござる」
別れを告げこちらに戻って来るシグナムさん。やっぱり少し寂しそうだな。……おっと、締めはきちんとしなきゃね。
「マルゴッドさん。また、いつか」
「うむ。また、いつか」
そう告げて、私達は奇妙で愉快な魔法使いと別れたのであった。
『ただいまー』
長いようで短かったコミケ参加も終わりを告げ、私達は疲労困憊の体で家に戻った。まさか帰りの電車でもあんなに込むとは……コミケを甘く見すぎていたか。というか、あからさまに徹夜組と見受けられる人間が多かったな。腹立たしい。
「シャマルー、ザフィーラー、帰ったぞ……ん?」
ヴィータちゃんが何かに気付いたのか怪訝な顔をする。なんだろうと思ったが、すぐに私も気付く。
リビングから聞こえてくるのだ。……あられもない嬌声が。
「まさか……」
そんなことはあり得ないと思いつつも足は自然とリビングの方へと向かう。だが、ドアに手を掛けたはいいものの、扉の先の光景を想像してしまい手が止まる。
「……ヴィータちゃん、シグナムさん。この声って、アレですよね」
「間違いなくアレっすね」
「ああ。しかしまさかあの二人が……」
開けるのが怖い。が、恐怖より好奇心が勝ったのか、私の手は勝手にドアを開けていった。そして、私達の目に飛び込んできた光景、それは──
『そこだろ!? そこだろ!?』
『キモッティーノ!!』
某とろける血の格闘ゲームで対戦するシャマルさんとザフィーラさんであった。ちなみに使っているキャラは二人とも裸Yシャツの変態吸血鬼だ。
「あら、お帰りなさい」
「むう、よくぞ無事に戻った」
こちらに気付いた二人が振り向く。まさかこの二人がゲームをやっているとは思わなかった。いやビックリだ。
「お前らがゲームしてるなんて珍しいな。どうしたんだ?」
「ただの気まぐれよ。でも、なかなか面白いわね。あなた達が夢中になるのも頷けるわ。後で対戦しない?」
……これはチャンスだな。ククク、ヴィータちゃん同様こちらの世界に引きずり込んでくれる。
「あら? あなた達、何か良いことでもあったの?」
私がほくそ笑んでいると、シャマルさんがそう問いかけてきた。この人、以外と私達のことをよく見ているな。母様みたいだ。
「ライバルを見つけたダニよ」
「?」
「まあ、その話は後にしましょう。シャマルさん、お夕飯の準備は出来てますか?」
「ええ、バッチリ」
「では食べながらにでも話しましょうか。愉快な魔法使いとの出会いを」
「??」
──その夜
「ハアハア……真琴かわいいよ真琴」
どうしよう。まさかこんなに染まるとは思わなかった……