結論。オタクしか出ませんでした。
次々と増えるオタク達に囲まれながらギュウギュウ詰めの電車の旅を終えた私達は、ゆりかもめに乗り換えて、一路ビッグサイトを目指していた。勿論、ゆりかもめの車内にもオタクどもはひしめいている。
「……オタク、滅びねえかな」
今にも押し潰されそうなヴィータちゃんが、ため息と共に呪いの言葉を吐く。そのセリフ、自分にも返ってくるって分かってる?
「ていうかさ、何でわざわざゆりかもめに乗るんだよ? 確かに知名度は高いけど、別のルートでも行けないことはないだろうに」
「答えは簡単。私が乗りたかったからです」
「……ハア」
いいじゃないですか、これぐらいのわがままは。別のルートでも問題無いですが、これが一番コミケに参加しているって気になれるんですよ。
いや~しかし、やっぱり都心は違うね。バリアフリーが隅々まで行き届いてるよ。エレベーター完備は勿論のこと、乗車時には駅員さんがやって来て、わざわざ道を作ってくれたし。至れり尽くせりとはこのことだ。
「ところで主。ちょっとその車椅子、あっしに乗せてみせてはくれませんかね?」
ヴィータちゃん同様、圧死寸前な感じのシグナムさんがふざけた提案をしてきた。狙いは……この車内唯一の安住の地、車椅子専用スペースだな。誰が渡すものか。
「ふふん。残念でした。グレン号と私は赤い糸で結ばれてるんです。間に入る隙間なんてこれっぽっちも──」
バイイーン!
「ホアァァ!?」
突如、尻の下から飛び出たバネに押し上げられた私は、
「おごっ!」
低い天井に叩きつけられ無様なうめき声を上げた後、ストンと再びグレン号の座席へと墜ちた。な……なんぞ!?
──赤い糸が、何だって?──
どこからか、そんな声が聴こえてきた気がした……
「……こんのじゃじゃ馬がぁ!」
「なに一人コントしてんすか」
最近大人しくなってきたと思ったが、反骨精神は健在だったようだ。くそう、油断していた。まだまだ調教が必要か……
『次は、国際展示場正門。国際展示場正門です』
そうこうしている内に目的の駅に到着した。……帰ったら覚えてろよ、グレン号。丸一日ご飯(電力供給)無しの刑だかんね。謝っても許してやんない!
ホームを出て改札を抜け、いざビッグサイトへ、と、意気込んだのはいいものの。
「始発で来たのに、何でこんなに人がゴミのようにいるの? バカなの? 死ぬの?」
前情報も何も知らないで来たシグナムさんが、呆れ返ったように周りを見渡している。まあ、普通はそう思うよねぇ。
「先頭の方にいる彼ら。あの方達が、いわゆる徹夜組というやつでしょうね。……腹立たしい」
しばらく歩いていくと列ができていたので最後尾に並んだのだが、知識として知っていた私とヴィータちゃんまでが呆れ返るほどの人が溢れていた。延べ入場者数五十万人超は伊達ではないということか。……甘く見ていた。
「開場が10時だったよな。……かなり待つな」
時計を確認してげんなりするヴィータちゃん。想定の範囲内とはいえ、この熱気と人波の中長時間並ぶのはやっぱり辛いよね。
「長期戦ですからね。皆さん飲み物の準備は怠っていませんよね?」
だんだんと気温が高くなってきているのが分かる。開場してからもしばらくは並ぶだろうから、水分補給は重要だ。
「ああ、スポーツドリンクをたんまり持ってきてるぜ」
流石ヴィータちゃん。準備万端ですね。
「拙者もこの通り。ペットボトルのコーラを五本も」
「バカかお前は! んなもんすぐにぬるくなって飲めたもんじゃなくなるだろうが!」
流石シグナムさん。 昨日の私の話なんか聞いちゃいなかったらしい。
「それが良いんじゃないか。ぬるくなったそれが」
訂正。一応聞いていたらしい。
「ヴィータちゃん、叫ぶだけ体力の無駄遣いですよ。特にシグナムさんに対しては」
「最近主が私に冷たい件について」
あしらい方を覚えただけです。
「なあハヤテ。開場までぼーっとしてるのも勿体無いからさ、対戦しようぜ、ギルティ」
そう言いながらバッグをごそごそと漁り携帯ゲームを取り出すヴィータちゃん。見れば、周りのほとんどの人達は同じようにゲームをしている。これに触発されたのかな。
「それは良いんですけど、シグナムさんが余ってしまいますね。交代しながらやります?」
「気を遣わんでも結構でおじゃる。朕(ちん)にはポケモンがあるゆえ」
そう言い、ゲームの電源を入れるポケモンマスターシグナムさん。この人、最近ポケモンばっかやってるな。まあいい、これでヴィータちゃんと心置きなく対戦が出来る。私のポチョムキンにボコられてから、また一段と腕を上げたんだよなぁ。
「ではやりましょうか、ヴィータちゃん。……HEVEN or HELL」
「DUEL」
『Let's Rock!』
周りが引いてるが気にしたら負けだ!
「そんな!? あたしのヴェノムが!」
「ゲートボールみたいに玉を弾いてるだけじゃ勝てませんよ、私のこの筋肉には」
現在、絶賛対戦中。少しずつ動く列に付いていきながら、白熱した争いを繰り広げている。
「……ん?」
ふと、後ろにいるシグナムさんが気になったので覗いてみる。そこには……
「なんと! 拙者のドーブルが殺られた!?」
「ふっふっふっ。拙者のフワライドからビーダルへのバトンタッチ殺法、とくと味わうでござる」
「ぬぬぬ。ビーダルのくせにビードルとか名前付けおって。一瞬騙されたでござろう!」
なんか忍者が増えてた。
「え~と……シグナムさん。そちらの方は?」
「ん? ああ、育てるのも飽きたんで、誰か対戦申し込んでこないかなーとユニオンルームで待ってたら、後ろのコイツが来たんすよ」
「気になって後ろから覗いてたもんで。いきなり失礼かとは思ったんでござるが、拙者もちょうど対戦したいと思ってたんでござるよ。それでつい」
変わった人も居るもんだ。見ず知らずの他人に対戦を申し込むなんて。……うちのシグナムさんは置いといて。
「うちの連れがお世話になったようですね。こんな変人に付き合ってくれてありがとうございます」
「いやいや、拙者も楽しませてもらったでござるよ」
「まず変人ってのに突っ込めや」
端から見たら十分あなたは変人です。ていうか、この人も変人ぽいな。しゃべり方がアレだし。……こんなに綺麗な女性なのに。
栗色の長髪をポニーテールにして眼鏡を掛けている二十歳前後の女性は、朗らかに笑いながらシグナムさんと話している。どうやら連れは居ないらしく、一人で参加しているようだ。変人同士通じるものがあったのかな? シグナムさんとこんなに楽しそうに話す人を初めて見たよ。
「……お前」
あれ? ヴィータちゃん、なんでこの人を睨み付けてるの?
「お前、魔導師だな」
……魔導師? 魔法使いのこと? この人が? マジで?
「対戦に夢中で気付くのが遅れたぜ。……管理局の人間か?」
いや、でもこの世界には魔法使いは居ないはずじゃないの? それに管理局って何さ?
「バレたでござるか」
……マジなんだ。
「んなデカイ魔力持ってて気付かないわけねーだろ」
「いや、気付かなかったやんけ」
「ぐ……」
見事に揚げ足を取るシグナムさん。まあその通りだけど。
「そう睨みなさんな。何も取って食おうという訳ではござらん。それに拙者は管理局の人間でもないでござるよ」
「……本当だろうな」
「確かに拙者は魔導師でござるよ。しかし、この場に居るのはただの偶然でござる。 貴殿らに害を為そうなどとは露ほども思ってはいないでござるよ、にん」
「管理局でない魔導師が何でこんな世界に居るんだよ?」
ヴィータちゃん、その質問、そっくり返されたらどうするんですか。
「それを説明するには少々時間が掛かるが、よろしいかな?」
その言葉を聞きこちらを振り向くヴィータちゃん。……まあ、時間はたっぷりあるし構わないか。
「どうぞ、お話し下さい」
「では。……事の起こりは──」
「──という訳なんでござるよ。納得したでござるかな?」
「……今言った事が嘘じゃなければな」
「疑り深いロリッ子でござるなぁ」
この女性、マルゴッドさんが言うにはこういう事らしい。
次元転送による次元世界旅行が趣味だというこの人は、ある日、旅行先から自分の世界へと戻ろうと転移魔法を行ったところ、座標を誤って指定してしまいこの世界に来てしまった。
すぐに帰るのもどうかと思ったマルゴッドさんは、軽い気持ちで辺りを探索をしていたのだが、その時に出会ってしまったそうだ。日本の誇るサブカルチャーに。
文字通りカルチャーショックを受けた彼女は、「ヤックデカルチャー!」の叫びと共に自分の世界へ舞い戻った後、すぐに家や土地を売り払い、この世界へと移住してきたらしい。それほどに気に入ったのだそうだ、アニメやマンガやゲームが。
そして三年の月日が流れ今に至る、と。……なんと言うか、
「アニメやマンガを気に入ってくれたのは日本人として嬉しいんですが、随分とデタラメな方ですね。故郷を捨ててまでこっちに住むなんて」
「別に捨てた訳ではござらんよ。一年に一回は生存報告してるでござるしな、母上に」
「……なんという親不孝者。ていうか、家を売り払ったって言いますけど、その母親とは一緒に住んでなかったんですか? お母さんは今家無き子?」
「拙者の世界は就業年齢が低いでござるからなぁ。十六の時に家を買って、母上とは別居してたんで候(そうろう)」
十六歳で持ち家って……ここの世界とは収入とか土地の価値とかが大きく違うのかな。それともこの人が高給取りなだけ?
「事情は分かった。……ゲーム好きならしょうがねぇ。信じてやるよ」
それで信じるのもどうかと思うよ、ヴィータちゃん。まあ、喧嘩とかにならなくて良かったか。
「ふふ、安心なされい。例え某(それがし)が管理局員で、そなた達が次元犯罪者であろうとも、今この場では、我らは限定商品を奪い合うライバルであり、趣味を同じくする同志でござる。手を出すことなんてござらんよ。……転売目的で限定商品を買い漁るブタ共は別だがな」
一瞬、目が鋭くなるマルゴッドさん。その気持ち、よく分かります。グッズは愛でてこそ価値があるというもの。営利目的で入手せんとする輩なんぞ滅んでしまえ。……ヤフ○クにはお世話になっているけど。
「あの、さっきから私達ばっかり質問してしまって悪いんですけど、お話に出てきた管理局というのは何なんですか?」
「おや、ご存知でない?」
「お恥ずかしながら」
「まあ、一言で言えば……」
『権力の犬でござるよ』
シグナムさんとマルゴッドさんが見事にハモる。息ピッタリですね。生き別れの双子か、あんたらは。
「次元世界を管理するとかぬかして、厳しい取り締まりをする警察みたいなもんでござるよ。まったく押し付けがましいにも程があるでござる。趣味の次元旅行も奴らの目を盗んで行かなきゃならんでござるし、まさに目の上のタンコブで候」
警察かあ。どこの世界でも疎む人はいるんだな。私みたいに。何だか他人の気がしないな、この人とは。……そうだ。
「よろしければ、今日一日ご一緒しませんか? お昼とか。お一人で回られるんでしょう?」
「ほう、よろしいのでござるかな?」
「勿論です。ね、良いですよね。ヴィータちゃん、シグナムさん」
「まあ、悪い奴じゃ無さそうだし……」
「キャラかぶってるのが気に食わんでござるが、まあいいっしょ」
「と、いう訳なので」
「うむ。では改めて挨拶をば。拙者の名はマルゴッド。よろしくお願い申す」
「ハヤテと言います。こちらこそよろしくお願いしますね」
「ヴィータだ。よろしく頼むぜ」
「シグナムでやんす。よろしゅう」
こうして愉快な仲間を加えた私達は、談笑しながら開場を待つこととなったのであった。