「海に行きましょう」
珍しくアグレッシブな神谷ハヤテです。
いつものようにリビングでまったりしていた同居人達が一斉に私の顔を見る。
「リレー小説に続いて今度は海っすか。主は唐突な思いつきで行動することが多いデシね」
己の欲望に忠実に生きることこそ、ストレスを溜めないコツですよ、シグナムさん。まあ、それはあなたも大して変わらないように思えますが。
「そこまで唐突という訳ではありませんよ。夏を迎えた辺りから考えてましたから。それで、どうです。行きませんか?」
「私は構わないわよ。なにより、断っても一人で行きそうなのよね、ハヤテちゃんは。それなら、家で心配してるよりは一緒に行った方がマシだしね」
流石シャマルさん、分かってらっしゃる。
「あっしは家でニート生活を満喫していたいんですが。……まあ、小遣い貰ってる身としては、スポンサーのご機嫌を損ねるのもアレなんで従いましょう」
失敬な。それじゃ私が金で縛り付けてるみたいじゃないですか。あんなロリコンと一緒にしないでいただきたい。
「我は──」
「あ、ザフィーラさんは強制的に来てもらいます」
「……なぜだ?」
「海に着けば分かりますよ」
ククク。
「あたしも行ってもいいけど、水着なんて持ってねえぜ。これから買いに行くのか?」
「何を言ってるんですか。こんな時の為にあの騎士甲冑をデザインしたのを忘れたんですか?」
「……アレかよ」
そう、アレですよ。
「アレってコレ?」
不意にシグナムさんが騎士甲冑を身に纏う。光に包まれた彼女は一瞬前までとは違った服……あちこちに鋲(びょう)が打ち付けられたボンテージを身に付けていた。
「確かに泳ぐのに不都合は無いかもしれませんが、別の意味で不都合なので、それはしばらく封印して下さいね、シグナムさん」
「女王様とお呼び!」
「女王様うるさい」
やっぱり気に入ってるんだな、ボンテージ。
「水着ですよ、水着。皆さんに一着ずつデザインしたでしょう?」
そう。こんなこともあろうかと、一人一人の個性にあった水着をデザインしておいたのだ。備えあれば憂いなしってね。私エライ。
「ハヤテよぉ、あたし、アレはかなり抵抗があるんだけど」
「大丈夫です。アレを身に付ければ浜辺の視線は一人占めですよ、ヴィータちゃん。それに私も同じの着ますし」
「自ら望んで着るとか、正気かよ」
別に私達が着ても違和感は無いと思うんだけどなぁ。それにアレを着ることが許されるのは、限られた年齢だけだしね。今の内に着ておかないと。
と、ここでシャマルさんから質問がでた。
「今から行くの? それと、昼食と夕食は外で済ませるのかしら?」
「行くのは今からです。昼食は外ですが、夕食は帰りの時間が遅くなったら外で済ませましょう」
「分かったわ」
すっかり、我が家の食事を管理するようになってるなぁ、シャマルさん。……今度お母さんって呼んでみようかな? どんな反応が返ってくるんだろうか。
「なあ、主よ。なぜ我だけ強制参加なのだ?」
「ですから海に着けば分かりますって」
「むう……」
フフフ。
「さて、では出発しましょう。タオルなどの荷物は既に用意してありますから、すぐに行きましょう」
「前準備する暇あるなら先に私達に了解を取らんかい」
「フヒヒ、サーセン」
『うーみー!!』
海に着いた途端に、周りをはばからず叫ぶ四人娘。ああ、久し振りだなぁ、この潮の香り。夏になると、母様達とよくプライベートビーチに遊びに行ったっけ。
「しっかし、こんな近くに海があるなんて知らなかったぜ」
そう、ここ海鳴市は、名前に海が付いてるだけあって、わりと近くに海が広がっているのだ。その距離、電車で揺られること僅か数十分。中心部にはビルとかいっぱいあるのに、変な所だなぁ。
「さて、主よ。そろそろ説明してもらおうか」
潮の香りに鼻を刺激されたのか、やや気が高ぶっている感じのザフィーラさん。なんか涙目っぽい。
「そうですね。勿体振っても仕方ありません。率直に言います。……ザフィーラさん。今日は一日、私の足になって下さい」
「……そんな気はしていたが」
ありゃ、気付いてたのか。
「見ての通り私は車椅子ですから、砂浜を移動するのも一苦労なんです。海の中に入るなんてもってのほかですしね」
流石のグレン号も海辺では形無しだ。……今度ロリコンに頼んで改造してもらおうかな。
「……我の背中は高いぞ? ホネッコ三パックは覚悟してもらおう」
なるほど、取り引きを持ちかけてきたか。しかし甘いですよ、ザフィーラさん。こちらには切り札があるんです。
「そういえば、以前私がスーパーで買ったお徳用バニラアイス(1kg)の容器が、いつの間にか空になっていて、ゴミ箱の中に入っていたんですよねぇ」
「そ、それが?」
「いやなに、その容器を調べてみたら、獣の体毛がこびりついていたんですよ」
「ほ、ほほう」
まだしらばっくれるか。
「まあ、つまり、何が言いたいのかといいますと、犯人は……」
と、そこで残りの三人娘の様子もおかしいことに気付く。挙動不審というか、落ち着きがない。って、まさか……
疑問を抱いた私は、試しに一人ずつ顔を覗きこんでみる。……一人残らず目を反らしやがった。
「犯人は……お前ら全員だ!!」
『ごめんなさい』
「サーセン」
あっさりと罪を認めたのはいいが、なんて奴らだ。獅子身中の虫かと思ったら、虫だらけの中に獅子の私が紛れ込んでいた気分だよ。
「あれですか。仲良くお皿に分けて、容器の中に残ったのをザフィーラさんが美味しく頂いたと、そういう訳ですな?」
「いや、ハヤテの分も残しといたんだけど、暑さにやられたザフィーラが食べちゃって……」
「ヴィータ、貴様!? この獅子身中の虫が!」
あなたが言うな。
「ごめんなさいね、ハヤテちゃん」
「いや、でも私達も被害者なんすよ。バニラアイスという魅力的な人形使いに踊らされた哀れな、ね」
「シグナム黙ってろ」
まったく、最初から素直に謝ってくれれば、すぐに許したものを。隠したりするから、バレた時に恐い思いをするってのに。
「今回は言い逃れをせず、すぐに謝ったので許しますが、次やったら恥ずかしいお仕置きが待ってますからね。ただ、ザフィーラさん。あなたは……分かってますね?」
「……やむを得ん、か」
「自業自得やんけ」
シグナムさんには後でお仕置きが必要かな?
グレン号を海の家の脇に置かせてもらい、備え付けられた更衣室で着替える私達。もちろんザフィーラさんは外で待機中。まあ着替えると言っても、私は服の中に着込んでるから脱ぐだけだし、他の皆は一瞬で済むからすぐに終わったんだけど。
……さあ、いよいよお披露目の時間だ。
「見よ、この紺碧(こんぺき)の輝きを!」
「いや、ただのスクール水着だから」
ヴィータちゃん、それは違うよ。確かに学校で身に付けていたならば、これは普遍的な何の特色も無い水着に成り下がるだろう。
だがしかし、見よ、この羨望と憧憬(どうけい)の視線の数々を! ここ、一般人が多く訪れる海というフィールドでは、このスク水こそが特別(スペシャル)なのだ。
「ああ、この注目度ときたら……たまらん」
「狼にまたがった少女が砂浜を闊歩してればそりゃ目立つでござるよ」
……それもそうですね。
現在、私は約束通りザフィーラさんに乗せてもらっている。二度目の搭乗となる今回だが、やはりこの背中のフワフワ感は良い。本当に浮気してしまいそうだよ、グレン号。
「さて、浜辺の視線も一人占めしたことですし、遊びましょう」
そう言いながら皆に視線を送る。……やっぱり皆似合ってるなぁ、水着。
ヴィータちゃんはさっき言った通り私と同じスク水。幼児体型にこれほど映える水着はそうそうあるまい。
シャマルさんは露出が少なめの白いワンピースタイプの水着に身を包み、パレオを腰に巻き付けている。見た目だけなら深窓の令嬢に見えなくもない。
シグナムさんは、その胸を強調するように赤いビキニを身に付けている。うん、良いおっぱいだ。後で揉もう。
「遊ぶっつっても何すんだ。泳ぐのか?」
「海に来たらやることは一つです。競争ですよ」
母様とデッドヒートを繰り広げたのが懐かしい。
「ハヤテちゃんはバトルが好きねぇ。でもごめんなさい、私は遠慮しとくわ。泳ぐの得意じゃないのよ」
「ボクも今回はパ~ス。ビキニでスピード出したら脱げちゃいそうだし。ポロリは最後までとっておくものさ」
むう、仕方ない。ならばヴィータちゃんとの一騎討ちだ。以前の競争では負けたが、今回は負けんぞ。
「ヴィータちゃんは勿論やりますよね? 逃げるなんて、臆病者とのび太がすることですもんね?」
「……やってやろうじゃんか。あたしがジャイアンだってことを教えてやんよ」
ふっ、やはりまだまだガキですね、ヴィータちゃんは。勝負事の基本は、身体は熱く、心は冷静に、ですよ。
「泳ぐのは我なんだが……」
期待してますよ、相棒。
「それでは、位置について、よーい……ドン!」
シグナムさんの合図で一斉に海に飛び込む二人と一匹。スタートはほぼ同時か。
ゴール地点は、百メートルほど離れた所に浮かんでいるポールで、先にタッチした方が勝ち。シンプルで分かりやすい。
「あたしが、ジャイアンだあぁー!」
スイッチが入ったかのように、雄叫びを上げながら爆走するヴィータちゃん。やるな、ならばこちらも!
「ザフィーラさん、クロールです!」
「応!」
犬掻きからクロールへとシフトチェンジするザフィーラさん。少女を乗せたデカイ犬(?)がクロールしながら少女を追走している、というシュールな図柄が展開されているが構わん。勝負に妥協は許されないのだ。
だが、ここまでやってもなかなかヴィータちゃんとの差は縮まらない。
「……ふっ、はははは! バカめ、身体中に毛が生えてるんだ。水が染み込んでスピードが出ないのは当たり前だぁ!」
わざわざ後ろを確認して嘲笑するヴィータちゃん。……その油断が命取り!
「ザフィーラさん、奥の手です。もう周囲に人はいません」
「待っていたぞ! ……かあぁぁぁー!」
某Z戦士のような声を上げたザフィーラさんを、光が包み込む。そして光が収まった後、そこに居たのは……
「今回は……心Tシャツか。悪くない」
Tシャツとスパッツを身に纏った人間形態のザフィーラさんだった。ていうかランダムなんですね、騎士甲冑。
「なっ!? その手があったか!」
後ろを確認する暇があるなら泳ぎに力を入れないと、ヴィータちゃん。
「だからお前はアホなのだあぁぁー!」
「ぐ……ちっくしょー!」
いまさら足掻いてももう遅い。人間形態のザフィーラさんのスピードは狼形態の比ではない。みるみるヴィータちゃんとの差が縮まり、そしてゴール手前で遂に追い抜いた。
「私の愛馬は、凶暴です」
抜き際にセリフを言いながら、ポールにタッチする私だった。前回の雪辱、見事果たしたぞ。
変身を解き、皆で沖に戻ると不参加の二人がナンパされていた。
「お姉さん達キレイだね。大学生?」
「三人の娘がいるけど、なにか?」
「ニートでござるが、なにか?」
『さようなら』
相手が悪かったですね、ナンパボーイ達よ。
その後、皆でビーチボールで遊んだり、砂の城を作って遊んだり、ヴィータちゃんを埋めて大きなおっぱいを作ったりして遊びまくった。
ああ、やっぱり来て良かった。夏はこうじゃないとね。さて、さんざん遊んだし、そろそろ帰ろうかな。
「あたしを忘れるなあぁー!」
あ、サーセン。