「レバ剣求めて50時間……長かった」
長い時間椅子に座って凝り固まった筋肉をほぐした私は、ガッツポーズを取りながら万感の思いを込めて呟く。
私こと神谷ハヤテは、年のわりには大人びているとよく言われるピチピチの小学三年生。周りにいるのが思考も言動も低レベルなガキばっかりだからそう見えるんだと思う。
趣味はゲームにマンガにアニメ、いわゆる日本が誇るサブカルチャー全般。家が裕福なお陰でお小遣いもアホみたいに貰えるので、秋葉原の猛者共もビックリするほどその手のアイテムを集めまくった。日本に生まれて良かった、マジで。
私は世間でいうところのいわゆるお嬢様というものである。まあ親が金持ちというだけで、私自身が品行方正、清廉潔白というわけでもないのだが。
しかし、世間というものはそういった外面を異様に気にするらしく、私のような金持ちのお嬢様がこんな低俗な(まあ高尚だとは私も思わないが)趣味に走ることを快く思わない人間がちらほらといる。……具体的には父様とか、母様とか。
まあそんなわけで、公の場にメイド服を着て出掛けたり、夏と冬に聖域にて行われる祭典に参加することも禁止されている私は、1人寂しく部屋でネトゲに興じる他無いわけで。
「なんという達成感。これだからネトゲはやめられない、止まらない」
学校から帰ってきてすぐログインした私は、長い間追い求めている秘剣をゲットするため、(リアルで)飲まず食わずでひたすらフィールドを駆けずり回った。そして、日付が変わるかという時間に、ついにレアアイテム『レヴァンティン』を手に入れたのだった。
「おっと、こんな時間まで付き合ってくれた〈菜の花〉さんにちゃんとお礼しなきゃね」
〈菜の花〉さんは、ネトゲ初心者だった私に、チャットのマナーからモンスターの効率的な狩り方まで様々なことを教えてくれた、まるで先生のような人だ。リアルで会ったことは無いが、話し方や私と似た生活時間(ログイン、ログアウトがほぼ同じ時間なのだ)から、同じ小学生だと推察している。まあ聞かないけどね。
『ネトゲの世界でリアルに干渉するのは外道のすることなの』
とは〈菜の花〉さんの弁。このセリフを聞いた時は思わず「カッケー」と呟いてしまいましたよ、私は。
〈疾風〉:有り難うございます〈菜の花〉さん。お陰でレバ剣が手に入りました。(^.^)(-.-)(__)
〈菜の花〉:長い闘いだったの。でも物語はまだ終わってないの。〈疾風〉さんも道中気を付けて、なの。
〈菜の花〉さんはロールプレイ(成りきり)が大好きなようで、使っているキャラクターに合わせて口調がコロコロ変わるから、話してて面白い。ちなみに今〈菜の花〉さんが使っているキャラクターは、口髭を生やしたモサイオッサン侍。
「さて、と」
もう夜中だ。私も〈菜の花〉さんもそろそろ寝なければ明日に響くだろう。
〈菜の花〉さんに別れを告げ、パソコンの電源を落とす。
「……お腹空いた」
このまま寝てもいいのだが、空腹で寝付けないというのはいただけない。
お嬢様(笑)なだけあって、それなりに舌は肥えているが、カップラーメンやジャンクフードといった、庶民的な食べ物が私は好きである。
「確か買い置きしてあったはず……」
ゴソゴソとベッドの下をあさる。
なぜこんな場所に隠しているのかというと、成長期の娘がこんな栄養も何も考えていない食べ物を食べるなんて言語道断と父様&母様が以下略。
娘想いの良い両親なのだが、過保護過ぎる嫌いがある。カップラーメンくらいいいじゃん、と愚痴をこぼしつつベッドの下を漁る。
「お、これ……は」
手にしたのはR18と書かれている同人誌。
即行でベッドの下に戻す。
「……そういえばここに隠してたんだった」
私もお年頃の女の子、河原に落ちてたエロ本を拾ってダッシュで家に持ち帰っても何もおかしくはないよね? ……まあ、あまりの過激さに驚いてベッドの下に封印してそのまま忘れてたのはここだけの話。
「お、あった」
目的のぶつを見つけた私はお湯を求めて意気揚々と廊下へ続くドアを開けた。
「……ん?」
が、目の前にある、ホテルとかで給仕さんが食事を運ぶ際に用いる台車(正式名称なんて知らん)を見付けて足を止める。
その台車の上には、熱を失ってなお美味しそうな和食と、
『ゲームをするのは止めないけど、体を壊さないように気を付けなさいね。後、たまには外に出て遊びなさい? コスプレしながらはダメだけど』
と、書かれた紙が置かれていた。
「……私はニートの引きこもりか」
などと悪態をつくが、私の体を気遣ってくれるのは素直に嬉しい。
「過保護じゃなければ本当に良い親なんだ……け……」
ふと、なんとなく気になって紙を裏返してみると、そこにはこんな文字が、
『カップラーメンばかり食べてたら本当に身体壊すわよ? それと……いえ、何でもないわ』
「バレテーラ」
いや、カップラーメンまではいい。しかし例のアレが見付かっては不味い。が、……この文面から察するにもはや手遅れか。
「言い訳、考えないと」
小学三年生がエロ本持ってていい理由考えることなんて、レヴァンティン手に入れるよりはるかに難易度高いな……
そんなアホな事を考えながら、母様手製の和食をパクつくのだった。
腹ごしらえも歯磨きも済ませ、後は寝るだけとなった。風呂? そんなものは朝シャンで十分。運動なんて滅多にしないから、この時期は汗なんてかかないし。
「ん?」
ふと、誰かに見られているような感じがして、回りを見渡す。気のせいかな?
「おやすみ~」
誰にでもなくそう呟くと、私は睡魔に誘われるまま深い眠りにつくのだった。
そして―――
気が付くと、私は見知らぬ女の子になっていた。
「……夢オチに期待して」
二度寝した。