「働け」
「働きたくないでござる」
困ったもんだの神谷ハヤテです。
昨日のシャマール事変(最後の晩餐)から一夜明け、ヴォルケンリッターの皆と出会ってから二日が過ぎたことになる。
彼女らが異常なのか、私が異常なのかは分からないが、既に皆がこの家に居ることに違和感を感じなくなっていることに気が付いた。
フレンドリー過ぎるんだよなぁ。まあ、それはこっちも望むところだけど。
そんなことを考えながら、皆で昼の弁当をパクついていたのだが、そこでふと気付いたのだ。
シグナムさん、全く働いてねぇ、と。
昨日の洗濯もいつもの癖で私がやってしまったし、ここら辺でシグナムさんにも家事をやらせないと、ずるずるとこのまま時間が過ぎてしまう。
そう思い、こうして発破をかけているのだが……
「あのですね、何も履歴書持って面接受けに行けと言ってるわけじゃないんです。掃除と洗濯を一日一回してくれれば、後はゲームして過ごそうが、近くの道場に道場破りに行こうが構わないんです」
「あと少し、あと少しだけ待つでござる。このにっくきソウルゲインを倒してから……」
全く、一日中ゲームして過ごすなんて、私じゃないんですから。
「シャマルさんだって、あれから料理の研究(味覚の改善)に努めてくれてるんですよ?」
「私はこのままでも美味しいと思うんだけどねぇ」
「早苗さんのレインボーパン並みの威力でしたよ、あれは。お願いですから、私達でも食べられる物を作って下さい」
「主にそこまで言われたら、やらない訳にはいかないわねぇ。……手作りのジャムとか美味しそうじゃない?」
「普通の料理でお願いします」
ジャムなんてオチが見えている。私はまだ死にたくないのだ。
「翔(か)けよ、隼(はやぶさ)! シュツルムファルケン! じゃなかった、ファントムフェニックス!」
技名を叫ぶとか、子どもかあんた。
「さあ、記憶喪失に定評のある三枚目もぶっ殺したんですから、ちゃっちゃと働いて下さいね」
「ま、まて。インターミッションで改造を……」
「さっさと働け、ニート侍!」
仏の顔も三度までだ。
「ハヤテ~、朝の続き、アレやろうぜ。コンボ覚えたから、もう簡単には負けねえぞ」
「ほほう、いい度胸だ。と、言いたいところですが、ごめんなさい。これから病院に行かなくちゃいけないんです。ギルティはまた後でですね」
そう、今日は定期検診の日だ。あのおっぱいを揉めるなんて、なんて素晴らしい日なんだろう。
「メイのイルカコンボが火を吹くのに……」
ロリータがロリキャラ使うとか、なかなかシュールだな。
「……そうだ、あたしも護衛を兼ねてついていくぜ。周辺に何があるのか見て回りたいしな」
この平和な日本で、護衛が必要な人間なんて一体何人いるのやら。まあ、気持ちは嬉しいけどね。
「我も、我も!」
話に飛び付くザフィーラさん。そんなに散歩に行きたいのか。
「分かりました。病院では静かにお願いしますよ? あ、ザフィーラさんは外で待機ですけど」
『応!』
「なあハヤテ、このでかい箱、何なんだ?」
病院に行こうと玄関まで移動した私達だが、ヴィータちゃんの質問により足を止めることとなった。
そういえば、これ置きっぱなしだったよ。移動させるのも一苦労なんだもん。
「これはですね、私が使っている車椅子と同タイプの車椅子なんです」
へぇー、と何だか目を輝かせているヴィータちゃん。もしかして……
「乗りたいですか?」
「マジで!? いいのか?」
やはりそうだったか。気持ちは分からんでもないが。
「どうぞ乗ってやって下さい。箱に閉じ込められているよりは、人を乗せていた方がラガン号も喜ぶでしょう」
動作テストもしたいしね。
「ラガンっていうのか。……気に入った。あたしはせっかくだから、こっちのラガン号を選ぶぜ!」
さてさて、そのじゃじゃ馬を扱いきれるかな? ヴィータちゃんは。
「うひょー、はえー!」
「風が、我を呼んでいる!」
風を切り、私の前を疾走するちびっこと犬、いや狼。やっぱり気持ち良いよね、これ。
しかし、ヴィータちゃん速いなぁ。そんなに前を走られると、追い抜きたくなっちゃうじゃないか。
……久々に、本気を出すか? グレン号。
「ジャケットアーマー、パージ!」
何人たりとも、私の前を走らせはしない。
リミットを解除し、ヴィータちゃんとザフィーラさんに並ぶ私。これからが本当の勝負だ。
「ヴィータちゃん、ザフィーラさん、近くの河原まで競争しませんか? 私に勝ったら、アイスとホネッコを奢りますよ?」
『その勝負、乗った!』
ノリがいいようでなにより。嫌いじゃないですよ、そういうの。
「ゴールは河原にある海鳴橋です。……では行きますよ、ガンダムファイト、レディ~」
『ゴーッ!!』
本当にノリがいい。楽しくなってきた。
「私が……グレン号だ!」
始まりの合図と共に一気に最高速まで持っていく。ザフィーラさんはともかく、ヴィータちゃんはこれで少しは引き離したはず。
そう思い、スティック横に取り付けたミラーを覗きこむ、が、
「なっ!?」
私の真後ろにピッタリとくっ付いているだと!?
「甘い、甘いよ。チョコレートよりぃぃーー!」
何かにとりつかれたような表情で私を追走するヴィータちゃん。なんか、顔がしげの画調になっている気がする。頭○字Dなんか読ませるんじゃなかった。
「くっ、だが、私だってぇー!」
一ヶ月近くグレン号と共に生きてきたんだ。こんな新参者に負けられるか!
「我を忘れてもらっては困るな!」
隣から声をかけられる。くっ、ここにも私の覇道を阻む敵がいたか。
横目でザフィーラさんを見るが、まだ余裕がありそうだ。ゴールは……あと少し。ならば!
「分の悪い賭けは、嫌いじゃない!」
第一の能力、爆発的推進力(オーラバースト)発動!
『なっ!?』
「ふぎぎぎぎぎ!」
土煙を巻き上げ、二人を一気に引き離す。これでどうだ!
「そっちがその気なら、こっちもこの気! このボタンか!……おごごごごご!」
ヴィータちゃんも加速装置の存在に気付いたようで、後ろから追随してくる。だがもう遅い。
「このグレン号すごいよ! 流石ラガンのお兄さん!」
ゴールは目前だ。この勝負、もらった。
「間に合わない!……だからってぇぇー!」
ヴィータちゃんの気迫が伝わり、ミラーを通して後ろに意識を向ける。……あ、ヴィータちゃん、そっちのボタンは──
バイイーーン!!
「ぬおおおおおっ!?」
跳躍スイッチを押したヴィータちゃんの身体は、加速中の速度と相まってかなりの速さと高さを伴い上空へと押し出された。だが、
「アイ、キャン、フラーイ!」
とんでもないバランス能力で体勢を整え、なんと私を飛び越えて橋の入り口へと華麗な着地を決めてしまった。
くそう、油断して最後にスピードをゆるめるんじゃなかった。神谷ハヤテ一生の不覚……
結局、一位ヴィータちゃん、二位私、三位ザフィーラさんという順位となった。
ヴィータちゃんはご機嫌な様子でラガン号を操縦しながらスイカバーを食べている。
「機体性能の差が戦力の差ではないということだぜ、ハヤテ」
ごもっとも。敗因は最後の最後に油断した私の慢心だ。
病院での検診も終わり、今は帰宅途中。
ちなみに、石田女医にはヴィータちゃんのことを遠い親戚の子と説明したら、あっさりと納得してしまった。見た目外国人なのに、疑いもしないなんて、あの人の目も節穴なのかもしれない。
「ザフィーラさんも、本気出せば私に勝てたんじゃないですか?」
「子どもの喧嘩にムキになる大人もおるまい」
そのわりには、ヴィータちゃんがアイス食ってるのを羨ましそうに見てるけど。
「ヴィータちゃん、今回は負けましたが、次はこうはいきませんよ?」
「負け犬が、吠えよるわ」
調子に乗ってるなぁ。帰ったら覚えとけよ。ポチョムキンバスターの餌食にしてくれる。
『ただいまー』
家に着くと、時刻はそろそろ夕方を迎えようとしていた。
……ただいま、か。家に待ってくれてる人がいるって、やっぱりいいなぁ。
「お帰りなさい。ご飯にする? 食事にする? それとも夕食?」
「全部同じだろ」
ヴィータちゃんが切れのいい突っ込みを入れる。シャマルさんは時々ボケるのはいいんだけど、パンチが足りないな。
「今日の夕食は昨日とは一味違うわよ。もう少ししたらできるから、待ってなさい」
期待はしないでおこう。裏切られるのは一度で充分だ。
さて、それじゃヴィータちゃんにロマキャンの本当の使い方を魅せてやるとするか。
リビングに入り、ゲームを起動させようとする、が、そこには先客がいた。
「よっしゃあー! ヴァイサーガゲットだぜ。やはり運動性フル改造は基本でヤンスね」
「おい、ニート侍。掃除と洗濯は済みましたか?」
「愚問でござる。ここまでマップ進めておいて、掃除する時間があったとでも?」
……このダメニートは。
「はあ。分かりました。それじゃ今日はお風呂だけでいいです。今からお願いしますね?」
「ま、まて。インターミッションで改造を……」
「さっさとやれぇ!」
「オーケー、ボス」
空海もビックリだよ。全く。
「ご飯できたわよー」
『お』
ヴィータちゃんの使うロリキャラ殺戮ショーを観戦していたシグナムさんとザフィーラさんと共に、皆でキッチンへと向かう。さて、今日は食べられるものだといいんだけど。
「今日はピロシキに挑戦してみたの」
だからなんでこんな凝ったものを作るんだ、あんたは。
「さて、皆さん席に着きましたね。覚悟はよござんすか?」
「失礼極まりないわね」
それくらいやばいんだよ、あんたの料理は。
「では、いただきます」
『いただきます!』
「いただきマンモス」
「死して屍……拾うものなし……」
やっぱり、三食弁当にすべきか……
「ごちそうサマンサ」
こいつ、順応してやがる!?