「……ん? ……ヌオオオォォッ!?」
ビックリ仰天の神谷ハヤテです。
初対面とは思えないほどの意気投合っぷりではしゃいだ昨夜も過ぎ、まどろみの中から覚醒した私は、開口一番に雄叫びをあげた。
昨日は確か、ザフィーラさんを枕代わりにして床についたはず。なのに、今私の頭の下にいるのは、
「すごい……筋肉です」
筋肉ムキムキのワイルドな男性であった。なんと犬耳付き。新たな萌えの境地か?
っていうか、私はこの腹筋の上で一夜を明かしたのか。これなんて乙女ゲー?
「なあに騒々しい。敵襲? 相手はホムンクルス? それとも吸血鬼? 私の旅の鏡(ヘブンズゲート)が火を吹くわ」
「いえ、犬耳マッチョです」
「あら、ザフィーラじゃない。人間形態に戻れたのね」
なんと。このマッチョがあのザフィーラさんとな。魔法ってスゲー。
「うるせーっすよ。もう少し寝かせて下さい。ぼてくりまわすぞ」
「いや、もう起きてくださいよ。今日は色々やることがあるんですから」
そう、一気に四人も同居人が増えたのだ。揃えなくてはいけない物がたくさんある。
「……うう、ねみい。あ、おはよう、主」
「ハヤテでいいですよ、ヴィータちゃん」
「あ……うん、ハヤテ」
気恥ずかしそうに名前を呼ぶヴィータちゃん。可愛いなぁ。精神年齢は私より高いはずなのに、年相応にしか見えないや。
「むう……ひと美は我の嫁……」
「ほら、ザフィーラさんも寝言ほざいてないで起きてくださいよ」
「む?……我は……ザフィーラ!」
「ハイハイ、知ってますから。さっさと布団たたんで下さい。その身体だったら出来るでしょう?」
手間のかかる同居人だなぁ、もう。
皆を起こしてキッチンまで移動し、本日の朝食の準備をする。といっても、
「これしかないんだけどね」
棚から大量に買い置きしておいたペロリーメイトを取り出す。弁当は一つだけならあるが、私一人だけ豪勢な食事というのも気が引けるし、取り敢えずこれで朝はしのごう。
「すみませんね、こんなのしか無くて。朝はこれで我慢して下さい」
皆に渡す。特に不満は無さそうだな。
「あたしらは食えりゃなんでもいいんだけどな」
「ダメですよ、年頃の女の子がそんなこと言っちゃ。ご飯食べたら、食材やら何やら買い出しに行くので、皆さんも一緒に来てくださいね」
「何を買うんでごわすか?」
「そうですねぇ。取り急ぎ必要なのは、食材に、服ですね。流石に一張羅じゃ可哀想ですし」
「あら、今回の主は本当に部下思いのお人好しね。ついてるわ」
シャマルさん。それは褒めてるのか貶してるのかどっちですか。
「我も行くのか?」
「当然です。人間になってる今の内にサイズ計っときたいですし。またいつ人間形態になれるか分からないですからね」
そう。どうやら今回の変身は自分の意思ではなく、勝手になってしまったようなのだ。だから、今の内に服を揃えとかなくてはならない。
「食材の調達はシャマルさんに一任したいと思うんですが、いいですか? 私は料理にはとんと疎いもので」
「構わないわ。どんなグルメも一発で昇天する料理を作ってあげる」
なかなかの自信だ。これは期待できそうか?
食事を済ませ、皆でぞろぞろとデパートまで出かけることにした。……しかし目立つなぁ。異国風の人間が車椅子の少女に付き従っているのだ。これで目立たない訳がない。
「あのガン飛ばしてる小僧、ボコっていいすか?」
「きっとシグナムさんに見とれてるんですよ。勘弁してあげて下さい」
「まあ、いいっす。顔は覚えた。次会った時が奴の最期だ」
血気盛んにも程があるだろう。シグナムさんは。
「太陽の下を歩くのも久しぶりね。いい気分だわ」
引きこもりじゃないんだから。いや、本の中に引きこもってたか。
「さあ、そろそろ着きますが、皆さん服の他に欲しいもの何かありますか? お一人様一万円以内だったら、好きなもの買ってきていいですよ」
人間、衣食足りて礼節を知ると言うが、やはりそれだけでは物足りないだろう。刺激は大切だ。
「いいのか?」
「ええ。皆さんはもう家族同然です。これくらい構いませんよ」
それぞれに一万円札を渡す。シグナムさん辺りは変な物買いそうだなぁ。
「これが世に言う買収ってやつっすね。わかります」
「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ」
まあ、後で乳は揉ませてもらうがな!
さて、それじゃまずは服を買いに行きますか。
「シグナムさん、このブラなんてどうですか?」
ただいま下着を選択中。流石にランジェリーショップでザフィーラさんは目立つので、エレベーター前に待機してもらっている。
「いいっすね、それ。ただ、サイズがぴったりすぎる件について」
私を舐めてもらっては困る。一度揉んでしまえば、サイズなんて赤子の手をひねるより簡単に推察できる。
シャマルさんは……今日の夜にでも揉むとしよう。
「ヴィータちゃん、決まりましたか?」
「ん、これにする」
手にしているのは……でじ○がプリントされたパンツ。なんで一般的なデパートにこんなものが……
「あれ? シャマルさんは?」
「あいつなら試着室に入ってったぜ」
試着室を指差すヴィータちゃん。これはチャンスか? 夜と言わず今ここで!
そう思い、そろそろと試着室に近付く、が、
「ハラワタを、ぶちまけろ!」
怖くなったので止めとくことにした。なにやってるのさ、シャマルさん。
さて、衣類も食材も各々の欲しい物も買ったし、後は帰るだけか。
ちなみに皆が買った物というのは、シグナムさんが木刀とヌンチャクとナックル。シャマルさんが血液パック三袋とネコア○クの人形、ヴィータちゃんがでじ○の人形(特大)、ザフィーラさんがホネッコ五本にもんぴちゃゴールデン十缶だ。
趣味丸出しだな……シャマルさんはあの血をどうするんだろうか。ていうかこのデパートは品揃えが豊富過ぎるだろ。
「シグナムさん、気持ちは分かりますが、ヌンチャクを振り回すのは家に着いてからにして下さい」
「ホォ~、アタッ、アタッ、ホアッタァー!」
ケンシ〇ウか、アンタは。
「えっへへ~」
人形に頬擦りしてるヴィータちゃん。
「ヴィータちゃん、本当にそれで良かったんですか?」
「おう! なんか通じるものがあるんだよな~。なぁ?」
『にょにょにょにょ』
お腹を押すと声が出る仕組みらしい。どうやら相当気に入ったようだ。
「私もこの人形、気に入ったわ」
『ニャニャニャニャ』
こちらも同様の仕組みらしい。しかしその年で人形か……まあ何も言うまい。
「それと、ザフィーラさんも骨をくわえるのは家に帰ってからで」
「むう……やるせなし」
人に見られてますからね。
「む?」
「ん? どうしました、シグナムさん?」
「いえ、少々用事を思いだしまして。悪いのですが先に帰っていてもらえまするか?」
用事? 何だろう、買い忘れかな?
「分かりました。どれくらいで戻りますか?」
「なあに、ほんの二、三分で済むっす。すぐに追い付くでござる」
「そうですか、それじゃ、先に行ってますね」
シグナムさんと別れ、家路につく私達。
去り際にナックルを装着していた気がするが、何かの見間違いだろう。
「ふう、良い汗かいたでごわす」
「あ、もう来たんですね。何してたんですか?」
「いやなに、無遠慮に人をジロジロと見る不粋な小僧に、天の裁きを下してきただけナリよ」
「暴力はよくありませんね」
「これは失礼つかまつった。いやしかし、あの小僧も悪いんすよ? 神様から魔法無効化能力もらったとか舐めたことぬかすもんすから、これは世間の厳しさを教えなければと、つい折檻に力が入っちまいまして」
「子どもの言うことなんですから、真に受けちゃダメですよ……さあ、帰りましょう」
「ウィース」
「お昼ご飯、できたわよ~」
「お」
家に着いた私達は、昼ご飯までする事が無いので、トランプで適当に時間を潰していた。
トランプに参加していたのは、私、ヴィータちゃん、シグナムさんの三人。ザフィーラさんは家に着くなり狼の姿に戻ってしまい、今まで一心不乱に骨にかじりついている。
「ザフィーラさん、餌の、失礼、食事の時間ですよ」
「ハグッ、この……骨ふぜいが!」
「おい、犬。飯の時間だ」
「……むう、引き分けにしといてやる」
思考までわんちゃんだなぁ。
「おお、美味そうじゃねぇか。シャマル、お前こんな特技があったんだな」
キッチンまで移動すると、そこに並んでいたのは、どれも香ばしい匂いを放つ料理の数々。
「料理の本見ながら、初めて作ったんだけど、なかなかのものでしょう?」
へ? これで初めて? なにもんだよ、アンタは。
「冷めないうちに食っちゃいましょうぜ」
「そうですね。では皆さん、席に着いてください」
仕事の都合で、父様、母様と一緒に食事することは難しかったけど、それが可能な時は、いつもこうやって隣り合って座って、お喋りしながら食事したものだ。
……久し振りだな、この感じ。いや、やめよ。感傷に浸るなんて柄じゃない。
「ザフィーラさんは申し訳ないですけど、床でお願いしますね?」
「承知!」
さて、それじゃ、
「では、皆さん、いただきます」
『いただきます!』
「……お前に……レインボー……」
どうやら、しばらくの間は弁当が続きそうです。
「あら、美味しいのに」