「取り敢えず、もちつけ」
場をいさめる神谷ハヤテです。
私の一言によって我を取り戻したちびっこを尻目に、私は考えをまとめることにした。
今のこの場の状況は、まさにカオス。いきなり家に侵入したキャッ○アイ+喋る犬が何やらおかしな事ばかり言っている。
オマケに私を主と呼び、かしづいて頭を垂れる始末。
うん、考えなんてまとまるわけがない。
ここはやはり、大人しく事情とやらを聞くのが吉か。
「それじゃあ、落ち着いたようなので、聞かせてもらいますよ。事情というのを」
「あ、その前になんか飲み物もらっていいすか? 喉乾いちゃって」
「お前もう黙ってろ!」
「私も欲しいわぁ。赤いのが」
「お前も黙ってろ! あたしが全部説明するから!」
「我が名は……ザフィーラ!……特技は──」
「それはもういい!」
話が進まないなぁ。もう。
「で、事情は?」
「あ、ああ、悪い。……実は──」
ふむ。闇の書に、ヴォルケンリッター、それに魔力蒐集か……荒唐無稽なおとぎ話と一笑に付すのは簡単だが、このヴィータという少女の顔は真剣そのもの。信じてやっても良いかもしれない。何より、犬が喋ってるなんて非現実的な光景が目の前に広がってるしね。
しかし、蒐集行為か。これはどうもいただけない。人様に迷惑をかけるなんて、私のプライドが許さない。
たとえ莫大な力を得ようが、足の麻痺が治ろうが、他人の犠牲から成り立つ幸せなんて、あり得ない。たとえあっても私はいらない。青臭い正義感だと笑わば笑え。
「……なるほど、話は分かりました。 で、あなた達はこれからどうするんですか?」
「そりゃもちろん、魔力持ちの人間から蒐集を……」
「はい、ダメ。許しませんよ、そんなの」
「なんで!?」
「私は今の状態が気に入ってるんです。トラブルを持ち込まれるのは迷惑です」
「そんな……それじゃ、あたしらの存在意義が……」
「今回は運が悪かったと思って下さい」
「……あたしら、これからどうすりゃいいんだよ」
肩を落としてうつむくヴィータちゃん。他の三人は……平然としてるな。まあ、激昂して胸ぐら掴んでくるよりはましか。
「まあ、私が死んで次の人に転移するまで、本の中で気長に待っていて下さいよ」
「……戻れない」
へ?
「戻れないんだよ、一度顕現しちゃったら」
……マジ?
となると、国籍不明、住所不明の謎の外国人と、デカイ野良犬が路頭に迷うという訳だ。
……ふーむ。
「シャマルさん、あなた料理作れます?」
「……へ? いきなり何を──」
「愚問ね。私に出来ないことなんて、まあ世の中には一杯あるけど、料理程度ならお茶の子さいさいよ」
「シャマル? お前そんなの出来たっけ?」
「シグナムさん、掃除や洗濯は出来ますか?」
「ん~、まあその程度なら」
「ザフィーラさん、ネズミとかゴッキーとか、くわえてきませんか?」
「……確約は出来ないが……善処する!」
「ヴィータちゃん、ゲームとかマンガに興味、ありますか? ありますよね?」
「へ、ゲーム? マンガ?」
「ではあるということで」
「ちょっ」
「皆さん、聞いて下さい」
『……』
さて。
「不可抗力ですが、私が今回のあなた方のマスターになってしまった訳でして」
『……』
「まあ、私がなってしまったからには、蒐集行為は諦めて下さい。マスターには命令する権限があるんですよね?」
「……ああ」
なんでこんなに残念そうなんだ、この子は。そんなに人を襲いたいのか?
「まあそれで、あなた方は用済みだから出ていけ、なんてことは私も言いたくありません。鬼じゃないですからね、私」
『……』
「そこで提案があるんです。……皆さん、ここで暮らしませんか?」
「で、でもよ、あたしらから蒐集行為取ったら何も──」
「シャマルさんは料理当番、シグナムさんは掃除、洗濯、ヴィータちゃんは私の遊び相手、ザフィーラさんは私の心を癒すペットとして、ここで過ごす。悪く無いでしょう?」
「……」
「皆さん、今まで散々戦ってきたんでしょう? だったら、たまには羽を休めて、普通の人間みたいに暮らしてみればいいじゃないですか。……ザフィーラさんは、今犬ですけど」
「我は狼だ」
おっとこいつは失礼。
「……あたしらは、ただのプログラムだ。人間みたいになんて──」
「ご飯は? 食べられるんでしょう?」
「えっ、あ、うん」
「睡眠は? 眠れるんでしょう?」
「……うん」
「それならあなた方は人間です。 犯罪を犯して罪の意識を持たないような人間より、よほど人間らしいんじゃないんですか? 見たところ、あなた方はそんなに悪人には見えない」
「本当に、いいのか? 蒐集しなくて。その足、治るかもしれないんだぞ」
「言ったでしょう。今の暮らしが気に入ってるって。相棒も、親友も、強敵(ライバル)も、この身体だからこそ手に入れることが出来たんです。一生このままでも構いませんよ」
「……じゃあ、本当に?」
「ええ、これから一緒にこの家で暮らしましょう。 なあに、存在意義なんて、これから探せばいいんですよ。 戦いばかりの人生なんて、つまらないでしょう?」
「私は戦うの、楽しいけどね~♪」
「シグナムーー!」
バトルマニアかい、シグナムさんは。
「まあ、今回は羽を休めてください、シグナムさん。……他の皆さんは、どうですか?」
「私も構わないわよ。 たまには温泉にでも浸かってゆっくりしたいわぁ」
温泉、か。いつか行ってもいいかもしれないな。
「我も……構わぬ!」
いちいちテンション高いなぁ。
「それじゃあ、決まりですね。皆さん、これからよろしくお願いしますね」
「……おう」
「りょうか~い」
「分かったわ」
「うむ」
……これから騒がしくなりそうだなぁ。
「さて、話もまとまったところで、ちょっと質問があるんですが」
「ん? なんでござるか?」
「先ほど、バグがどうとか言ってましたが、あれはどういう……」
「そうだ、それだよ。 こいつら皆おかしいんだ。いつもはこんなんじゃないんだけど」
「あら、失礼しちゃうわね。私はまともよ? ……ああ、早く血が飲みたい」
「それがおかしいって言ってんだよ! 話し方もなんか変だし」
「んー、そんなこと言われてもねぇ。うちらにも、何がなんだか分かんないんでゲスよ」
「我は……ザフィーラ!」
「だからもういいって!」
なるほど。 原因は分からないが、性格や話し方が変質してしまったらしい。
まあ、普段のこの人達なんて知らないから、違和感なんて感じようがないんだけどね。
あ、そうだ。
「皆さん、魔法が使えるんですよね?」
「ああ、使えるぞ」
「では、そうですねぇ。シグナムさん、何か、魔法使ってみてくださいよ。こう、派手なやつ」
「あれ? いいんすか? 使っちゃいますよ、紫電一閃」
「バッ! ちょっ!」
「紫電一閃でも光芒一閃でもいいですから、早く見せて下さいよ」
「では……カートリッジロード!」
「シグナムゥゥッ!?」
「きたきたきたぁー! 紫電、一閃!」
「壁と床と家具の修繕費、体で払ってもらおうか」
「正直、すまんかった」
確かに派手だったが、やりすぎだ。あーあ、お気に入りのベッドがぼろぼろだよ、もう。
「全く、今後は気を付けて下さいね」
「かたじけない」
この人、本当に口調が安定しないなぁ。
「さあ、今日はもう遅いです。さっさと寝ましょう」
「あたし達はどこに寝ればいいんだ?」
そうだなぁ、空き部屋にでも寝てもらうかな。ていうか私もそこで寝よう。ベッドがこの有り様だし、しばらくは皆で雑魚寝かな?
「ついてきて下さい」
空き部屋に皆を案内し、布団を敷いてもらう。ベッドもいいけど、こういうのも趣があっていいよね。
枕は……
「ザフィーラさん、ちょっとこっち来て、伏せをして下さい」
「伏せなら得意中の得意だ、まかせろ」
私の目の前で伏せるザフィーラさん。今だ!
「へへ~」
「む?」
フサフサの体毛の上に頭を乗せ、ゴロゴロ転がる。うん、これは癒される。
「モテモテじゃねぇか、ザフィーラ」
「お前もやるか?」
「なっ!……いいのか?」
やりたいんかい。
「お、おお~。これはなかなか」
二人してゴロゴロ転がる。分かってるじゃないか、ヴィータちゃん。
「楽しそうっすね。私も混ぜろ」
いや、流石に三人は無理だから。って!?
「どーん!」
『むぎゅ!』
ボディプレス仕掛けてきやがった。……あ、胸が。
「何揉んでんすか。訴えますよ」
「さっきの支払い、これでチャラにしてあげますよ?」
「好きなだけ揉むがいい、このオッパイ星人め」
「ありがとう、最高の誉め言葉だ」
おお、これはいいおっぱいだ。星五つあげよう。
「布団敷き終わったわよ。あら楽しそう。私も──」
『止めろ』
ああ、これは、なんだか、楽しい日々になるなぁ。
そんな予感がした夜だった。