「ん~っ、絶好調!」
某マスク男ばりにハイテンションな神谷ハヤテです。
はやてちゃんに乗り移ってから早三週間が過ぎ、悠々自適な一人暮らしに慣れた私は、今日も快適な朝を迎えたのだった。
それにしても一人暮らしって良いね。深夜までゲームしてても怒られないし、朝から晩まで家で食っちゃ寝しててもお小言を言う人間もいない。
唯一の難点である孤独感も、休日に駅前に集まってあの三人娘達と遊ぶようになってから、とんと縁が無くなった。
そう、嬉しいことは続くもので、何度も街中で出会うものだから、いっそ友達になろうと言い出してくれたのだ。
いやぁ、ここで初めてできた友達があんなに良い子達とは、ついてるね、私は。親友が一気に三人もできてしまったよ。
「弁当、うま」
野菜ジュースを飲みつつ、焼肉弁当をパクつきながら今日の予定を考える。一応栄養バランスは整えているのだ。足りないと思ったらペロリーメイトを食べれば良いしね。……まあ、手料理が恋しく無いと言えば嘘になるけど。
「今日は……ハ〇テのごとくでも、読破するかな」
勉強? してますよ、ちゃんと。週に一回。記憶力が良い私にはそれで充分なのだ。
「さて……」
弁当も食べ終わったし、自室に行きますか。
「お……」
部屋に入りマンガを読もうと思った私は、とある本の存在を思い出した。そういえばすっかり忘れてた。
「ペンチ、ペンチと」
庭にある物置から工具箱を持ち出してきた私は、早速ペンチであの鎖に巻かれた本の封印を解こうとした、が、
「うぎぎぎぎ」
いくらやっても鎖は壊れない。固すぎだって、これ。
ペンチでだめなら、これでどうだ。
ガッ、ガッ、ガッ!
鉈を振りおろし鎖の破壊を試みる。こんな時のために用意しておいたのだ。
このっ、このっ、……楽しくなってきた。
「嘘だっ!」
叫んでみたり。
ガスっ!
「お」
手応えあり! と思ったが、どうやら鎖ではなく本の部分に当たってしまったようだ。
あれ……傷一つ無い。
いくらなんでもこれで傷が付かないなんておかしいだろう。……もう一回試してみるか。
「そおい!」
……やっぱり無傷だ。装丁は至って普通なのになんで? あり得ない。
……いや、あり得ないなんて事、この身体になってから何度も経験している。憑依、呪い、原因不明の麻痺、稀代のロリコンとの遭遇。どれも普通じゃ考えられないことばかりだ。
「もしかして、この本が全ての原因?」
一概にそうと決めつけるのは早計だが、可能性はあるだろう。これだけ痛みつけても傷一つ付かないなんて、規格外にも程がある。
これがただの本だって言うなら、魔法の、いや、呪いの書とか言われた方がまだ信憑性がある。
「燃やしてみるか……」
もはや今の私にとって、この本は百害あって一利無しな存在だ。本棚に置いとくだけでも場所とるしね。
もしこれがただの異常な程の耐久力を誇る本だったとしても、燃やしたところで私が不利益をこうむるなんてことはないし、呪いに関係しているものならば、それはそれで都合が良い。もしかしたら自分の身体に戻れるかも知れないしね。
そうと決まれば後は行動するのみ。私は本とライターを持って庭に出て、本に祈りの時間を与えることなく、着火した。
「消し炭になれ!」
……燃えない、だと?
流石は呪いの書。 こんなチート能力を持っているとは……
こうなったら、ありとあらゆる手を使ってでも、その存在を抹消してやる。
その後、考えられる限りの破壊工作を行ったが、やはり本は無傷のままだった。
鈍器で殴ったり、
「ウッディ!」
煮たり、
「猿の脳みそがうめーんだよ、脳みそが」
ナイフで切ったり、
「極彩と散れ」
グレン号で轢いたり、
「LaLaLaLaLaLaLaLa~i!」
色々と試したが全て無駄な労力となった。
「……こうなったら」
捨てよう。
ボチャン!
「さらば。もう会うこともあるまい」
近くにある川まで移動し本を投げ捨てた。環境保全? 私の安全の方が百倍大事だ。あんな得体の知れない物、近くに置いとけるかい。
さて、帰ってマンガでも読むかな~。などと鼻歌歌いながら家路についたものの、
「……何故ある」
確かに川に捨てたはずの本が、自室に舞い戻っていた。
……なるほど。逃がすつもりはないと、そういうことか。
いいだろう。私は逃げも隠れもしない。真正面から呪いに打ち勝ってやろうじゃないか。
「私は、負けない」
決意を胸に秘め、マンガを読み始める私であった。
「おっと、もうこんな時間か」
そろそろ日付が変わりそうだ。今日はもう寝よう。
そう思った私は、寝る前に牛乳を飲もうとキッチンに向かうことにした。
「やっぱり牛乳は武蔵野牛乳だよね」
うん、美味しい。……ん?
「地震?」
何だか軽く部屋が揺れてる気がする。まあこの程度なら問題ないか。
「さて、寝よう」
自室の前まで移動しドアを開けようと近付く。ん? ドアの隙間から、やけに明るい光が漏れてる。なんだろ?
疑問に思いつつ、部屋の中を覗く。そこには……
「……キャッ〇アイ」
そう、レオタードは着ていないが、黒ずくめの三人娘が部屋の中に鎮座していた。あ、なんか犬(?)もいる。
一人暮らしの少女の家に、見知らぬ黒ずくめの人間。これを泥棒と考えない人間はいないだろう。
「警察、呼ばなきゃ」
この際、あの節穴のオッチャンでもいい。とにかく、早く電話を……あ、気付かれた。
「ちっ、近付くな。近付くと……舌を噛みきる」
思わずこんなことを言ってしまった。
「ちょっ! 待ってくれ、主」
なぜか三女だと思われる小さな女の子が慌てている。……命までは奪われないようだな。あと主ってなんだ。この家の主という意味か?
「あたし達は怪しい者じゃない」
どの口が言うか。
「あたし達は、闇の書の守護プログラム、ヴォルケンリッター(守護騎士)だ」
闇の書? 守護プログラム? ヴォルケンリッター? なんぞ、それ?
「取り敢えず、事情を説明するから、中に入ってくれ」
……怪しすぎる。が、このままという訳にもいくまい。幸い、危害を加えようという訳ではないようだ。金品が狙いなら、私を力ずくで黙らせるか、脅すかするはずだし。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。
母様、私を守って。
今は顔も見ることも出来ない母様に願いつつ、魔境と化した自室へと、足を踏み入れるのだった。
「それじゃ、まずは自己紹介からだな。シグナム、お前からだ」
部屋に入った私を出迎えた三人と一匹は、ひざまずくと、頭を下げて、まるで王にかしづく臣下のような態度をとった。なにこれ。
「私は剣の騎士、烈火の将シグナムでござる。よろしくお願い申す」
「ちょっ!」
なんか小さい女の子が驚いてる。確かに変な話し方だけど、あなたの知り合いでしょ? いつもそんな話し方じゃないの?
「シグナム! どうしたんだよ、お前!」
「む。言語回路にバグがあるようだ。でもまあいいっしょ。気にしない、気にしない」
「お前、言語回路だけじゃなく、絶対思考回路までバグってるから!」
騒がしいなぁ。
「ザフィーラ、お前からもなんとか──」
「我は盾の守護獣……ザフィーラ!……特技は、お手……ふせ……あとちんちん」
「お前もかぁー!?」
犬が、喋った……だと?
「シャマル! まさかお前まで……」
「そうねぇ、二人ともどうしちゃったのかしらねぇ?」
「良かった。お前だけは──」
「それにしても喉が乾いたわね。……血が飲みたいわ。ハラワタをぶちまけましょうかしら」
「シャマルーーーー!」
なんなんだい、一体。
「……くっ、もういい。取り敢えず、事情を説明してからだ。……ていうかザフィーラ、なんで始めから獣形態なんだよ?」
「……人間形態に……戻れない!」
「本当になんなんだよ、もうっ!」
人間の姿にもなれるんだ。見てみたいなぁ。