ピーンポーン!
「……へぇあ?」
初めての来客にドキドキの神谷ハヤテです。
眠れぬ夜を過ごした私は、眠い目をこすりながら起き出し、牛乳でも飲もうかとキッチンへと向かった。
しかし、その矢先に、来客を告げるインターホンの音が鳴り響いたのだ。
「……ああ、清掃会社の人かな?」
そういえば昨日依頼したんだった。
はいは〜い、今行きますよ〜っと。
「宅配便です、サインお願いします」
「……おや?」
玄関で私を出迎えたのは清掃会社の人間ではなく、クロネコのマークがプリントされた服を着た若いお姉さんだった。宅配便か。何が送られてきたんだろう。
「判子持って来るのでちょっと待ってて下さい」
「署名で構いませんよ」
「あ、はい」
さらさらと名前を書き込み、伝票をお姉さんに渡す。
「あの……お宅の名前は八神ですよね?」
ん? あ、しまった。神谷って書いちゃった。
「すみません、寝起きなもんで、間違えました」
いけない、いけない。気が緩んでるなぁ。
書き直して再び渡すと、お姉さんは一旦外に出て、宅配物を大きな台車に乗せてガラガラと運んできた。……箱に梱包されているが、なんか、凄く大きい。
「あの……何ですか、これ?」
「伝票に書いてあったと思いますが、電動車椅子ですよ」
ホワイ? 誰がなんでこんなもんを…… あ、まさか……
「こちらに置いてよろしいですか?」
「あ、はい。お仕事ご苦労様です」
「いえいえ、では、失礼します」
何故か去り際に恨みがましい視線を送ってきたお姉さんの後ろ姿を尻目に、寝起きの頭を働かせ、目の前の物体の送り主について思案する。
……これは、確実に奴からのプレゼントだろうなぁ。しかし何でこんなもんを……
考えてても仕方ない。取り敢えず開封してみるか。
「ん? 手紙が…」
箱の中には手紙が添付されていた。
送り主は……やはり貴様か、ギル=グレアム。
早速開けて見てみると、そこにはこんなことが記されていた。
『やあ、君の愛しのおじさん、ギル=グレアムだよ。』
自分で愛しのとか言うな。
『またバッテリーを無くしたのかい? しょうがない子だなぁ、はやてちゃんは。……でも、そんなはやてちゃんも可愛いよ。抱きしめたいくらいだ』
こいつぁくせー、真正のロリコンの匂いがプンプンするぜー。
『今回はそんなはやてちゃんにプレゼントがあるんだ。君は、前回あげた電動車椅子、随分と気に入っていたよね? だから、予備にもう一つ送ろうと思ったんだよ。これで、バッテリーが無くなったり、もう一つの車椅子が壊れたりしても安心だね?』
大きすぎるお世話だっての。
『他に何か欲しい物があったら何でも言うんだよ? はやてちゃんのお願いだったら、世界だって買い取ってあげるよ』
要りません。
『それじゃあ、身体に気を付けて。またいつかメールを送るよ』
全く、とんでもないロリコンだよ、こいつは。
「……ん?」
『P.S 麗しの姫君へ』
もはや手遅れだな、こいつは。
「グレン号、お前に弟ができたよ」
送られてきたものはしょうがない。送り返すのもアレなので、この車椅子も私が面倒を見ることにしよう。
「名前は……グレン弐式、いや、ラガンにしよう。」
合体機能とかあればいいんだけどなぁ。
そんなことを相棒と語り合いながら、スーパーで買った弁当をパクついていると、またもやインターホンが鳴らされた。
『すいませーん、昨日お電話いただいたものですがー』
おっと、今度こそ清掃会社の人が来たようだ。
「はいはーい」
弁当の箱をゴミ箱に捨て、玄関に向かう私であった……
掃除が終わるまでどうやら夕方近くまでかかるようなので、それまで私は外をぶらぶらすることにした。
さて、今日は休日だ。朝から子供が外をうろついていても、見咎められるということは無いだろう。
「久々に映画でもハシゴするかな」
勿論アニメだ。
「うん、それがいい」
そうと決まれば善は急げだ。出発するとしよう。
意気揚々とグレン号を走らせる私だが、しばらくして、映画館の場所を知らないことに気が付いた。しまった、ネットで調べるんだった。今から戻るのも、掃除中の人の邪魔になりそうで怖いな。
そんな葛藤をしていると、私の横を通りすぎる女の子達の会話が聞こえてきた。
「やっぱハ○ヒは鉄板だよね〜」
「Fa○eを忘れてもらっちゃ困るわよ」
「遊○王も結構評判いいらしいよ?」
『まあ、今日全部観るんだけどね』
……む。今の会話から察するに、この子達はこれから映画館に行くらしい。
家に戻るのも面倒だ。この子達に場所を聞くとしよう。
「あのー、すいません」
『ん?』
私の質問に快く答えてくれた女の子達は、
「どうせだから、一緒に行かない?」
と、嬉しいお誘いをしてくれた。
人恋しくなっていた私は、その甘美な誘惑に抗えるはずもなく、映画館までの道のりを彼女達と共に歩んでいた。この町には、本当に良い人が多いなぁ。
「ハヤテちゃんっていうんだ。学校は?」
「○×小学校です。まあ今は足がこんななんで、休学中ですけど」
「そう……大変ね。アンタ」
自主学習もろくにしないで、食っちゃ寝してますが。
「その足、直るの?」
「ええ、だんだん良くなってきてますよ」
こんな親切な子達に心配なんてかけられない。嘘をつくのは心が痛むが、仕方ないだろう。
「そう、良かった。……ねえアンタ、今日はどんな映画を観るの?」
何でそんなことを?
「今やってるアニメをハシゴしようかと」
「あっ、それじゃあ私達と一緒に回らない? 私達も同じこと考えてたんだ。二人とも、いいよね?」
「構わないわよ」
「私も。むしろ歓迎だよ」
……ヤバイ。目がウルッときた。
人の親切がここまで心に届いたのなんて、初めてかもしれない。一人で寂しく行動しているのを、同情されていると分かっていたとしても。
「……ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて同行させてもらいます」
「決まりね。今日は一日よろしく頼むわね、ハヤテ」
「こちらこそ」
……しかし、やはりハ○ヒは抵抗あるなぁ。
「Fa○eは少々詰め込みすぎ感がありましたね。まあ、バトルは熱かったですが」
「辛口ねぇ、アンタ」
「ハ○ヒは予想通り、良作だったね。……エンドレスエイトはアレだったけど」
「原作をなぞればいいものを、何であんな大惨事になっちゃったんでしょうかね? 声優さんが泣きますよ」
「だねぇ。ところで、遊○王も凄かったよねぇ」
「ええ、時空を越えるとか凄すぎですよ。 スタッフの心意気に胸を打たれました」
映画を見終わりホクホク顔で帰宅している私達は、それぞれの感想を言い合っていた。
ああ、いいなあ、こういうの。同世代の人達と同じ趣味を語り合う。幸せってのはこういうことを言うんだね。
「あっ、そろそろ帰らないと」
「あら、そうなの? よかったら車を呼んで家まで送ってもいいわよ?」
金髪のこの子は相当なお金持ちのようだな……
「いえ、そこまでお世話になるわけにもいきません。お心遣い、感謝します」
「ハヤテちゃんって言葉遣いが丁寧だよね。どこかのお嬢様?」
……お嬢様。そうか、この金髪の子に聞いてみるか。
「神谷カンパニーというのをご存知ですか?」
「んー、聞いたこと無いわね。すずか、あんたは?」
「私も無いかな。 あれ、ハヤテちゃんの名字は八神じゃ?」
……知らない、か。ここら辺じゃあまり有名じゃないのかな。
「いえ、何となく聞いただけです」
「何よそれ」
「お気になさらず。それでは私はここらへんで失礼しますね」
「うん、またどこかで会えるといいね」
「ええ、またいつか」
「今度は、ゲーセンで勝負よ。アタシのルヴィアの即死コンボを魅せてあげる」
「私の赤い悪魔が相手になりましょう。ていうか本当にFa○e好きですね。あのコンボ出来るとか、どんだけやりこんでんですか」
「ハヤテちゃん。私とは遊○王で勝負よ。私のバーサーカーソウルが火を吹くわ」
「ならばこちらは虫デッキでお相手しましょう。私は昔、インセクターハガテと言われていたほどの猛者ですよ?」
……別れるのが惜しい。でも、清掃業者の人を待たせるのも悪いしなぁ。……帰るか。
「では、これにてごめん。……グレン号! 今が駆け抜ける時!」
『はやっ!』
「ありがとうございました〜」
ピカピカになった玄関で清掃業者の人を見送った私は、今日一日の出来事を思いだしながらニヤニヤしていた。
今日は楽しかった。本当に。朝からロリコンのアタックを食らった私だが、それを帳消しにしてもいいくらい楽しかった。
「……ん、ロリコン、か」
あんな高い物を貰ったのだ。お礼の返信くらいはするべきか。
そう思った私は、リビングに入りパソコンの電源を付けた。
……なんて送ろうかな。
「……よし」
『本日はこんなに素晴らしいプレゼントを送って下さり、ありがとうございます。一生大事にしますね。』
これはまあ本心だ。
『ところで、何度もおじさまに頼るのは非常に心苦しいのですが、お願いがあります』
ククク。
『最近、暑くなってきたせいか、寝苦しくてたまりません。』
嘘です。快適です。
『それというのも、寝室にあるエアコンが壊れてしまったからです』
嘘です。新品同然です。
『私一人では、遠くの電気店まで行くのは難しそうです』
嘘です。以下略。
『つきましては、どうかそちらで手配してはいただけないでしょうか。どうぞ、よろしくお願いします』
「おっと、これを忘れちゃいけない」
『P.S. あなたの姫より』
送信、ポチッとな。
「さて、お風呂入ろっと」
送られてきたエアコンは、お風呂場にでも付けようかなぁ。